NEED FOR SPEED:Legend Of The Lan 作:天羽々矢
世界がぼんやりとして見え、周りの音が遠く聞こえる。
自分の身体が宙に浮いているような感覚の中、未だに感じる痛みと共にリュウは目を覚ました。
状況を確認しようと、彼は混濁する意識の中ゆっくりと周囲を見渡す。
そこはどうやら車の中で、ハンドルの中央にポルシェ社のロゴエンブレムがある事からどうやらポルシェの車内のようだ。
普通であれば高級車に乗っている事に喜ぶだろう。・・・両手首をガムテープでハンドルに固定されていなければ。
「く・・・何だこれ・・・!?」
リュウは何とか拘束から逃れようと腕に力を込めたり身体を揺さぶったりするがガムテープはガッチリ巻かれているようで中々外す事ができない。
ここにウルスがあればもう少し楽になったかもしれないが、外されている所を見る限り、どうやら気を失っている間に
その時ガンッという音と共に再び浮遊感と同時にポルシェが落下し始める。そして一瞬で地面に落着。その衝撃にリュウは再び来る痛みに呻く。
だがそれだけでは終わらない。両側からけたたましい機械の駆動音が聞こえ出すと左側の金属の壁が迫ってくる。
「あぁ・・・くそっ・・・!!」
小さく悪態をつきながら覚醒したばかりの意識で車からの脱出を試みる。
車は右側の金属の壁まで押し込まれ、その形は少しずつだが歪み始めている。このままでは車と共にサンドイッチにされてしまう。
中々外れないガムテープにリュウは痺れを切らし、右手を固定するガムテープに自分の歯を突き立てる。それにより一部が裂け今度は力ずくで引き千切ろうとする。
布が破けるような音と共に右手を固定していたテープが千切れ右手が自由になった。そして自由になった右手で左手首を持ち、両腕の力で強引に左手のテープも引き千切った。
だがまだ両腕が自由になっただけで安心はできない。今度は潰れゆく車内から脱出しなくては。
リュウは辺りを見回し、潰れて砕けかかっているサンルーフを見つけ必死に拳を叩きつける。
何とかサンルーフを叩き割りポルシェのルーフ上によじ登り、更にプレス機の壁に手をかけ再びよじ登り、何とか逃げ出す事に成功した。
「はぁ・・・はぁ・・・」
荒い息を整えながら、ここから逃げるべくプレス機の影から様子をうかがう。
その視線の先には何人かの黒スーツの人間と、それを従えるように佇むグレーのダウンコートと黒スーツを着た40代後半位の男。その男にリュウは見覚えがあった。
確か名前は“ギャレット・カラハン”。レーザーことアダムの父親でカラハン家の現当主でありながら数々の会社を経営する実業家である男。だがそれは表の顔で、裏社会ではクラナガン随一のマフィアの
何故そのような事をリュウが知っているのか、それはまだ時空管理局の一局員時代だった頃にかつての上司であった女性士官との合同捜査で調べ上げた事で判明したのだ。
では何故そんな彼が投獄されていないのか、それはギャレットが管理局に対し少なからず影響力を持っている事、そして何より逮捕に繋がる確たる証拠が無い事である。
そんな彼がここにいるのだからただ事でないのだけは確かだ。だがその彼の右手にはリュウのデバイスであるウルスのブレスレット形態が握られている。恐らくあの事故の後にリュウをアゲーラから移しその間に外したのだろう。
何とかして取り返さねば。だが相手は少なく見ても5人以上はいる。その中で1人でも攻撃を受ければすぐに気付くがやるしかない。
リュウは右手の親指、人差し指、中指を開いて指鉄砲を形作りその先端に自身の魔力を集中させパールホワイトのスフィアを形成。そしてそれと同じ物を自分の周囲に更に4個形成する。
そしてプレス機の影から飛び出すと同時に、
「行けっ!!」
左手を薙ぎ4つのスフィアを発射する。
放たれた4つのスフィアは真っ直ぐマフィアに向かい直撃、マフィア達は地面に倒れ込む。次は右手に形成したスフィアを物を投げる動作で振るうとそこから同じパールホワイトの魔力の糸が伸びる。
これはリュウの特技で魔力スフィアを様々な形状に変化させる事が出来るのだ。上司であった女性士官は一種の希少技能だと言っていたがそんな大層な物ではないとリュウ自身は思っている。
魔力糸がギャレットの持つウルスを捉え、リュウが右手を引くとギャレットの手からウルスが離れリュウの手に戻った。
それを確認したリュウはすぐに傍らに停車しているシルバーのアウディA4(B7)、そのスポーツモデルのRS4に向かって駆け出す。
「おい、奴が逃げるぞ!捕まえろ!急げ!!」
気を持ち直したギャレットがマフィア達に叫び、マフィア達はリュウを追おうと駆け出すがリュウがRS4に乗り込みエンジンをかけ発車する方が早かった。
《申し訳ありませんマスター、私の力不足で・・・》
「謝罪するにしても後で、今は逃げるぞ!」
ウルスから陳謝の声がかけられるが今はそれどころではない。
アクセル全開でスクラップヤードの出口を目指すが簡単に終わるはずがない。
RS4の後方から黒塗りのBMW社のハイパフォーマンスSUV、X5 Mが3台追ってきている。
そして助手席側のが開くと中のマフィアが身を乗り出し、ライフル銃型のデバイスを担ぎ出すとリュウのRS4に向け発砲してきた。
リュウはコーナーでサイドブレーキを使いドリフトしたり直線では蛇行して魔力弾を極力回避しようとするもマフィアのX5は執拗に追いかけ着実に魔力弾を当ててくる。
魔力弾を受け続けたRS4は既にかなりのダメージを受けておりこれ以上攻撃を受ければ大破は確実、最悪爆発・炎上し火達磨になってしまうかもしれない。
何とか追っ手を振り切らなくては・・・だがどうやって?
そんな思いに支配され徐々にリュウに焦りが見え始める。
するとそこに、
ファーン・・・
何か汽笛のような音が聞こえた。
正面を見ると既に踏切のランプは警告音を鳴らしながら点滅し遮断器も下りている。
瞬時に判断した、もうこれしかないと・・・
「行けぇぇぇぇぇぇっ!!!」
雄叫びを上げながらアクセルペダルを最奥まで踏み込みエンジン全開。一気に加速し遮断器を突き破って踏切へ。そして左から列車が迫る・・・。
・・・成功だ。
RS4は間一髪で列車をかわしそのまま踏切の反対側の道路へ。追手のX5達は列車が通過するまで足止めを喰らう事となった。
これで後はスピードを落とさず走れば自ずと追っ手を撒ける。
《マスター、これからどういたしますか・・・?》
だがウルスから最もな事を聞かれてしまう。
「・・・分からない・・・」
ウルスの質問に、リュウもどうすればよいか答える事は出来なかった。
実際、何も手立てが無いのだ。
かつての上司に助けを求めるか?駄目だ、自分はもう管理局とは無縁の人間だ。そんな事は虫が良すぎる。向こうが自分の事をどう思っているか分からない上に下手をすればギャレットの息が掛かっているかもしれない。仮に掛かっていなかったとしても、息のかかった別の部署の局員に取り押さえられてしまう。そうなれば自分だけでなくその上司達にまで迷惑をかけてしまう。
だからといって、このまま逃亡を続けるのも不可能に近い。管理局のネットワークは広大で、かつギャレットのマフィアの目もある。どう転ぼうがいずれ捕まるのがオチだ。
・・・つまりこの状況で頼れるのは1人しかいない。結論を出したリュウはあの事故でも奇跡的に無事だったスマートフォンをズボンのポケットから出し何処かに連絡を入れる。
「ユーノ、俺だ!リュウ!かなりヤバい事になった・・・!」
〈大丈夫、落ち着いてリュウ。君の事情はある程度把握してある。
「分かった・・・、できる限り急ぐ・・・!!」
リュウはそれだけ言うと通話を切り、ボロボロのRS4を走らせる。
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「あいつを取り逃がした?」
この事件を起こした元凶とも言える人物、アダムはこの時間、自分が経営しているカーディーラーのオフィスである人物と電話をしていた。
〈すまないアダム、私がいながらこのような・・・〉
「いいんだよ“親父”、これであいつがお終いなのは決まったようなもんだからな」
どうやらアダムの通話の相手は父親のギャレットのようだ。
この事態はどうやらアダムの家族ぐるみで起こされているようだ。だがアダムはさらにこの事態を進めるような考えを既に立てている。
「それじゃ手筈通り、“お役所連中”は親父に任せた。こっちは俺が何とかする」
〈了解した、“裏”は頼んだぞアダム〉
ギャレットの言葉を聞くとアダムは通話を切り、デスクの上に置かれている分厚い封筒を手に取った。
「俺・・・いや、俺達に楯突いた平民が・・・後悔させてやるよ」
忌々し気に呟きながらもアダムは封筒の中身を確認するとオフィスを後にする。
その封筒には、“35万ドル”が入れられていた・・・。
ED:Blast My Desier/m.o.v.e