ですが、お仕事繫忙期中につき9月半ばぐらいまで週一更新になるかもです。
・司VS氷月 模擬戦
先日切り開いた広場にて二人は向かい合って立っていた。
その手には自身が使い慣れている得物……ただし切っ先は布製であり怪我をしないよう配慮されている物だ。
「君との模擬戦はいつ以来だったかな? 大分前な気もするしつい先日だった気もするんだ」
「そうですねえ、司君との模擬戦は確か石化の一月前ぐらいだったかと」
「そうか、そこまで間が空いているわけではないんだね」
「いえいえ、とても長い時間が空いてますよ。3700年以上の時間がね」
「はははっ、その通りだね。一本取られたよ」
にこやかに会話をしているが空気はピリピリと痛いぐらいに張り詰めている。
二人の戦意に場の空気までが巻き込まれているかのようだ。
周りで見学に回っている者もごくりと息をのむ。
「…両者準備はよろしいか!」
「いつでも」「とうに」
審判、いや見届け人、もしかしたらただの開始の合図役…を任された金狼はその空気に圧倒されていた。
それでもやるべきをやる、それがルールだと自分に言い聞かせ声を張り上げる。
「……始め!!」
「ふっ!」「はっ!」
金狼の声に合わせ両者が同時に動き出す。
鋭い呼気と共に一気に踏み込もうとする司と槍の間合いを詰めさせぬよう薙ぎ払いを行う氷月。
当然のように槍を避ける司、それを当然のものとして一歩下がり間合いを開く氷月。
氷月が一歩引いた事で開く間合い、その距離は完全に槍の間合いのものであった。
始まる氷月の猛攻、それは一本であるはずの槍先が何本にも分かれたように錯覚する程。
変幻自在に迫るそれを司はその手に持つ得物と体捌きのみで捌いていく。
半歩横に動けば半歩分、一歩動けば一歩分だけ己が身に迫る槍先を、剣でもって逸らす、逸らす逸らす、逸らす逸らす逸らす!
やがてどちらからともなく後ろに飛び距離をとった。
「腕を上げましたねえ、司君。いつの間に私の槍をここまで見切れるように?」
「自分に向かってくる切っ先をよけるのを続けていたからだろうね。
自分でも驚いているよ、君の槍をここまで防ぎ続けられたなんて」
「ふむ、では次は司君からどうぞ」
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
そう言うと今度は司の猛攻が始まる。
上から下、下から上、袈裟切り、逆袈裟、胴に逆胴、これらに時折突きを加えて司の剣が縦横無尽に暴れまわる。
脚も使い間合いを常に動かし続ける、側面に回る、時折蹴りを入れる、さらに氷月の槍をつかもうとしたりもする。
当然狙う場所も頭を狙ったかと思えば脚になったり、胴かと思えば指先であったりとにかく一定のパターンに収まらない。
そんなよく言えば変幻自在、悪く言えば無節操な動きにいい加減いらだったのか、氷月が大きく槍を薙ぎ払い無理やり仕切り直す。
「司君、何ですかあれは。全くもってしっかりしていない、遊んでいるかのような動きは。
確かに全て当たれば流れごと持って行ける一撃ばかりでしたが君の戦い方ではないでしょうに」
「すまないね氷月。だけど、うん、これで上手く見せられたと思うんだ」
そう言ってチラリとマグマを見る司。
それだけで氷月は彼が何をしたかったかを理解する。
「はあ、まあ構いませんがね。最初の流れからそのつもりだったとは、少し呆れますよ。
では、次も君からどうぞ。そうでなければ効果が薄いでしょう?」
「すまない、氷月。君ならそうしてくれると思っていたよ」
「そうでなかったら力づくで自分の番にするだけでしょう?
そのぐらいここ数日で分かっていますよ」
そうなったら後で謝ろうとは思っていたよ、とだけ言って氷月に躍りかかる司。
先程とはまた違った動きであった。振るう剣の動きは最小最速に、氷月からの牽制の一撃は飛んで避け、とにかく足を使って引っ掻き回す動きで氷月の周りを走り回る。
ましらのごとき動きで一瞬たりとも止まらない、視線は常に相手の全身を見てその隙を伺う、隙を見つければ一気呵成に襲い掛かる。
その姿は正に電光石火、影さえも踏ませぬ雷速の疾走。
しかし氷月の不満顔は全く晴れず、ある程度の時間が経った時強烈な一撃を司に放つ。
司はそれを予想できていたのか放たれる前に既に回避に移っており届く事はなかった。
「……はあ、随分と教える事が楽しいようですね司君。最初の私の動きは金狼君に、君の動きはマグマ君、先程のはコハク君ですか?
それぞれに目指すべき高みを見せる事が今日の模擬戦の目的ですか、それなら先に言うべき言葉があるのではないですか?」
「君なら分かってくれる……、というのは甘えかな? だけどたまには違う型も悪くないと思ってね。
それに先に言ってしまうと咄嗟の対処の仕方は見せられないだろう?」
「甘えですね。罰としてこの後は君本来の型以外は禁止にしましょう」
「了解だよ氷月。あと改めて言わせてくれ、ありがとう、とね」
その後は目にも止まらぬ速さの槍と剣の応酬でどちらも一歩引かぬ激戦となった。
決着がついたのは約一時間ほどのち、氷月の得物から異音がした時だった。
「参りましたね、この程度で耐久限界にさせてしまうとは。私もまだまだ未熟ですか」
「打ち合う形が多かったのもあるし、村にあった物を借りただけだろう? 元々限界が近かったんじゃないかい?」
「それも含めて、ですよ。自らの得物を選ぶ目利きが足らなかったという事ですからね。
今日のところは私の黒星で計算しておきましょう」
「引き分けでいいと思うけどね、氷月が納得するならそれでいいさ」
そう言って二人は握手を交わして模擬戦を終える。
金狼はそれを見てようやく終わりの合図を出す役割を思い出した。
「はっ! ひ、氷月の武器破損により勝者、司!」
金狼の掛け声で模擬戦の終わりが告げられる。
そこまで来てやっと息を呑みっぱなしだったコハクが口を開いた。
「本当にすごいな、司は。あの動き、私が目指すべきもの、か」
今更になって汗が吹き出す。
極度の緊張によって体が当然の機能すら忘れていたようだ。
出ている汗の量だけであれば下手すると実際に動いていた二人より酷いかもしれない。
「司に氷月はあれだけ動いたのになぜそんな涼しげな顔をしているのだ?
見ていた私の方が酷いぐらいではないか、何かそういう秘訣でもあるのか?」
「慣れでしょうかねえ、特に何もしていないはずですので。
コハク君は水でも浴びてくるといいでしょう、若い女子が汗みずくというのは感心しませんよ」
「ふうむ、確かに。では少し汗を流して着替えてこよう。まだまだ暑いからちょうど良かろう」
ささっと家に向かうコハク。
着替えを持って川に向かうのだろう。
「おい、金狼。さっきの動きを自分のものにしてえから付き合え」
「勝手な事を言う奴め。だが、俺も氷月の動きを忘れない内に体に覚えさせたいからな。付き合おう」
言い合いながらマグマと金狼もこの場を離れていく。
そうして残ったのは司と氷月の二人だけ。
「ちゃんとした生徒たち、とでも言えばいいのですかね。
コハク君も川で先程の動きを試すでしょうし、司君が教えようとするのも分かる気がしますね」
「だろう? 彼ら、特にマグマは強くなる事に貪欲だよ。それに引っ張られて金狼とコハクの二人も強くなろうとしている。とてもいい状態だと思わないかい?」
「そうですね、実にいいと言えますね。どうやら君自身もそのおかげで腕を上げているようですし」
氷月の得物は破損してしまったが司の使っていたものはまだ少しくらいは大丈夫そうだ。
「そこでなんだがね、金狼の得物は槍なんだ。俺は槍の扱いは門外漢だから、できれば君が教えてあげてくれないか?」
なるほど、この模擬戦を提案した理由は色々あるが一番は、
「村に対する感謝の表れですか? 村人は随分良くしてくれたようで」
「……旧世界では俺は大人は子供を食い物にする存在だと思い込んでいた。
だけど、この村で知ったんだ。大人は子供を守り、育て、教え導くものだと。
少し外から見ていたからだろうね、桜子が構われるのは村の大人達がそういう流れを作っていたからだと分かったよ。
聞けば彼女が何か怯えてるように見えたから、だとさ。俺に色々構うのもきっと同じなんだろうと思う」
そう言って見せる司の表情はどこか照れ臭そうだ。
この村に来て色々変わったらしい、昔は張り詰めているか哀愁漂う憂い顔しかしていなかった。
それが今ではどうだ、年相応の顔をさまざまな場面で覗かせるではないか。
「ふむ、多少この村の住民に興味が湧きましたね。少し交流をさせてもらいましょう」
「ああ、それはいいと思うよ。皆気持ちのいい人ばかりだからね、きっと氷月も気に入ってくれるさ」
よほどこの村に良い印象を持っているらしい、司の言葉には確信がたっぷりと詰まっていた。
思わず苦笑してしまう、石化前とは本当に大違いだ。
村との交流は望めばすぐにできるだろう、運んできた酒類で羽京が大人の男だけの宴会に巻き込まれていたりしたからだ。
隙あらばまた同じことをしようというのが見える村人を思い出しまた苦笑がこぼれる。
なんだ、自分も大分影響を受け始めているらしい。
呑んで騒ぐ事に混ざらなかったのを惜しいと思いだしている。
今度機会があれば混ざるとしよう、そう素直に思えるような一日であった。
・「尾張菅流槍術はちゃんとするなら常にその門戸を開いています。ええ、ちゃんとするならば」
金狼と銀狼の二人が橋の見張りから戻ると珍しく父鉄犬の楽しげな声が響いていた。
「いやあ、お強い。これでまだまだ本調子ではないなど信じられませんな!」
「槍が本当ならば二間槍といって3.6m…身長の二倍ほどのものを使いますのでね、本来の間合いとは違うのですよ。
まあ、それで遅れをとるような鍛え方はしていないつもりですが、他流派の槍術も多少は収めてますし」
家の中に入って見ればにわかには信じがたい光景が見れた。
普段金狼と似て寡黙な父が上機嫌で氷月と酒を酌み交わしていたのだ。
宴会の席でも父はあまり飲まないため酔っている姿を見るのは初めてだった。
「おお! 帰ったか息子達よ! いやあ氷月殿は強いなあ、お前たちも今度一手御指南願うといい!」
「氷月が強いのは知っているが、……何があったんだ? 父さんのこんな姿初めて見るのだが」
いつになくはしゃいでいる様子の父に戸惑いつつ状況を把握しているはずの氷月に聞いてみる。
氷月も鉄犬がここまで酔うのは予想外だったらしく少し困ったような声で答えた。
「いえ、ただ槍の打ち合いの後指摘をいくつかしただけなはずなんですが……。
後は私の流派についてのお話を少々、それらの後酒席に誘われて、という流れですね」
どうにも何かが父の琴線に触れたらしい。
その何かがさっぱりわからないのでこの様子には困惑しかないのだが……。
そうしていたら酔っ払い特有の突飛さで鉄犬が声をあげる。
「そうだ、氷月殿! せっかくなので息子達に貴方の槍の流派を教えてあげてくれませぬか?
金狼は真面目で勤勉なのできっとものになるはず、銀狼だってやる時はやるはずですので是非とも!」
「父さん! 氷月に迷惑だろう!」
「いいえ、教えるのは構いませんよ。金狼君には確認したい事もありますし」
「確認したい事?」
「ええ、先日見せる事になった動きの話です」
「あれか……、正直そのまま模倣しようとしても違和感が付きまとってな。
多少参考にさせてもらった程度になってしまっている」
そのせいでマグマに負け越してしまっているのは苦々しく感じてはいる。
「そうなるでしょうね、あの動きは当然の話ですが私に最適化された動きです。
ですが司君が見せた動きはあの二人それぞれのために考えられたもの、差がつくのは当然といえます」
あの二人を妬む気持ちまで見抜かれたように感じ、静かに歯をくいしばる金狼。
このまま置いていかれるのか? そう思うと叫び出したいほどに悔しい。
「ですので私が直接君と打ち合い、君にあった動きを考えましょう。
司君に弟子育成能力で遅れをとっていると思われるのは業腹ですので、鉄犬殿のお願いは渡りに舟です。
君さえ良ければ弟子になりませんか?」
「是非ともお願いしたい! あ、いや、お願いいたします、師匠」
「実にちゃんとしていて素晴らしいですね。教わる立場になるなら言葉使いから、すぐにできる人ばかりではないですよ」
少し酔いがあるのだろう、氷月も上機嫌で金狼を褒める。
「ふうむ、事情はよくわかりませんが金狼に教えを授けてくれるのですな!
いや、実に有り難い! 感謝いたしますぞ! 氷月殿! ……ついでに銀狼もお願いできませんかな」
「……ちゃんとするならば、教えてもいいですが」
「首根っこ引っ掴んで連れてきますので、是非ともお願いします師匠」
さっきまでいたはずの銀狼はいつのまにか姿を消している。
これは見込みなしだなとため息をつく氷月であった。