もう一話は……無理かなあ
激しく交わされる剣と槍の交差、双方少なくない数その体に相手の攻撃をもらっている。
だが両者共にそれで戦意を揺らがせない、それどころかむしろ強く燃え上がらせて相手へと叩きつける。
今、金狼が槍の間合いへとマグマを捉える。
突く、左半身を前に剣を盾にするその足元へと、前へと飛び避けると同時に懐に入ろうとする、
下から上への変則的な払いでそれを落とす、それに合わせるように剣を振るう、
お互い無理のある体勢からであったため双方弾かれる、着地と同時に前へと走り出す、地面を叩いた反動で再度払う、
体を捻り払いに来る槍を真正面に捉え剣を振り下ろす、慌てて槍を引き戻す、その隙をついて胴狙いの横一閃、
戻した槍の肢で受け折れぬよう両端近くに持った手を支点にたわませ衝撃を逃す、顎を狙い切り上げる、
体を捻りながら槍の肢で剣の腹を押し軌道を変える、頭頂部めがけ振り下ろす、一歩下がって紙一重でかわす、
そのまま槍の間合いにい続けるのを嫌いこちらも一歩下がる。
今日何度目かも忘れたほど行われた仕切り直しである。
ここまでの攻防をまるでテープの早送りのようなペースで行うため、素人では何か二人がぶつかり合って離れたぐらいしか分からない。
それでも高いレベルでの攻防である事だけは分かる、だからこそ周りの声援も熱を帯びる。
「金狼ー! 行け、そこだ! マグマよりお前の方が強えって証明しろ!」
「やっちまえマグマー! テメエが最強だー!」
「決めろ金狼! 貴様の方が有利なのだ! マグマなぞたたんでしまえ!」
「頑張ってくださいマグマ様! あと一押し、一押しで勝てますよー!」
熱い声援の中マグマが金狼に声をかける。
「大した人気っぷりじゃねえか金狼よお、気分はどうだよ」
「ふっ、いつもであったら自分のやる事に変わりはない、と答えるところだがな、今は最高の気分だと答えよう。
貴様こそどうなんだ? 応援の量で言えばそちらの方が上だろう」
「はっ、言うまでもねえだろ?」
「そうだろうな、その顔を見れば分かるというものだ」
そこまで言った後二人は大声を上げて笑い出す。
「ああ、こんな愉快な気分になるのは初めてだぞマグマ! お前もそうだろう?」
「同感だな、だが、もっといい気分になる方法があんだよなぁ」
獰猛な笑みを浮かべて剣を構えるマグマ。
「ああ知っているとも、それが一人だけのものだということもな」
戦意を溢れさせ同じ笑みを浮かべて槍を構える金狼。
「「勝つのは俺だ!!」」
何度目かの打ち合いが始まった。
「さてさて、現状五分五分の両名ですが、こうなってくると先にミスを犯した方が負けますね」
「金狼有利じゃないの? マグマの方が体力消耗してそうだけど」
「そうですねえ、金狼君の話では一年前であれば視力抜きならば互角であったそうですがね。
マグマ君は司君に追いつくという目標が出来たのに対し、金狼君はマグマ君が強くなってからモチベーションが湧いてきた形ですからね。
先行での優位がマグマ君にはあったのでその分で体力消耗分を補ったから互角である、といったところですね」
「マグマってばそんなに司に勝ちたかったんだ、そこまで努力するキャラだとは思ってなかったや」
「……トレーニングを見てたのは主に君でしょうに、気づけなかったので?」
呆れが多少含まれた声で訊ねる氷月。
「私の実物の知識マグマと司ぐらいだったから、他のは参考にならない奴だし」
呆れが多少であるのは答えが予想できているからで、案の定であった。
全く持って反応に困る、なので別の気になったところを指摘する。
「貴女はマグマ君を応援しないので? 彼の方が近しいでしょうに」
「? ただの取引相手なんだからしなくてもいいでしょ、大きな声出したりとか私苦手だし」
「取引相手でしたらより配慮すると思いますがね。まあいいですか、少々失礼しますね」
そう言い残しその場を離れて行く氷月。
首をひねりながら氷月が何を言いたかったのかを考える。
「意図がさっぱりなんだけど千空は分かる?」
「もうちょい自分の影響考えろってとこじゃねえか?」
「マグマにそこまで影響与えたっけ私?」
「……処置無しだな、こりゃ」
どういう意味よ、と食ってかかる桜子を片手であしらいながら氷月がどこへ行くのか目で追う。
「氷月の奴意外とマグマを気にかけてんのか? いや、金狼にとって一番のライバルだからか。最高のパフォーマンスを発揮させてえんだろうなぁ」
もしくはこの試合がよりよいものになってほしいのか。
「案外楽しんで見てるのかもな」
いい試合だ、率直にそう思う。
技量が追いついていない所や判断が甘い所などはあるものの、総じて全力を注ぎ込んでいるいい試合だ。
コハクも南さんも試合に熱中している、いや、ほとんどの人はこの試合に熱中しているように思える。
だというのに面白くないと思う自分がいる、こんな事は初めてだ。
いい試合を見た時は賞賛の気持ち以外感じたことなどないのだが。
「不満そうな顔でどうしました? 司君」
「氷月か。正直戸惑っているよ、なぜ素直に褒める気になれないのか、とね」
「ふむ、その原因に心あたりは?」
力なく首を横に振って分からないと示す。
素直に声援を送れる皆が羨ましい、試合に夢中な二人からそっと離れる程に。
この年上の友人も楽しんで見てるように思える。
当然といえば当然だろう、弟子の晴れ舞台のようなものだ、そこで目覚ましい動きを見せていれば誰だって喜ぶ。
それに引き換え自分はどうだ、なぜここまで心がざわつくのか。
素直に褒め称えることができないのは自分が未熟だからだろうか、心の中だけでため息をつく。
それが聞こえたかのように氷月は笑いながら聞いてきた。
「原因に心当たりがないのは自分の未熟のせい、とでも思っていますか?」
「それ以外にあるのかい?」
「君もまだ18の若者でしたねえ、普段落ち着いているから忘れがちですが」
心底愉快そうにしながら静かに笑う友人に少々イラつきを覚える。
こちらはこんなにも困り果てているというのに何が楽しいのか。
「悔しいのでしょう、今あの場にいるのが自分ではないのが。
本当ならマグマ君とああして最高の戦いを繰り広げるのは自分だったのに、と」
「! いや、そんな事は……」
思わぬ角度から切り込まれた気分だった。
そんな事は思っていない、反射的に否定しようとして何故否定したくなったかに気づく。
何のことはない、それが完全に図星であったからだ。
右手で顔を覆う、羞恥で真っ赤になっている自覚があるからだ。
「君の気持ちは分かりますとも、この御前試合に参加を了承したのは彼と全力でぶつかり合いたいからだと聞きましたしね。
その相手が先にああまで良い試合を繰り広げる姿を見せているのです、同じ立場だったら私も悔しさで地団駄の一つや二つ踏んでいたことでしょう」
氷月の言葉に思わず吹き出した。
彼が地団駄を踏む姿を想像してしまいそれがあまりに似合わなかったからだ。
吹き出した自分を見る氷月のジロッとした視線にバツの悪さを覚え目をそらす。
「ふむ、どうやら気分転換はできたようですね」
その氷月の呟きに今度は別の理由で羞恥を覚える。
この頼もしい友は似合わぬ道化を演じてまで自分を導いてくれようとしたらしい。
そこまでしてくれた事とそこまでさせてしまった事、二つに対し有難いのと申し訳なさで胸が一杯だ。
「ありがとう氷月、君には世話になりっぱなしだ」
「なに、気にする事はありません。弟子の言葉を借りるならば……年上は年下を導くのがルールだ、といったところですね」
「ははっ、金狼なら確かに言いそうだ。お陰でどうするか決まったよ」
「ほう、この後のことを悩んでいたので? どう決めたのかは聞いてもよいですか」
「さしあたって今は、応援だね」
「なるほど、それは大切ですね」
軽く笑い合い、息を大きく吸って声を同時にあげる。
「頑張れマグマ! あれだけの特訓してきた君ならできる!!」
「勝ちなさい金狼君! それだけの修行を君は納めてきましたよ!」
滅多に大声を出さない二人も応援に加わりますます観客の熱狂度合いは深まるのだった。
そして、二人の声援は当然試合中の二人に届く。
(師匠まであのような大声を出すとは、な)
それだけ自分とマグマの戦いが拮抗しているのだろう。
つまり十分勝てる可能性があるということだ、師匠からのお墨付きとは心強い。
(そう思わなければ意思が折れそうだからな!)
何度当てただろう? アレで大分タフな銀狼でも二、三回は倒れている回数当てている。
何度もらっただろう? 一撃一撃が重く鋭く芯に響き、こちらの心を折ろうとしてくる。
なるほど、これが師が言っていた先にいるという事かと最初は納得したものだ。
今ではいい加減にしろと言いたい気分だが。
あちらはコハクとの試合で体力を大分消耗しているはずである。
それだけのハンデをもらっているのに負けては立つ瀬がない。
今も鋭い一撃をこちらに叩きつけてくるマグマ。
コイツの体力は底なしなのかと戦慄する
(いいや、そんな事はない!)
間合いが離れ仕切り直すたびに大きく呼吸をする姿から体力自体は大分削れている……はずだ。
息を吸う際には力が入り辛いから呼吸を読まれないようにと教えられてられてきたが、マグマはあえて大きく呼吸をしているのだろう。
一度息を吸うタイミングで仕掛けたが即座に対応するだけでなく手痛い反撃までされてしまった。
罠兼体力回復とは恐れ入る、司がそんな事まで教えられるとは。
などと金狼は考えているが実際には司はそんなことは教えていない。
こんな素人みたいなことを考えたのは当然桜子であり、実現させたのはマグマの努力と幸運の賜物である。
少しでも金狼の動きに気づくのが遅ければ致命的な一撃を受けていたはずであり、つまり運が良かっただけである。
しかし運も実力の内、攻めあぐねる金狼に対しマグマは一気に試合を決める決意を固める。
思い切りよく間合いへと踏み込むマグマに払いで止めようとする金狼。
それはこの試合中すでに何回も繰り返された光景、しかし今回は少し違った。
なんとマグマは防がずにそのまま受けたのだ!
金狼が驚き一瞬固まる、その隙見逃さず片手で槍を抑えて見せるマグマ。
両手と片手ならば両手の方が強い、だから金狼もすぐに槍の自由を取り戻せるだろう。
マグマが残った片手で剣を振るって来ていなければ、だが。
金狼の脳裏にいくつもの選択肢が浮かぶ。
こちらも片手で受ける? 否、今の状態でこの一撃を受けきれそうにない。
槍を捨ててでも避ける? 否、その後は一方的に攻撃されるだけだ。
逆に懐に飛び込んでみる? 否、前二つの悪い所を足したような事態になるだけだ。
ならばもう手段はないのか? 否、一つあった。
それは三人で氷月に挑んだ際にみせたもの、師匠曰くただの余技。
だがこの状況で一番ましな選択。
「これが、真剣白刃取り!」
槍から両手を離し振り下ろされる剣の腹を挟み込む。
マグマも体力を消耗している上片手のみであったため見事成功した。
何回か練習はしていたもののできるとは思っていなかったため安堵した、してしまった。
「気を抜くんじゃありません!」
珍しい氷月の、師匠の焦った声が聞こえる。
その時にはマグマは両手を自由にしており……
「そうすると思ったぜ! クソがつくほど真面目バカなお前ならよお!!」
無防備にさらされた金狼の左胸へと拳を打ち込んでいたのだった。