・今後の予定の話し合い
「最終目標は月への到達、WHYマンの説得もしくは排除による文明存続の危機の可能性の消滅だな。で、そのための具体的な手段がこいつだ、粗は色々あるだろうから意見をガシガシ頼むぜ」
「拝見させてもらうよ、こっちの書類がこちらの現在状況の報告だ。きみも確認しておいてくれ、見せられる分は全て書いてあるからね」
お互いに厚い書類を渡しあい、同時に読み耽り始める。
やがて大部分を把握できた二人が顔を上げた。
「おい、ゼノ、武力に偏りすぎじゃねえか?」
「君らが軽視しすぎなだけだと思うがね、それと都市建設計画に一つ問題がある」
「野生動物相手にするなら武力担当の腕だけで十分なんだよ、で、問題ってのは?」
「いいかね千空、僕と同等の者なんて早々いないんだ。数学都市を欧州に建設するのは諦めた方がいい」
なぜか目を明後日に向けながら諫めてくるゼノ、その態度から千空にはピンとくるものがあった。
「おい、まさかボッチかテメー」
「日本語は詳しくなくてね、スラングで言われてもわからないな」
「友人が何人いるか言ってみろ!」
「それは今この場で重要な事かね?」
「重要だよ! 能力や人格の把握が重要じゃねえとはまさか言わねえよなあ!」
「む、確かにそうだ。良い指摘だったよ千空、今後に活かすとしよう」
「ったく、こりゃ数学者は諦めてREIに頼むっきゃねえか」
「ふむ、その場合通信のタイムラグが気になるな」
「あー、REIに計算させるんじゃねえよ。計算機も送ってもらうんだ」
どういう事かと怪訝な顔を覗かせるゼノだがすぐに思い至った。
「なるほど、上げる事は困難だが落とすのは簡単、そういう事か」
気づければ簡単な話である。
静止衛星すら作れるのだ、大気圏突入と着地の衝撃に耐えられる外殻ぐらい無茶ではない。
衝撃が内部にまで伝わらないようにすれば精密機器も届けられる、というわけである。
「だからこそアメリカ大陸に来た、広い土地が、それも石像がない場所が欲しかったわけだね?」
「正解だ、折角の生産能力を利用しねえってのはないだろ」
「中国大陸にしなかったのは人口数からかい?」
「後こっちにゼノがいるって分かったからってのもあるし、超合金都市も作りやすくなっからな」
「まずは宇宙へ行けるロケットの材料集めからか、REIにロケットを作らせて地表に下ろしてもらうのは不可能なのかい?」
「大きさが大きさだ、ベッコベコになるのは避けられねえだろ。材料ぐらいならいけるか?」
「ふむ、設計図を送って大枠を作ってもらいこちらで手直しするのも手だね」
とは言っても補修用の資材が必要なのは変わらない、超合金都市は建設する必要があるだろう。
アルミも同じく、ただ蛍石はタイでも取れるのでゴムシティは位置を変える。
「蛍石の取れる場所までは詳しくねえぞ、どうすんだ?」
「専門家に心当たりがある、そちらは如何とでもなるだろう」
ロケットに関しては、
「往復分の燃料を送るのと人を送る分の2回に分けりゃいいだろ」
「保管するならISSに積んでおけばいい、余っても次回分やREIが利用する訳か」
大体の部分を決め終えたが、話し合いの終了予定時刻より大分早く終わった。
「まだ時間があるね……千空、君は石化が解けてからどう過ごしていたんだい?」
「んー、ま、雑談にゃちょうどいい話題か」
ゆっくりこれまでの歩みを語り始める千空。
彼らは気づいていないだろうが、語り合う二人のその顔はそれまでで一番自然な笑顔であった。
・桜子の写真を見て一言
「elementary?」
「いや、同い年」
前例が無ければ納得できなかったとはゼノの言である。
・時は流れて
南米に、オーストラリアに、タイに、ついでにインドにそれぞれ拠点となる都市を作り上げ本格的にロケット作りがスタートしようとしていた。
「ここ日本でロケットを組み立てて発射台まで持っていく予定、と。大型運搬船の完成間に合ってよかった、割とギリギリになってたかもだよ」
「大幅に増えたマンパワーのおかげだな、複数の計画をよく並行で進められたもんだよ」
今日の朝日本へと到着してすぐに計画の進捗具合を確認、そのままの足で住民達の要望書に目を通す。
そしてつい2時間前にようやく目を通し終わり、その後遅い夕食を摂ったのだ。
今は千空と桜子は二人だけでテーブルに差し向かいで座っている、千空らが出港する前には無かったソファーにである。
「色々作れる余裕出てきたみてえだな、こんな贅沢品の類を使っているなんて思わなかったぜ」
「これ試作品の失敗作を引き取った奴、2人掛けなのに脚が弱くてギシギシいうの。でも余裕出てきたっていうのは確かだけどね、そのせいか食事に関しての要望が多い事多い事」
実際先程目を通した要望書の大半が食に関するものだった。
「インドに都市を作ったのは渡りに船だったって事か、来る連中来る連中気合い入ってますって奴ばかりだったしなあ」
「インド行き希望者抽選になったしね、香辛料に必死になりすぎよ」
カレーはインドで香辛料の栽培が安定したら、真っ先に作り始める事が決まってると呆れ混じりに語る。
「そう言えば馬が見つかったの。競馬好きな人達が狂喜乱舞してた、サラブレッドをもう一度復活させるんだって」
「数百年をもう一度やる気かよ、まあ、一歩目を歩き出さなきゃぜってえに目的には辿り着けねえけどよ」
「米沢牛だの松坂牛だの言い出す人まで出て、ちょっと大変だったよあの時は」
「ブランド牛みてえな手間が鬼のようにかかるもんはさすがに後回しだわなあ」
そんな風に桜子が日本の近況を話したり、
「インドじゃ真っ先に龍水の兄貴を探したんだよな、天才プログラマーっつってたがガチだったぜ」
「香辛料の生産農場がもう軌道に乗りそうなのはその人が温度管理プログラムを組んでくれたからな訳ね」
「オーストラリアじゃ水の確保がキツかったんだよなあ、雨水を溜めて飲水にすんのも当然だわ」
「貨物船が向かう先、オーストラリアが一番多いもんねえ。輸出品が水だし、帰りもボーキサイトで満載だしで一番大変な行き先だって敬遠する人多いのよね」
「南米が一番楽だったな結局、やってる時はキッツイってどいつもこいつ言ってたんだがなあ」
「アメリカ組がいたからだよね、コーンシティと超合金都市の治安確保したいからってオーストラリア以降は極小数だけが付いてきただけなんだっけ」
「さすがに人口数がこっちとは違うかんな、力を向けた先が武力か内政かの違いがモロに出た形だろ」
千空が今までで大変だった事を話したりと、時間はあっという間に流れていき時刻は日付が変わる頃。
さすがに寝る時間だと千空がソファーから立とうとすると、桜子がすすっと千空の横に座った。
キシリと音を立てるソファーの脚、壊れるんじゃねえかと気にかかる。
「千空、私頑張ってるよね?」
「? ああ、まあな。よくやってくれてると思うぜ」
「じゃあ、その、ね?」
顔を赤く染めながら大きく一呼吸、ジッと真剣な、どこか必死さを感じる視線で見つめてくる。
「ご褒美、欲しいな……」
聞いた事が無いような艶めいた声でねだる。
ゆっくりと二人の顔が近づいていき……、
「ていっ」
「痛っ! ……なんでー!」
千空のデコピンが桜子の額へと見舞われた。
「バーカ、何を焦ってやがんだよ」
「だって、アメリカでの話、聞いちゃったんだもん」
「んー? ああ、ルーナの件か」
千空がそう言えば涙目で桜子が頷く。
アプローチを受けたのは事実である、事実であるが、
「んなもん断ったに決まってんだろ、なんで焦んなきゃいけねえんだか」
「だってだって! ……私、こんなちんちくりんじゃない。だから、その、やっぱり女性的な体付きの人の方がいいのかなって……」
「あほ、約束破るような俺だと思うか?」
「そうは思わないけど……」
「だったら、ゆっくり待ってろ。いいな?」
「はい……」
しゅんとなって落ち込む桜子をよそに、さっさと立ち上がり部屋の外までいってしまう千空。
慌てて桜子もついていく、おやすみなさいぐらいは言いたかったからだ。
そして、ドアを越えた次の瞬間、
「……!」
「……おやすみ、また明日な」
唇に何か触れた感触の後、耳のすぐ側で囁かれた。
足早に去っていく千空に声もかけられず、桜子はその場でふにゃふにゃと崩れ落ちる。
おやすみと言われたが……眠れる気はしなくなった桜子であった。
・宇宙へ
千空達が日本に戻ってからまた時は流れ、今有人ロケットが空を飛んでいた。
何度もロケットの発射実験を行い、失敗を繰り返した上での事である。
ある時は発射直後にバランスを崩し地表へと真っ逆さま。
またある時は燃料に引火し大爆発、その時は発射台の修理もする必要があったため酷く時間がかかった。
またある時は燃料が上手く燃焼できずに発射できず仕舞い、幸いノズルの修理と調整程度で問題なかった。
またある時は重量オーバーで宇宙まで届かず、原因は食料の詰め込みすぎであった。
様々な失敗を繰り返し、ようやくREIのいるISSへ酸素や食料を届けられた時は大歓声が上がった。
それからも実験を繰り返し必ず成功できると確信できた今、初めての有人ロケットが飛び立ったのだ。
高く高く飛び続けるロケットは易々と成層圏を突破し、中間圏も超えて熱圏に到達。
そのまま目的の高度であるISSと同じ高度、地上約400kmにまでたどり着いた。
そこまで行けば後はもう簡単だ、ISS、REIが迎えに来るのを待てばいい。
ロケットが目標の高度に到達して少し待てば、すぐにISSの姿が見えてきた。
そしてREIの制御により両者の相対速度が0近くまで調整され、ISSから伸びたマジックハンドによりロケットを確保、無事ドッキング成功である。
「まったく、またしてもREIにお任せ状態だな。これではパイロットとして乗り込んだ甲斐がない」
「オメーの出番はこの後、月への航路でだよ。今は楽をしとけ」
「というか、ロケットで飛ばすんだから大気圏突破には元々出番は無かったんじゃないかい?」
ドッキングできた事で少し安心したのだろう、ロケットの搭乗員である龍水、千空、司が軽口を叩き合う。
そして、接続部が開き三人はISSへと乗り込んだ。
「ようこそ国際宇宙ステーションへ、通信では何度も会話していますがそれ以外では初めてですね。改めて初めまして、私が現在国際宇宙ステーションの管理をしていますREIです」
そこで出迎えてくれた、ほとんど人間の女性にしか見えないREIの姿に驚きのあまり固まる三人。
「千空、百夜氏はもしやあの時代にすでに女性型アンドロイドを完成させていたのか!?」
「んなわけねえだろ! REI、その姿はいつからだ? 俺の記憶じゃただの無重力下での作業用ロボットだったはずなんだが?」
目を輝かせる龍水にツッコミを入れてからREIに質問する。
本気で訳が分からないのだ、10歳の頃の記憶の中ではREIは箱型のロボットであったのだ。
初通信では思い出せなかったが、何度か通信した後会った事があると言われて思い出したのだがその記憶とはかけ離れた姿なのだ。
「はい、このボディで活動再開してからすでに6年2か月と10日が経過しています」
「ってことは宇宙に上がった当初はそれじゃなかったんだな、なんでその姿に換装したんだ?」
無重力化で二足歩行である必要はないはず、つまり何か別の理由があったのだろう。
まさかないと思うが、その姿が百夜の理想のものだとか? いやそんな事はないはず……
「はい、このボディが百夜の求める姿であると判断したからです」
「百夜ー!!」
そんな事があった、父親の知りたくない一面を知ってしまった千空は思わず雄たけびを上げる。
「? 千空も見たはずですが、なぜ驚いているのですか?」
「は? 見たっていつだよ?」
「3731年7か月と15日前です」
その日付だと石化前、それも自分が10歳ぐらいの頃だ。
その時に見たものといえば……
「あ! 研究室のあれか! こんなロボだったらいいなーっつう模型!」
「はい、そうです。足りない部分はリリアンを参考にしました」
幼い頃にREIを見せた百夜の研究室に置いてあったロボの模型、それがもとになっているのだった。
それなら確かに百夜の求める姿と言えなくもない、心底安心である、百夜が変な性癖を持っていたわけではなかった。
「とりあえず、REIが地上に降りる時はまず服を着せてからだな」
「俺達三人のみで話を隠ぺいするぞ、貴様らの奥方に知られたら何が起こるか分からん」
「「それは確かに」」
REIはいま女性型の姿であり服は一切まとっていない、人前に出すのはいささか以上に不味い状態である。
それを見たなどと言ったら妻としてはいい気分ではないだろう。
二人の妻となった女性はどちらも行動力バツグンなのだ、何が起こるか本当にわかったものではない。
男たち三人の間で秘密の共有が誓われた瞬間である。
「さて、アホな事で時間を食ったが、REI! ロケットに燃料補給を頼む!」
「分かりました、満タンにしておきますね」
「燃料の補給が終わったら、いよいよだな」
「ああ、WHYマンの居場所、月へと突入だ!」
最後のアポロ計画から実に3773年6か月と3日、人類はまた月面へと降り立つ。
人類にとって大きな、途轍もなく大きな一歩が踏み出されようとしていた。
次回でこの作品は完結となります。