「やあ、ありがたいね。こちらが戻るまで待っていてくれたのかな」
「そんなわけないでしょう……といいたい所ですが彼の普段の生真面目っぷりから誤魔化すのは不可能ですか。
試合時間を長引かせずとも人命救助のためと言えば、多少待つ程度の融通は利かせてくれるでしょうに」
司のかけた言葉にため息交じりに返すのは氷月だ。
「彼らしいじゃないか、そんなところに甘えた立場の俺としては有り難いとしか言えないよ」
「分かっててやるのは一番タチが悪い類いですよ、以後気をつけるように」
まるで教師のような物言いに思わず司から笑いが漏れる。
笑われた理由に気づいた氷月としては自身の変わりように怫然となるしかなかった。
「ああ、すまない氷月。馬鹿にしたりとかそういう事じゃないんだ、ただ、本当に石化前からは考えられないなと思ってね」
「何故かよく言われますね、そんなに不思議な変化ですか、私が教える事が多くなったのは」
「使えない輩は切り捨てるという態度だったろう、君は。俺も他人の事は言えないけど、その変化に戸惑いを感じて、更にその戸惑い自体が面白く思えてしまうのさ」
司の言葉に、これは何をどう言っても面白く感じてしまうなと思った氷月は話題を変える。
「いいから次が君の試合の番ですよ、着替えたりの準備はしなくていいので?」
「第一試合も第二試合も長かったろう? これ以上待たせるのは相手に悪いさ、このまま始めるよ」
司の向かい側ではハガネが緊張した面持ちで開始の合図を待っている。
「ウォームアップは要らないので?」
「彼の相手をしながらやるさ、侮るようで悪いかもしれないけどね」
「まあ、実力の見極めとしては間違っていないでしょう。程々に、やりすぎないようにしなさい」
本当に教師のようだなと心の中だけで呟き試合会場の真ん中まで進む司。
それを確認した後ジャスパーの号令がかかる。
「それでは第三試合、司対ハガネ、始め!」
「大人と子供って感じだったね」
「素人の俺らでもわかるレベルで差があったな」
「そ、それほどか。君らですら分かるほどに差を見せたのか、司は」
試合というより稽古をつけているようだった、とは観客一同の同意するところである。
「ハガネはむしろよく頑張ったと思うぜ、あれだけはたかれ続けても根性見せ続けてたんだからよ」
「はたいていたのは構えの駄目な場所の指摘ですね、攻撃に移るのはその後だと言わんばかりに駄目な箇所を叩いていましたよ」
「司ならそのぐらいできるのだろうが、何故そこまで嬲るに近い事を……」
コハクの疑問に三人とも一斉に同じ方を見る。
そこではマグマがゆっくりと息を整え、少しでも体力の回復をしようと努めている。
そして、その姿だけで十分答えになっていた。
「理由はよく分かった。で、その次の試合はどうだったのだ?」
「見る所なんてなかったよ、せいぜい銀狼が思いっきり滑ったセリフ吐いたぐらいかな」
組み合わせの時点で既に勝敗が予想され、全く波乱もなくあっさり終わった第四試合。
銀狼は何かいい事言わなきゃとでも思ったのか、勝敗が決まった後にそのセリフを吐いたのだ。
「なーにが『君の動きは全て僕には見えてたよ』だ。俺ですら見えてたわ」
「会場の心を一つにする天才ですね、彼は」
ガンエンは肥満体型の狩りが大の苦手な力仕事メインな男だ。
当然素早く動くのは苦手分野……その動きが全部見えていても自慢にはならない、むしろ、
「狩仕事が主の人間だったら、見えてなかったら大問題ではないか?」
「あ、やっぱり? 私ですらそう思ったから会場中『何言ってんだ』ってなるのも当然か」
「それよりも第五試合の方がよほどよいものでしたよ、自分に出来る事を理解できているちゃんとした男ですね、マントル君は」
「意外だな、あのマグマの腰巾着でしかなかったマントルを氷月が褒めるとは」
ナナシとマントルでは体格的にナナシの方が有利であり、その他の要素も残念ながら何もなかったため最後はナナシの勝利に終わった。
「よい粘りでしたよ、彼は。上手く防御を固めていましたし、時間稼ぎという意味では十二分に仕事をしたと言えるでしょう」
そうなのだ、ナナシの攻撃を何度受けても、明らかにフラフラになってからも、なかなか参ったと言わなかったのだ。
その目的は明白だった、マグマの体力回復の為に無理して時間を稼ごうとしていたのだ。
最後にはマグマからの無理してんじゃねえとお怒りの言葉でようやく参ったしたのである。
「ナナシさんも最後の方は大分やりづらそうだったから、マグマの声かけは助かったって顔だったね」
ちなみに彼は今マグマの横でナナシに介抱されている。
「そして、これから第一回戦最後の試合な訳か」
「そういうこったな、クロムがどこまでやれるかは見てのお楽しみだ」
会場の真ん中ではクロムとチタンが向き合って立っていて、試合開始の合図を待っている。
審判のジャスパーが右手を上げて試合開始の号令をかける。
「では第一回戦、第六試合、クロム対チタン、始め!」
号令と共に両者構えをとり相手の出方を伺う。
それ自体はよくある光景だ、特異な点はクロムの格好そのものにあった。
「普段なら着けていない法被を着ているのは何か理由があるのか?」
「ゲンのステージ衣装と同じ理由だよ、わかる人しか分からない説明だけど、それ以上はちょっとね」
「後、背中に背負っているのは……盾? にしては持ちづらそうな形だが……」
「あれぞ秘密兵器その一、名前や効果は発動してから説明するね」
試合は互いの様子見から始まった、チタンから見ればクロムの動向はさっぱり分からない未知のものであったし、クロムからすれば相手から来てくれた方が都合がいいからだ。
そして、痺れを先に切らしたのはチタン、何かがあったとしても使う前に倒せばいいという考えだ。
奇しくもそれは先のアルゴの考えと同じであった。
これは偶然だろうか? いや、そうではない。
未知のものに出会った時人はどういう反応をするのか? それは多くの場合は、排除の方向に走る。
理解できないものに対し、排除することで精神的な不安を解消しようとする訳である。
ただ先の例で言えば、アルゴと金狼の間には純粋な実力差があった為、あっさり対処されてしまった。
では、今回の件はどうか? クロムとチタンの間に実力差は実はほとんどない。
体格的にはチタンの方がよく、運動量も僅かであるがチタンの方が上であるからだ。
氷月の特訓を受けたからといって、それだけで実力がグンと上がる訳ではない。
だから、この結果は意外ではないだろう。
「危ねえ、危ねえ。予想通りじゃなきゃ捌けねえわ、やっぱ」
チタンの突きはクロムの槍に阻まれクロムに当たる事はなかった。
そう、クロムはチタンの動きを予想してどのあたりを突いてくるか読んでいたのだ!
「くっ、やるじゃないかクロム! 密かに特訓してたってのは本当なんだな!」
「おうよ! ヤベー特訓の成果、見せてやるから覚悟しろよ!」
そこからは激しい槍の応酬が始まった、クロムが払えばチタンが下がり、チタンが振り下ろせばクロムが横へと避ける。
突けば横から打ち、払えば下がる、振り下ろせば横へ後ろへと回避し、地面を叩いた隙を突く。
慌てて下がれば追撃が追ってくる、それを自分の槍で逸らす、無理な追撃を避けて一歩戻ればまた突きから横打ち、払い、下がり、振り下ろして、慌てて避けて、逆撃して防がれて、払って、打ち合って、両者仕切り直しと一歩後ろへ飛び退る。
まるで舞踏のよう……ではなく、両者ガムシャラになって目の前のものに対して反応しているだけである。
擬音を付けるならヒュンとかシュッ等の鋭い音ではなくブウンだの、べチンだの鈍目の音が相応しい有り様である。
「やれやれ、やはり彼は武道家には向きませんね、教えたはずの型も忘れているではないですか」
「ま、そろそろ頭も冷えるころだろ。冷えてなきゃ負けるだけだがな」
仕切り直しが入ったおかげでクロムの頭は大分冷えていた。
いや、何発か掠めた槍のお陰で肝ごと冷えたのかもしれない。
どちらにせよ冷静さを取り戻したのは事実だ、冷えた頭で考えを巡らせる。
(ヤベーヤベー、最初の、特にヤベー一撃を捌けたからって調子に乗っちまった。
俺とチタンの差は三カ月前よかマシとはいえ、普段から銛を使い慣れてるあっちの方が優位だってのに。
とにかく、俺に出来るのはまず観察だ。見慣れたもんだが司じゃあるまいし隙なんぞ突ける訳がねえ。
だから、どこに来るかを予測しろ、フェイントは知らねえはずだから、来ると思ったとこにそのまま来るはずだ、アイツのくせを思い出せ、それを防ぐだけなら必ず出来る!)
先程とは打って変わって多少危なげながらもチタンの槍を捌いていくクロム。
これに驚いたのはもちろんチタンだ、さっきまで自分と同じく遮二無二振り回すだけだったのが今は別物だ。
「すごいな、クロム! さっきまでとは別人みたいだ!」
「へっ、褒めてくれてありがとよ!」
会話の最中にも槍は捌かれていく、今度は当たる気配がまるでない。
いや、まるでは言い過ぎとしてもろくに当てられる気がしない。
「~! すっごいな! 大昔の人達は! 槍を使った事なんてなかったはずの君が短期間でここまでになるなんて!」
「三カ月みっちりと、ヤベーぐらいスパルタでやったからな! こん、ぐらいにはなる、さ!」
無論防御だけで勝てるとはクロムも思ってはいない。
だからこそ布石を色々としていたのだ、今日までやれる事をやれるだけ。
(昨日ジャスパーのおっさんから言質は取った、少なくとも異論をつけづらくはなっているはずだ。
ヤベーって理解できる復活者連中は大体狩りに出かけてもらってる、ゲン様様だな!
後は司と氷月だけだが……なるようにしかならない! だからこの一回戦がコイツの使い時!)
防ぎ続け、無論隙があれば攻撃を仕掛けつつジッとチャンスを待つクロム。
そして、我慢比べは彼に軍配が上がった。
この状況に焦れたチタンが数歩後ろに飛び、一気に決める為全力で突撃する姿勢を見せたのだ。
クロムにとってそれをこそ待っていた、素早く背負っていた秘密兵器、ショックキャノンを構える。
すぐに真ん中にセットしてある音爆弾に、マンガン電池を使った着火装置で火をつける。
チタンが突撃を始めた次の瞬間、とんでもない音の洪水が彼を襲う!
たまらずバランスを崩し、今まさに走り出す瞬間であった為地面に転がる体。
衝撃から少しずつ回復し、周りの状況を把握出来るようになったころには完全に抑え込まれてしまっていた。
「ふふっ、あははは! とんでもない妖術を手にしてたんだねえ、クロム。参った参った、降参だよ、僕の負けさ」
「おうよ、スッゲーだろ、だけど一つ訂正しとくぜ、妖術じゃねえ、化学だ!
ジャスパーのおっさん! チタンも参ったしたんだ、文句はねえだろ!」
「文句を言うとしたら昨日の自分自身にだな、よろしい、第六試合勝者、クロム!」
両手を上げて勝利を喜ぶクロム。
こうして御前試合第一回戦が全て終了したのだった。