マグマの一撃を受け吹き飛びうずくまってそのまま動かない金狼。
その姿を見てほぼ全員がマグマの勝ちと認識した。
そう思わなかったのはわずか4人。
師匠として金狼の力を知っている氷月、二人の動きが完全に見えていた司。
そして、
「どうしたあ、金狼! この程度でおねんねする程根性無しじゃねえだろうが!」
当てた瞬間の手ごたえから完全には決まってない事を理解しているマグマと、
「……ふん、油断してはくれん、か」
当たった瞬間咄嗟に全身の力を抜き吹き飛ぶ事を選んだ金狼自身である。
ふらつく足を押さえながらゆっくり立ち上がる金狼にジャスパーが駆け寄る。
「続けられるのか?」
「無論」
続行の可否を問う言葉に強い意志を込めて返す。
返した後つけていたメガネをジャスパーに渡す金狼。
「? なぜこれを渡すのだ?」
理解できずに質問するジャスパーに視線のみで答える。
見ればゆっくりとマグマがこちらに歩いてきているではないか。
「お互いの得物は遠い位置、だが、まだ決着はついていない」
「なら、拳で決めるしかねえよなあ」
メガネを受け取ったジャスパーが離れた後、金狼の目の前に仁王立ちするマグマ。
ゆっくりと、しかし、しっかりと立ち上がり小動もしない金狼。
にらみ合うことしばし、高まり続ける緊張感に観衆も息を吞む。
どちらが先に動くのか、誰もが固唾をのんで見守る中一陣の風が吹く。
その風に乗って花弁が一枚、二人の間を通り抜ける。
「うらあ!」
「ぬおお!」
次の瞬間お互いの拳が相手の頬へと突き刺さっていた。
ぐらりと一瞬よろめく両者、しかしすぐに脚に力を入れ直し体勢を戻す。
「いい拳持ってんじゃねえか、金狼!」
マグマの手刀が金狼の肩へと落とされる。
「ぬぐっ、貴様こそさすがではないか!」
マグマの腹へと金狼の爪先がねじ込まれる。
「ぐっ、たりめーだ! テメエよか年も訓練も多いんだからよ!」
マグマの頭突きが金狼へと襲いかかる。
「がっ、多ければいいものでもないがな!」
金狼のアッパーがマグマの顎に入る。
「うごっ、その通りだ、なぁ!」
マグマの蹴りが金狼の横腹へと叩き込まれる。
倒れるまでいかずとも衝撃にたたらを踏む、絶好の追撃チャンスだが顎への一撃が思ったより重く次がでない。
そうしてまた最初の睨み合いに戻る二人。
お互いに一歩も引く気などない、それを衰えぬ眼光によって確信した。
そこからは泥沼の乱打戦だった。
マグマが殴れば金狼が蹴り飛ばす。
金狼が肘を当てればマグマが膝を打ち込む。
いつしか観客も熱狂して二人の名前を叫んでいた。
「マグマ! マグマ!」
マグマの裏拳が金狼の顔面に叩き込まれ金狼の血が舞う。
すかさず金狼のハイキックがマグマの側頭部を襲いマグマが血を流す。
「金狼! 金狼!」
金狼の拳がマグマの鳩尾に入り吐きかける。
お返しとばかりにマグマは両手を鉄槌のように組み金狼の背中へと振り下ろす。
金狼が殴ればマグマが、マグマが殴れば金狼が、いつ終わるともしれぬ程戦いは続いていた。
「だ、大丈夫なの二人とも、あんなになってやる程熱血キャラだったの?」
「どっちも最早ただの意地だろうな、負けたくねえって気持ちだけだろうさ」
「ファイターズハイで脳内麻薬出過ぎじゃない? 次の試合の事頭から飛んでるでしょ!」
熱狂に乗れずただ一人だけ戸惑っているのは桜子だ。
千空も彼女に返事は返すがマグマコールに加わっている。
「いつの間にそんなにマグマ側になったの千空!」
「洞窟探索からだよ! 行け、マグマ! 村最強だって証明すんだろうが!」
周りの喧騒に大声で無ければ会話もできない、その上このおざなりな返事にこれはダメだと思い周りを見る。
彼女としては正直ダブルノックアウトが一番望ましい、そんな事を考えていたのだが……
「右だ、右! お前なら右一発決めりゃ勝てるぞマグマ! 漢を見せろー!」
まるでテレビ前の親父みたいにマグマを応援するクロムを見て呆れ返るのだった。
「洞窟探索で何があったのよ〜、三人共妙に仲が良い気がするんだけど」
桜子のそのぼやきは誰にも届かず大歓声にかき消されるのだった。
少しずつ少しずつ試合の形勢は金狼へと傾いていっていた。
気付けば金狼が十打ち込む間にマグマが九回に、少し経つとそれが10対7に、また少しすると10対6に。
今ではもう二回に一回程度でしかマグマの反撃は出ていなかった。
「マグマの奴まさか体力がつき始めたのか?」
「コハクとの一回戦もあったし、何より槍と剣じゃ間合いが違うもの。必然的に動く量はマグマが多くなるよね、そりゃ」
呑気にそう言うのは桜子だ。
素人意見であるが今回は正しい、実際彼女の記憶ではマグマと金狼の運動量は明らかにマグマの方が多い。
「くそっ、他人事みたいに言うなテメエは。マグマの特訓みてたのオメーだろうが、もうちょい応援してやれや!」
「だって私クロムを勝たせたいんだもん、ダブルノックアウトが一番嬉しいぐらいよ?」
「花見を提案したのはマグマだぞ、その分ぐらいいいだろうが」
「金狼とマグマどっちが手強そうって言うと、マグマの方な気がするのよねー」
「コイツは……」
千空とて感情に流されて目的を達成できないというのは論外だと思うがそれとこれとは別だ。
あの洞窟での会話で大分マグマよりになっているし、何より、
「詳しい理由は省くがな、クロムを勝たせたいならマグマに勝ってもらった方がいいんだよ」
「マグマ対策でもしてたの?」
「いや、違うが……そういう事にしとけ。とにかくオメーはマグマを応援しときゃいいんだよ」
「よく分かんないけど、分かった、応援しとく」
そうしてマグマへの歓声に小さな声が一つ増えたのだった。
腕が重い、脚が重い、まるで全身が鉛にでもなったかのようだ。
(ちっ、司の言ってた事マジだったな。忘れてたわけでもねえが、ここまで体力削るもんだったか)
思い出すのは司の指導。曰く、
(攻撃は基本回避すべし。受け続ければどうしたって体力消耗するし、なにより急所に当たったりしたら目も当てられない、だったか)
しかし、同時にこうも言われた。
『無理な回避をするより防ぐ方がいい』
どっちなんだよ! とキレたが即座にこう返された。
『ケースバイケース』
結局その時その時で正しい方を即座に選ばなければならない、などと言われて役にたたねえとげんなりしたものだ。
その正しさを今骨身に叩きこむ羽目になっている。
だが、その正しさが何だというのか。
(間違ったところを反省すんのなんざ終わった後でいい!)
自分に活を入れる意味も込めて金狼の繰り出してきた拳を額で受ける。
流石に効いたのか金狼が顔をゆがませ一歩下がる。
こちらも大分効いたがトントンだと言い聞かせながら額から落ちる血を拭った。
「満身創痍の状態でいまだにその闘争心、やはり貴様は強いな……俺よりも、だ」
「あん? 何を言い出してんだテメエ。今さら参ったでもすんのか? やめろやめろ、つまんねえにもほどがあんぜ」
「馬鹿を言え、そんなもの貴様には侮辱としかならんだろう? 師匠が言っていたことを思い出しただけだ、心が一番重要だと、な」
少しでも体力を温存するため金狼に話の先を促す。
たとえそれが実質勝利宣言みたいな不快なものであってもだ。
「万全の状態同士でやったなら間違いなく貴様が勝っていただろう。だが、今は、今日は! 勝利の女神が微笑まなかった貴様の負けだ!!」
そう言い終えるが早いか先ほどまでとは比べ物にならない勢いでの乱打が始まった。
「ヤベー! 金狼の奴あんなに力を残してたのかよ!」
「いや、この試合に勝てれば後はもうどうでもいいと全部絞り出すつもりなんだろうよ」
防ぐ一方で反撃の糸口すら見えない。
俺はここで負けるのか? そんな弱気すら起きてくるぐらいに激しい拳の雨であった。
そうしてとうとう片膝が落ちる。
それを見た金狼がトドメの一撃を全力を込めて繰り出した。
「これで終わりだ!!」
これを受ければ倒れる、それが嫌になるほど理解できる力の乗ったいい拳だ。
そして自分はそれを避けられる程の力は残っていない。
ならばここで終わりか? 否だ! まだ試すべき事がある!
必死になって思い出す、あの時桜子が話していた事を。
(相手の拳に合わせて、腕を擦らせ威力を削ぐ!)
ついで肘を曲げ軌道を逸らす!
それができれば……
金狼の一撃は確かにマグマの頬に突き刺さっていた。
そして同時にマグマの拳も金狼の頬に突き立っていた。
誰も何も言えず、沈黙だけが場を支配していた。
そしてマグマがゆっくりと崩れ両膝をつく。
金狼が絞り出すように、最後の力を出し切るように言葉を発する。
「マグマ……貴様の、勝ちだ」
そう言って金狼は気を失って倒れた。
審判であるジャスパーも事態が飲み込めず戸惑う中最初に声を上げたのは司だった。
「審判! マグマの意識があるか確認を! 確認できたなら勝者の名を!」
その声に慌ててマグマへと駆け寄るジャスパー。
「マグマ、まだ意識はあるか?」
「……ああ、口を開くのも辛えが、まだ気絶してねえぜ」
大きく一つ頷き高らかに勝者を告げる。
「勝者、マグマ!」
今日一番の歓声が起こった。
マグマを称える声、紙一重で勝利を逃した金狼に悔しがる声、ただ誰もが素晴らしいと褒め称えていた。
「よくやりましたよ、金狼君。私は君に教える事ができて誇らしい」
いつの間にやら気絶した金狼の側にいた氷月が彼を担ぎ上げた。
「良ければまた試合をしてやってくださいね、マグマ君」
「けっ、もうごめんだぜ。司との特訓よりきつかったんだからよお。……だが、挑まれて逃げる程腰抜けじゃねえからな、仕方ねえからそんときゃ受けてたつぜ」
無理矢理に笑顔を作るものだから酷い顔になっているマグマにクスリと笑って最後に一つ質問する。
「さて、金狼君の言う通り君には女神は微笑んでいなかったように思えましたが、勝因はなんだとお考えで?」
「ああ、んなもん決まってる」
マグマが騒がしく近づく皆の方を見る。
「女神じゃなくて、座敷童がいるってだけだ」
彼の視線の先にははしゃいで駆け寄るクロムと珍しく笑顔の千空、そして驚きで三つの丸を作る桜子の姿があるのだった。
アニメ第二期始まるからその前になんとか投稿です。