拠点へと向かう船の上で私はじっと村の方を見つめていた。
別に二度と戻れないとか、この世の最後の思い出になんて思っているわけじゃない。
大切なのだ。村が、村での生活が、村の人たちが、それに関わる全てが。
だから、それを壊してしまいかねない氷月を止めなければならない。
彼の望みはきっと叶わないから。
人類全員を巻き込んでの猿猴捉月なんて笑い話にもならない。
いや、笑うことができる人すらいない、が正解か。
とにかく、彼の優秀な人間だけを残すという思想は危険というレベルではないので止めるのは必須なのだ。
「桜子、ずっと静かだが船酔いでもしたか?」
船に乗ってからずっと静かだったから心配になったのか、コハクが船を漕ぐ手を緩めて声をかけてきた。
「ううん、そういう訳じゃないよ。しばらくは戻れないなって思ってただけ。
それより、ちゃんとルリさんに教えてもらった?」
「ああ、うん、それは、そのー、少しずつ教えてもらうつもりだ」
頬を赤らめ目を泳がせ体をくねらせる姿は非常に扇情的だ。
私が男だったら襲ってるぞ、この15にあるまじきスタイルの持ち主が!
「とにかく、まずは男を興奮させない事を出来るようにするの。
普通にしてたって、男なんて興奮しちゃう事がある生き物なんだから。
特に私達と同年代なんて若さで暴走しがち、だからこそ女性の方でコントロールできるようにならなきゃいけないの!」
知らないって事は本当に危ないのだ、特にこれから人が増えていくのだから。
悪い人間って訳じゃなくても勘違いする奴は出てくるのだ。
その時自衛出来るだけの知識は絶対に必要なのである。
「うう、そう言われても、村の同世代にはそういう目で見られた事などないぞ」
村の若い男どもは玉無しかな?
いや、村の女性陣を考えるとそう言うのは酷か。
三姉妹も孔雀もスタイルいいもんなあ、ペッタンコな人ってもしかしたらいないのでは?
コハクとスタイル的にはどっこいぐらいだったら性格が女らしい方がいいもんね。
やめよう、ちょっと悲しい話になりそうだ。
「いい、今後村の男達とは違ってコハクの事をよく知らないのが起きてくる訳よ。
その時にうっかり勘違いさせるような事をしたら、襲われかねないんだからね。
コハクなら撃退できるだろうけど、勘違いするような奴は逆恨みする事も多いの。
そしたら今度は十人、二十人で襲いかかって来かねないの。
それでも大丈夫だと信じてるけど、そんな大事になるなんて嫌でしょ?
そうなる前に対処したりできる知識を得ておく必要があるの。
というか、何にも知らない状態で司に迫られたらどうする気だったの?
司なら大丈夫だろうけど、すごい事とかされたりもありうるんだからね!」
これもSEKKYOUだろうかとアホな事が頭をよぎるがコレはしっかり伝えないと。
新世界に性犯罪は存在させない事が私の目標なのだから。
「いや、その、司の事についてはあれだ、そういう事をするとかは考えてなかったのだ。
姉者の為にその、な」
ルリさんの為と聞いてピンとくるものがあった。
「コハク、貴方さては、御前試合に司を出場させる気でしょ」
ギクってするんじゃない!
なるほど、司と自分の二人でクロム以外を負けさせルリさんの旦那にクロムをおく計画か。
決勝まで司が残っても、そういう話があったらまいったしやすいしね。
確かに村のほぼ全員にばれてるからなクロムの恋心。
ルリさんの恋心はほぼバレてないが、知ってる人は知っている話だ。
司を御前試合に出させるのは本人の了承すらいらないし、勝ち残ってもらうにはやる気さえあればよしと。
「それ、司にひどい迷惑だって分かってやってるの?」
「自覚はある。だが、誰かにすがってでも私は姉者に幸せになってほしいのだ……」
「はあ……、私からは誰にも何も言わないわ。司にもそれ以外にも、ね」
一つため息をついてから許しの言葉を紡いだ。
コハクの顔が輝くがしっかりと釘は刺しておく。
「ただし、司がその気になったならちゃんと応えなさいね。
餌だけ振って終わったら何も与えずポイ、何てたとえ貴方でも許さないからね」
実際嫌でもないのだろう、司は強い上に誠実で優しく顔もいい……、なんだこの完璧超人。
だから、女性的な魅力に今一つ自信がないコハクは自分を選ばないと思って高を括っていたのでは?
「も、もちろんそのつもりだ。だが私を嫁に何てしたがるのか?」
「自分の魅力を自覚しなさい! 旧世界の男だったら9割がた引っかかるわよ。
応えるためにもちゃんと作法を習っておきなさい、いい?」
十分に魅力的なんだから可能性は大いにある。
なので、習う事から逃げないように再度言っておく。
慌てて頷くコハク。この話題はマズイと思ったのか別の事を聞いてくる。
「う、うむ。分かった。しっかり姉者から教わっておく。
しかし、桜子はなぜそこまで詳しいのだ? 確か君達は成人は20じゃなかったか?」
「うーん、成人する前に知るものだから、っていうところかしら?
ただ、体の仕組みだけ全体に教育して、後は個人でやっていく形だから個々人で差が激しいのよね。
言っては何だけどそういう資料は世の中に溢れてたから」
旧世界は特殊性癖の坩堝だったと私は思う。
なんだよ睡眠姦って、NTRとか狂ってる、腐女子はもう少し自重して。
無知でいる事は犯罪に巻き込まれる最大の原因だとは思う。
だが、前世の記憶でもここの辺りは本当にいらなかった。
「なんだか目が死んでるぞ桜子、嫌な記憶なら忘れてしまうといい」
「ありがとうコハク。でも私忘れるって事出来ないの、生まれてからずっと」
「それでも、意識を逸らす事はできるのだろう?
あちらの拠点で仲の良い誰かの話とかはどうだろう」
本気でヤバ目な雰囲気だったんだろう、割とコハクがさらに話題を変えようと必死だ。
「そうねえ、杠と大樹かなあ仲が良い相手って。他の人は会ったことないから分からないってだけだけど。
二人は元気かなあ、仲進展してるかな……、いや無理か。早くくっついてほしいんだけど」
「ほう、そんな関係の二人がいるのか」
話題を変えてあげると思いのほか食いついて来た。
やっぱり恋バナは女子の大好物だよね。
「そうなのよ、傍目に見てるだけで想いあってるのが分かるのに、全然進展しないのよ。
私は10日弱程度しか一緒にいなかったけど、千空は二人の幼馴染なのよね。
よく大樹を蹴っ飛ばさなかったと本気で思うわ」
もどかしいを通り越してもう結婚しろお前らの領域だもんね。
そう考えると千空って忍耐力がとんでもなく強いのかも。
「それで普段どんな感じなのだ、その二人は」
ワクワクだとかドキドキだとか漫画ならまわりに出てそうな雰囲気で聞いてくるコハク。
なんかキャラ違わない? 大丈夫? 暴走してない?
まあ、私も楽しいからそのまま続けるけど。
「普段はねえ、意外な事に普通でしかないのよ、これが。
でもね、でもね、フッと二人で目が合うと二人とも赤くなってそっと目線を外しあうの。
それからまたチラリとお互い見あってたりとかするのよ!
これは本当にレアな事だったんだけどね、それ見たから私絶対二人に結婚式挙げさせたいって思ったの!」
「ほほう! いい、とてもいい! もっと二人の間の話はないのか桜子!」
「それじゃ、千空から聞いたエピソードだけどね……」
キャーキャー言いながら大樹と杠の話をしていたら、気付けば夕日が差す頃で、
当然それ以上進めず、その日は予定の半分も進めなかった。
それでも私が歩くより速いので問題はきっとない、筈だ。
夜営中でも色々お喋りしてしまった。
やっぱり男性側がリードすべきだとか、だからこそ大樹にある程度教えておきたかったのに千空に禁止された事とか、千空自身はそこの辺り完全に制御してるっぽくて何歳だっけっていう話になったり色々だ。
お陰で二人して少し寝不足だ、まあ急ぐことでもないのでのんびり向かう事にした。
のんびり向かってもその日の昼過ぎには着いたし、もともといつに着くとか言ったわけではないので問題なしだ。
「お帰りなさい桜子ちゃん、風邪ひかなかった? 怪我とかない? 後、危ない目にあったりしなかった?」
「はっはっはっ、千空がついていたんだ、大丈夫に決まっているぞ杠。
だけど無事な姿を見れて安心だ、また会えてうれしいぞ桜子!」
問題は拠点について早々杠に抱きしめられている私がいることだ。
「もう、大樹君は心配じゃなかったの? いっつもそんな調子なんだから」
「もちろん、心配ではあったさ。だが、千空なら桜子をしっかり守れると信じていたからな。
心配以上に信頼していただけだ。実際、桜子の元気な姿がこうしてまた見れたろう?」
「私だって千空君のこと信じてなかった訳じゃないよ。
でも、桜子ちゃんはこんなに小さな体で頑張ってるからどうしても心配になっちゃうの」
「それは同感だな、小さな体に大きな知識が詰まっているのが桜子だからな」
「もう、大丈夫だったって。心配されるような事なんて何にもないってば。
順調に鉄もガラスもつくれてるんだからね、杠は心配し過ぎなのよ」
そう言って杠の胸の中からようやく抜け出る私。
抱きしめられてるとすごく安心するから抜け出すの大変だったけど。
「危ない事何て本当に何にもなかったの、だから戻ってこれたんだしね。そうでしょ、コハク」
「いや、それはさすがに無理があると思うぞ桜子」
なぜ? 何か危ない事ってあったっけ?
分からないって顔してたらコハクが頭痛を堪えるような表情でツッコミを入れてくる。
「いやいや、熊に追われたり、マグマに拐われたりしていたろう君。どちらも十分危ない目と言えると思うぞ」
それらは覚えているけど……、
「熊は川に飛び込めば逃げられると思ってたし、マグマの方なんて殴られて終わりでしょ?
命の危機って言うほど……、熊の方はそうか。確かに危ない事はあったね」
冷静に考えると熊はまずいな、その後すぐにコハクに助けられたから印象薄いけど。
でも野生動物に襲われる、なんてある程度織り込み済みのはずでは?
「でも、狩られる寸前の熊がいる何て想像できるわけないからセーフでしょ?」
杠の背後に雷が落ちたような気がした。
あ、これ司を怒らせてお説教食らった時と一緒だ。
そうと分かれば即脱出を……、
「悪いが、俺も杠と同じ気持ちだ、桜子」
「ありがとう、大樹くん。コハクちゃん…、だったよね。色々お話し聞きたいからこっち来てくれる?」
「うむ、桜子の危うさには私も一言言っておきたかったのだ。喜んで話そう」
いつのまにか大樹が後ろに回って両肩を押さえていた。
コハクも気付けばお説教する側に行ってる。
他の人は……ダメだ目をそらすかそっと首を振ってる。
いや、集まってきてるなら止めてよ、まだ誰にも自己紹介してないぞ私。
「大樹ちゃん、杠ちゃん、こっちはいいからお説教がーっつりやっちゃって。
それが終わってから、みんなとの顔合わせでいいからねー」
貴様浅霧幻だな! TVで見た顔だから分かるんだぞ!
なぜ接点のない筈の私を見捨てる! めんどうだからか、めんどうってだけだなぁ!
救いを求める目をする私に軽い感じでヒラヒラと手を振る浅霧幻。
他には、誰か……だめだ、ほむらも羽京もニッキーも北東西さんもこっちを見てない。
見てるのは氷月だけで、明らかに呆れている目だあれは。
救いはなさそうであると理解した私はドナドナの気分で連れて行かれるのであった。
連れて行かれる桜子の姿を見送る目線は二つ。
一つは浅霧幻、もう一つは氷月のものだ。
両者の思惑は実は正反対であるが、表には一切出ていない。
出ていないが、お互いの目的が正反対である事には気づいていた。
(ここで話すのも悪くはないんだけど、できれば氷月ちゃんのいないとこで話したいからね〜。
今連れてってくれるのは好都合。もっとも? 氷月ちゃんにとってもそうなんだけどね)
(ゲンくんは私が危険である事を警告したいでしょうねえ。ただし、私がいない場所で。
武力が違いますからね、司君がいない状態では仕掛けられたくないでしょう。
逆に私の方はここで桜子君を引き込みたい、でなければ司君が戻ってきてしまいますからね。
つまり時間はあちらの味方、リミットがきてしまえば私のチャンスは大いに減る。
まあ、どうとでもできる事ですが、ね)
ゲンとしては是が非でも司と一緒に帰ってきてほしかった。
なぜなら氷月を止められるのが司だけだったからだ。
ならなぜ司に直接氷月の危険性を訴えなかったのか?
一言で言えば信頼度の差である。
もし証拠もなく氷月の危険性を訴えればどうなるか?
他人を蹴落としたいだけの妄言だと切って捨てられて終わりだろう。
そうならないように氷月が動きづらい状況を作り、なおかつ裏切りの証拠は出るように動いていたのだが、
(ほんとーになーにしてくれちゃってんのさあ、桜子ちゃーん。
ここってば今君と千空ちゃんにとって一番の危険地帯よ。
ジーマーで危機感足りてないよ、勘弁してよねえ)
確かに桜子を脅すなどすればこれ以上ない裏切りの証拠になるだろう。
そのまま裏切り成功になる可能性が高い事に目をつむればだが。
本末転倒にもほどがある、裏切らせない事が目的なんであって、証拠づかみは二の次三の次なのだ。
(まあ、どうにかしますか。氷月ちゃんの下についても楽はできそうにないし。
あんだけ司ちゃんが変わった原因とかも知りたいし、ね)
静かな戦いは新たな局面を迎えた事を二人は理解した。
それをより有利に持っていくのは、両者共に自分であると信じて疑わない。
自身の能力に絶対の自信があるからだ。
(二人とも絶対自分の思惑を通すつもりだろうなあ。まあ、千空の邪魔だけは絶対させないけど)
ただし、自身の握る情報が絶対であるわけではないのである。
誰もが予想外の要素が入り乱れる混沌とした状況が生まれようとしていた。
ゲン「氷月ちゃんには穏やかに野望諦めてもらって何事もなく行きたいねえ」
氷月「司君だけはまずいんですがそれ以外はどうとでも。まあ、味方は(脳が溶けた輩でなければ)多い方がいいですが」
桜子「氷月の理想実現無理だから突っ込んで心変わりさせよう」
千空達「あのバカ、一人でやるなってんだよ!」
だから誰かに相談しろとあれほど……。
どうでもいいけど桜子が一番多く読み返したのは純愛もの。