イシからの始まり   作:delin

31 / 101
それらはただの道具の一種。
使い方を誤れば容易く振るった者に牙を剥く。


高い能力は本当に幸せをもたらしてくれるのかい?

私の一番最初の記憶、つまり始めて意識を持ったのは泣かない赤子のお尻叩く衝撃からね。

何? そこまで遡らなくていい? 分かってるけど完全記憶を持ってるって証拠をね……。

はあい、脱線はやめますよ。大体2歳過ぎまでは特に変なとこはなかったはずなの、2歳の誕生日は祝って貰えたし。

誕生日過ぎて2カ月ぐらいした頃に前世の記憶って物に気づいたのよ。

幼稚園で皆んなと過ごしていると記憶との齟齬が酷くてね、大人の感覚があるのに実際は子供の心と体なわけ。

よく周りと言い争ってたの、でも子供と大人で口げんか何て本来成立しないのよ、大人側が引いちゃうから。

それが凄くストレスになって、つい家で親に相談しちゃったのよね。

『大人なのに幼稚園に行くのはもういや』

ってね。

当然親としては叱るでしょ、そんな子供。

そしてそのお叱りに理路整然と反論しちゃったの。

両親が私を見る目が不気味なものを見る目に変わるのにそう時間はかからなかったわ。

そんな不気味な子供を幼稚園に通わせてたら、何言われるか分かったもんじゃないって事で幼稚園通いは無くなったんだけど、そうなると私の面倒見なきゃいけなくなるのよね。

そのせいで母は仕事辞める羽目になったの。

さて、ここで問題です。

不気味な子供のせいで仕事を辞める羽目になった人がそれの為に頑張ろうと思えるでしょうか?

答えは当然のごとくNO。

よく叩かれるようになったのはそれからね、でも素直に叩かれてたわけじゃないの。

そっとマジックテープの片側を当たる直前に頬に置いたり、座布団を頭の上に置いたりしてたから。

今思えばだけど怒られて当然よね、我儘言って仕事辞めさせるわ素直に叩かれないわって。

食事抜きは一回だけあったけど、食べるものをあっさり私が見つけた事で意味ないと思ったみたい。

勝手にしてろって感じになるのにそう時間はかからなかったわ。

それからはお金だけ渡されて完全放棄。

さっさと新しい仕事見つけてそっちに集中してたみたい、父とそんな話をしてたのがもれ聞こえた事があったし。

家事とかどうしてたって? 私がやってたのは半分くらいかな?

母が仕事に集中しだしたのが私が4歳か5歳ぐらいだから。

仕事をし始めた時期がいつか正確に知らないのよね、母は言わなかったし、私も聞かなかったし。

小学校に通うようになってもやっぱり大変だった……、むしろ入学最初の頃が一番辛かった気がする。

皆んなで仲良く〜っていうのが普通じゃない? 私はどうしても馴染めなかったの。

そんな風に浮いてる奴を人はどうするか、当然異物として排除するわけ。

イジメの始まりね、まあやり返したけど。

人の物を傷つけてくる奴は証拠動画撮って賠償請求したし、机や椅子に何かするのは予備のを常に教師に用意させる事で対処したし、陰口は気にしなければ無害だったし、直接暴力に訴える奴が一番面倒だったかな。

二年生になる頃にはちょっかいかけてくる奴はあらかたいなくなったわね。

ずっと独りだったけど本でも読んでれば良かったし、うん、学校生活は問題なしよね。

保健の授業で生殖関係のあたりやった時が一番きつかったね、ついうっかり前世のソレ関連見ちゃったから。

悲鳴をこらえる事ができたのは我ながら絶賛ものだと思う。

顔が青くなっちゃって保健室へは連れてかれたけど。

中学入ったぐらいにTVで司を見た時に初めて気づいたのよね。

ここが前世で読んだ漫画の世界に似た世界だって。

そこからはもう何もかも無視して知識漁りばっかの生活よ。

成績の維持は教科書丸暗記と授業全記憶で片付いたし、人付き合いは小学校から変わらなかったから皆無だしで。

で、石化の日までそのままっていう感じ。

以上で私の旧世界の生活は終わり、何か聞きたい事はある?

 

 

よくあるお話でしょ、となんでもない事のように言う桜子とは対照的に場の雰囲気は最悪に近かった。

それはそうだろう、彼らは少なくとも愛情を受けて育ってきたのだ。

両親のいない大樹でさえ亡くなるまでは愛情を持って育ってきた。

あっけらかんと話す彼女の心情は想像の埒外にあった。

 

「一つお聞きしたい、その虐めをしてきた相手を消したいと、復讐したいとは思わなかったので?

脳の溶けた連中に好きな様にさせたままでよしとしたのですか?」

 

皆が固まる中氷月が静かに質問する。

純粋に疑問だったのだろう、優秀といえる能力を持っている彼女が、脳の溶けた輩に苦い思いを受けた筈の彼女が、自分の考えを全否定した事が。

 

「やり返しはしたし、別にあちらがおかしいとは思えなかったですから。

そんな事考えつかなかったっていうのが本音、やる労力がもったいないのもありましたけどね」

「なぜです? 能力を示していなかった訳ではないでしょう?

優秀な者がそうでない者に排除されるのを間違いだと思わなかったのですか?」

「彼らだって優秀でしょう? 集団に溶け込めるという意味で」

「……どういう意味ですかそれは」

 

全く理解できないといった風に氷月が眉間に皺を寄せさらに問いかける。

 

「人間という種族が作った力で、一番振るわれてきたのが何か分かります?」

「銃ですか? ……いえ、言いたいことは違うのでしょう。

残念ながら上手く貴方の考えが理解できないようだ、答えを聞いても?」

「私の答えは数の、集団としての力。なら、それを上手く自分の為に使えるのは優秀な証拠でしょう?」

 

桜子の答えに軽く首を振ってため息をつく氷月。

 

「考えが違い過ぎますね、君の考えは私には受け入れがたい」

「理解し合える人達だけじゃないでしょう、この世にいるのは。

お互いに理解できないと分かればそれはそれでいいんじゃないです?」

 

この会話を聞いて千空が気づいた事は、

『他人と違う事で集団に入れない事がトラウマになってる』

という事実だ。

つまり皆で受け入れれば万事解決、

 

(じゃ、ねえんだよな。言いたくない事はなんとしてでも言わずに済まそうとするのが桜子だ。

それが少し聞かれただけで全部話す? ありえねえわ、んなもん)

 

まあ、今回の場合露骨に話すのを避けている部分があるのでそこを突くだけである。

 

「俺からも質問だ、前世に関しちゃほとんど説明が無かったが、どうなんだそのあたり」

「ああ、それ? そんな話す事多い訳じゃないから省略してたの。

ほとんどの時間を引きこもって過ごして2019年10月に死亡。

まあ、この状況とほぼ同じような漫画が存在してたって事で分かると思うけど、この世界とは別の世界だったみたいね。

総理の名前とか人気漫画の内容とかちょっとずつ違ったりしてたわ」

 

そこでゲンをちらりと見る千空。

コクリと頷きゲンが桜子の嘘を突く。

 

「ほとんどって言うけど、お仕事はしてなかったのその前世は?

してないならニートって言うけどそのあたりどうなの?」

 

その質問に舌打ちせんばかりの顔になって答える。

 

「してましたよ、ええ。引きこもってたのは休みの日だけです」

「それじゃあ引きこもりじゃなくてインドア派ってだけだねえ。言葉は正確に使わなきゃ、だよね」

「どっちでもいいじゃないですかそんなこと、違いなんてあってなきがごとしでしょう?」

「いやあ、一番聞きたいのはなんでそういう表現なのかなってこ・と。

言葉選びがわからないとは言わせないよ、たっくさん本を読んでるんだってねえ桜子ちゃんって。

そこまで文章に慣れ親しんだ人が分からないわけがないんだから」

「へええ、ただの趣味だとは思わなかったんです?」

「それならそう言えばいいだけだよねえ。でも、そうしなかった。

いや、嘘ってわけじゃないんだね。感情任せの言葉ってだけで」

「それで? 一体それの何が悪いんです? 生まれ変わったんだから昔の存在しないものを否定して何が悪いんです?」

 

その言葉を聞いてゲンがニイィィっと不気味に笑った。

『思惑通り』そう言うかのように。

そして千空へと視線を向け視線のみで伝える。

『お仕事終ーわり、後は君の出番だよ』と。

 

「ああ、オメーの言う通りだ。もう存在しないものを否定すんのなんぞ誰も問題にしやしねえ。

それと同じ生き方をしちまったオメー自身ごと否定すんじゃなきゃな」

「……何を言っているの? 同じ生き方?

違うわ、私は前世の問題点をしっかり認識して、同じ轍を踏まないようにして生きている!」

「今は、だろ。2歳の頃はそれができていなかった、だから『私が悪い』そう思っている……、違うか?」

 

唇を噛みしめ何かに耐えるようなしぐさを見せた後、激情を抑えているような声で返す。

 

「そう、ね。あの頃は駄目だと気づけなかった、だから母は私を避けるようになったのだもの。

それの責任を私以外の誰に求めるというの、私がちゃんと子供だったら起こらなかったじゃない!

あんな事を言わせることも……!」

 

思わず漏らしそうになった言葉を慌てて飲み込む桜子。

しかし千空には察されてしまっていた。

 

「『私の子を返して』か? お前の言われた言葉は」

 

そう言われた瞬間桜子の顔から血の気が一気に引いていく。

真っ青な顔で力なく首を横に振って必死になって否定する。

 

「ちっ、ちがう、そんなこと言われてない、お母さんはそんなこと言ってない、私が普通じゃなかったからお母さんはお母さんじゃなくなったんだもの、お母さんは悪くない!」

 

彼女の不幸は完全記憶能力を持っていた事、つまり普通の人であれば自然に行っている、『記憶の改竄』が一切できないことであったろう。

いくら自分にとって都合の悪い記憶があっても、それを忘れることも、都合のいいように変えてしまう事が決してできないのだ。

 

「そう言い聞かせて親を責めることをしようとしなかったわけだな?

社会的に見て普通でいられない自分が悪いって自分を納得させて、そうなった原因の前世の人格ごと自分を否定して、そうやって生きてきたんだな?」

「……そうよ、それを聞いて、わざわざ隠していた事暴き立てて! 何が言いたいの!!」

 

千空の言葉についに桜子が激昂し立ち上がって千空をにらみつける。

千空も同じく立ち上がり桜子に答える。

 

「何が言いたいか? んなもん決まってんだろ」

 

そう言ってゆっくりと桜子に手を伸ばし、

 

「その生き方はきつかったろ、オメーは悪くねえ。だから、あんま自分を責めんな」

 

いつかのようにその頭をポンポンと叩くのだった。

 

「私、悪くないの?」

 

呆然とつぶやく桜子。

そんなこと想像すらしていなかったのだろう。

 

「ああ、オメーは悪くねえんだ。だから、もう我慢しなくていいんだよ」

 

優しく頭をなで続ける千空。

そんな二人の様子に我慢しきれなかったのか杠が飛び出し桜子を抱きしめた。

 

「そうだよ! 桜子ちゃんは何も悪くないの! だから、だから、……悲しい事我慢して飲み込まなくていいの!」

「だって、私のせいってお父さんもお母さんもずっと、ずっと…、幼稚園でも小学校でも周りはみんな私がおかしいって」

「桜子が悪い事をした訳ではないのだろう? なら君が悪い訳ではない、もう泣くのを無理に我慢しなくていいんだ」

 

いつのまにか後ろから桜子を抱きしめているのはコハクだ。

桜子を慰める役を二人に持っていかれた形となった千空に氷月が問いかける。

 

「なぜ、彼女はそこまでの忍耐を自分で強いていたのでしょうかね、受け入れられない程度気にする必要もないでしょうに」

「オメーにはあった確固たる自信があいつにはなかった、そういうこったろうよ」

「随分な知識量を持っていると聞きましたが……」

「使えるようになったのは石化中にだろうよ、つまりその前、旧世界では何の変哲も無い普通の奴だったんだろうさ。まあ、いじめられて泣き寝入りするほど弱くも無かったみてえだがよ」

 

大きなため息をこぼし天を仰ぐ氷月。

なるほど、自分の思想を否定するわけである。

彼女自身があの諺の体現者ではないか、氷月の理想に従うという事は過去の自分を殺す事をになる。

それに頷ける者なぞただの愚か者だ。

そこまで考えたところで桜子の方に視線を移す。

呆然としながら呟く姿を見ればただの親からはぐれた子供にしか見えない。

 

「なんで? 私が二人の子供なのに、なんでお前は誰だなんていうの? 悪霊に取り憑かれたなんていう詐欺師をどうして信じるの? どうして私を信じてくれないの?」

「辛かったよね、もう大丈夫だから、桜子ちゃんを信じる人はたくさんいるから、私が全部信じるから、もう心の中だけで泣かなくていいからね」

「村の女性達は皆君の味方だ、君を否定する者なぞいるものか。だから君の辛さを全て吐き出してしまってくれ」

 

ポロポロと涙を流し続ける桜子に優しい言葉をかけ続ける二人。

先の生い立ちの話から考えれば、世界がこうなって初めて彼女は愛情を与えられたのだろう。

 

「私も人のことを言えませんね、観察眼をもっとちゃんとさせなければ。

よりにもよって一番賛同が得られない相手から始めるとは」

「会った事ない相手なんだからそんなもんだろ、特にあいつは分かりにきいからな」

「君は分かっていたようですが? この中では一番長い付き合いだからこそですかね」

 

その氷月の問いに肩をすくめるだけで答え、桜子の方へ行く千空。

 

「桜子、オメーの両親もオメーも悪くねえんだ、誰かに責任を求めんのはもうやめろ」

「そんなの無理だよ、私が普通の子供だったらお父さんもお母さんも喧嘩なんかしなかったはずだもん」

「んなもん責任取れる訳ねえだろ、ガキが大人に対して責任取れるかよ。

喧嘩した事はその両親の間の話でテメーにゃ関係ねえよ、気に病まれたら却って迷惑になるわ」

「でも……」

「いいの! 桜子ちゃんは悪くないの! 気に病むの禁止! 分かった!?」

「ええ…? だって、そんな…」

「でももだっても禁止! 皆に甘えて忘れなさい!」

「忘れるのは無理だよう、完全記憶だもん……」

「いいの、気にしなければ! 温かい思い出で埋めちゃえばいいの、だからしっかり甘えなさい!」

 

力強く抱きしめる杠の体におずおずと両手を回していく。

遠慮がちに抱きつき返し、問いかける。

 

「私、悪くないの? 赦されていいの?」

「「「「もちろん!!(あたりめえだろ)」」」」

 

杠にもコハクにもちょっとだけ離れている大樹にも、そして当然千空にも。

同時に赦された事でもう既に溢れていた桜子の涙腺がとうとう完全に決壊した。

杠の胸に顔を埋め声を殺して泣く桜子。

そんな彼女を抱きしめて頭をポンポンと叩きあやしつづける杠とコハク。

コハクが杠ごと桜子を抱きしめる形になっているのはご愛嬌といったところだ。

まだ彼女の心の傷が癒えた訳ではない。

だが確かに癒え始めたのがこの時であった。

彼女はきっとこの時、この瞬間を忘れないだろう。

完全記憶など無くても、きっと永遠に、また生まれ変わったとしても。

確かな愛情を初めて与えられたこの始まりの時を。




ギリギリ間に合った……! ですが、次回はどう考えても無理!
申し訳ないのですが書き溜めのため次回は来週の木曜か再来週の月曜に投稿させていただきます。m(_ _)m
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。