そうして全員の利害が一致し紅魔の里行きが決定した。善は急げと言うし、今日のクエストは取り止めて紅魔の里に向けて準備や計画を立てないとな。
とりあえずギルドの外に出て、必要な物資や馬車の手配の為に手分けしようと思ったところで。
「つーかどうやって行くんだ?紅魔の里って確かアルカンレティアのもっと先だったよな?馬車とかで何日もかかるってのも大変だけどよ、何よりあの街を経由しないといけないってのが勘弁してもらいたいところなんだけど」
心底うんざりしたような表情で語るキースの言葉に、俺達はうんうんと頷いて同意する。そうだった…キースの言う通り、紅魔の里へ行くにはあの街を経由しなければ難しいハズだ。
俺達は以前アルカンレティアに旅行に行ったことがあるのだが…悪名高いアクシズ教徒の総本山でもあるあの街で、まさに悪夢とも言える勧誘地獄を体験しているのだ。よほどの理由が無い限り、あの街へは近づきたく無いのは全員が思うところだろう。
「あ、私がテレポートで送るので大丈夫ですよ」
「マジかよありがてぇ!あの街に行くくらいならダストは見捨てる気でいたけどこれで安心だな。しっかし自前でテレポート出来るとか便利だよなぁ、リーンはとらねぇのか?」
「は?」
明らかに不機嫌さを表すリーンの声に一瞬場が凍り付く。
「キース。あんた、今何言ったか分かってるの?」
「え?…いや…」
リーンの剣幕にキースは怖気ついている。気持ちは凄く分かるぞ。紅一点だとかそういうのは関係無く、リーンはキレると一番怖いのだ。
「あたしくらいのウィザードがテレポートなんて超高コストの魔法覚えられるはずが無いでしょ!誰でもホイホイ覚えて使えたら転送屋なんて商売成り立ってないわよ!消費魔力もハンパじゃないし…普通の魔法職が使ったら一発で魔力切れに陥るんだから!」
「そ、そうなんだ…」
リーンは興奮冷めやらぬ様子でキースを睨みつけている。
普段はこんなになる事は無いのだが、リーンのウィザードとしての矜持から無視する事は出来なかったのだろう。無神経にそんな事を言ったキースが悪いと言えば悪いのだが、他の職業の事情なんて普通は分からないものだ。
単に間が悪かったと言いたい所だが、キースは割とそんなやらかしが多い気がするな。ところで矛先が自分じゃないのにダストは何であんなに怯えた顔をしてるのだろう。基本リーンに怒られてるのはダストなので条件反射にでもなってるんだろうか?
「す、すみません!私、そんな事情全然知らなくて…」
「あ…ゆんゆんは気にしなくていいってば、無神経なキースが悪いだけなんだし。けどテレポートに関しては周りに気を付けて話した方がいいよ。さっき言ったみたいに転送屋っていう商売がある以上、善意でも手を貸しちゃうと営業妨害って思われる可能性があるからね」
リーンの忠告をゆんゆんは素直に頷いて聞いている。
話を聞いたり実際会ったりして、彼女が頼み事とかを断れなさそうな性格してるというのは良く分かる。普段からピンチになった冒険者を助けて回っていたりしている様だし、この忠告は確かに必要だろう。
「こ、今回はゆんゆん自身の事情で帰るんだし特例って事にしてだな。とりあえず行こうぜ?」
リーンの剣幕に今だ怯えるキースを慮ってか、ダストが話題を変えるように声を上げる。ナイスだダスト、流石に慣れてるな。
「そうだな、善は急げという事だし。こうしている間にもいらぬ噂が広まっているかもしれない」
「あー…なんかごめんね、つい熱くなっちゃって」
「いえいえ、気にしないでください。では皆さん、テレポートをするので近くに…あ!」
突然ゆんゆんが声を上げる。
「す、すみません!ちょっとだけ!ちょっとだけ待っていてください!『テレポート』」
俺達の返事を待たずにゆんゆんはテレポートで何処かに飛んでしまった。取り残された俺達は何がなにやらと固まるだけで、誰も言葉も発せない。
「お待たせしました!」
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
ゆんゆんは一分もしないうちにその場に戻ってきた。
急に現れたものだからダストとリーンは声を上げて驚き、俺は声こそ上げなかったが体はビクリと反応する。キースは何も反応しなかったが…まださっきのを引きずってたようだな、怯えた目でリーンを見つめている。
「何処に何しにいってたんだ?」
「え、えーと…気にしないでください!では改めまして『テレポート』」
ゆんゆんの魔法の発動と共に一瞬視界が真っ暗になる。
そして次に目の前に現れたのは先ほどまでのアクセルの市街ではなく、一軒家がポツリポツリと立ち並ぶ山奥の村の情景だった。
「テレポートなんてそうそう使える移動手段じゃ無いから久々だが、やはり一瞬で移動するという感覚に慣れないな」
「…そうよね。普通はそんなに使えたりしないわよね」
何故かリーンが落ち込んでる。その視線の先はゆんゆんに向いている様だが…ああ、そうか。ついさっきテレポートの凄さについて語っていたのにも関わらず、何か事情があったにせよゆんゆんは連続で三回も使って見せたのだ。
ゆんゆんは紅魔族だからと思いたいところだが、その心情は察して余る。俺もアクセルの街に王都で有名な勇者が現れ、高難度のクエストをあっさり達成して帰ってきたのを見て多少落ち込んだものだ。遥かな高みに居る者への劣等感というものは中々呑み込めるものではない。
「うお!?なんだあの魔法陣!いかにも大魔法って感じがしてるけど大丈夫なのか?」
キースが大声を上げて指さす方向を見ると、言った通り巨大な魔法陣を前にローブを着た人物が杖を片手に何かをしている真っ最中だった。
「あそこの大釡じゃ何作ってんだ?めちゃくちゃ怪しい瘴気放ってるけど口に入れる物じゃ無いだろうな?」
「な、なんか竜巻が起こってるけどあれも魔法!?自然現象じゃないわよね?」
「見ろ!あんな巨大なゴーレム見た事ないぞ!紅魔族はあんなものも使役出来たりするのか…」
ただの山奥の村ではあり得ない、村の各所で行われている魔法の数々に俺達は驚く事しか出来なかった。キースなんてリーンへの怯えを忘れるくらいだ。
俺達をはじめとする、アクセルの街の住人たちが知っている紅魔族の二人とは明らかに違う。なるほど。こうして日々魔法と向き合って過ごし、魔王軍との戦いに常に備えているのが紅魔族本来の姿なのか。
「み、皆さんが驚いてくれたようでなによりです…。あんまり見ていて邪魔になっちゃうのも悪いので、とりあえず宿屋兼酒場のお店にでも行きませんか?そこは私の友達の家でもありまして…」
騒いでいる俺達に対し遠慮がちに、何故かゆんゆんが顔を真っ赤にしながら提案してきた。ちょっと目を離した隙に何かあったのだろうか?
しかし邪魔をしてはいけないというのはその通りだ。それに色々話をするのに武器等は邪魔になるだろうし、まずはそこで荷物を預かって貰うとしよう。
「やっほーゆんゆん、約束通り結婚相手を連れてきたんだね」
「男の人は三人居るけど…金髪の人はこの人でしょ?仮面の人は連れて来なかったの?」
宿に向かおうとした所で二人の紅魔族の女の子に声を掛けられた。二人共ゆんゆんと同年代くらいで、一人はポニーテール、もう一人はツインテールの髪型が特徴的だ。
「違うから!結婚相手とかじゃないから!連れてきたのは一緒にそういうのじゃ無いって説明して貰うためなのに…。ふにふらさんどどんこさん…お願いだから皆の誤解を解くのを手伝ってくれませんか?」
「まぁぶっちゃけそうだろうとは思ってたんだけどね。あのゆんゆんがいきなり結婚なんて私達は信じて無かったよ!多分話を信じてるのって、ゆんゆんの親族とおじさんおばさん世代より上の人ぐらいじゃない?」
「族長の娘って事で可愛がられてたもんねー。でも協力するのはやぶさかではないよ…そのかわり」
珍妙な名前が判明した女の子達はゆんゆんを手招きするとコソコソと相談を始めた。
ゆんゆんが驚いたり嫌そうだったりとリアクションを取ってくれたので、あまり愉快な内容じゃない事は分かる。なんかチラチラとこっちを見てきてるし、嫌な予感が外れてくれるといいのだが…。
「え、えーとキースさんとテイラーさん。もし良ければこちらの二人と紅魔の里の観光なんてどうでしょうか?」
「「え?」」
「ほ、ほら!先程紅魔族の事を知りたいって言ってましたし、お父さんへの説明はダストさんの他にリーンさんが居るならばきっと大丈夫だと思うんですよ。それならただ待っているよりはいいかなー…と」
…ゆんゆん嘘が隠せない娘だというのも分かった。なんとなくあの二人に頼まれた内容も把握できるというものだ。あの二人も、もうチラチラどころじゃないほどこちらを見てきているし。
「おいおい、俺達は遊びに来てるんじゃねーんだぞ。百歩譲って観光に行くにしてもなんで俺をハブにしやがる。もうゆんゆんとリーンだけで説明行って来いよ、俺もこいつらと観光してっからよ」
「いやいやいや!ダストは当事者として説明に行った方が絶対良いって!勿論俺は観光に行かせてもらうぜ。多分ゆんゆんと同年代だろうから少し若いかなーってとこだけどよ、こんな可愛い子に案内してもらえるなら断る理由なんて無いってーの」
「えーそんなー可愛いだなんて」
「お兄さんも中々カッコいいと思いますよー」
キースはさっさと二人に近寄って自己紹介を始めている。ダストは移動しようとしたところでリーンに耳を引っ張られて止められていた。正直なところ俺も観光側に行っても良いのだが…。
「俺は遠慮しておこう。キース、荷物になるようなものがあれば預かるぞ」
「え?お、俺一人で行っちゃっていいのか?」
「ああ、後は任せて楽しんでこい」
キースは俺の手を両手で握りしめると。
「…テイラー!ありがとう!」
目を輝かせて礼を言ってきた。キースにここまで感謝されるのは初めてかもしれない。
「じゃーあとでなー!ふにふらちゃんにどどんこちゃん、案内宜しくね。とりあえずそうだな…例えば、カップルで観光に来たならここがオススメっていう所とか…あったりするかな?いや!今んとこ俺に恋人は居ないんだけどさ!いつか来た時の参考にっていうかね!」
「えー本当に彼女居ないんですかー?…それじゃあ魔神の丘なんてどうです?」
「景色も綺麗だし…きっと気に入ってくれると思うわよ!もし私が誘われちゃったら『ドキッ』って、きちゃうような場所なんです!」
キース達が楽しそうに話しながら遠ざかって行くのを見ながら、今預かった荷物を担ぎなおしていると。
「おい、どういう風の吹き回しだよ?キースなんかに花持たせるなんて」
ダストがいぶかしげな表情で睨みながら聞いてきた。リーンとゆんゆんも同じ意見なんだろう、俺の方を見て答えを待っているようだ。
「なに、最近キースの奴は酒を飲むたびに『ダストでさえモテてるのになんで俺だけ…』なんて愚痴る事が多くてな。付き合わされる俺もそろそろ勘弁して貰いたかったんだ。幸い彼女たちもキースに興味を持ってくれたようだし、上手くいったら上手くいったで祝福してやればいい。それに…」
俺は彼女達から謎の相談を受けていたゆんゆんを見つめながら。
「ゆんゆんの反応的に少し嫌な予感がしたからな。もしかしてだが、彼女たちはいつもあんな感じで男に…その、飢えているんじゃないのか?」
「………」
俺の指摘にゆんゆんは笑顔のまま固まる事で答えてくれた。紅魔の里の恋愛事情は良く分からないが、俺の勘では関わらない方が良いと感じている。ついでの事だが、彼女達は年齢的にも性格的にも俺の好みじゃ無かったのだ。
「はー、私の知らない所でテイラーも苦労してんのね。でもダストがモテてるって何処情報よ?こんなクズに寄ってくる女の子なんて居たかな?」
「…もしかして私も含まれちゃってたりします?ご飯とかたかられたりしてるだけで、本当は極力関わり合いたく無いって思ってるんですけど」
「あとはあのロリーサとかいう娘のそうじゃないか?あんな小さい子と何処で知り合ったのやら…最初見た時は遂にやってしまったかと心配したぞ」
「…色々だよ色々、俺の事はもういいだろ。もうさっさとゆんゆんの親父のとこいって帰ろうぜ」
こいつも一筋縄ではいかない事ばかりしているな、実際に様々な事情があるのだろうけども。
だが本当に悪い事をしている訳では無いというのは知っているさ。例えキースの勘違いだとしても、最近ダストの周りによく見る相手が増えたのは事実なのだ。その相手が口ではどう言おうとも付き合い続けるのには理由がある。
一応パーティーのリーダーとして扱われている身としては、これでダストの行動が多少でもまともになってくれるきっかけにでもなればと願うだけだ。