NEED FOR SPEED:Legend Of The Lan 作:天羽々矢
第1管理世界と呼ばれる世界、ミッドチルダの首都クラナガン。
その一角に存在するスポーツジムの入り口前に1台の車が停まっている。
黒い車体でDAMD製ボディキット、ARC製GTウィングを装着し、ボンネットと車体両サイドに赤い炎のバイナルを施したランサーエボリューションⅨ、リュウの車である。
その車の持ち主であるリュウは車体左、助手席のドアに軽く寄りかかり携帯端末でSNSに興じていた。
今日はリュウは休日であり、とある約束の為に迎えに来ているのだ。
《マスター、お見えになられました》
「分かった、ありがとうウルス」
突然聞こえた女性の声にリュウは携帯をしまう。
その声の発声元は彼が右手首に着けているブレスレットに埋め込まれているカボションカットの青い宝石が点滅している。
リュウの持つブレスレットは、彼に限らず魔法が使える者達の魔法の杖“デバイス”と呼ばれる物で。リュウの持つそれは幼少期から一緒にいた相棒のような存在でもあるインテリジェントデバイス“ウルス”だ。
ウルスからの報告を受け、リュウは携帯の画面を切り上着のポケットにしまう。
そして少しするとリュウの下に1人の少女が走ってきた。
濃い茶色の髪をポニーテールにまとめ気の強そうな目付き、半袖のシャツにショートパンツ、腕まくりしたジャケットと動きやすそうな恰好をしている。
「押忍!今日もよろしくお願いしますリュウさん!」
リュウに元気良く挨拶した彼女は“フーカ・レヴェントン”。
先程彼女が出て来たスポーツジム“ナカジマジム”に住み込みで働くアルバイトでありながら“
そんな彼女だが今日はリュウと同じくシフトはオフ。とはいえ毎日こなすトレーニングメニューも既に終えている為今日はもうやる事が無い。
そんな日にこうして2人は会った訳だがこれはフーカのコーチ公認であり、「仕事もトレーニングも無い日は外で刺激してやって」と任されているのだ。
リュウはランエボⅨの助手席のドアを開けフーカを乗せると自分も運転席のドアを開け乗り込みエンジンをかける。
タコメーターが立ち上がるのを確認しゆっくりとアクセルペダルを踏み車を走らせる。夜はストリートレーサーとして車をかっ飛ばす彼だが今は昼、モラルは弁えているようだ。
リュウとフーカは互いに他愛もない会話をしているが、実はフーカは密かにリュウに想いを寄せている。だが自分で暴力的かつ気の強いと少し自覚している節がある事と、もう1人リュウに想いを寄せる人を知っている為その人に譲って自分は身を退こうとしている。
そして2人が乗ったランエボⅨはクラナガン郊外に位置する人気のないサーキット場に着きそこには先客がいた。
プラチナのような髪をリボンでポニーテールに纏め白いインナーと裾にフリルをあしらったアメジストパープルのキャミソールワンピースを着た少女が既に待っていた。
「ようリンネ!待っとったか?」
「遅いよフーちゃん・・・あ、リュウさんこんにちは!」
「ああ、こんにちはリンネ」
フーカにリンネと呼ばれた彼女は“リンネ・ベルリネッタ”。
かつてはフーカと同じ孤児であったが現在はミッドチルダ有数の富豪ベルリネッタ家に養女として迎えられている。
1年ほど前まではフーカとは絶縁に近い状態であったが、今ではかつてのように良好な関係に戻った。
そして先程記述したが、リュウに想いを寄せるもう1人とはリンネの事である。
リュウは2人と一緒に何をしようかと言うと、リュウは徐にフーカに自分のエボⅨのキーを手渡した。
「それじゃ2人共、今日も始めようか」
『押忍(はい)!』
お分かりでない方に説明しよう。・・・今日はリュウによるフーカとリンネのドライビングテクニック、通称ドラテクの練習教室である。
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切っ掛けは何時だろうか、ある日興味本位でリュウについてきたフーカが深夜に行われるアンダーグラウンドなストリートレースを見物した事が始まりである。
高速でコーナーを駆け抜け他者を圧倒するその姿に魅了され、フーカもその背を追いたいと思ったからこそリュウに指南を頼んだ。
最初はリュウもフーカの選手生命を考え返答を渋ったが、フーカのコーチが、
「クラナガンにもレース場はあるし、違反しない範囲なら問題ないだろ?」
そう言って了承してしまった為逃げ道を塞がれてしまい休みと時間を見つけては仕方なく教えていた。フーカだけならまだ楽だったろうが恐らくフーカのコーチが話したのだろう、リンネもリュウに運転を教わりたいと申し出てきてしまい今のようにフーカとリンネに付き合っている。
最初こそ自分は他人に教える側じゃないと面倒がっていたが、2人が目に見えて上達していくのを見ていくにつれ次第に教え子が成長する事への嬉しさと楽しみに目覚め今ではよりしっかり教えるようになっていた。
そんなリュウの走りの教え子であるフーカとリンネは、まるで2人の性格を表すかのように車の走らせ方も大きく違う。
フーカがタイヤを滑らせ辺りに煙を撒き散らしながら走るドリフトスタイルに対し、リンネはサーキットのお手本通りのような堅実な物。
2人の走りを一見し、リュウは2人にアドバイスをする事に。
「フーカはまぁ・・・車を横に向けるっていう点は守ってるけど、馬力に任せてタイヤが滑りすぎてるから横にパワーが逃げて前に進んでないんだよ」
「で、リンネの場合は無駄は全然ないんだけど、コーナー・・・カーブを曲がってる時にアクセルを踏まないからそこをもう少し詰めれば結構いい線行くと思うんだ」
リュウのアドバイスを聞くも、2人共リュウに関わってからサーキットというステージに向き合った為に頭に?マークを多数浮かべている。そんな時フーカがふと思いついた。
「じゃあリュウさんがやってみてくださいよ、速い走らせ方ちゅーの!」
フーカの発言にリンネもハッとしリュウに何かを期待するような視線を送り出す。
そんな2人にリュウは頬を軽くかきながら問う。
「俺のは100%独学だけど、それでもいいのか?」
リュウの返しに2人は構わないと言わんばかりに力強く頷く。
これは答えないとな、そう思いエボⅨの運転席に乗ろうとした時、3人の時間を邪魔するかのようなV8エンジンの唸るような重いエンジン音が聞こえてきた。
サーキットに入ってきたのは1台の黒塗りの車、2015年式フォード・マスタングGT。
3人は相手が誰か分かり軽く溜め息をつくが、そんな気持ちを知るや否やマスタングの運転席から運転手が降りる。
歳はリュウより少し年上のような男性で鋭めの目付き、逆立てつつも後ろに流している青い短髪が目を引く。両目は開かれてはいるが左目には一本傷がある。
服装はスリットの入った黒いトレンチコートと下に黒いアンダーシャツ、黒いジーパン姿と全身黒ずくめである。
男はマスタングのドアを閉め3人に近寄ってくる。
「またやってるのかお前は!?やめろって言ってるだろ!」
「・・・こんな昼間から何の用だ、“レーザー”?」
リュウにレーザーと呼ばれた彼、レーザーというのはストリートレース界における彼の俗称で本名は“アダム・カラハン”。
ベルリネッタ家に勝るとも劣らない富豪カラハン家の長男坊であり彼自身もカーディーラーを経営している。そしてことある事にベルリネッタ家の養女であるリンネに近づこうとするが彼女は大抵は今のように平民出身のリュウの方に寄っていくからかリュウに対し嫉妬や憎悪に近いような感情を抱いている。
「何の用だ、だと?お前こそ何の用でリンネに近づいて・・・!!」
「やめてくださいカラハンさん!」
2人の一触即発の空気にリンネが割って入る。
そうすれば今度はアダムの顔がリンネの方を向く。
「なぁリンネ、いい加減目を覚ませよ。君はこんな凡人のどこがそんなに良いっていうんだ?」
「凡人じゃと?リュウさんの方がお前よりずっと漢じゃ。ワシはそう思っとるぞ?」
アダムの発言に今度はフーカが口を挟むが、それが余計にアダムの怒りの火に油を注ぐどころかぶちまける事になった。
「何だとフーカ!よくそんな生意気な口が効け・・・!!」
「おいよせよレーザー!落ち着けよ」
フーカに詰め寄るアダムを割って入ったリュウが抑え引き離す。だがこのままではラチがあかない。
するとアダムが何か思いついたのか口を開く。
「だったら試そうぜ。魔法戦か?何ならサーキット、ダートやストリートでもいいぞ?」
「よせって、ムキになるなよ。何も張り合おうとしなくてもいいだろ?」
リュウは何とかアダムを宥めようとするが今のアダムは聞く耳を持たない。
「いや、勝負だ。お前が勝ったら俺はもう2度とリンネとフーカには近づかないし、俺のコレクションの中からとっておきの奴を進呈しよう。・・・だが俺が勝ったら、お前の車をもらうしリンネには金輪際近づかないでもらう」
アダムの発言にリュウだけでなくフーカとリンネも息を呑んだ。つまりはリュウが勝てば今後はリュウの自由、アダムが勝てばリンネはアダムに束縛される事になるという事だ。
リュウはフーカとリンネの方を向く。リンネは心配そうな顔だが逆にフーカは、“リュウさんなら絶対勝てる”と思わせるような自信に満ちた顔だ。
リュウは決心し答えを出す。
「・・・分かった」
ED:Blast My Desire/m.o.v.e