イシからの始まり   作:delin

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災害は忘れたころにやってくる

「ううん、こちらを襲うと決まったわけではないんじゃないのか?」

「まだ餌にできるかどうかの見極め段階だろうけど、襲われないっていうのは楽観すぎだと思う」

「だからと言って先制攻撃するのはかえって危ない気がするんだが」

「だからって襲われるまで待つつもり? 全員食われて終わりよ、それは」

 

さっきから私と大樹の言い合いが続いている。

拠点の近くでライオンの痕跡が見つかったからだ。

 

「とにかくねぐらの場所を見つけるのは絶対必要よ。逃げるにしても戦うにしても」

「ライオンに見つかって襲われるかもしれないんだから行くなら俺が行く。

流石に女性に任せる訳にはいかん」

 

今の話し合いの焦点は偵察に行くのは誰がライオンのねぐらを探りに行くかである。

この先の事を考えると戦うにしても逃げるにしても、今大樹に危険を犯させる訳にはいかないというのが私の意見で、

女性にやらせる事ではないというのが大樹の言い分。

その後の対処についても意見が分かれていて、先制攻撃あるのみという私と、ここから離れるべきという慎重論が大樹の意見である。

千空は今ライオンの痕跡を調査中でこの場にはいない。

だから平行線な言い合いが続いているのだろう。

 

「桜子、とりあえず千空を待とう。あいつなら一番いい考えを出してくれると思う」

「このまま不毛な言い争いを続けるよりはいいわね。少し頭に血が上り過ぎてたし」

 

こういう時やっぱり私達の中心になっているのは千空なのだと痛感する。

 

「よう、ある程度分かったぜ」

 

割と軽い感じで声をかけながら千空が帰ってきた。

 

「絶対とまでは言えねえが、今すぐ行動しなきゃまずいって状況ではねーみてーだな」

「貴方の言うことだから信じられるけど、一応根拠は?」

「周辺にマーキングの後がない、つまり縄張りになってはいねえって事だ」

「つまり……どういう事だ?」

「今回のは偵察って事ね。しばらくしたら本隊、つまり群でくるって事だけど」

 

気付けたのは幸運でしかない、ならば

 

「迎撃の準備ね」「逃げる準備だな」

 

二人同時に声を上げ互いに論拠を言い出すまえに千空に制止された。

 

「オメーら二人ともずっと言い合っていやがったな。

んじゃそれぞれの問題点をあげてくぞ。

まずは大樹、逃げるってどこへだ?

ライオンの縄張りはサバンナで250キロ、地形の問題からもうちょい狭いだろーが絶対とは言わねえが逃げ切れるもんじゃねえ。

硝酸の確保も難しくなるから逃げるってのは無しだ。

次に桜子、戦うにしても俺ら三人経験が足らな過ぎだ。

土壇場でビビるようじゃあっさり餌になるだけだ」

 

ふふん、その辺は分かっているのである。

 

「ふっふっふ、こんな事もあろうかと用意しておいたのよ! 秘密兵器を!」

 

いそいそと厳重に封をしてある小さな容器を取り出してみせる。

 

「トリカブトの毒よ! 矢じりに塗れば掠るだけで狩れる優れもの!」

 

割と自慢の一品である。

 

「ほーん、で、動き回るライオン相手にどうやって当てんだ?」

「えっ? ほらクロスボウで何発か……」

 

そこまで言って漸く気づいた、

いくつクロスボウを用意すればいいのかわからないという点に。

 

「根本的な問題として俺ら全員ど素人だって事があんだよ、当たり前の話だがな」

「なら、どうするんだ千空?」

「起こすんだよ、専門家をな」

「復活液は余裕あるけど、専門家なんているの?」

 

心当たりは一人だけだから嫌な予感しかしないのだけど、

 

「オメーらも 見ただろうが、超有名な奴が近くにいんじゃねーか」

「おお、TVで見たぞ! 霊長類最強の高校生、獅子王司だな」

 

予感的中。考えてみれば当然の流れだろうとは思うが。

漫画そのままの流れになられてはたまらない、どうにか方向転換させなければ。

 

「私は反対よ。どういう人間なのかわからないし、それだけでライオンに勝てるとは思えないし」

「そりゃ100億%とはいかねえが、俺ら三人だけよか可能性上がんのは確かだぜ」

「情け無い話だが、暴力を振るった経験も自信もない。千空の意見に賛成だ」

「銃を作ったり、火薬でどうにかとか……」

「そりゃ予備プランだな、司起こしてもどうにもならねーってなったらだ。

大体硫黄がねえだろ。必要なら取りに行くがな」

 

食料は…大樹のおかげで問題なし、復活液も十人分ぐらいはある。

だめだ、どう考えても起こさない理由がない。

いや、もしかしたら獅子王司は自然と共に生きようなんて言わないかもしれない。

その可能性が大分低い事以外問題は無い訳だ。

 

「なあ、千空。桜子はなぜあんなに唸っているんだ?」

「あー、あいつは石化前はボッチだったみてーだかんな。人見知りでもしてんだろうよ」

 

なにやら二人がこそこそと私に対して失礼な事を言ってる気がするが、今はそれどころじゃない。

 

「分かった、獅子王司を起こすのにとりあえず納得する。けど、杠さんはどうするの?

すぐに起こすのか、危険が排除できてからか、どっち?」

「あー、そうだな…」

 

今度は大樹が唸り始めた。

危険だ、いや、しかしとかぶつぶつと言い始め傍目にもめっちゃ悩んでるのが分かる。

 

「すぐに起こすぞ。逃げるんだったら自分で歩いてくれた方がいいし、戦うにしても人手はいる。起こすのが合理的だな」

「了解。じゃあ大樹、復活液かける役お願いね。もう杠さんに服着せ終わってるから」

 

当然だいぶ前に着せているのだが、純情少年な大樹は見てないかもなので伝えておく。

 

「おう分かった。復活液を取ってくる!」

 

大喜びで駆け出していく大樹を見ていると、漫画知識を聞かせない為に行かせたこちらがひどく汚れている気がしてなんとも言えない気分。

 

「司は漫画だと貴方を殺そうとした男なの。それでも司を起こす?」

「わざわざ俺を名指しって事は無差別殺人者ではねーんだろ、なら問題ねえな」

 

自分の命を賭けるのにもう少しためらいを持って欲しいと思うのは贅沢だろうか?

 

「正解。科学文明の否定と自然万歳的な考え方だから敵に為らざるを得ないって感じだったわ」

「上手く説得するしかねえな、漫画じゃなんかいい説得材料あったのか?」

「前提としてこっちにも強力な武器があって、獅子王司の寝たきり状態の妹さんを見つけて、さらに腹心の部下が裏切りからの共闘で敵対しなくなった…って言うのが私の知る漫画知識だけど」

「武器があったら起こす必要ねえし、妹の居場所なんぞ分かるわけねえ。

最後のは言う必要なしっと、今すぐ使えるものはないって訳か」

「ついでに本人の頭も回るから口八丁も無意味……これでも起こすの?」

 

私としてはできれば思い留まって欲しい、彼の存在は必須ではないはずだ。

 

「ああ、起こす。条件の合う奴が他にいるとは思えねえ」

「条件?」

「武力、カリスマ持ちで話ができる。

その上年齢も行き過ぎていないなんて出来過ぎだっての」

 

どうしよう千空が何を言っているのかわからない。

 

「どうにもその辺の感覚がおかしいみてーだけどよ、俺ら全員世間様から見りゃただのガキだ。

70億全員目覚めさせんのに俺らだけじゃ手詰まりだってのにガキの集まりじゃ誰もついて来ねえ。

問答無用で人をついてこさせるカリスマ持ちが必要なんだよ」

 

ああああ!!! そりゃそうだ!

いくら千空達がすごいっていっても見ただけでは分かる訳がない。

だからまとめられる司がいて、それと戦って司意識不明からの指揮系統一本化と……

漫画の流れってすべて計算の上だったんだなあ。

とはいってもこれは私たちの現実、漫画の流れみたいなワンミス即死亡な橋はわたれやしない。

千空と司の衝突だけは絶対に回避すべき事柄だ。

 

「司の説得っていうか論破は私も考えておくわ、……友達に死なれたくなんてないし」

「ああ、頼りにしてるぜ」

 

 

で、いま杠さんを起こそうというところなのだが、

 

「大樹が固まりっぱなしなんだけど、いつかけるの?」

「時間はあんだから好きなようにさせとけ。準備から数えてまだ367秒だ、気にすんな」

 

私がせっかちなのだろうか? いや、大樹が緊張し過ぎというのも嘘では無いと思う。

 

「あ、やっとかけた」

「思ったよか早かったな。10分ぐらいはかかるかと思ってたが」

「……千空! 反応がないのだが俺は何か手順を間違えてしまったかー!」

 

反応するのにしばらくかかると説明したはずなのだが……、

まあそれだけ杠さんの事で頭がいっぱいなのだろう。

 

「手順なんてもんありゃしねえよ、風化した表面を透過するのに時間がかかってるだけだ」

 

慌てる大樹に少し呆れたような態度を見せつつ千空が説明し始める。

 

「こいつは一種のコールドスリープで、表面は保護膜だ。

んでそいつに復活液が染み込んでいきゃあ……」

 

千空の言葉に反応するかの様に杠さんの体を覆う石が少しずつひび割れ始め、

 

「雪崩崩壊を起こして全身に回って、お目覚めの時間って訳だ」

 

全身の石が一気に剥がれ落ちていった。

 

「杠!! あああああ! 分かるかー!! 杠!」

「大樹くん……?」

「すまん、長い間、3700年もの間待たせてすまん…!」

「分かんないよ何も、起きたばっかだもん。でも、ははーんこれ大樹くんが助けてくれたんだね」

 

感動の再会シーンだ、やっぱり頑張った人が報われる姿は最高だと思う。

柄にもなく涙ぐんでしまった。

 

「俺じゃない、千空や桜子が復活液を作り上げてくれたからだ」

「オメーがいなきゃこんなに早くは出来なかったんだからオメーのおかげでいいんだよ」

「そうよ、大樹が頑張ってくれたから今があるんだから胸を張って誇ればいいの」

 

おっと、知らない人な私にちょっと戸惑っている杠さんに自己紹介しなければ。

 

「はじめまして杠さん、私は吉野桜子。三カ月前ぐらいに千空に起こしてもらったの」

「あ、……うん、はじめまして、吉野ちゃん」

 

あ、少し勘違いされてるかも。

 

「同い年ぐらいだから、桜子でいいよ。私も杠って呼びたいし」

「ええ!?」「なにい!!」

 

待て大樹、なぜお前まで驚く。

 

「今の『なにい』はどういう意味かな?

三週間ほど一緒に生活していたはずの大樹君?」

 

笑顔で大樹に問いかけているのに、なぜか目をそらす大樹。

何かなその態度は、私の年齢に何か文句でもあるのかね。

 

「オメーの体型じゃいいとこ中二ぐらいにしか見えなかったんだろ。

俺だって信じきれてねえしな」

「うっさい、言われなくても分かってるわよ。でも文句の一つぐらい言わせなさいよ」

 

どうせちんちくりんですよ! なぜ私の体はちゃんと育たないのか。

まあ、誰かと子作りなんて想像もできないのでいいといえばいいんだが。

 

「とりあえずだ、杠は現状の説明を大樹と桜子から聞いとけ。

俺は獅子王司を起こしにいく」

「あれ? 一人で行く気なの?」

 

危険性は伝えておいたのに?

まあ、起こしてすぐに殺しに来る訳ではないので問題ないが。

 

「一人で十分だってのもあるが、またやらかすかもだからなオメーは」

「ああ、大樹の時のアレね、その辺彼は経験あるんじゃないの?

経験者に未経験者がアドバイスするなんてマネする気は……」

 

ないわよと続け様としたところで拳骨が降ってきた。

しまった、この話題は禁止であった。

 

「ごめんなさい、黙ります」

「おう、そうしろ。じゃあ大樹、杠への説明しとけ。

このセクハラもやしが余計な事を言い出す前にな!」

 

そう言い捨てて千空は司を起こしに行ってしまった。

わざとではないのだがつい性に関する事は饒舌になってしまうのはオタク気質と、性欲がない事に自分で変に思い記憶や本を調べすぎたせいだろう。(9:1で前者の方が多い)

世間一般では耳年魔という気がするが私は性欲を感じないのでセーフである。(自己暗示)

だいたい、女である自覚があるのに女性が酷い目にあってる姿ばかり見たせいで、性関連一時期恐怖の対象だったし。

 

「なんていうか…個性的な子だね。桜子ちゃんって」

「うむ、だがたくさん知っていて色々とできる頼りになる奴だぞ」

 

変な子だってはっきり言わない杠も褒めて認めてくれている大樹もやっぱり善人だ、だから確実に揉め事を起こす司を起こしたくはない。

しかし事前にわかっている分ましだというのも事実。

司を納得させられるように頑張る、改めてそう心に決めた。

 




9:1云々はエロ知識の仕入れ先であって、
オタク気質と自分が変なのではという疑いに対してではありません。

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