楽しみですねえ。
「さーて、まずはアルコールの確保だな。植生の確認と行こうじゃねえか」
目覚めて次の日の朝一番でそういいだしたと思ったら、すぐに果実のなりそうな植生の大捜索開始である。
もちろん食べ物と薪の確保も同時である。
あの握手の後アルコールの確保に、
『糖度のあるものなら大体酒の原料になる』
と言い出した私のせいでもあるのだが。
その後は大樹の復活にはアルコールがいらないということを理論立てて推理されてしまったため、二人掛りで大樹君の体を硝酸がかかる位置まで移動である。
あのごつい体格の大樹君の石像を二人だけでである。
高校一年女子の平均以下の体力しかない私が戦力に数えられなかったのは言うまでもない。
「俺一人じゃマンパワーが絶対的に足りねえ、もう一人は最低限必要なはずだ」
「で、今いるのは二人だけで漫画にはおめーはいねーって話だったな」
「桜子おめーはこう言ったな『起きて考え続けてたからが答えだと思う』ってな。ならあのデカブツが当てはまらねーはずがねえ」
「つまり、まだ石の中の何かの消費量が足りてねえだけだ。違うか?」
「まだ半日いかねーぐらい歩いただけだろうが! なんでもうくたばってんだてめー!」
「もういいから、そこで寝てやがれもやし女……」
「もやし女に体力仕事は無理だと分かった。土器作り頼むわ」
「復活液出来たら最初に起こすのは大樹な。理由? 今へたり込んでるおめーの姿以外にいるか?」
これが一連の流れの中の千空の主な言動である。
大樹の石像を運ぶにあたり、足の方を持ち上げることすらできずに十分強程度で顔面から突っ伏した相手にはまあ当然の言動だと思う。
しかし、もやしはひどくないだろうか?
そりゃ多少平均より肉付きが悪いとは思うが……
「どこが多少悪い程度だってんだ、棒みたいな体型じゃねえか。
15って言われたときなんかの冗談だろって思ったわ」
「女に見えないなんてよく言われたわよ。
だから髪を背中まで伸ばすなんて大変なことしてるんだから」
「その髪がひげ根に見える上に、不健康そうな白さだからもやし女なんだよ」
「ひげ根だったら白じゃない! 私の髪はまだ白くなってないわよ!」
「論点そこじゃねえ」
いまは蒸留用土器作りの真っ最中で、材料の粘土や蒸留実験用の海水運搬は千空が担当である。
悲しいかな私が運べる量だと千空の4分の1以下になるため効率が非常に悪いからだ。
「12個目はうまくいってたから、この20個目もうまくいくとは思うんだけどね」
「完全記憶を利用した、作成方法を次々に変えるってのはうまくいってんのか?」
「乾燥時間が同じでも内部の乾燥具合が同じとは限らないから多分だけどね、うまくいってる手ごたえはあるよ」
失敗経験を完璧に記憶できるのはやはり素晴らしい。
最初は乾燥時間をずらすことから始めてみたが見事に5個ほどが全滅。
割れる原因を突き止めたら同じように作ってしまった乾燥中の物を材料に戻す。
それで割れない物が出てきたらまた作成方法を少しづつ変える、という手法で完品を目指している最中である。
「3週間でこれなら上出来だわな。薪の確保が必須だから楽じゃあねえが」
「焼くのにも蒸留にもたくさん使うからしょうがないわ。
……ねえ本当にこの先の話全く聞かないの?」
「ああ、どこに何があるかってのはともかく、何が起こるかは状況が違う以上聞かねー方がやりやすいからな」
そうなのだ、漫画の話を詳しく話そうかという提案はいらねーと言われて一蹴されてしまったのだ。
正直困惑したが千空曰く、
『前提が変わっている以上同じ状況にはならねーし、
その『俺』ができたならこの『俺』に出来ねーはずがねえ』
とのことである。
「予備知識があるだけでも違うと思うのだけど……」
「なにも先入観を持ちたくねーってだけじゃねーんだ。
……シュレディンガーの猫だなこの場合」
「それ箱の中の猫が生きているか死んでるかは観測するまでわからないってやつでしょ? それが何か関係するの?」
「タイムパラドックスやらに対して時間の修正力ってのがあるが、猫の話と同じで観測されたからこそ発生すんじゃねえかってな」
「人間一人の意識にそこまで力があるの?」
「それを調べるいい機会じゃねーか。
一回しか実験が出来ねーから再現性も何もあったもんじゃねーがな」
「再現性の確認ができないなら意味ないんじゃ……」
「それでも貴重なデータには違いねえ、いつか誰かが未来観測技術を確立するかもしれねえからな。
ひっそりと残しときゃ問題ねえだろ」
情報提供できれば貸しの二つや三つぐらい作れると思ったのだが当てが外れた。
まあそこら辺の下心に気づいているというより、多分状況が違いすぎるという判断なのだろう。
あと千空自身の好みの問題。
「酒の方も見てきたが、順調に発酵してたから土器ができるぐらいには出来上がってんだろ。
そしたら速攻で蒸留して体力馬鹿叩き起こすぞ」
「今食料確保で半日以上費やしてるものね。
大樹君起きるまで待ってたら死体が一つ出来上がってるかも」
「ビミョーに否定しづれーな、おい。
とりあえずその作業終わったら今日の分の酒造り頼むぜ」
「了解、いつものとこに置いといてるのよね?」
毎日少しづつ収穫してはつぶし、収穫してはつぶしで作り続けてはいるのだが、必要量がどれぐらいになるのかわからないのでやめることもできない。
本当に悲しくなるほど人的リソースが足らないのだ。
「シャンプー用の油絞る用の布も欲しいし、替えの服も欲しいんだけど……鹿かかってた?」
「そう簡単にはかかんねーよ。
今ある分でやり繰りしてくっきゃねえんだ、髪の荒れはあきらめろ」
「早く文明戻さないと、私の唯一の女性らしさがピンチなんですけど!」
「人が足らねーんだからどうしようもねえだろうが。
酒がうまくできることでも祈っとけ」
いや、本当に大樹君早く起きて! ご都合主義だろうが何だろうがどういわれてもいいから!
もちろんそんな都合のいいことは起こらず、アルコールがたまるまで苦労し続ける羽目になったのは言うまでもない。
以下はそんな日々のダイジェストである。
「土鍋うまくできたみたい、これで煮込み料理ができるわね」
「ちっせー蜆なんかも食えるようになったわけだな、食った後の貝殻も利用できるからとってくるか」
「……じゃりじゃりする。そういえば砂抜きしたっけこれ」
「……してねえな、そういやあ。さすがにこれは食えねえ」
「ホンビノス貝なんかの大きい貝ならその場で砂抜きしてから持ってこれるんじゃない?」
「目はなしたすきにほとんど鳥に持ってかれたみてえだわ」
「クロスボウがあれば私も鹿狩り参加できるはず!」
「最初に作ったやつは重くてふらつくし、次に作ったやつは軽すぎて威力不足と。鹿は罠にかかるの待ちな」
「山菜もまだとれる時期なんだから積極的に採りましょ」
「わらびが群生してたから大量だぜ」
「食べすぎると中毒起こすから当分は採取中止!」
「海女さんの真似事で少し深いとこまでいけねえか?」
「私が深くまで潜れると思う? あなたを引っ張り上げられると思う?」
「俺が悪かった」
「蜂を見つけたからはちみつ採れるかもって、近くを探してみたのよ」
「蜂の子なんかも今だといい蛋白源だかんな、巣はどこら辺にあった?」
「土の中に入っていったわ」
「オオスズメバチかよ……その辺りは近づくの禁止な」
私が足を引っ張っている率はそこまで高くはない……はずである。
酒造りも蒸留も多少の失敗程度で進んでいき、復活液の燕での実験も成功した。
明日には大樹君を目覚めさせる予定である。
その目標のために私が目覚めてから2か月弱頑張ってきたはず、
なのになぜか心が晴れない。
千空も珍しくガッツポーズまでして喜んでいたのに、
……あのうれし涙を流しそうな横顔見た時からもやもやする。
わからないからこうやって夜になったのに焚火の前で星を見上げている。
「何やってんだ、明日はソッコーでバカ叩き起こしに行くんだからとっとと寝とけ」
後ろから声をかけられたが、なんとなくあいつの顔を見たくなくて膝に顔を埋めてしまった。
「いいじゃない、なんとなく寝たくないの」
「あ? 何拗ねてんだおめー」
「拗ねてなんかいないもの」
反射的に返してから思う。
私はなんでこんなに子供みたいなことをしているのだろうか。
少しの間のあと、低い声で軽く笑いながら近づく足音が聞こえる。
ますます顔を見たくなくなって膝を抱える手に力を込めていく私。
「オメーのダチをやめるわけじゃねーよ、むしろオメーのダチを増やしてやんだから喜べ」
ぽんぽんと頭をたたきながら言われた言葉は想像していなかった衝撃だった。
ダチ? 友達? 友人?
私はいつの間にかそう思っていたの?
こんな超人相手に?
頭の中を様々言葉が巡るがまともな思考にはつながらない。
「ケーケッケ、見た目通りのガキみてーな独占欲発揮してんじゃねーよ。
俺様が交友関係広げてやろーってんだありがたーく受け取っとけや」
今絶対邪悪な顔で笑ってる。
見なくても確信できる笑い声だ!
「もう寝る! おやすみ!」
「おー、しっかり寝とけ。ただでさえ体力ねーんだ、無駄に消耗すんじゃねえよ」
さっきとは別の意味で顔を見たくなくて、
いや見られたくなくてすぐに寝床に潜り込みさっさと寝ることにした。
明日からも忙しい日々が続くのだから、
体力の回復は必須なのだと自分に言い聞かせて、
人生初の友達に胸の中だけでありがとうと言いながら私は眠りについたのだった。