おれっ娘、ときどきダンジョン   作:センセンシャル!!

9 / 12
初投稿で
す!

今回から5,000文字縛りなしです。


第二章っていうかここから本編
おれっ娘と勉強会と新メンバー


 前回のダンジョンアタックから一週間が経ち、いつものファミレスにて。僕の目の前で、幼馴染がテーブルに突っ伏していた。

 先月に何度かこの姿をさらしているためか、いい加減店員さんも慣れたようで、何事もなくコーヒーのお替りをオーダーする。

 ファミレスの安いコーヒーを一啜り。家で飲むときはそこそこのじゃないと満足できないけど、こういう場所で飲む場合は、逆にこういう味じゃないと落ち着かない。場の雰囲気にあった飲み物というのは大事だ。

 

「そろそろ休憩は終わりにして、続きをやろうか」

「……この鬼。陰険眼鏡」

 

 ぐぐぐっと体を起こし、疲労困憊した顔を見せた幼馴染――アイカは、僕をにらみつけて言った。失礼な子だ、君のために講義をしているというのに。

 

 

 

 先週の初ダンジョンアタックでボロボロな結果に終わってしまった僕たちは、一体何が足りていないのかを洗い出すことにした。僕たち、というより僕が言い出したことだ。

 アイカは何も考えずに次のダンジョンに行きたがっていたのだけど、今のまま行ってもまた失敗するだけだ。せっかくやるなら、黒字を出すとは言わぬまでも、せめてトントンまでは持っていきたい。

 ……元々の予定では、前回で終わりのはずだったので、多少の赤字は覚悟して、ろくに調査を行わなかった。しかし今後もやっていくとなると、きちんと準備を行うことは必須だ。

 本来のダンジョンアタックとは、入念な下調べと準備を行い、先駆者によるダンジョンの情報と各種ポーションで安全マージンを確保して行うものだ。つまり、それだけお金と時間がかかる。

 闇雲に突っ込むのでは、お金だけでなく命がいくらあっても足りない。だというのにアイカは、「おれとお前が組めば余裕だろ!」とまるで前回の反省を活かしていない。

 何よりもアイカの意識改革が大事だと判断し、「何故安全にダンジョンアタックをしなければならないのか」を僕が調べたダンジョンアタックの歴史を踏まえて講義した。

 勉強嫌いの彼女は、早々に頭がオーバーヒートを起こしてしまったようで、先ほどの姿になったわけだ。

 

「わからないと思い込むからわからなくなるんだよ。君だって、決して頭が悪いわけじゃないんだから」

「嫌味か。おれの高校時代の成績知ってんだろ」

 

 それは君が勉強に力を入れなかっただけの話だよ。そもそも勉強のできるできないは頭の良さとそこまで関係ない。勉強ができても頭が良いとは言い難い人だっている。

 

「君はやる気になったらものすごい集中力を発揮する人だ。それを自分の意志でコントロールできないっていうのが難点だけど」

「……褒められてるのか、これ?」

 

 褒めてるよ。呆れてもいるけど。

 

「休憩して、頭も整理できたでしょ。おさらいしてみようか」

「……パフェのお替り」

「講義の内容をちゃんと覚えてたらいいよ」

 

 「ちぇー」と言いつつやる気を出すアイカ。彼女がやる気をコントロールできないなら、僕がコントロールすればいいだけの話だ。

 

 

 

「じゃあまず、ダンジョンとは何か、から説明してもらおうかな」

 

 僕が問題を出し、アイカが説明をするという形で、講義の確認を行う。

 

「それはいい加減覚えたよ。「魔物が生息し、かつ発生する場所」だろ?」

 

 その通り。ダンジョンとは、ゲームに出てくるような財宝とトラップにあふれた迷宮ではない。魔物の生存領域を総じてダンジョンと呼んでいるのだ。

 何故「迷宮」という言葉をあてがったのかは、最初にダンジョンと認識された場所が迷宮だったとか、天然の迷宮を差しているだとか、諸説あってはっきりしていない。

 ともかく、現代においてダンジョンという言葉がそういう場所を示すということだけは事実だ。最近はゲーム等で文字通りの迷宮をダンジョンと表現するから、ややこしいことになっているけれど。

 頷き、次の質問を行う。

 

「ダンジョンアタッカーの意義とは?」

「ダンジョンに生息する魔物から得られる素材や、自生する植物、自然発生する鉱石を回収し、国の機関に納める。資格試験でもやったから、ばっちりだぜ」

「じゃあちょっと変則的なのいってみようか。なんで素材を国の機関に納めなきゃいけないの?」

「え? あー、なんだっけ……。受付がなんかだったよな?」

 

 ちょっと難しかったかな。これは、僕が説明しておこう。

 

「ダンジョンから魔物が流出しないように監視するのが、ダンジョン受付の本来の業務だから。防護柵やポーション類、職員さんたちの装備を作るのにも素材は必要になるでしょ?」

「そう、そんな感じだった。なんでそいつらの分の素材をおれらが回収しなきゃいけないんだよなぁ」

「それだけダンジョンの管理っていうのは大変なんだよ。単純に広いし。僕たちが先週行ったあそこ、地上部はそこまで広くないっていう扱いなんだよ?」

「……マジか。結構広いダンジョンだと思ったのに」

 

 日本にはないけど、世界には車で一周するのに数日かかるようなダンジョンもあるらしい。そんな場所で、魔物の流出を抑えつつ、ダンジョンに潜って素材を回収するなんて、どれだけの人件費がかかることになるのか。

 その点、素材の回収をアタッカーに任せれば、支払うのは素材回収代のみで済む。余った素材を市場に流すことで、利益も得られる。出回った素材から作られた装備を購入し、アタッカーはダンジョンに挑むのだ。

 

「つまり、僕たちが準備を整えてダンジョンに挑むことができるのは、他の人たちが素材を回収してくれているからってこと。前回の素材じゃ、装備の変更なんてできないし、必須のライフポーションにすらならないよ」

「なるほどなー。いい素材を狩れば、巡り巡って自分のところに帰ってくるってことか」

「そういうこと。……そして準備を怠れば、前回みたいに散々な結果になる」

 

 「うっ」とうめいて視線をそらすアイカ。彼女も、これだけしっかり講義をしたら、先週の自分の行動が理にかなっていなかったことを、さすがに理解できたようだ。

 安全に素材を回収できないということは、効率が悪くなるということだ。それは僕たちのダンジョンアタックの成果という形で反映される。僕たちの失敗を、他のアタッカーに補ってもらうことになるのだ。

 もちろん、僕たち二人が失敗したところで、アタッカー業界に与える影響などないも同然だろう。それを言ったら、レジャー目的でろくに素材を回収しないアタッカーだってたくさんいる。

 それでも、アイカが「ダンジョンで食べていく」と本気で思っているなら、一端のアタッカーとして素材を回収できなければ話にならないのだ。

 ――もちろん、先週の失敗はアイカ一人の責任ではない。僕も、いろいろな意味で準備不足だった。それを反省するために、こうして作戦会議を行っているのだ。

 

 

 

「つっても、準備って何するよ? 装備は別に前回ので不足があったわけじゃないし、ライフポーションも使わなかっただろ? あ、マナポーション買わないとな」

「それはわかってる。前回はマナポーションに助けられたよ、ほんと。……僕が気になったのは、二人ともサブロールを持ちすぎだったってことだよ」

 

 「サブロール?」と聞き返すアイカ。これは、正式な用語ではなく俗語。ネットでロールについて調べていたときにたびたび出てきた言葉だ。

 

「僕たちのロールが何か、覚えてる?」

「おう。おれが前衛・双剣士で、お前が後衛・魔法使いだろ?」

「正確にはそれ、ロールとバトルスタイルなんだけどね。……サブロールっていうのは、この前衛とか後衛の他に、別のロールも担当するってことなんだ」

 

 前回で言えば、僕は後衛の他に斥候と軍師を行っていた。アイカは、前衛と遊撃、さらには「先発」という切り込み隊長的なロールを、結果的に担っていた。

 これが前回の失敗原因。「サブロールが多すぎて、本来のロールがおざなりになっている」ことだ。

 本来のロールの通りに動くなら、アイカは僕に攻撃が来ないように敵を引き付けて攻撃をいなす。僕はアイカが引き付けた敵を一撃で倒す。それだけのはずなんだ。

 それが前回は、僕は斥候と軍師で手一杯。アイカは先走って一人で魔物を攻撃する。……こんなもの失敗するに決まってるだろ、いい加減にしろ。

 

「サブロールって用語が存在しないのは、複数のロールを一人で担当するなんて、通常のパーティでは想定されてないってことなんだよ。現実には、パーティ人数の関係でサブロールが発生しちゃうみたいだけど」

「つまり、他にやることが多すぎて、おれたちが本来やらなきゃいけないことができてないってことか。……だけどそれ、どうしようもなくないか?」

 

 そう。今のままではどうしようもない。ダンジョンアタックのときにやらなければいけないことはこなさなければならない以上、どうしても一人当たりの負担は大きくなってしまう。

 ならどうするか。……答えは簡単、頭数を増やせばいい。

 

「だから、新しいメンバーを募集しようかと思うんだ」

「新しい、めんばぁ~?」

 

 露骨に嫌そうな顔をするアイカ。いや、ちょっと考えればわかるでしょ。なんでそんな顔になるのさ。

 

「僕にもアイカにも、斥候の技術はない。だから斥候の人は必須。できればアイカにも攻撃に集中してもらいたいから、囮の人がいるとさらにいいんだけど、こっちはさすがに高望みしすぎかな」

「いらねえ」

 

 ばっさり切り捨てられた。アイカは不機嫌な顔でそっぽを向いている。……あのねぇ。

 

「アイカもさっき言ってたじゃないか。今のままじゃ、僕たち本来の強みは活かせないの。最低でも斥候の人がいないと、魔物の発見すらままならないんだから」

「お前、魔法で見つけてたじゃん。いらねえ」

「いやだから……めちゃくちゃ効率悪かったでしょ、あれ。しかも索敵だけでほぼ魔力切れてたし。あんなやり方、マナポーションがいくらあっても足りないよ」

「だったらマナポーション大人買いすればいいだろ。いらねえ」

「そんなお金ないよ。あったとしても、できればマナポーションには頼りたくない。マズいんだもん」

「我慢しろよ。いらねえったらいらねえの!」

「何がそんなに嫌なのさ。そりゃ、頭数が増える分一人当たりの取り分は減るけど、今の素材量だとここの代金も払えないよ」

「そうじゃねえ! おれとお前の伝説を作るのに、なんで他のやつが入ってくんだよ!」

 

 えぇ……その設定まだ生きてたの? 僕は別に伝説作るつもりなんてないんだけど。

 

「仮に伝説を作るにしても、今のままじゃ箸にも棒にもかからないよ。ダンジョンアタッカーとしてある程度のパーティにならなきゃ、その他大勢として終わるだけだよ。それでいいの?」

「よくねえけど! それとこれとは話がちげえ!」

「……あーもう。それじゃあどうしろっていうんだよ。今から斥候の技術も身につけろって? そんなの、何年かかるかわからないよ。そもそも僕は平日仕事があるんだから、そんなに時間も取れないよ」

「仕事とおれとどっちの方が大事なんだよ、このバカリン!」

「あの、お客様。他のお客様のご迷惑となりますので、大声はご遠慮願えますか?」

 

 口論がヒートアップして(アイカの)声が大きくなってしまい、いつもの店員さんから注意される。さすがに彼女も店員さんには噛み付かず、しぶしぶ座る。

 と、なぜか店員さんが僕の方を見る。

 

「その……仕事優先で彼女さんにかまってあげないのは、かわいそうだと思いますよ」

「……ただの幼馴染ですよ。あと、そういう話でもないです」

「あっ、そ、そうだったんですか! 差し出がましい真似をして申し訳ありませんでした!」

 

 頭を深く下げて謝罪する店員さんに、笑顔を作って「お気になさらず」と返す。アイカは、なぜかますます不機嫌になった。

 はあ……少なくとも今はパーティ人数を増やすのは無理か。

 

「わかったよ。とりあえず、メンバー集めは保留にする。でも、斥候の問題をどうにかしないと、ダンジョンアタックはできないからね」

「……わかったよ。わがまま言って悪かったな」

 

 そっぽを向いたままだけど、アイカは謝った。素直なことは素直なんだけどね、この子。

 

 だがここで、予想外の展開が起きた。

 

「あの……お客様は、もしかしてダンジョンアタッカーの方なんですか?」

 

 店員さんが、僕たちの話題に反応する。アイカはそっぽを向いたままなので、僕が対応する。

 

「ええ、駆け出しですけど。先週、初めてダンジョンアタックをしたんですが、失敗に終わってしまいまして。それで今、会議をしていたんです」

「そうだったんですか。……先ほどのは、パーティの方針で?」

「僕は新しいメンバーを迎えるべきだと思ったんですけど、彼女はそれが嫌みたいで。どんな人が来るかもわからないし、不安なのは理解できるんですけどね」

「そんなんじゃねえし……」

 

 アイカはこちらを向かずにボソッとつぶやいた。店員さんは、「ははぁ……」と納得した。

 

「それで、ダンジョンアタッカーについて気になることでも?」

「あ、そうでしたね。実は私の知人にも一人、ダンジョンアタッカーがいまして」

 

 不思議なことではない。ダンジョンアタッカーというのは、多くはなくとも少なくもない。街で出会った人の知人がアタッカーであることなど、珍しくもなんともないだろう。

 この人も同じこと。……なんだけど、どうやら少し事情が普通とは違うらしく、店員さんの表情が曇る。

 

「高校時代の知人なんですけど……いつもパーティが長続きしなくて、そのせいでダンジョンアタックにもあまり行けてないみたいなんです。悪い人ではないんですけど」

「アタッカーのパーティというのは、善悪ではなく相性ですからね。どれだけ優秀な人でも、パーティの方針がかみ合わなければ、解散してしまうそうですよ」

「大変な世界なんですねぇ……」

 

 まあ、僕はそんなに語れるほどアタッカー歴長くないけど。僕の知識って、大体は本だったりネットだったりの受け売りなんだよね。

 話してみれば、この店員さんは聞き上手というかなんというか、話が弾む。反比例するように、アイカからの不機嫌オーラが増す。

 

「それでですね……もしお客様がよろしければ、その知人をパーティに加えていただければと思ったんです。でも、そういう事情なら、難しいですよね……」

「申し訳ないです。この子は、こうなるとテコでも動かないので。一応聞いておきたいんですが、その知人のロール……パーティ内の役割ってわかりますか?」

「ええと、確か……すかうと?と言っていたと思います」

 

 スカウト。つまりは斥候のことだ。思いっきり今ほしい人材だ。勧誘できないなんて、もったいない……。

 はあ、とため息をつく。するとアイカが僕をチラ見して、視線を外してから店員さんに尋ねた。

 

「そいつ、男? 女?」

「え? えと、男性ですけど……」

「……おい、リン。一度会うぐらいなら、別にいいぞ」

 

 突然アイカが意見を翻した。そりゃ、願ってもないことだけど。どうしていきなり?

 

「おれだって、今のままじゃいけないってことぐらいわかってるよ。それに……(その、リンが、残念そうな顔してたから……)」

「最後の方、全然聞き取れなかったんだけど。なんて?」

「うるせえ! 素直に頷いとけ、このバカリン!」

 

 怒られた。理不尽だ。店員さんはなんか笑ってるし。そして微妙に目が怖いし。なんだこれ。

 

「なんか、了解を得られたので、紹介していただいてもよろしいですか?」

「はい。ありがとうございます。ごちそうさまです」

 

 ごちそうさまはこっちの台詞なのでは? 僕は訝しんだ。

 

 その後、連絡を取るために女性店員さん(岸峰(きしみね)さんというらしい)と電話番号を交換し、アイカとの約束通りパフェの追加を注文した。

 連絡先の交換の際も、アイカはごねた。曰く「こんな変態眼鏡に女の連絡先渡すとか、ありえねえ」だそうな。そろそろ僕は名誉棄損で訴えてもいいんじゃないだろうか? しないけど。

 

 

 

 

 

 後日、岸峰さんから連絡が入った。知人と連絡がついたので、会ってもらいたいとのことだ。場所はわかりやすく、いつものファミレスということになった。

 家で自主トレをしていたアイカに声をかけてファミレスに向かう。岸峰さんに出迎えられ、彼は既に到着しているということで、席に案内された。

 そこにいたのは、知的な印象を受ける甘いマスクのイケメンだった。待っている間暇だったのか、彼は本を読むことに熱中しており、僕たちに気付いていないようだ。

 ――岸峰さんの言うとおり、パッと見は悪い人ではなさそうだ。だけど、彼はどのパーティとも相性がよくないという話なので、何かしらの問題を抱えているはずだ。

 もしかしたら、無自覚のサークルクラッシャーなのかもしれない。彼のルックスなら十分にあり得そうだ。……アイカなら平気だとは思うけど、一応注意しておこう。

 ともあれ、声をかけないことには話が進まない。知らない人への警戒心バリバリで僕の後ろに隠れるアイカはアテにならないので、いつも通り僕が声をかける。

 

「あの、すみません。岸峰さんのご紹介を受けたパーティの者なんですが」

 

 僕が声をかけると、彼は本から視線を外し、僕を見た。そして人の好さそうな笑みを浮かべる。他者に与える第一印象が良く、とても何か問題を抱えているとは思えない。

 悪意を持っているとも思えないし、やはり無自覚に不和を呼び込んでしまう人なんだろうか。そう思いながらも、僕も笑みを返した。

 

 

 

 そして僕の考えは――斜め方向の形で粉砕された。

 

「ンデュフフフフフフフ! 岸峰殿から聞いた通り、尊いパーティでござるな!」

「……はい?」

 

 なんか、彼のルックスからは想像できないような、気持ち悪い笑い声が聞こえたような。あと口調。

 背後のアイカの警戒心が強まる。僕の背中からちょっとだけ顔を覗かせ、彼を睨みつけて獣のようにうなる。

 それを見て彼は気を悪くするどころか、アルカイックなスマイルを浮かべる。

 

「ンホォ! 尊死する! 尊みが深いぃ!」

「リン、やめよう。こいつ、やばい」

「う、うん。なんか、会話が通じる気がしないね」

 

 言動が意味不明すぎる。僕とアイカを見て、謎の感想を発し、恍惚の表情で痙攣している。控え目に言ってイッちゃってる人だ。

 岸峰さんに謝って帰ろうと踵を返すと、彼はとてつもない動きで回り込んできた。ファミレスのソファに座った状態から、ほんの一瞬目を離した隙に回り込まれたのだ。

 斥候としては素晴らしい能力だろう。(頭の中身が)腐ってもダンジョンアタッカーということなのか。

 

「失礼つかまつった。初対面の相手に見せる姿ではござらんかった」

「今更真面目な顔してもおせーよ……」

 

 キリッと真面目な顔をすれば、とてもまともな人に見える。しかし早々に中身を知ってしまった僕とアイカにとっては、無理やり取り繕った擬態でしかなかった。

 ……強硬手段以外では、逃げられそうにない。そしてこんな場所で強硬手段を取れば警察沙汰になってしまう。それで損をするのは、会社員をやっている僕だけ。

 わかってやったとは思えない。彼は「話だけでも」と相変わらず人の好さそうな態度で、僕とアイカを対面に座らせた。

 彼はコホンと咳払いをして、真面目に自己紹介をする。

 

「拙者、秋元颯太(あきもとそうた)と申す。気軽にキモオタと呼んでくだされ」

「えぇ……秋元さんはそれでいいんですか」

 

 「拙者のソウルネームでござる」と胸を張る秋元さん、もといキモオタさん。世の中にはいろんな人がいるなぁと、意識が飛びかけた。

 

「ええと、僕は倉橋凜太郎です。こちらは、幼馴染でパーティメンバーの小鳥遊愛花」

「……どーも」

「おさななっっっ!!」

 

 口元を抑えて目に涙を湛え、悩ましげに眉を寄せるキモオタさん。何に感激してるんだろう、この人。

 

「拙者、この数分で一年分の尊みを感じてござる。楽園はここにあった……ッ!」

「話が進まないのでテンションは抑え目でお願いします」

 

 なんかもう対応が雑になってしまったけど、この人はこのぐらいでいいのかもしれない。なんでパーティ組めないのか、理解できちゃったなぁ……。

 彼は「失礼つかまつった」と言ってもう一度咳払いをし、今度こそ話をする体勢を整えた。

 

「僕たちは今、ダンジョンアタックをするために斥候の人を募集しています。前回、サブロール過多で失敗してしまったので」

「岸峰殿から聞いてござる。しかし、初ダンジョンアタックに二人で挑むとは。豪気でござるな」

「……そうなのか?」

「いや、僕も知らない。ネットで見ると、ソロで潜ってる人のブログとかも結構あるんですけど、普通は何人ぐらいで挑むものなんですか?」

 

 岸峰さんの話からして、キモオタさんの方がダンジョンアタッカー歴が長いのはわかっている。というか、ほとんどの人は僕たちより長いだろう。

 先輩アタッカーの話を聞くのは、先日の重戦士さん(クリーニング屋兼業)に続いて二人目。貴重な生の意見だ。

 

「初心者なら、たいていは四人、少なくとも三人でパーティを組むでござる。二人だと周辺警戒だけで手一杯になってしまうでござるからな」

「確かに、前回失敗した最大の原因はそれでした。索敵だけで魔力切れになって、戦闘はほぼアイカ任せになってしまいました」

「ふむ? 魔法で索敵でござるか。ちなみに、どのような魔法を使ったでござるか?」

 

 このぐらいの魔法なら、街で使っても罰せられないか。……映す場所にもよるけど。

 術式を編んで魔力を通す。窓の向こう、道路の反対側の光景を、僕たちの前に出現した鏡に映す。キモオタさんは目を丸くした。

 

「こうやって、「鏡面投影」の魔法を5つ並列使用しました。ただ、これだと鏡に映らないものはわからなくて……」

「いやはや、見事なものでござる。本当にダンジョン初心者でござるか?」

「魔法の鍛錬自体は、子供のときから続けてたので。精度だけならそこそこだと思いますよ」

「そこそこってレベルかよ、この生真面目君は……」

 

 アイカに呆れられた。言いだしっぺは君だからね?

 

「なるほど……。思うに、倉橋殿は「できることが多すぎる」のでござるな。それが原因となってなんでも抱え込んでしまい、「二人で行ける」と思い込んでしまったのでござろう」

「うっ……」

 

 心当たりがありすぎた。いやまあ、「ソロでやってる人のメソッドを取り入れたんだし、これなら二人でも行けるだろう」って確かに思いましたけど。

 ……一回限りのダンジョンアタックのつもりだったとしても、安全を確保するというなら、やはり人数は見直すべきだったのだろう。反省しよう。

 

「ソロで活動している者たちも、新人時代は四人とかでパーティを組んでござるし、一人になってからは短時間の大物狩りに切り替えたり、薬草や鉱石の方にシフトしてるのでござる」

「そ、そうだったんですか。……ちなみに秋元さんは、ソロで活動されないんですか?」

「キモオタと呼んでくだされ。拙者は、バトルスタイルの関係で魔物の撃破ができないでござる。薬草採集にしても、安全マージンを確保できない以上は、ソロは無理でござるな」

 

 彼のロールは「斥候・投擲使い」なのだそうだ。……確かに、投擲使いは単独で魔物を倒すのではなく、前衛の補助としての側面が強い。ソロの武器としては向いてないかな。

 大体分かった。僕たちのパーティ人数が少なすぎるのは確定だし、キモオタさんが僕らに足りないものを補ってくれるのも確かだ。知識においても、技術においても。

 そう、能力だけを見れば喉から手が出るほどほしい人材なのだ。能力だけならば。

 

「……アイカ、どうする?」

「おれはやだ。こいつ、気持ち悪い」

「失礼なこと言わないの。って言いたいところだけど、今回に関しては僕も同感」

 

 アイカの口撃を受けてなお、キモオタさんは「おれっ娘……尊いっ!」とか感激している始末だ。正直言って、上手くやっていける気がしない。

 見た目はいいし能力はあるはずなのに、中身ですべてを台無しにしている人だった。

 

「あの、秋元さん。……秋元さん。……キモオタさん」

「なんでござろう?」

 

 本気でキモオタさんって呼ばれないと返事しない気だよ、この人。

 

「その、キモオタさんの能力は、僕らが今必要としているものではあります。けど、性格的な相性の問題でうまくやっていける気が……」

「まあまあ倉橋殿、時に落ち着くでござる。確かに拙者は、人目を憚らずオタ芸をすることで、今までのパーティでは爪弾きにされてしまった」

「自覚あるなら直せよ……」

「しかし! 熱意ならば誰にも負けない所存! 拙者は、倉橋殿と小鳥遊殿を応援したいのでござる!」

 

 ガタッとテーブルを揺らしながら席を立ち、熱弁をふるうキモオタさん。思わずビクッと身を引いてしまう、僕とアイカ。

 

「先ほど二人の姿を初めて見たとき、拙者はかつてないほどの尊みを感じてござる! まさに運命! 拙者が今までパーティに恵まれなかったのは、二人に会うためだったのでござる!」

「いや、ただの残念でもない当然だと思うんですけど……」

「そもそも尊みってなんだよ。日本語で話せ」

 

 僕らの突っ込みは、熱く語るキモオタさんには届かなかった。僕らの何にそんなに感動したというのか、まるで意味が分からない。

 僕とアイカは、どこにでもいるような幼馴染だ。もしかしたら幼馴染同士でダンジョンアタッカーをやるのは珍しいのかもしれないけど、皆無ということはないだろう。

 なら、別に僕たちじゃなくてもいいんじゃないかと思う。できれば、その誰かに引き取ってもらいたい。終始このペースは、精神的に疲れそうだ。

 

「絶対に二人の邪魔はしないでござる! どうか、拙者をパーティに加えてくだされ!」

 

 通路のところまで下がり、土下座で頼み込むキモオタさん。……正直、ドン引きである。

 僕とアイカが固まってしまい、しばし謎の空気が場を満たす。

 

 その空気を打ち破ってくれたのは、岸峰さんだった。

 

「お客様~? 当店で特殊なプレイはおやめ願えますか~?」

「ブギュル!? き、岸峰殿?」

 

 土下座したキモオタさんの頭をローファーで踏みつける彼女。ああ、知人からもそんな扱いなのね。

 

「本当にすみません、倉橋さん、小鳥遊さん。こんなのでも、悪気だけはないんです」

「もちろんでござる! 拙者、悪意というものが大の苦手なのでござる!」

「うるせえ黙れ」

「アッハイ」

 

 表情は一切変えず声色だけで凄みを出し、キモオタさんを黙らせる岸峰さん。……大人しい人ほど怒らせると怖いとはいうけど、この人は絶対怒らせてはいけないタイプの人だ。言葉ではなく心で理解した。

 キモオタさんの勢いが収まったことで、僕とアイカは硬直から回復した。

 

「あの、お二人の邪魔はさせないので、一回だけでも一緒にダンジョンに行ってあげてもらえませんか? それでもダメなら、見捨ててしまって構いませんので」

「……そうは言うけどさぁ。本当に役に立つのかよ、これ?」

 

 今までのノリで、アイカはすっかりキモオタさんに不信感を抱いてしまった。……気持ちは僕もわかる。

 でも実際に、最初の動きと経験に基づいた知識は確かなものだった。言っちゃなんだけど、ダンジョンアタックという意味ではアイカよりもこなせるだろう。

 はたして、彼のノリを理由に、このチャンスをふいにしていいものなのかという考えもある。非常に悩ましい。

 

「確認なんですけど、以前組んだパーティを追い出された理由というのは、すべて彼の性格……というか、あのノリが原因なんですよね」

「ええ……お恥ずかしながら。能力自体は非常に優秀だと、謝りに行った際に聞いてます」

「……あんたも大変なんだな」

 

 知人とは言っていたけど、キモオタさんの所業を彼女が謝りに行くということは、思っていたよりも深い仲のようだ。……見た目はいいもんなぁ、キモオタさん。

 ともあれ、現役の先輩アタッカーのお墨付きの能力だ。それが、僕たちに協力的な態度を取っている。状況だけを言葉にすると、棚牡丹もいいところだ。

 ……僕は、我慢できないこともない。となると、問題はアイカだな。

 

「ねえ、アイカ。一度だけって言うなら、僕はやってみてもいいかなって思い始めてる」

「本気かよ? だって、アレだぜ?」

「はぁ~。倉橋殿と小鳥遊殿、尊い……」

 

 うん、アレなんだよなぁ。今は岸峰さんが即行で沈めてくれてるので、大したことにはなってないけど。

 

「でも、能力は保証されてて、しかも僕たちに好意的なんだよ。こんないい話、早々ないよ。もしネットで募集をかけたとしたら、アイカが気にしてたみたいに取り分にうるさい人がくるかもしれない」

「いや、おれが気にしてたのはそうじゃないんだけど……、そう言われると、キモいだけで実害はないんだな」

 

 アイカも気付いたようだ。キモオタさんは、本人が認めているオタクっぽい言動にドン引きするだけで、物的な被害は一切ない。取り分についても、常識的な範囲で収められるだろう。

 若い男性ということによるアイカとの関係性についての懸念も、彼の性格を考えればまず大丈夫だろう。そもそも彼には岸峰さんがいる。

 

「あの言動を我慢するだけで優秀な斥候が手に入るって考えたら、相当お得だと思うんだよ。実際に我慢できるかどうかは、一度ダンジョンに潜ってみて判断すればいいし」

「うっ……でもなぁ……」

「それについてなんですけど、ダンジョンアタック当日までに私の方でしつけ直しておきます。元々そのつもりでしたし。絶対に、お二人に不快な思いはさせませんので」

「え、あの、岸峰殿? 拙者、そんな話聞いてない……」

「うるせえ黙れいい加減稼げ」

「センセンシャル……」

 

 それを言われると、男は何も言えないよなぁ。僕みたいに他に職を持っているわけじゃないだろうし。いやほんと、岸峰さんがいて助かった。

 岸峰さんに頭まで下げられては、さすがのアイカもノーとは言えなかった。

 

「わ、わかったよ。そいつは信じられないけど、お前のことは信じてやるよ」

「ありがとうございます、小鳥遊さん! あの、これからはアイカさんとお呼びしてもよろしいですか? お友達になりたいです」

「……まあ、別にいいけど。おれ、女っぽい遊びとか苦手だからな? ずっと剣ばっかだったし」

「大丈夫です! 私のメインは、アイカさんの応援ですから」

「???」

 

 なんだかよくわからないけど、話はまとまったみたいだ。

 

 

 

 次のダンジョンアタックは、僕とアイカに加え、キモオタさん(矯正予定)の三人で行う。

 リーダーは一番経験のあるキモオタさんにしようと思ったんだけど、彼曰く「拙者は二人の支持者故、リーダーは倉橋殿が適任でござる」とのことで、引き続き僕がパーティの方針を決めることになった。

 斥候の問題は一旦解決だけど、次に挑むダンジョンだったり、キモオタさんが加わったことにより新しく連携を考えなきゃだったり、まだまだ頭を使うことは多そうだ。

 

 ……あれ? もしかして僕、あんまり楽になってない?




三人に勝てるわけないだろ!(確定演出)
短いけど今回はここまで。



Tips

斥候
スカウトとも。周辺の敵や地形を監視するための先遣兵。ダンジョンにおいては、マッピングと索敵を担当する。
魔物を討伐して素材を得る場合、必須となる重要なロール。斥候がいないパーティは、薬草や鉱石などのダンジョン生成物の方を狙う。もちろん、こちらも安全確保のために斥候はいた方が良いが。

サブロール
俗語。国が定めるダンジョンアタッカーの定義においては、一人一ロールが想定されているが、現実には人数の関係で複数ロールにまたがることがある。後衛が軍師を兼任する場合が多い。
ソロで潜る場合はサブロールの塊になるので、基本的に短期集中型となる。もし長時間にわたってダンジョンアタックをしているとしたら、それは化け物かただのバカである。



登場人物

岸峰ゆかり ♀ 非アタッカー
実は序文の2話から登場している。名前は今回が初出。まさかここまで登場機会があるとは作者も思ってなかった。
凜太郎たちがよく利用するファミレスの店員。後述の「秋元颯太」を彼らに紹介した。そして、アイカと友達になった。
歳は22か23ぐらい。キモオタの元カノ。寄りを戻したい。

秋元颯太 ♂ 斥候・投擲使い
さわやかな甘いマスクのイケメンかつキモオタ。先輩アタッカー枠。高度な斥候技術とスリングショットを使った妨害能力を持った、優秀なダンジョンアタッカー。
キモオタであることを誇りに思っており、その言動のせいで長いこと固定パーティを持てなかった。凜太郎とアイカに尊みを感じて、彼らに動向を願い出た。
岸峰殿と同い年。別れた理由は、自身の経済能力の無さで不幸にしてしまいそうだから。でもなんだかんだで面倒を見てもらっている。

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