イシからの始まり   作:delin

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論争前の準備

「さあて待たせて悪いな。はじめまして、俺が千空だ。あんたが氷月だな、司から色々聞いてるぜ。わざわざ待ってくれるなんて意外と律儀だな」

「いえいえ、最後になるかもしれないのです。今程度でしたら当然待ちますとも」

 

何でもない事のように言葉を交わし合う二人。

まるで知り合いの知り合い同士で道端でばったり出会い挨拶しあっているような雰囲気だ。

そんな呑気にも見える千空の態度に焦れる者もいる。

 

「千空! のんびり挨拶なぞしている場合か! 桜子の命の危機なのだぞ!」

「あー、心配いらねえよ。桜子がいるからこそまだやられちゃいねえんだって事ぐらいあっちだって分かってるって。ま、司が隙を伺い続ける限りって条件付きだがよ」

 

千空のいう通りである。

もし今司が居なくなってしまえば氷月を止められる者は誰もいない。

悠々と桜子を連れ去り、じっくりいう事を聞かせる算段をつけるだろう。

それを司も氷月も理解しているからお互いの動きから目を離す事はない。

 

「んな、呑気に構えてんじゃないよ! あの子あんな格好にされちまってるじゃないかい! 早く助けてやんないと!」

 

ただ、今の桜子の姿を見て落ち着いていられる面々ではない。

先ほどから無言の司と羽京は何としてでも助け出そうと集中しているだけであり、言葉を発するのさえ惜しいと思っているだけである。

 

「おーい、氷月ー、氷月さーん。皆が気にするみたいだからせめて服の切れてない方を前にしたいんだけど、いい?」

 

なお、心配されている本人は一切自分の格好に気を払っていない模様。

 

「勝手に動かないで下さい、いつ槍先が滑るか知りませんよ」

 

その緊張感のない物言いにさすがに氷月もイラッとさせられたらしく返す言葉には棘がある。

 

「もっとも? それが狙いでの言葉ならお見事と言っておきますが」

 

イラつきに集中を乱さないようにするが、脅威である司達と人質である桜子の双方を注意し続けながら行うのは氷月をして辛いと言わざるを得ない。

これが長く続けば先に隙を見せる事になるのは自分の方である、と理解しているだけに尚更イラつく悪循環である。

精神的な攻撃としてはかなりのものであった。

 

「ブハァ! このゴリラ、テメエいきなり何しやがる!」

 

そして無言だった最後の一人、マグマは発言する事が出来ないだけだった。

 

「いいからあんたは桜子の方を見んじゃないよ!」

「あぶねえ! なんで俺を地面に叩きつけようとすんだテメエは!」

「女の子が肌を晒しているのを見ていい訳ないだろう! 黙って地面に埋まってな!」

 

桜子の姿にいち早く気づいたニッキーが一番近くにいたマグマを地面に押しつけていたのだ。

やられたマグマは当然抗議し、ニッキーと口論を始める。

 

「後、あんたが何も考えず突撃しようとしてたから止めたんだよ!

下手したら死んでたんだから、逆に感謝してほしいぐらいだよ」

「あの女を止めなきゃ男に合流されんだろうが! そっちをやろうとしてたんだから邪魔すんな!」

「あんたにほむらが止められるかい! いいから大人しく司と羽京に任せな!」

「テメエが邪魔しなきゃこっちも人質をとれてたんだよ! そのぐらい分かりやがれ!」

 

どちらの反応も至極当たり前だろう。

今現在人質をとられて対峙中という事を無視すれば。

 

「君たちは周りの状況が見えていないのですか? それともこれらの脳の溶けた振る舞いは私への挑発か何かで?」

 

9人中3人が場にふさわしくない緊張感の欠けた行動をとっていることに氷月は馬鹿にされている思いだ。

氷月の苛立ちを感じ取った司と羽京はますます緊張を高め、それがわかる氷月は半ば強引にでも脱出する覚悟を決める。

 

「司、一歩、いや、逃がさねえが間合いの外って辺りにまで下がれ」

「何を言い出すんだ君は!」

 

ずっと氷月の隙を伺っていた羽京が、千空のその発言に信じられないとばかりに叫ぶ。

しかし、司はじっと千空の目を見た後すっと後ろに下がってしまう。

 

「司!」

「何をやってんだい! 氷月に逃げられちまうよ!」

 

その行動に羽京とニッキーが悲鳴にも似た声を上げる。

 

「千空、ここは君の出番。そう言うことだね?」

「ああ、そういうこった。サポ-トは任せるぜ、さすがに逃げられるなら逃げちまうだろうからよ」

「分かった、任せてくれ。俺の領分はしっかり果たして見せる、君も君のやるべき事を頼むよ」

 

言葉の最後に拳を打ち合わせる二人。

それを眩しそうに見る桜子と困惑を隠せない他の者達。

 

「千空君、何のつもりで?」

「さっき言ったじゃねえか、楽しい楽しいお話合いだよ。

テメエの主張とご高説を聞かせろや、全部論破してやっからよ」

 

氷月の問いに自信に満ち溢れた不敵な笑みで返す千空。

 

「ふむ、まあいいでしょう。君ならば感情のみで理屈を無視して話すことはないでしょうし、私を完全に納得させることができれば今後君に従いましょう。当然出来なければ私に従ってもらいますが」

「んじゃあ賭けは成立だな、ルールなんだが全員からの質問ありで、っていうのを入れてえ、OKか?」

「理由を伺っても?」

「出来なければ従うってのに全員巻き込むだけだよ。

それとも何か? 俺一人だけでいいのか、テメエの下につくのがよ」

 

千空の言葉に氷月はしばし考える。

 

(確かに数を考えれば千空君の方が有利です、ですが他人を納得させるというのがどれ程難しいかわからないわけではないでしょうに。自信がそこまであるのが不気味ですね)

 

全員掛りで説得すれば自分が心変わりするとでも思っているのだろうか?

だとすれば心外だ、そんな半端な決意で理想のために立ったわけではない。

 

(つまりここからは武力ではなく)

(精神、よって立つ信念の比べあいってわけだ)

 

お互い心の強さには自信があるもの同士だ。

武力ではなすすべもないが精神力でなら負けるつもりのない千空。

この人数差に加えて司がいる状況では不利は否めない氷月。

お互いの思惑が一致しての論争勝負の決定であった。

 

「もう少ししたら全員揃うだろうからそっから細かいルール決めだな。

その間にそこのもやしの格好整えておいてくれや」

「そうですね、ほむら君、服を桜子君に」

 

そうしてようやく桜子は氷月から解放されたが、ほむらによって氷月の後ろまで引っ張られてしまう。

 

「あなたは大事な人質、逃がす訳ない」

「千空が来てくれたから無理に逃げる必要なんてないもの、逃げないよ」

 

力ではほむらにも負ける自覚があるのか大人しく従う桜子。

あるいは千空への絶対の信頼の表れだろうか?

 

「はい、あなたの服」

 

スッと桜子の服を差し出すほむら。

 

「……私の服いつのまに持ってきてたの?」

「誰もいない時にそっと抜き取った、早く着替えて」

「抜き取られた形跡なかったんだけど、実は忍者の家系だったりするの?」

 

かなりとんでもない事をしていた事が判明した。

桜子は完全記憶能力者だ、少しでも違和感があればすぐにわかる。

それなのに違和感どころか、じっくりと記憶を確認しても違いが分からない。

しばし絶句する桜子の様子に氷月が誇らしそうに言った。

 

「言ったでしょう、ほむら君は私が最も信頼する者だと。そのくらい出来ない訳がありません」

「ついさっき言った事を即実行ですか、素晴らしいと思いますよその姿勢」

 

氷月の言葉に軽い皮肉で返す桜子。

一方ほむらは驚愕でいっぱいだった。

今まで口に出さずとも信頼をしてくれていたのは気付いていた。

だが、こんなにはっきりと言葉にされるのは初めてだった。

信頼している証明をもらえた喜びと、崇拝する相手を変えるきっかけを作ったと思しき桜子への嫉妬で心がかき乱される。

しかし、それを今出すのは氷月からの信頼を裏切るようなもの。

ほむらは努めて冷静に桜子に服を渡し着替えさせる。

そして人質をいつでも殺せるアピールに桜子を後ろから拘束するのだった。

 

「えーと、氷月。さっきみたいな事は二人っきりの時に言ってあげて欲しかったかな。そのせいでほむらがちょっと怖いんですけど」

「今のところ君とほむら君は敵どうしなんですから怖くても不思議ではないでしょう? 何を言いだすのです、君は」

 

拘束は痛くはないが後ろからくる重圧が桜子のお腹をキュッとさせる。

しかしそんな事は知らぬとばかりにゲン達の到着を待つ皆であった。

 

 

ゲン達が到着して見たものはにらみ合いの状態にある千空陣営と氷月、ほむらの2名の姿だった。

明らかに緊張感漂う場にゲンはあえて気づかぬ風に軽い調子の声をかけた。

 

「やあやあ、話がついたのかな? それともただの膠着状態? まさか俺らを待っていた……なんて言わないよねえ」

「一番最後でドンピシャだ、浅霧幻。今の俺らの方針に異論があるそうだかんな、全員の前でご発表いただいて、その上で論破、納得させる事ができなければ今後は氷月に従うって賭けをしてんだよ。それにオメーらも参加するかってお誘いだ」

「ああ、ゲンでいいよ千空ちゃん。なんか面白い事態になってるねえ、んじゃあ少し座れる場所あった方がよくない? 長くなりそうだし倒木でも地面に直接座るよりはマシでしょ」

 

とは言っても倒木もなかなか見当たらない。

おもむろにマグマが近くの木に近づくと、

 

「うおらああ!」

 

気合いの声と共に一撃でブチおった。

絶句する復活者の一般的なメンツ、それを尻目にさっさと枝を落としていく村の者たち。

 

「おい、マグマ。一本じゃ足りねえから、そうだな後三本ぐらい頼むわ」

「ああ? チッ、仕方ねえやってやるよ」

「よし、なら運ぶのは任せてくれ。体力には自信があるんだ」

 

後から合流したメンバーの中で普通に対応できたのは大樹だけだった。

 

「村人にもしっかり鍛えている人っているのね、意外だったわ」

 

訂正、南記者も特に驚いてはいなかったようである。

 

「あのー、南ちゃん? もしかして、鍛えた人なら木を折るのって普通だったりする?」

「? そうだけど、見たことないの? 格闘家がよく力のアピールに使ってたわ。

あ、でも自然保護団体がうるさくなってここ数年は無くなったんだっけ」

 

どうやら格闘界や武術界隈ではよくある事であったらしい。

氷月の方には司が切った木をそのまま渡して氷月がちょうどいい長さに切っていた。

 

「むう、駄目だなどう足掻いても勝ちの目が見えん。耐えるぐらいしか出来そうにないな」

「司の奴が自分と互角だっつてんだからあたりめえだろうが、せめて司に一撃当ててから勝てるかどうか考えやがれ」

 

氷月の強さを見せつけられて唸るのは金狼とマグマだ。

特にマグマは打倒司に向けて燃えているため強い相手の観察に余念がない。

今までは司しか対象がいなかったのが敵ではあるが現れたのだ。

見に徹する事ができる時ならばじっくり見るのは当然であろう。

そんな視線を断ち切るために氷月が一つ咳払いをする。

それを合図とした様に各々近くの木へと腰掛ける。

 

「さて、ようやく落ち着いて話を始められますね。

では千空君、細かなルールを決めましょうか」

「おう、まず前提として最終的にオメーが納得しなければ俺側の負け、納得したらオメーの負け。ここまでは前提として、どうなれば納得したかってのを決めようぜ」

「ふうむ、つまり言葉の定義づけからですか。まあ、時間も遅い事ですし、簡単に私が論理的な反論が出来なければ納得したという形でいかがです?」

「おー、大分譲歩してくれたなぁ。最悪納得していないって言い続ける事だって出来たのによ。んじゃあ、負けた時従うのは俺側についた奴、もしくはオメーに質問した奴ってところでどうだ?」

「いいですね、第三者ヅラでつつきまわすだけ、というのを封じてくれますか。

賭けへの参加は質問するか、君側につく事を宣言することで参加したとみなすでいいですね?」

「ああ、それでいいぜ。ただ、不参加もOKにしといてくれ。

無理に従わせてもお互いにとっていい事ねえだろ」

「ええ、構いませんよ。少なくともこの場では、ですが」

「まあ当然だわな。そろそろ始めっか、まずはそっちの主張から聞かせてもらうぜ」

「ではそうさせてもらいましょう。

それでは弁舌家ではないのでお聞き苦しいところもあるでしょうが、最後までお聞きください」

 

氷月の演説が始まる。

これが、これこそが人類の歩むべき道と高らかに謳い上げる。

皆静かに耳を傾けていた。

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