「結論から言おっか桜子ちゃん。君には千空ちゃん相手の隠し事は無理だね」
ゲンがそう考えたという意味の『無理だと思う』ですらなく、断定口調の『無理だね』である。
さすがに完全否定されるとは思っていなかった桜子が抗議の声を上げる。
「そんな風に断定する根拠はなによ、確かに千空の推察力は高いけど無理ってほどじゃないでしょ」
ムッとしながらも多少は自覚があるらしくその声は控えめだ。
その程度の桜子の認識にやれやれと首を振るゲン。
「じゃあ根拠を聞いて回ろうか、色々と愉快なお話があるからね」
そう言って桜子とゲンは皆に聞いて回るのだった。
「ああ、あの時の話か。かなり驚いたからな、よく覚えているぞ」
ゲンがお願いすると少し考えた後、大樹はそう言って話をし始めた。
証言者 大樹
あの時は、桜子に頼まれた米がようやく見つかったので届けに行くところだったんだ。
その途中で千空に会ってな、確かこう聞かれたんだ。
「おい、デカブツ。そいつは米で桜子に届けるんだな?」
その通りだったからな、そうだぞと答えたんだ。
そしたらちょっと待ってろと言われてな、いろんな設計図を渡されたんだ。
何か分からなかったから聞いたんだが、
「桜子に渡しゃあいい」
としか言わなくてな、米と一緒に渡したんだが……桜子、あれは結局なんだったんだ?
証言終了
「あれは唐箕とかの精米用の設計図と麹小屋の見取り図ね」
「麹? 何に使うのそれ」
「味噌とか日本酒とかに。受け取った時説明されてなかったんだ、千空が説明したものだと……」
「何も説明書きが無かったから、何が何だか俺にはさっぱり分からなかったぞ」
大樹の言葉にてへへと誤魔化すように笑う桜子、何の説明もなく動かす事にバツが悪いのだ。
「千空ちゃんにお願いしてたわけじゃないでしょ、その設計図とか」
そこにゲンからの指摘が飛び固まってしまった。
そうだ、麹を作ると言っていたわけではないのだ。
完全に行動を読まれている証拠がいきなり出てきた形である。
「と、特に隠してたわけじゃないし、千空ならそれぐらい予想できても不思議じゃないもの」
「じゃあ次に行こっか。あ、大樹ちゃんも一緒にどう?」
「えっと、千空くんと桜子ちゃんの関係をどう思うかっていう事でいいのかな?」
「うーん、どちらかというとそう思うようになった出来事の方かな」
「それならあの事だね」
証言者 杠
あの日は私と桜子ちゃんで服を作っていたのね。
そこへ千空くんが来て、こういう会話を交わしてたの。
「おい、あれは?」
「そこの逆側の壁ー」
「おう、……桜子、三枚目は?」
「上に無いなら、もしかしたら甕の下敷きかな」
「ああ、あったあった。あんがとよ」
ちなみに、ここまでの会話中桜子ちゃんは千空くんの方向いてません。
何であれで通じてるの?
証言終了
「船の設計図頼まれてたんだけど、その時はいつもと逆側に置いちゃってたの。
だから逆側って言っただけなんだけど、後は番号振っといたから三枚目が抜けてるって気づいたんだと思う」
「何で千空ちゃんといつもので通じてるのか、ってところを知りたいんだと思うよ」
ゲンのツッコミに首を傾げる桜子。
「えっと、何でって言われても……千空って合理的に動くじゃない?
だから目的を把握しとけば大体想像できない? 決まった動きした方が効率的だし」
「ルール通りにやってるだけって事?」
「そうそう、それだけのことよ」
「逆に言えばルール通りに動くって把握されてる訳だね、つまりいつもと違う行動すると気づかれやすいって事」
「せ、千空が先回りしてるだけだもの、大樹も千空相手に経験あるよね?」
「いや、千空は俺相手にはそんな風にした事はないな。
どう動いて欲しいかはしっかり説明してくれるぞ。俺が理解できんと思った時は好きに動けと言うしな」
隠し事が無理な理由がまた出てきた訳である。
「い、意識して動けば大丈夫だもん……!」
「そう? じゃあ次行こうか。杠ちゃんも一緒に来てくれる?」
「桜子が千空に隠し事ができないと理解させたい訳か。分かった、俺も無理だと思うから協力しよう」
「二つ返事で了承しないで!?」
「さっすが司ちゃん、よく二人を見てるね」
「よく見なくても少し関われば分かるさ、まあそうなったのは皆が村に合流してからだけどね」
証言者 司
俺が歴史の授業を度々桜子から受けているのは知っているだろう?
ある時途中で中断する事になって宿題という形になったんだ。
そう、宗教とは何かという授業の時さ。
宗教とは何かという問題に頭を抱えていたんだが、千空が相談に乗ってくれてね。
その時の千空の話がこうさ。
「あー、多分こうだな。宗教ってなあ生き方だ、どうすりゃあ上手く生きていけるのかって事を学ぶ学問であり、研究する哲学であり、人間って奴を調べる科学な訳だ」
正直面食らったよ、宗教と科学なんて水と油みたいなイメージだったからね。
当然聞いたさ、宗教が科学ってどういう意味なんだい、ってね。
「広義の体系化された知識や経験の総称って意味でも、狭義の科学的手法に基づく学術的な知識、学問って意味でも通じるだろうが。ま、俺自身アイツから話を聞くまで全く考えてなかった事だがな。
具体例挙げんなら豚や鱗のない魚を食うなってのは食中毒防止、牛食うなってのは労働力の低下防止、酒飲むなってのは酔って暴れて炎天下で寝こけて死ぬのの防止だな」
後精進料理は社会的立場を守るために事前に暴れる元気を無くさせるためとも言ってたね。
ほぼそのままを宿題の答えとして出したら100点と言われたよ。
桜子が挙げた具体例は……7つの大罪だったかな? あれも成る程と思わされたよ。
証言終了
「7つの大罪って傲慢とかの漫画とか御用達のアレ? あれって何か実生活に影響あるの?」
「7つに共通する事ってどれも溺れやすい感情っていう事なの、完全に無いと人間でいられないけどありすぎてもダメっていう奴なのよね。傲慢は多過ぎなければ誇りになるし、理不尽や過ちに対して怒らないのはダメだし、怠惰を求めて勤勉に至るのが人間だから技術の進歩がなくなるし、嫉妬する感情がゼロだったら他人に対して無関心だし向上心もろくに出てこないだろうし」
「暴食や色欲は言わずもがな、そしてどれも過ぎれば身の破滅をもたらす……だったね」
「うん、その時確かにそう言ったけど……千空に宗教絡みの話したかなあ」
真剣に悩む桜子、そのあたり本当に言っていないのだ。
言った記憶を探して唸り始める桜子にきっかけを与えたのはゲンの一言だった。
「豆知識とか雑学自慢みたいに話した事はないの? 千空ちゃんならそこから推理できるかも」
「豚が禁止な理由に関しては言ってた……けど、豚禁止はきっと暑い地域だと火を通し切らずに食べてたから、じゃないかなあって言ったぐらいなんだけど。後は人間が作ったものは全て人間が幸せを得るためとは言ったよ」
「つまり、千空はそれをきっかけに宗教に関して桜子がどう考えるかを当てたわけかい?」
そんな無茶な、とは思ったが誰からも否定の声が上がらない。
千空ならやりかねない、そう言う共通認識があるという事だろう。
「うん、後で千空ちゃんに直接聞こうか、この件は。とりあえず次に行こうよ、司ちゃんも気になるなら一緒にどう?」
「桜子が千空に隠し事できるかって? 無理じゃねえか?」
「どうして皆無理って即答するの!?」
「あれ見せられたら、なあ?」
「どんな感じだったか教えてくれる? クロムちゃん」
証言者 クロム
サルファ剤作り二回目の時だったなありゃ、千空に前回のおさらいとして作成手順を説明してもらってたんだよ。
その時の桜子の動きがよ、なんつーのかな、物の用意が手早すぎてヤベーんだ。
おう、もちろんそれだけだったら桜子がスゲーだけだよな。
だけど、よーく観察してると気づいたんだよ。
何にかって? 千空の説明が桜子の動きに合わせてるってことにだよ。
例えばだ、桜子が次に使うクロロ硫酸下ろすのに手間取ってたりするだろ?
そうするとこういう質問が飛んでくんだ。
「今できたのがアセトアニリドだが、こいつにクロロ硫酸を混ぜるとできんのは何か覚えてんな?」
当然まだ覚えてねえから何だっけって考えるだろ?
で、桜子がクロロ硫酸下ろしたぐらいに答えを教えてくれんだよ。
千空の奴、必要な物を桜子が用意終えてから次の話を始めてやがったんだ!
証言終了
まさかそんな事は無いだろうとゲンと司は苦笑するが、他の3人は違う反応を見せていた。
「……高校の科学部をさ、入学から一か月ちょっとでガラリと変えてたよね、千空くん」
「ああ、小学校の授業中別の事をやりすぎて怒られた後、他人がどう感じどう行動するのかを調べたと言っていたぞ」
杠が真顔で呟き、大樹がそれが出来た原因の心当たりを話す。
「高校の部をどうしたのかな、軽く教えてくれる?」
ゲンはそんな二人の反応に訝しみつつ聞いてみた。
「高校の科学部がな、ダラダラと過ごすだけの集団だったんだが……千空はその中に飛び込んで受け入れられた上で、科学の楽しさに目覚めさせてみせたんだ。それもあちらの方から自発的な形でだ」
ちょっと意味がわからない。
わずか一か月でその成果は普通出せるものではない。
「まあでも、千空ちゃんならあり得るのかねえ? で、その洞察力を今は一人に向けてる訳だ」
そこまでされては誤魔化せる人物は本当に数えるほどしかいないだろう。
ましてや桜子は対人経験が悲しくなるほど少ない、結果は推して知るべしである。
「あの時ちょいちょいクロムに問題出してたの時間調整のためだったのね。
通りで物が取りにくい時とかでも間に合ってた訳だ、役立つより気を遣わせる方だったとは……」
桜子もさすがにこの結果は想像しておらずかなり凹んでいるようだ。
うなだれている頭を杠に撫でられ、されるがままになっている。
「それで桜子ちゃん? 千空ちゃんへの隠し事は諦めてくれた?」
桜子は力なく頷き、そのまま杠に抱きついてしばらくの間慰められるのであった。
桜子を納得させた後一人ゲンは千空の元に来ていた。
「ご注文通り桜子ちゃんに隠し事させないようにしといたよ、千空ちゃん」
そして堂々と彼女の望みと真逆の結果をもたらした事を告げる。
当然他に誰もいないことは確認しているが、誰かに聞かれれば驚愕のあまり声も出ないかもしれない。
なにせゲンは情報を与えない方法はしっかりと教えていたし、先程も親身になっていたようにしか見えなかったからだ。
「おー、手間かけさせて悪いな。そこに報酬のコーラは置いてあんぜ」
「ふふっ、本当にこのストーンワールドで作っちゃうんだもんねえ。千空ちゃんについて正解だねえ」
「別にあのもやしをいじめたい訳じゃねえんだから悪い事してるみたいに言うのはやめろ、第一大部分がテメエの発案だろうが」
「ま、そうなんだけどね。で、も、そう望んだのは千空ちゃんだし、発案にOK出したのも千空ちゃん自身だよ」
いつもの調子で悪びれもせずに言ったが、もし桜子に聞かれたりしたら問い詰められる事請け合いである。
事実としてゲンに依頼したのは千空であるし、半ば騙すような形になる提案をのんだのは千空だ。
だから、ゲンの言葉にも一つ舌打ちするだけで手元の作業に集中しようとした。
「で、千空ちゃん、理由聞いてもいい? そこまでしちゃう理由を、さ」
だが、ゲンはまだ会話を続けるつもりのようだ。
千空はため息を一つつき、質問に答える。
「あんな生まれたての赤ん坊より不安定で目の離せない奴に、コソコソされたらたまんねえってだけだよ」
「ふうん、ほっといたらよかったんじゃない?」
「ほっとくにゃあ有用性が高すぎんだ、手がかかりすぎるが死なすにゃ惜しいんだよ。あいつの知識も能力も」
千空の答えにゲンはニヤニヤと笑う、『ツンデレ乙』とでも言いたげに。
「ツンデレだねえ」
いや、実際口に出した。
「その露悪癖やめろ、大体村ん中じゃテメエが言われる方だろうが」
「そうだねえ、まったく困っちゃう話だよ。で、本当の理由は?」
心底嫌そうな顔で千空が反撃するがゲンは堪えた様子もない。
千空は観念したようにゲンへと向き直り、言うつもりのなかった方の理由を口にした。
「ガキみてえな外見と中身で必死にこっちを助けようとしてる姿に保護責任を感じてんだよ。
百夜もこんな気分だったのか、なんて柄でもねえ事考えながらな。これで満足か? 偽悪趣味のツンデレメンタリスト」
超絶不機嫌な表情で嫌そうにそう口にする千空。
逆にゲンは満足そうだ、その証拠に声が弾んでいる。
「うんうん、一足早く父親の気持ちになっちゃったって訳だねえ。
大樹ちゃんより早く味わうなんて石化前は想像もできなかったんじゃない?」
「けっ、言ってろ」
ゲンのからかいに捨て台詞を吐き捨てて作業に戻る千空。
千空の手元の紙には何やら計算式や投薬量などといった文字が見える。
「それは確かルリちゃんだっけ? 巫女さんのカルテだよね」
「ああ、つっても医者じゃねえから体重から計算して投薬量決めるのと、現在の症状を素人が見たもんそのまま書いただけのもんだがな」
「見た感じだいぶ良くなってるんじゃない? 俺も素人だから分かんないけど」
「念のため大丈夫そうになってもしばらくは飲ませるつもりだけどな、投薬やめてしばらくたっても再発しないようなら完治したとみていいはずだろ」
「完治したらいよいよ百物語を聞いていくんだっけ?」
「ああ、百夜の奴が残した情報がどんなもんか聞かせてもらうつもりだ。
どんな話が聞けんのか楽しみじゃねえか、唆るぜこれはよ」
そう言って不敵に笑う千空。
その目には彼の言葉通り多大なる好奇心と、ほんの少しだけ懐かしさと淋しさが宿っているのだった。