朝目が覚めたら動けませんでした。
いや、金縛りとかではなく物理的な拘束でである。
流石ゴリラ、私程度では振りほどくなんてとてもとても。なんて言ってる場合ではない。
昨日は多分司に気絶させられ、泣いたり連れ去られたりだのからの疲れで寝てしまったようだ。
とにかく司に問いたださねば、村にはすぐにでも新しい血が必要なんだから。
「いい加減離しなさいよー!」
とりあえずコハクが起きるまでは動けなさそうである。
「すまない、私も強行軍で疲れていたようでな。
桜子を抱き枕にしてたらそのまま寝てしまったようだ」
そりゃ疲れるだろうさ! 大体2日の距離を1日で踏破すればな!
どういう運動神経と体力してるんだと呆れかえってしまう。
なお、大樹は日帰りする模様……。
ええい、体力オバケどもの事は置いといて今日はまず司に確認しなければ。
「ああ、桜子。君達の話し合いだが私も聞かせてもらうからな」
「へっ? なんでコハクが私達の話し合いを聞きたがるの?」
「司が言っていたが、昨日の君の様子は致命的な事があるからではないかと。
村が相当まずい状況なのではないかとも言っていたな。村の一員として聞いておきたいのだ」
司ああ! あんた何余計事言ってんのおおお! とは言えず了解するしかなかった。おのれ司。
「なあ桜子、何故そんなに俺を睨んでいるんだい?」
「何にもないから大人しく睨まれといてよ」
不機嫌さを隠さず睨んでいたらさすがに落ち着かないらしく司に何故と聞かれた。
言えるか! コハクだけじゃなくクロムまでいるんだぞここには!
村が危機です、それをどうにかするには村の人は全員他所の人と結婚して下さい、なんて。
元はと言えば私の失言が原因だが、司がコハクに何か言ったりしなければ問題なかったのだ。
「んで、どういう状況なんだこりゃ。朝から桜子は不機嫌だわ、コハクもピリピリしてるわで、
極めつけになぜか司までいる。ちっと説明もらわなきゃ訳分かんねえぞ」
「ああ、そうだね。まず俺がいる理由から説明するよ。
とは言っても、うん、単純な話なんだ、アルコールの蒸留がうまくできなくてね。
それで、桜子に戻ってきてもらうか、こちらに完全に移住してしまうかという話が出てね。
だが硝酸は今の所あの洞窟でしか手に入らないだろう?
その辺りを相談したくてね、それで俺がこっちに来たんだ」
「ああ、なるほどな。蒸留は俺と桜子だけでやってたから勝手が分かんねえか。
まあ、急ぐことはねえからそれはいいとしてだ。そこの二人の雰囲気がわりいのはなんでだ?」
「昨日の夜ちょうど戻ってきたところでマグマに絡まれている桜子を助けたのだ。
そして、その時桜子が気になることを口走ったのだ、村人以外の人間が必要、とな。
あと、多分マグマに言ったのだと思うがこう言ってもいた、村の人たちは私が救うと」
タイミング的に確かに聞いててもおかしくはないか、今さらながら迂闊に過ぎるな私。
「マグマってのは集会の時とっとと帰ったごつい奴だよな、なんで桜子に絡んでたんだ?」
「料理教室前から何やら桜子に目をつけているようだったから何かあったのだろうが……、
一人にでもならない限り無茶なことはできないはずだ。呼び出しでもされたのか、桜子」
うぐっ、そんな前から目をつけられていたのか、まったく気づかなかった。
「その一人にならないってのは、こいつに理由含めて注意したのか?」
「いや、一人になるなとは言ったが理由までは……、だが危ないということぐらいわかるだろう。
まさか、夜に戦えない女子供が一人歩きなどするはずがないしな」
「あー、村人と復活者の常識の違いだな。いや、もやしがうっかりかましただけか。
女の夜の一人歩きが危ないことなんざ俺らの中でも常識だったわ」
一切の反論の余地がないので目をそらすぐらいしかできない私。
この場の全員の心の声が『やったのか……』で統一された気がする。
「もやしがうっかりやらかして捕まったからマグマと一緒にいた。
で、マグマがなんか言って桜子が切れてぽろっとこぼしたって訳か、村人達は私が救うと」
「マグマがなんで桜子に絡むんだ? あいつだって女連中が桜子を受け入れてんのは分かるだろ。
乱暴者だけど得にもならねえ事をわざわざ嫌われてまでする奴じゃねえはずだけど」
「強さを求めていたんじゃないかな。桜子がトレーニング方法を教えるから帰れみたいなことを言っていたよ」
「そっちは重要じゃねえからほっときゃあいい、対処しなきゃまずいことが村にあんだろ桜子。
隠し事はなしだ、この件に関して知ってること喋れ」
だから言えるわけがないだろ、まともな子供が欲しかったら村人以外と結婚しろなんて。
クロムにルリさんを諦めろ、なんて言いたくない。
そもそも、人の自由意思に干渉して伴侶を決めさせるなんて最低の行為だ。
誰にもこんな事やろうとしてるなんて知られたくない、だからこの場合沈黙が正しい対処法。
「言わねえってことは話せねえ類のことか。おい、わりいが桜子と二人だけにしてくれ」
「そうだね、他の人に話せない事でも千空だけなら話せるかもしれない。
コハクと、ねじり鉢巻きの君、俺たちは聞こえない所にいよう」
「ああ、分かった。後俺の名前はクロムってんだ」
「ああ、よろしくクロム」
千空ならば聞き出してくれると思っているのだろう、二人は素直に別の場所へと移動した。
コハクだけは何か言いたげだったが結局何も言わずそのまま歩いて行った。
何も言わない私を責めることもせず、ただ心配だという瞳のままで。
「さて、桜子。テメエが心配していることは絶対話せない事なんだな?」
「……そうよ。たとえ千空でもこれは言いたくない」
溜息ついて額を指で押さえる、千空の考える時のポーズだ。
少しして考えがまとまったのか質問を投げてきた。
「司が言ってたこっちへの移住の件賛成か? 反対か?」
「へ? ちょっと待って、考えるから。……えっと硝酸確保後ならありだと思うけど?」
「そうか、やっぱ村自体になんか起こるわけじゃねえんだな。
てことはあれか、血が濃くなりすぎた奴か」
呆然、なぜ答えにたどり着いたのかがまったくわからない。
「近親婚の弊害ぐらい常識だろうが、わざわざ法律で禁止するレベルでよお。
小さな村、余所者禁止ってくれば想像に難くねえよ」
「……そうよ、で、どうするの? 私は何も知らせずに村の人と他の人との交流を増やすつもりだったけど」
「ああ、それでいいんじゃねえか」
いいのか。若干の呆れと軽すぎる物言いへの非難を込めて千空をにらむ。
「実際それ以外に対処法がねえだろうが。江戸時代みてえに家のための結婚をさせるのなら別だが、そんなもん誰も納得しねえし、俺だってごめんだ。
人の意志をどうこうしようなんざ不可能なんだよ。ならその先を、問題が起こった時どうするかを考えんのが俺ら頭脳労働チームの役割だろうが、違うか」
その通りだ、私は少し焦りすぎていたのだろう。
千空のことを、友達の事を信じないでどうするのか。
「頑固なもやしも納得したところで、……あいつらにどう説明すっかな。
そのまんま説明すんのは反発がきついだろうし、なんか思いつくか?」
「復活者以外にはばれないだろうっていう案はあるけど……」
彼の目が覚めたのは朝日が昇ってしばらくした後のことだった。
最初何故こんなところにいるのか分からなかったが背中の痛みに昨夜の記憶が戻ってくる。
そうだ、俺は司とかいうやつに投げ飛ばされて……、
そこまで思い出したことで無視された怒りも思い出す。
「あのガキ! 司とかいうやつも一緒にぶち殺してや、ぐうっっ!」
あまりの怒りについ叫んだが背中の痛みで中断する羽目になった。
同時にその痛みのおかげで冷静さが戻ってくる。
昨夜のあれは完敗だった、それも言い訳のしようもないほどに。
力で完全に抑え込まれ、技では勝負の土俵にも上がれなかった。
ここまで負けたと感じたのはいつ以来だろうか?
まだガキの時分でさえなかったような気がする、人生で初の完全敗北だ。
屈辱だ、これ以上ないほどの屈辱だ。
だが、これでは確かにあんな風に眼中にないのも当然かもしれない。
死んでしまいたい気分の中で、しかし体は生きたいと空腹を訴えた。
そうだ、あいつらは所詮余所者だ。いつかいなくなる、それまでやり過ごせばいいだけだ。
そう自分に言い聞かせ飯のため村に戻ることにした。
それが負け犬の態度だと自分でもわかっていながら。
「あら、マグマじゃない。どうしたの、朝早くから村の外にでも用事があった?」
家に戻る前にガーネットに見つかり絡まれる。
いつもなら自分に好意を向けてくる相手に気分よく対応するが今は無理だ。
「なんにもねえよ、これから家に戻るってだけだ」
おざなりに答えさっさと家に戻ろうとする。
その時鼻にふっと嗅いだ事のない香りが入ってきた。
腹がそれだけでギュルリとなった。
「あら、お腹空いてるの? 昨日の残りを温めてるけど食べる?」
「……もらう」
しばらくして椀に盛られたつみれ汁がマグマに渡された。
「なんだこの丸っこいもんは、食える物なんだろうな?」
「それは魚の身を潰して丸めた物よ、びっくりするから食べてみなさいよ」
渋々椀の縁に口をつけ汁ごとつみれを口に入れる。
それだけで魚の味が口全体に広がる、初めての感覚だ。
つみれを噛めば柔らかく崩れ、より強く魚の旨味を感じる。
いつも食っているはずの魚がまるで別物に思える。
気づけば椀の中身を全て空にしていた。
「あら、いい食べっぷり。そんなにお腹空いてたの?」
嬉しそうに笑うガーネットに乱暴に椀を突きつけおかわりを要求する。
何も言わずにより一層嬉しそうにしながら、おかわりをつけてマグマに返すガーネット。
食べるのが終わったのは結局3杯目を空にしてからだった。
「よーし、マグマのこの食べっぷりなら上手くできてるって言えるわね」
「おい、これはテメエが考えたのか」
半ば答えを確信しながら聞く。
ガーネットが苦笑しながら答えたものはその予想通りだった。
「あんたの考えてる通りあのちっちゃな子、桜子の料理教室で覚えたものよ。
あの子が作ったものはもっと美味しかったのよね」
やはりそうだ、あいつらは俺たちよりも先を行っている。
勝てっこないのだ、だから無駄に張り合おうなんて思わず唯々諾々と従えばいい。
いつかどこかに行ってしまうまで、そうしていた方が利口というものだ。
「だから、何度も作って腕を上げたいのよ。負けっぱなしなんてごめんだからね。
お腹に余裕ある時は試食してちょうだい? 私達家族だけじゃ食べきれないから」
その言葉に顔を跳ね上げガーネットの顔をじっと見る。
「あの子料理は得意じゃないとか言ってたのよ。悔しいじゃない、年下に苦手な事でさえ上回られるなんて」
「勝てると思ってんのか?」
「勝つのよ。勝算は二の次、ただ私が悔しいだけなんだから、とことんまでやるの」
「そうかよ。……そうだな、負けっぱなしの負け犬扱いなんぞごめんだな」
そう呟いた後勢いよく立ち上がるマグマ。
「あら、いい顔になったじゃない。あんたにはやっぱその自信過剰な顔のが似合ってるわ」
「はっ! 過剰なんかじゃねえよ。俺はマグマ様だぞ、村一番の男だ! 自信をなくす事なんざ有りえねえんだよ!」
そう言い放って不敵な雰囲気を取り戻したマグマ。
「おい、ガーネット、 飯美味かったぜ。ついでに余所者どもはどこか知ってっか」
「確か朝早くからクロムの倉庫に集まるって言ってたわ」
「そうか、感謝してやるぜ。その証としてまた飯を食いに来てやる」
「感謝してくれるなら、彼氏になってちょうだい。私はあんたなら文句ないからさ」
「はんっ! カーボの二の舞はごめんだぜ。女に取っ捕まって御前試合に出られないなんてのはよ」
「ベリーは上手くやったものよね、正直羨ましくてしょうがないの」
じっと見つめてくるガーネットの視線を無視して歩いて行くマグマ。
その歩みは起きたばかりの時の負け犬のようなものとは違いしっかりとしたものだった。
カーボがハニトラに引っかかったみたいなことになったのは理由があるんです。
村で一番モテるキラキラ三姉妹が彼氏持ちではないのはなぜか?
それはもちろん御前試合の出場条件を満たすためでしょう。
しかし、同年代っぽい連中の中でカーボだけは既婚者。
じゃあ、ベリーに上手く捕まったんじゃね? という考察から来てます。
なお、御前試合の後に結婚した可能性は十分にありますが、こっちの方が面白いかなって。
5/24追記
クロムの倉庫内で話してたの? 狭すぎねえ?
という疑問が浮かんだので外で話し合っているように描写変更しました。