森の中獅子王司を起こすため千空は歩いていた。
道は洞窟迄は踏み固めておいたため他の場所を行くよりかは楽である。
そのため考えながらでも危険な事はなかった。
そして考えるべきことは司にどう対処するか…ではない。
現状差し迫ったほどではないが対処すべきなのは近くで確認されたライオンの群れである。
司への対処はライオンの問題が終わった後でなければ手をつける事が出来ないし、してはいけない。
それを千空はしっかり理解出来ていたので後に回すのである。
(桜子が危惧するように、ライオンより厄介ってのは確かだろうがな)
頭が回るというのはまず確定だろう、当然ながらその実力も。
格闘技の世界は只の力自慢が頂点に立てるほど簡単なものではない筈だ、
それなのに獅子王司という男はたかが高校生の身でありながら無敗を誇るのである。
これを弱いと言える者は人間ではいないだろう。
だが頭が回るという事は状況を考えられるという事でもある。
現状でライオンを無視してこちらをどうこうするとは考えにくい。
(ライオンの狩りの仕方から考えて必要なのはまず脛当てか?
手甲もいる気がするな、素材は今用意できんのは革ぐらい…どこまで防げるのか試してからじゃねえと怖くて使えねえな)
固めるには何が必要だったかを考えているうちに目的地に到着していた。
(その辺は試して行きゃいいだろ。まだ時間はあんだからな)
いっそ無造作と言っていいほどに手早く復活液をかけてしばらく、浸透した復活液によってヒビが入り、あっという間に全身の石化が解除された。
「はじめましてだな、俺の名は千空、今は西暦5738年7月の28日だ。
聞きたい事があったら聞いてくれ、ないんなら今の現状を説明してえ」
「……うん、そうだねまず君の話を聞いてからの方が良さそうだ。その後質問させてもらうよ」
持って来ていた服を渡し司が着ている間に現在の人類が置かれた状況や自分達の現状、直面している問題などを要点を簡潔に説明していった。
「うん、つまり俺がやるべきはまず猛獣退治だね」
「ああ、俺を含めた4人じゃライオンに食われるだけになるだろうからな。
殺すまでいかなくとも近づかない様にはしてえ」
「大丈夫だよ、ライオンなら一対一だったけど絞め落とした事があるからね」
聞けば石化する前TV局の企画でライオンとの一騎打ち企画があったらしい。
まだ放送されてはいなかったらしいが、どちらも無傷での勝利だそうで、
「あー、先に見つけさえすりゃ心配いらねえって事でいいのか?」
「そうなるね、数が多くても狩るつもりでやるなら問題ないよ」
どちらから来るのかだけ教えてくれれば後は自分に任せてくれればいいと、気負いも無く言う姿はなるほど、敵だったならこれほどの脅威はないが味方なら頼もしい。
それから少し質問と回答を繰り返したが、司の理解力が高いおかげでこの場でできる説明はあっさり終わってしまったので拠点に戻る事にした。
「んじゃあ拠点はこっちだ、ついてきてくれ」
10分程度の会話であったが司の能力が桜子の話からの想像以上であることを千空は痛感していた。
(理解力、想像力、観察力、それに加えて戦闘力も完備と来たもんだ。
霊長類最強の呼び声に恥じない能力じゃねえの。
コレと敵対する羽目になってどうやって切り抜けたってんだ『漫画の俺』はよ)
なるほどもやしな桜子がライオンに対し積極的攻勢に出ようと言う訳である。
コレに比べればライオンなんぞ脅威と呼ぶに値しないのではと勘違いもしようというものである。
司への対処をどうするか本気で考える必要を千空は思い知っていた。
一方、司もそんな千空の微妙な雰囲気を薄々と感じ取っていた。
(彼から見れば俺はTVでしか見たことない人間だ、ある程度の警戒も当然だろう。
むしろ警戒する事ができる知性とそれを振り切れる理性を評価したい。
先程の説明も過不足のない素晴らしいものだったし、こちらが理解したと見れば即次の説明に移れる機転の早さもいい。
総じて彼は得難い人材と言っていい、信頼関係を築いて行くべきだろう)
3700年前、現代と呼んでいた時代を思い出す。
思いを封じただひたすら妹の入院費を稼ぐ日々、生活は確かに豊かであった毎日。
だが、腐った老人の機嫌取りに奔走していたとしか思えないあの日々。
(戻りたくはない、あの縛られ搾取されるだけの時代には)
そのためならば自ら手を汚すことさえ厭わない。
だが叶うなら自分の思いに賛同して欲しい、そう思いながら千空の後ろをついていく司であった。
それからしばらく千空が他の三人について軽く話しながら歩き拠点に到着した。
「これは……千空、君が作り上げたのかい?」
「ツリーハウス本体はな。モルタルで仕上げたのは大樹の仕事だ」
「これを君一人だけで?」
「これだけにかかりっきりじゃなかったが、手付けてから完成まで20日だな」
司は思わず息をのんだ。
驚愕していたのだ、一介の高校生が? たった一人で? 三週間弱で?
ありえない速度である。
「君が最初に目覚めたのだよね、目覚めた当初の生活はどうだったのかな?」
「あー、石器作りから始めて火を起こして、罠作って鹿捕まえてって、
……ちょいと長くなんな。落ち着いてから暇を見つけて話すって感じでいいか?」
「うん、相当な苦労だったのは、見れば分かるよ。
長くなっても構わない、壮大な話になりそうだからね」
千空に対しての評価がまだまだ甘過ぎた、自分が見てきた中で一番と言っても過言ではない。
味方である内はとても頼もしい人物だろう、だが敵に回ったら?
言うまでもない、最大の脅威の誕生である。
(必ず味方にすべきだ、悪くても中立に。最悪の場合は…いや、焦り過ぎだろう。
今は見極めるべきだ、俺の理想を理解してくれるかもしれない)
千空と司がツリーハウスに入るとそこでは初めてみる光景が広がっていた。
「杠ってば最高よ〜! 愛してる〜!」
「う、うんありがとう桜子ちゃん。ちょっと苦しいから、力緩めてくれると嬉しいかな」
桜子が全力で杠に抱きついていたのだ、それも今まで見たことないぐらいの笑顔で。
その脇には所在なさげな大樹と、上手く作れないと嘆いていたツゲ櫛が置かれていた。
「おかえりだ千空、あとはじめましてだな。
千空から聞いているかもしれんが、俺が大樹だ。よろしく頼む」
千空達を見た途端、明らかにホッとした顔で大樹が寄ってきた。
かなり桜子が杠に懐いたらしく、女子二名の間に口も挟めず割と途方にくれていたようである。
大樹が気づいたことで桜子も気づいたらしく、興奮した様子のまま声を上げた。
「あ、千空。見てよこの櫛の歯の滑らかさ!
鹿の皮しかないのにあっという間に滑らかにしちゃうのよ杠ってば」
「興奮し過ぎだ馬鹿。
テメエがそれ作りたくてしょうがなかったってのは知ってっからもうちょい落ち着け」
頬を紅潮させてキラッキラした目の桜子に呆れながら諫めるがあまり効果が見られない。
「圧搾機作ろうよ、圧搾機。種は集めてあるから椿油絞りたい!」
「圧搾機か…木ねじ式ならいけるかもだが、石器でねじの溝を掘るのはちと面倒じゃねえか?
ってそのあたりは杠にやらせるつもりかオメー」
「せいかーい! もちろん私もやるけど、杠に手伝ってもらえれば色んなことが出来そうなんだもん」
普段と比べて子供っぽさが7割増しぐらいの桜子に司は面食らっていた。
千空から聞いていた印象と全くの別物だったからだ。
とりあえず声をかけてくれた大樹と握手を交わしつつ自己紹介をすることにした。
「少し落ち着くまで挨拶は無理かな。初めまして、獅子王司だ。これからよろしく大樹」
「普段はもっと落ち着いた感じなんだがな、千空によると髪の話になるとああらしい」
二人の視線の先では圧搾機の要不要について千空がばっさり切り捨てている所だった。
「溝の掘り方は貴方の計算力と私の記憶力で、雌側の問題はさっきのでどうにかなるじゃない!」
「固定部分を挟む形にして、使う時だけはめ込むってのはいいアイディアだな。
たしかに圧搾機を作れるだろうよ、最大の問題として現状大樹がいりゃどうとでもなるってのを無視すればな」
「あう〜、杠〜、千空がイジメるー、意地悪するー」
「うんうん、よしよし、泣かないの桜子ちゃん」
完全論破されて杠に慰められている姿は見た目相応だが、聞いていた印象、
広く知識を持ち各種の問題に様々な角度から対応するような人物にはとても見えない。
「いや、本当にいつもは頼りになるんだ。食べられる野草や茸を絵で書いて渡してくれたり、
このツリーハウスの床から隙間風が吹かないのも桜子のおかげだしな」
聞けばこのツリーハウス乾燥し切る前の木材で作ったため作った当初は兎も角、日がたつにつれだんだんと隙間が出来てきたらしい。
そこで桜子がその隙間にモルタルを少し入れその上からおが屑を詰め樹液で固めたらしい。
モルタルと樹液の両方を使ったのは大樹が目覚める前で色々なものが不足していたためで、そのせいで壁からの隙間風を防げず、大樹が目覚めるまで寒い思いをし続けたというオチがついたそうな。
「床に敷物をしているのは見た目が悪いのもあるそうだぞ。
床はモルタルでは固いし冷たいから、俺からみれば十分いい仕事してくれたと思うんだ」
そう言って言い合う二人(と巻き込まれている杠)を見る大樹の瞳には尊敬と誇らしさが宿っていた。
「いい友人を持てたんだね、最初に目覚めたのは千空で二人目が彼女なのかい?」
「ああ、千空が桜子を起こして二人で復活液を作り上げたらしいんだ。
そのおかげでおれも杠も目覚めることができたんだ」
「そうか、今俺がここにいるのもあの二人のおかげなんだね」
「そういう事になるのだろうな、あの二人には感謝してもしたりない」
「うん、しかし彼女をそろそろ止めた方が良さそうかな。随分熱くなってしまっているようだ」
大樹と司の二人は会話をその辺りで切り上げ、髪の手入れに関し熱く語る桜子に大分辟易している千空達に助け船を出すことにした。
「会話中すまない、そろそろ自己紹介させてくれないか?」
「あ、そういえば千空は彼を起こしに行ってたんだっけ」
我に返りさっきとは別の意味で頬を染める桜子。
言葉も尻すぼみである。
「やあっと気付きやがったかこの髪の毛オタク。おら、さっさと自己紹介しろ」
「うう、さっきまでの行いのせいで何も言い返せない」
改めて司に向き合い右手を差し出しながら自己紹介をする桜子。
「はじめまして獅子王司さん、私は桜子。これからよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしくお願いするよ」
先程の姿からは少し想像しづらいぐらいの固さでの対応である。
「桜子ちゃん、司くんへの態度がさっきまでとまるでイメージ違うんだけど」
「世界がこうなるまえはアイツボッチだったみてーだから、人見知りでもしてんだろ」
「私には全然そんなのなかったんだけど……」
「髪に関するとアイツはアレがデフォだ、悪いが耐えてくれ」
「相変わらず遠慮ない評価するね、千空くん。
でもちょっと妹みたいで可愛いかったから、うん、大丈夫。上手くやってけそうだよ」
どうやら杠の中で桜子は保護対象に収まったらしく、司に対し余所行きの態度で接する桜子への目が完全に姉か母の眼差しである。
「ライオンの対処をお願いしたいっていうのは千空から聞いていますか?」
「ああ、近くまでライオンが来た痕跡があったと聞いたよ。
千空にも言ったが一対一で完全に抑えこんだこともある、安心して任せてくれ」
「一対一で…ですか? 一体全体どういう状況でそんな事に?」
「TV局の企画で少しね」
「事務所は止めなかったの?」
「ギャラが破格だったからね、……普段はその口調かい?
もしそうならそのままの方がいい。今のところ5人しかいない仲間なんだからね」
「……わかった、そうさせてもらうわ。じゃあライオン退治に必要なものがあったら言って、仲間だっていうのならそれぐらい当然だから」
「いや、どの方角から来ているのかと、あとは槍を何本かもらえれば十分さ」
「…え、ええ〜」
司の、まるで置物でも取ってくるかのような軽い物言いに桜子は呆れと驚愕が多分に混ざった声を上げ、二の句が継げなくなってしまった。
そしてさっさと自己紹介を終えて次の作業に移りたい千空が杠に自己紹介を促す。
「大樹とはさっきの桜子の暴走中に終えたみてえだから、あとは杠だけだな」
「さっさと次に移りたいから強引にでも私の番にするんだね、千空くん。
えーととりあえず、初めまして小川杠です。獅子王司さんのことはTVで何回か見ました。
後細かい作業をやってくれって言われてますので何かあったら言って下さい」
「うん、初めまして。よろしくお願いするよ。
彼女にも似たような事を言ったが敬語は必要ないよ、
前の世界では知らない人同士だったが今は数少ない仲間なんだからね」
「あはは、年上の男性相手ですので、それは追い追い」
「ああ、すまない、不躾だったかな。君達が仲良く見えたから俺も輪に入れればと思ってね」
「そうですか? 大樹くんと千空くんは前からですけど、桜子ちゃんは今日初めてなんですよ。
私が今朝目覚めたばかりっていうのもあるんですけど」
そこまで話したところで千空が話を切り上げさせた。
「親睦深めんのもいいが、まずライオンの対処終えてからにすっぞ。
やり終えてからでも時間はあんだろうからな。
俺がライオンのくる方角を足跡探しながら特定すっから司は付いてきてくれ。
その間、大樹はいつも通り食料集め。ただし俺らが向かう方とは逆な。
桜子は杠に説明しながら保存食作りだ」
全員がそれぞれの言い方で了解の意を示し、各々の作業に移るのだった。
司のライオンとの対戦の話は言うまでもなく捏造です。
このぐらいなら盛っても大丈夫かなって……