この堅実クルセイダーに決断を。   作:ぶたはこ

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5話

「それじゃまた、お店にも来てねー」

「あいよ、親父さんにもよろしくな」

 

 ねりまきが手を振ってるので俺も手を振っておっさんを見送る。

 偶然出会ったあのおっさんは農家の人だったようで、先ほど上級魔法でダイナミックな耕作をしていた農地の方へと歩いていった。

 

「ちょっと仕入れの事で話し込んじゃってごめんね、えーっと…次に行けそうなのは…」

 

 ねりまきは遠くを見渡しながら考え始めた。正直なところ、もうおなか一杯な感じなのだが…逆に慣れ始めても来たので開き直りつつもある。

 そけっとと別れた後、ねりまきの案内で何か所か施設等を見て回ったのだが…どこもかしこも色んな意味でぶっとんでいて驚きの連続だった。『願いの泉』『猫耳神社』『聖剣の岩』そして『農業区』。それとここまで出会った十数人の紅魔族による名乗り上げ。初めのうちは『またか…』と思いながら聞いていたのが、『何の職業なんだろう』と楽しめる様に思ってしまった時点で色々と諦めがついてきてしまった。

 

「ちょっと歩くけど『魔神の丘』かな?疲れたなら商業区…うちの近くに戻って喫茶店『デッドリーポイズン』で休む?」

「そうだな…特に疲れてはいないから魔神の丘でいいぞ、その若干物騒な名前の喫茶店にはその後に行こう」

 

 ここでは紅魔族のすることにいちいち大げさに反応する事は無い。悟りのような気持ちで受け入れるのが正しい対応なのだ。

 

「りょーかい。じゃあついてきて」

 

 俺の返答に笑って答えると、ねりまきははたから見ていても分かるくらいに楽しそうに先導を始める。

 それに、案内役のねりまきのおかげで退屈はしていない。人見知りという訳ではないが、俺はダスト達に比べれば『お堅い』性格をしていると自負している。それが大分年下の女の子と二人きりだというのに息苦しさを感じずにいられるのは、相手がねりまきだからこそだろう。

 以前、同じように真面目な性格をした女性と二人で過ごした次期があったがここまで楽しいと思う事は無かった。いや、そもそもあの時はそういう雰囲気でも無かったのだが。案外、俺はねりまきのような性格の女性と相性がいいのかもしれないな…って何を考えてるんだ俺は。

 

「ん?誰かこっちに走って来てる?」

「えっ?」

 

 ねりまきの声で我に返り、自身も倣って道の先を確認する。確かに、今から向かおうとしていた魔神の丘に続く道の先から誰かがこっちに向かってきていた。その誰かは前傾姿勢で全力疾走しているようで、もう十数秒もすればすれ違う…。

 

「ねりまき、こっちだ」

「ふぇ?」

 

 瞬時の判断でねりまきの手を引いて近くに生えていた木の影に隠れる。

 

「なになに?知り合い?」

「…だと思う。嫌な予感がするからスルーしたほうが良さそうだ」

 

 俺の言葉に目をパチクリとさせるねりまき。けれど言いたい事は伝わったのか、静かに大人しくしてくれている。

 

「ちくしょう!ちくしょう!ちっくしょー!」

 

 次の瞬間。悔しそうな声を上げながら、その人物は俺達に気付くことなく通り過ぎて行った。

 

「………」

 

 通り過ぎて行ったのを確認して木の影から道に戻る。なんとなく予感はしたが声と後ろ姿から確信した、あいつは…。

 

「キース…まさか、またなのか?」

「見た事無い人だから外の人みたいだけど、もしかして仲間の人?」

「ああ、さっき別の紅魔族の人と観光に行くと別れていたのだが…どうやらあまり有り難くない事があったようだな」

 

 俺が考えていた通りの事だったとしたら、いま魔神の丘には先ほどの二人が残っているという事だろう。もし観光を遠慮していた俺がねりまきと一緒に居る事が知られたとしたら…。

 

「ねりまき、すまないが魔神の丘はやめにして一旦戻ろう。なんだか休憩したい気分になってきた」

 

 あー…後が面倒な事になりそうだ。またしばらくはヤケ酒に付き合わされるんだろうなぁ…。

 

「う、うん…それは別に良いんだけど…」

「うん?」

 

 ねりまきにしては珍しく歯切れの悪い返事だな。

 

「あ、あのさテイラー…その、手が…」

 

 キースが走り去った方からねりまきへと目を向ける。そこには恥ずかしそうに頬を染めているねりまきと、引き寄せた時から繋いだままの手…。

 

「わ、悪い!つい!」

「ううん!お、男の人から手を繋がれたのって初めてでちょっとビックリしただけだから!」

 

 慌てて手を放すとねりまきはフォローをしてくれた。

 しまった…打ち解けられたように思えてもまだ会ってから数時間も経っていないんだ、いきなりそんな事をされたら驚きもするだろう。ましてや年頃の女の子でもある、もう少し気を付けてあげないといけなかったか…。

 

「ホントのホントに大丈夫だから気にしないで!じゃあ、喫茶店で休憩だよね?ついてきて!」

 

 ねりまきはまくし立てるように喋ると若干ぎこちなく大股で歩き始めた。

 

「あ、ああ…」

 

 本当に気を付けよう。この事がねりまきの親父さんにバレたら、ダストの二の舞になりかねん――――。

 

 ――――道中何人かの紅魔族とすれ違い、その名乗り上げを聞いたりしている内にねりまきとの妙な空気は無くなってくれた。女性…いや、女の子とあんな雰囲気になったのは初めての事だったから、今回ばかりはあの名乗り上げに感謝したい。

 そして到着した喫茶店『デッドリーポイズン』は…やはりというか名前以外は普通の喫茶店だった。残念な事に店のマスターの名乗り上げも割と普通で、次に会う紅魔族の人はもっといい名乗り上げを…ん?

 

「あれ?あるえだ、珍しい」

 

 案内された席に向かっているところでねりまきが声を上げた。相手は一人でテーブル席に座り、テーブルに置いた紙に何かを書いている女の子だ。

 

「ふむ…そのセリフはそっくりそのままお返しするよ、ねりまき」

 

 あるえと呼ばれたその子はテーブルから顔を上げてこちらを見上げてきた。毛先がロールしているセミロングの黒髪に蝙蝠の翼のような髪飾り、そして片目にどこかで見たような眼帯をしている。

 

「あるえの場合出歩いてる事自体が珍しいでしょ?私だってたまには喫茶店で休んだりもするよ」

「そうだね、そういう時もあるだろう…けど男とデートしてるなんて初めてじゃないのかい?」

「なっ!?」

 

 あるえの指摘にねりまきの顔が真っ赤になる。どうやらねりまきと友達のようだが、ようやく戻りかけた雰囲気を引き戻さないで貰いたい。

 

「違うから!観光の案内してるだけだから!」

「ふーん…確かに見ない顔だね。我が名はあるえ、紅魔族一の小説家!いずれ世界を感動へと導く者!」

「俺はテイラー、ちょっとした用でこの里に来たのだが時間が余ってね。宿を借りたついでに、ねりまきに案内を頼んだんだ」

 

 またあんな変な空気になるのはごめんなので俺からもフォローしておこう。それにしても小説家か、ここにきて珍しい事を仕事にしている紅魔族に出会ったな。

 

「紅魔族の自己紹介にも慣れたものみたいだね。とりあえず、色々と観光して回ったのは嘘ではないみたいだ。まぁ、立ち話もなんだし良かったら座るといい」

 

 あるえは食べ終わって空になっていた食器を端に寄せて、テーブルにスペースを作ってくれた。

 特に断る理由も無いので同席くらいいいだろう。俺が先にねりまきに座るように促すと、ねりまきはあるえの斜め向かいの席に座った。必然、俺はあるえの対面に座る事になる。

 色々と考えさせられる立ち位置だが気にしないでおこう、俺もねりまきも特に他意は無いのだから…ってなんでねりまきは隣に座る俺と距離を置いてるんだ?

 

「………」

 

 ねりまきの顔を見てみるとまだ少し赤くなっている。ああ…デートとか言われたから近すぎるとまたからかわれると思ったのか。

 

「では…二人のなれそめを聞かせて貰おうか。ネタに詰まって散歩していたら、族長を説教するゆんゆんどころかこんな面白そうなネタに出くわすとは…犬も歩けば棒に当たるとはよく言ったものだ」

 

 あるえはペンを片手に心なしかウキウキした口調で聞いてきた。

 …なるほどこういう子なのか。カズマのところのめぐみんしかり、里に来てすぐ出会った二人しかり…紅魔族の年頃の女の子はクセが強い子が多いなぁ。

 

「だから案内してるだけだってば。あんまりしつこいとあるえのお父さんに聞いたあるえの事、ゆんゆんの結婚話ぐらいに尾ひれつけて拡散するよ。あるえのお父さん、うちの常連なんだからネタには事欠かないんだからね」

「ぐっ…痛い所をついてくる。わかったわかったもう言わないよ」

 

 友達同士らしく互いに遠慮の無い会話をする二人。

 ちょっと驚いたのは俺に対する話し方とほとんど変わりが無い事だ。いや、この場合は俺に対する話し方が友人に対するそれと変わらないと言うべきだろう。初めからフレンドリーだなと思ってはいたが、本当に裏表の無い素直な性格なのだなと再認識させられた。

 

「はいよ、お冷とおしぼりとメニューだよ。今日のオススメは一撃熊のシチューだね、日替わりは焼き鮭定食になるよ」

「ありがとうございます…って!こんな高級食材をこんな値段で!?」

 

 マスターから受け取ったメニューを一目見て思わず声を上げてしまった。オススメで一撃熊がさらっと出てきたのも驚きだが、メニューに載っている料理の食材はどれもこれも倒したり集めたりするのが困難な物ばかりだったのだ。

 

「はっはっは!外からのお客さんは毎度驚いてくれて嬉しいねぇ」

 

 そうか、上級魔法を使いこなす紅魔族にとっては強いモンスターの素材調達なんて苦では無いんだ。テレポートも使えるから場所の登録さえしておけば新鮮な食材もすぐに運搬できる。余計な人件費や輸送費もかからないから、この値段でも大丈夫なのだろう。

 

「じゃ、じゃあオススメの一撃熊のシチューで」

「私は日替わりにしようかな」

「あいよ。料金は前金で宜しくね」

 

 支払うために財布を取り出したことろで、隣のねりまきも同じように財布を取り出そうとしているのが見えた。

 

「ねりまき、ここは俺が払おう。案内もして貰ってるし、そのお礼だ」

「えっ?ほんと!やった!今月ちょっと厳しかったんだよね!」

 

 ねりまきは俺の提案をあっさりと受けてくれた。変に気を遣って拒否されるよりも、こうやって素直に受けてくれた方が奢る側としては逆に嬉しいものだ。

 

「まいどあり!…ところであるえちゃん、食後のコーヒーでどんだけ粘る気だい?」

「ピークも過ぎてるし、さっきの族長騒ぎでどちらにしても空いてたんだからいいじゃないか」

「…そういう問題じゃないんだけどなぁ」

 

 マスターはそう呟くと、あるえが端に寄せた食器を回収して厨房へと入っていった。

 

「あるえー、メニュー一つで長居する客は嫌われるよー」

「今日はたまたまさ、ゆんゆんを相手に土下座をする族長を見てたら妙に筆が乗ってしまってね」

 

 あるえはそう言うものの、なんとなくではあるが常習な気がしてならない。マスターのあしらい方にまったく躊躇というものが無かったからな…。

 

「そういえば…そんな愉快な光景の近くに外の人らしき人も居たけど、もしかしてテイラーさんの知り合いかな?」

「金髪のチンピラとポニーテールの女の子だとしたら俺の仲間で間違いないな。多分知ってると思うが、金髪の方がゆんゆんの婚約者と間違えられていた奴だ」

「なるほどなるほど」

 

 言いながら紙に何かを書く手を止めないあるえ。こういったあらゆる事からネタを拾う姿は小説家らしいと思うのだが、逆を言うとなんでもなんでもネタにするという危険さも持ち合わせて居る。うーん…ダストの二の舞を避けたい身としては、余計な事は喋らない方が良いかもしれない。

 

「ということは、テイラーさんは普段はアクセル…という街だったかな?そこで冒険者として活動をしているってことかい?ゆんゆんの婚約者はアクセルという街に居るという話だったからね」

 

 俺の決意も空しく。あるえはネタの為なのか単なる好奇心なのか、根掘り葉掘り聞こうとする構えである。

 俺は助けを求める為に隣を見ると。

 

「………」

 

 そこには期待に満ちた目で俺を見つめるねりまきが居た。

 

「…ねりまき?」

「ごめんテイラー。私も外の事聞きたい」

「………」

 

 ここにきて味方が居なくなってしまった。

 

「まあまあテイラーさん、これはある意味仕方のない事なんだよ。普段は里から一歩も出ない生活をしてるからね、年頃の紅魔族は皆外に興味津々なのさ」

 

 あるえの言葉にねりまきは頷いて同意している。ただ若干バツの悪そうな顔をしているように見える所、もしかしたら元々案内の代償として外の事を聞いたりしようと考えていたのかもしれない。

 とはいえ、ねりまきもそうなのだとしたらそんなに目くじら立てる事でもない。むしろこっちの方こそ色々と教えて貰ったのだから当然の権利だろう。田舎から遠く離れた都会への憧れ…魔王も恐れる紅魔族といえども、その辺りは年頃の女の子と変わらないんだな。

 

「わかった。ねりまきにはお世話になりっぱなしだし、俺で良かったら色々と話してあげよう。ただ…俺は面白おかしく話すのが苦手でな、つまらなかったりしたらすまない」

 

 俺の答えにねりまきとあるえは嬉しそうな顔をして頷いてくれる。こんなに期待されてしまっては、出来る限り二人が満足できるように頑張るしかないな。

 

「じゃあとりあえずアクセルという街についてから…―――」

 

 やはりというか、俺はボキャブラリーというものが貧相だった。どうしても事実をそのまま話す…説明のような話し方しかできず、話しながら色々と考えてはみたものの最終的には普通に話すしか無くなってしまったのだ。

 しかし、そんな俺の拙い話でも二人には魅力的だったようで。時折手を上げて質問をしながら、冒険者の生活というものを興味津々で聞き入ってくれた。

 それは食事が来る前だけでなく、食事中も…そして食べ終わった後も続き。先程ねりまきが注意していたにも関わらず、俺達も食後のコーヒーで随分と長居することになってしまった。

 

「ごちそうさまー」

「またくるよ」

「ごちそうさまでした…長い時間申し訳ない」

「まぁ、外の人の話じゃ仕方ねぇ。また来てくれよ」

 

 各々マスターに声を掛けて店を出る。

 反省だな…二人の反応が楽しくて柄にも無く話過ぎてしまった。お詫びといっては何だが、明日帰る前に皆で寄れるように提案するとしよう。

 

「テイラーさん、楽しい話をどうもありがとう。私は早速家に帰って執筆を始めさせてもらうよ」

「参考になったのならなによりだ。もし小説を見かけたら読ませてもらうよ」

「またねあるえ。小説も良いけどたまにはこうやって出歩きなよ」

 

 そうしてあるえはさっさと帰ってしまった。気持ち早歩きに見えるのは気のせいでは無いだろう。

 

「テイラー、私からもありがとう。もう、すっ…ごい興奮した!やっぱり前衛と後衛の助け合いって燃えるよね!あー…私もいつかやってみたいなぁ」

 

 ねりまきはうっとりとした表情で目を輝かせている…というか比喩でもなく本当に赤く光っていた。

 以前カズマに聞いたのだが、紅魔族というのは興奮すると目が赤く輝くのだという。もし街で目が光ってるめぐみんを見かけたら逃げた方が良いとも言っていたが…流石に目が光るほどに興奮してるだけで危険なのはめぐみんくらいだろう。

 

「ねりまきも、楽しんでくれたようで良かったよ」

 

 ちなみに話の中で二人が一番興味を持って聞いていたのはクエストでの戦闘の場面だった。何故かと聞いてみると、紅魔族の戦闘はおおざっぱすぎて連携も何も無いからだという。そして意外な事に、ウィザードであるリーンの活躍と同じくらいにクルセイダーである俺の仕事にも興味を持ってくれた。

 これにもちゃんとした理由があり、今回紅魔の里に来たきっかけの一つであるゆんゆんが挑んだ族長になる試練に関する事だ。どうやら族長になる試練というのは有名な冒険譚をベースに構想されたもののようで、特に最終試練は本来は前衛の人を連れて二人一組で行うモンスター相手の実戦なのだそうだ。

 そういった経緯もあり、年頃の紅魔族の女の子は自分を守ってくれる前衛というものに強い憧れを抱く事が多いという。まぁ実際のところ紅魔族は単体でも強すぎるくらいなので、前衛が必要な戦闘なんて皆無なのも憧れる要因の一つなのだろう。

 

「じゃあじゃあ、腹ごしらえも済んだことだしどこいこっか?もう張り切って案内しちゃうよ!」

「はは、こっちも十分なくらい楽しませて貰ってるから気を張る事は無いぞ。そうだな…折角商業区に来てるんだし、この辺りの店を案内して貰えるか?」

「りょうかい!テイラーが見て面白そうな店と言えば…鍛冶屋かな?うちの里で作ってるのは良いものばっかりだよ!」

 

 ねりまきは上機嫌にウインクまで披露して歩き出した。俺はその元気な足取りに遅れないように後を付けつつ、思わずニヤケそうな口元を抑えていた。

 実は紅魔の里に来るにあたって一番楽しみだったのは紅魔族が作成した武具を直に見れる事だ。彼女たちが冒険譚に憧れを抱くように、俺のような前衛職にとって紅魔族特製の武具というのは憧れだからである。

 紅魔族の作る武具は装備自体に特殊な性能が付加されていて、それだけで戦闘を優位に進める事が出来る。しかしその分非常に高価で、王都等の都市部にある、入るのもためらわれるような高級店にしか卸されていなかったりする。

 しかし。さっきの喫茶店でのあの料理…あんな高級素材を使ってるのにあの値段という事を考えると、もしかしたらこの里の中で買うのならば俺にも十分に手が届く値段なのかもしれないという期待が湧いてくる。最近はヒドラや亀のおかげで臨時収入もあったことだし、いよいよ俺も魔剣や魔法防具持つ時が来たのかも知れない!

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