なので来週からは週2更新予定です。
ルリの肺炎が完治しているかどうか様子見を始めて数日、今日は最終確認として村の外で歩いたり、少しだけ走ったりしていた。
そして、少し程度では全く息も切れず、喘鳴も咳込みもしないのを確認し、完治といっていいと伝えられた皆は静かに歓喜の涙を流していた。
「ルリよ、ルリよぉ……!」
「父上、泣きすぎだ、身体中の水分が抜けてしまうぞ」
「そういうコハクだって泣いてんじゃねえかよ、……気持ちは分かるし、当たり前だろうけどよ」
そう言うクロム自身も達成感や安堵などの様々な感情が混じり合いその目は少し潤んでいる。
そう自覚したクロムは涙を見せたくないという男の意地で、一回首を大きく振ると乱暴に目を拭った。
「あんがとな千空、桜子。オメーらがいなきゃルリは助けらんなかった。
上手く言葉になんねえけどよ、すっげー感謝してる」
そして改めて千空達へと頭を下げる。
「はっ、オメーの頑張りが実を成しただけだ、そこまで畏まる必要はねえよ」
「私は千空の手伝いしただけだから気にしなくていいよ」
それに対し鷹揚に気にするなという二人。
と、そう言った後突然千空が悪い笑みを浮かべ言い出した。
「だが、感謝してるっつーならたっぷりそれを払ってもらおうじゃねえか、テメーの体でな」
「……ああ、いくらでも払ってやんよ! どんなもんでも見つけてやるし、どんなキツイ事でもこなしてやるぜ!」
その物言いに一瞬呆けるクロム、直後噴き出しながら了解の返事を返した。
噴き出されたことに訝しむ千空とそんな彼を見て笑うクロムと桜子。
そんな千空の所へルリがゆっくりと近づいてきた。
「ようやくお会いできました、私達はずっと貴方を待っていたのです。
幾千の時を超えてきっと貴方が来られると信じて……聞いていただけますか?
悠久の遥か昔から伝えられて来た、貴方に向けられた思いの数々を」
「……ああ、聞かせてくれ、百夜が残したもんをよ」
ルリはそっと頷き言葉を紡ぐ。
百夜から千空へのメッセージ、その最初の言葉、物語の名を。
「百物語その百、題名は『石神千空』……貴方のお父様が残した物語、その最後の物語は貴方の事、そして貴方に伝えるべきメッセージです」
それを聞いた千空は静かに空を仰ぐ。
予想はしていた、百夜なら百物語の中にそういうものを残すだろうと。
だが、残す事しか出来なかった……そういう事でもあるのだと、その意味を噛みしめる。
「……千空、ここで聞くより落ち着ける場所で聞いた方がいいよ。
ここからなら千空達の家が一番近いでしょ、そこでゆっくり話を聞くといいと思う」
「ああ、そうだな。そこが一番近いからそれが合理的か……、で、何を企んでんだ?」
「ルリさんが話の後で案内する場所が村の外ってだけ、周辺にあるものはあらかたチェックしてるし、私」
桜子のセリフの後半はルリに向けてのものだ。
こう言っておけば勝手に納得してくれて漫画知識を話す必要がないのである。
それで納得される程度には彼女は村に溶け込んでいる。
「それじゃ、ルリさんと千空以外は撤収、撤収、やる事はたくさんあるんだからねー」
そう言って桜子は皆を連れてさっさと行ってしまった。
「ったく、変な気の遣い方しやがって。下手くそ過ぎて苦笑しか出ねえっての」
「ふふっ、とても仲が良いのですね。まるでご兄妹のようです」
「あれと兄妹とか冗談じゃねえぞ、どんだけ苦労させられるか分かったもんじゃねえ」
ルリが二人の仲がとても微笑ましいというように笑いながらいうと、千空はげんなりと返す。
「俺らの家はすぐそこだ、そこでゆっくり聞かせてくれ。百夜からのメッセージをな」
「えええ! じゃあ千空は今自分の家でルリちゃんと二人きりなのお! 羨ましいぃぃー!」
「銀狼……誰もが自分と同じと思うんじゃない、千空はそういうものは全く興味がないぞ」
村まで戻ったコクヨウとコハクにルリの体はどうだったかと聞き、一通りの説明をされた金狼と銀狼。
今なぜ一緒に戻ってきていないのかの説明をされての第一声が先程の雄叫びだ。
呆れながら銀狼を注意する金狼に内心同意するコハクだったが、ふと気づく。
父コクヨウが千空がルリと二人だけになる状況をなぜか許容している事に。
「父上、姉者と千空を二人だけにしてよかったのか? 銀狼ではあるまいし変なことにはならないだろうが」
「む? ああ、その事か。問題ない、ジャスパーとターコイズにはついていき入り口の前で待っているように言ってある、万一の事態が起きても対処するであろう。まあ、起こらんだろうと思うが」
「意外と千空を信頼しているのだな、父上は。いつの間にそこまで信頼を置いたのだ?」
余所者が村に入り込むなど春頃にはかけらも許さない筈だった。
そんな父の変化に少し戸惑い疑問がつい口から飛び出す。
「コハクよ、元々お主が連れて来たのだろうが。その頃からワシはあやつに信を置いておるよ。
ああ、分かっておる、ルリを心配しないかという意味であろう?
実はな、クロムや大樹に子作りの事を教えた時にあやつにも教える事になってな。
あやつは心底迷惑そうな顔であっさりと覚えてみせたのだよ。
その理由が『覚えなかったら延々と聞く羽目になるから』だそうだ」
苦笑しながらその方面で千空を信頼する理由を話すコクヨウ。
千空らしいとコハク達も苦笑いだ。
「クロムといえば、一緒には戻らなかったのか?」
「ああ、倉庫前の方でカセキと一緒に何やら準備があるそうだぞ。桜子もそちらだ」
ちなみに私は花嫁修行だな、といったコハクに思わず吹き出した銀狼はアイアンクローをもらった。
その発言に金狼は割と納得し、コクヨウは感動していたそうな。
一方クロムらは倉庫前で電球作りをしていた。
「こんなに大量に作って何すんだよ、探検用なら三つか四つで十分じゃねえか?」
「夜間の明かり確保用がメインで、サブとしてちょっとしたイベント用よ。
もう年末近いからやろうと思ってね、そのイベントの意味分かるの復活者組だけだけど」
「夜に明るいって寝れなくねえか?」
「旧世界だと昼に寝て夜働く人もいたから大丈夫よ」
睡眠時間を気にするクロムにもっと酷い事実を突きつける桜子。
「出来るからって普通やらねえ事をさらっと出すよな、お前や千空って」
「時差の話と通信技術に関しては話したでしょ? 地球の裏側の人と仕事する時とかに必要なの」
若干引き気味にツッコむクロムに心外とばかりに口を尖らせる桜子。
無論他のケース、二十四時間動かし続ける工場などは意図的に無視している。
「ああ〜、なるほどなあ。やっぱ旧世界って凄えんだなあ。
で、いつか作るんだろ? そのツーシンってやつを」
「タイミングをどうするのかって話はまだしてないけどね、どうしたって必要になる物だから通信機は作るよ。
WHYマンがどう動くのか分からないから慎重にすべきだろうけど」
「石化現象の犯人かもって話だよなあ、でもよお、そんな長生き出来んのかよ? ソレが起こったのって3700年前なんだろ?」
「その子孫っていうのが妥当な線だと思うよ、電波を捉える事が出来る技術力があるぐらいしか分かんないけどね」
現状ではよく分からないという事しか分かっていないのだ。
分かんねえ相手を気にしてこっちの手筋を縛るなんぞ馬鹿のする事だ、とは千空の言い草である。
それに、
「こっちの様子があちらにバレていない、って思うのは楽観が過ぎるしね」
「ああ、空の上から見てるかもって話か。想像つかねえなあ、鳥より高く飛ぶなんて」
「旧世界だってそこまで身近じゃなかったよ、まあその気になれば誰でもやれる範囲だったけどね」
「ヤベーよな、旧世界って。……おし、休憩終わり! ガンガンやってこうぜ、旧世界に追いつくためにもよ!」
「うん? もう旧世界の話は終わりかの? 面白いからもうちっといろんな道具の事聞きたいんじゃが」
「いつでも話せるよカセキさん、だからさっさと作っちゃお。
夜間の明かりが確保できれば夜に話せるからね、それからでもいいでしょ?」
「そうじゃな、じゃあもうひと頑張りしちゃおうかのう!」
そう言ってクロムとカセキがガラス窯に火を入れるために動き出す。
それを横目に桜子は何かを手提げ袋に詰めていた。
「ん? 何してんだ桜子? 早く作業しちまおうぜ」
「あー、うん、ちょっと雨が降るかもだから、その用意してるの」
「雨? 今日降るか? 晴れまくってんぞ」
そのクロムの疑問に桜子は曖昧に笑うのみであった。
千空は百物語のその百、千空に宛てた百夜からのメッセージを聞いた後ルリの案内で森の中を歩いていた。
どちらも無言で黙々と歩く事しばし、目的地と思しきそこはほぼ同じぐらいの大きさの石の並ぶ小山のような場所であった。
「……ここは村の墓地、そしてあの一番上の物が創始者の物であると伝わっています」
「何千年と経ってんだ、骨一つ残っちゃいねえよ。……先に戻ってくれるか? 少し調べてえからな」
「……分かりました」
そっとしておくべき時もある、千空の気持ちがルリにも分かる。
自分も母を亡くした時は酷く悲しんだからだ。
一人だけでその墓石だとは、知らなければ気づかないような無骨な石の固まりを見る。
「よお、百夜、そっちの気持ちも今ならちったあ分かる気がすんだ。
心配だったろうさ、だけど、それ以上に信じてくれてたんだろ?
じゃなきゃこんな大量過ぎる土産なんぞ用意しねえもんな、お陰で色々助かってんぜ。
あの馬鹿もやしの面倒を一人で見る必要がねえし、何より人手が足りないってのがほぼねえ。
だから、だからよ、……ゆっくり寝てろや、いや空の上から見てんのか? どっちにしろ心配する必要はねえよ。
……ありがとうだ、親父」
何故だろう、色々言わなきゃならない気がして勝手に口から出てきている。
無駄で無意味な筈だ、だって前世なんてものがあると証明されてしまっている。
なら、とっくの昔にここから何処かに行っている筈だ、そして誰かになっている筈だ。
なのに、伝えたくてしょうがない、言いたくて口が止まらない。
だけど、そうやっていつまでも立ち止まっていられない。
だから言いたいことの半分も言わずに、一番言いたいことだけ最後に口にした。
もう行かなければ、頬を伝う熱いものは止めなくては。
自分はリーダーだ、導く立場だ。ただ停滞するだけなんて許されないし、許せない。
それでも、もう少しだけはこうしていよう。
せめて、頬が乾くまで……。
どれくらい経っただろう、ここに来た時より大分太陽が傾いている。
もう行こう、そう思いやや乱暴に目元をぬぐい前を向く。
「テメエの土産確かに受け取った……って言っていいな。
未だなんか残ってんじゃねえか? サプライズが多かったもんな百夜は。
百物語も聞かせてもらうぜ、あれもオメーの残したもんだからな」
百夜はきっと最期まで前を向いて進み続けた、そう信じているから自分もそうする。
だから、百夜の残したものは全て受け取る。
だって自分は百夜の自慢の息子だから。
そうして墓石に背を向けて村への道を帰る千空。
「あっ、……どう、だった?」
帰り道の途中桜子がいた事は予想の範疇だった。
「ああ、百夜の残したもん確かに受け取ったよ。んで、オメーはなんでこんなとこにいんだ?」
いつも通りを意識して声を出す、あまり弱いところを見せたくないのは男の意地か、相手を気遣う故か。
「……雨、降ってたから、濡れてないかなって思って」
ずいっと差し出された手提げ袋、反射的に受け取ってしまった。
受け取ってしまったのでついでに中を見ると、タオルっぽいものが一枚。
これは確か、
「この間杠と一緒に作ってた奴か?」
「そうだよ、旧世界のとは流石に比べられないけどそれでも吸水性いいんだから」
私の髪で実地試験済みだから安心だよ、とはにかむ様に笑う。
「そうかよ。だけど、雨なんぞ降ってなかったろうが」
「そうかな、そうかも、それでもいいかな。
……話は変わるけどさ、感情って押し込め続けると固まるんだよね。
硬ーく固まって、心に擦れてずっと痛むの、経験したから知ってるんだ」
背を向けながら、まるで独り言の様に呟く。
随分と酷い顔をしているらしい、この対人経験極小なもやしに気遣われるとは。
仕方ない、大樹辺りに見られたらどれだけ大騒ぎされるか分かったものではない。
「そうだ、な。やっぱ雨が酷いみてえだ、ちょいと使わせてもらうわ」
珍しい気遣いだ、無視するのも悪いだろう。
そういい訳をしてしばしタオルに顔をうずめることにしたのだった。
「あー、止んだみてえだな」
「うん、止んだみたいだね」
少し恥ずかしいと思いながらも声をかければ、なんでもない事の様に返事が返る。
「なあ、百夜は漫画ではどんな感じに描かれてたんだ?」
「……実物の方がカッコよかったよ、今思えばだけど。性格は陽気なムードメーカーで、どんな困難にも恐れず立ち向かうリーダーシップの持ち主って感じかな?」
「美化しすぎじゃねえか? 陽気なってより脳天気だしムードメーカーっつーよりか騒がしいって感じだろ」
「私はそう思ったの! そーだ、ソユーズが着水した時の話は聞いてる?」
「あん? 着陸じゃねえのか?」
「やっぱり、自分の活躍を残したりはしてないんだ。一機目の降下がね、失敗してハッチが下向きで着水しちゃったの。それで中の3人を見捨てるしかないって他の皆は思ったんだけど、百夜さんだけは諦めなかったの! 近くの島に降りてそこでボートがあったからそれで救助してみせたんだから」
「百夜らしい無茶だな、ま、せっかく残った貴重な人手だ、いきなり半減なんぞ許容できるもんじゃねえわな」
そう実利面でのメリットを口にしているが、誰かを見捨てられない百夜らしい優しさに笑みがこぼれる。
「千空とおんなじだよ、やっぱり親子だね」
「血は繋がってないけどな」
「血は水より濃いけど産みの親より育ての親だよ、しっかりお父さんしてたんじゃない?
第一、顔も性格もそっくりで血が繋がってないなんて言われなきゃ分かんないし」
「どこがそっくりだってんだよ、アイツほど楽天家じゃねえぞ」
「仲間を決して見捨てない事と皆んなの中心になれる所、カリスマとでも言えばいいのかな?
信じてついて行きたくなる、ついていけば大丈夫って思わせてくれるんだよね」
あまりに真っ直ぐな褒め言葉に頭をかいて紛らわせる。
どこでこんな言い方を覚えたのやら。
「ったく、それで負担かけられる方はたまったもんじゃねえよ」
「うん、だから、いつでも誰かに頼ってね。みんな辛い時は助けになりたいって思ってるから」
「……ああ、知ってるよ。オメーじゃあるまいし、わざわざ非合理な事はする気ねえよ」
キレイな笑顔でそう言う桜子に釣られて千空も笑みをこぼす。
そうだ、自分は孤独ではない、一人で頑張る必要などどこにもないのだ。
一人でやろうとしてばかりだった奴に教えられた事が何となく悔しくて、子供扱いする様に桜子の頭をポンポンと叩く。
「あっ、えへへ〜」
ただし、返ってきた反応は思ってたものとは違ったが。
だらしなく笑み崩れる桜子につい素の言葉が口をついて出た。
「キモい」
「酷くない? あっ! 手はそのままー!」
「離せこの馬鹿! 俺の手は麻薬発生機か!」
「脳内麻薬の発生に一役かってるよ? 子供扱いされるのも悪くないって思えるぐらい労いが嬉しいの!」
「くそっ、無視が正解だったか」
「ひどーい、もうちょっと撫ででよー」
こっちの手を掴んで撫でさせようとする桜子の手を振り払い村へと向かう、桜子がその後を慌ててついて行く。
しばらく無言で歩く二人、もう少しで村が見える辺りで桜子から声がかかった。
「調子は戻った?」
内心でため息をつく、全くコイツときたら。
「道化を演じるのが上手いな、ほとんど素だからか?」
「割とね、嘘じゃないから千空でも分かんないでしょ」
皮肉混じりだったのだがむしろ自慢げに返された。
だめだ、やはり本調子ではない。
原因は分かっているのだからさっさと対処すべきだろう。
「百物語で重要情報を聞けたからこの後頭脳チームで情報共有だ。
その後で百夜の活躍っぷり聞かせてくれ」
「うん、わかった。それじゃみんなを集めてもらうね」
素直に頷き呼びに行く桜子の後ろ姿に心の中だけで感謝を送る。
塞いでた気分は確かに吹き飛んだ、……疲労感はかなり来ているが。
それでもあのまま抱え込み続けるよりかはましだろう。
「ため息つかされた分ぐらいは幸運を持ってきてんのかね。
俺の支払い超過な気がするが……まあいいか、トントンってことにしよう」
空を見れば夕焼け、話終わる頃には星が出ているだろう。
そしたら久しぶりに夜空を眺めよう、百夜の話を聞きながら。そう何となしに考える千空だった。