イシからの始まり   作:delin

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御前試合⑩ 師匠と弟子

「……ここは?」

 

目を覚ました時なぜここに寝ていたのか分からず一瞬頭が混乱していた。

しかし、すぐに試合中であったはずだと思い出し勢いよく起き上がり、

 

「ぐううっ!」

 

激痛によって動きを止める羽目になった。

 

「目が覚めたようですね、ざっと診た感覚では骨折などはないと思いますがそんなに勢い良く動いては痛くて当然ですよ」

 

そして声をかけられてようやく隣に氷月がいる事に気がつくのだった。

 

「師匠! ……俺は、負けたのですね」

「そうですね、残念ながら最後のクロスカウンターで君は気絶してしまいましたので」

 

負けた、その事実が胸に深く沈んでゆく。

何故あそこで勝てると思ってしまったのか、何故もっとマグマの動きを見れなかったのか。

それよりもっと前に避けられる一撃も、あてられる場面もあったはず……!

後悔ばかりが浮かび上がり叫びだしたくなってしまう。

 

「師匠、尾張貫流槍術の名を汚してしまい申し訳ございません。

この罪償うためならば、如何様にもしていただいてかまいません」

 

それら全てを呑み下し、師へと言うべき言葉のみ口にした。

 

「ふむ、罪ですか。何をもって罪というのです?」

「命とも言うべき槍を手放し、子供の様な喧嘩に発展。

あまつさえ敗北という結果を残した事、腹を切って侘びろと言われても致し方ないと考えます」

 

思わず苦笑がもれる、あれを子供の喧嘩と言われてはボクサー達の立つ瀬がないだろうに。

だが先程の試合で注意すべき点があるのも確かである。

 

「金狼君、聞いておくべき事があります。

君はなぜ槍を手放し、マグマ君の剣を止めた時点で動きを止めてしまいましたか?」

 

氷月の問いに目を閉じしばし熟考する金狼。

その時の事を思い出す、そうか自分は、

 

「師匠と同じ事ができた、その事が嬉しかったのだと思います。

もちろん致命の一撃を回避できた安堵もあったのですが」

「……なかなかに叱りづらい答えを出してきますね」

 

少々予想外の答えに窮しながらも声を出したが、多少上ずっていたのは気にしないようにした。

咳ばらいを一つして、改めて指摘する。

 

「こほん、得物から手を離すのは君自身もやった事でしょうに相手がしてくるのを警戒しなかったのはマイナスです。

ついでに言うなら私と同じことをするのなら取った刃を落とさなければ片手落ちという物、その点は反省しなさい?」

「はい、切り抜けたと思った時ほど油断してはならない、そう肝に銘じます」

 

そう神妙な態度で反省の言葉をかえし次の言葉を待つ。

そしてしばらくそのまま待っていたのだが次の指摘がなかなかこない。

不思議に思い目を向けてみるとそこには笑いをこらえるよな氷月の顔。

 

「師匠?」

「ああ、すみません。少々待ってくださいね」

 

困惑を隠せず呼びかけてみれば機嫌が良さそうな声で笑いながら待つようにいわれる。

しばらくしてようやく笑いを収めると今度はゆっくりと頭を下げた。

 

「今回の敗因の一つは私が君をみる時間が少なかった事です、私も反省し謝罪をいたしましょう」

「あ、頭を上げてください師匠! 全て俺が不甲斐なかっただけです、師匠は悪くありません!」

 

氷月からの謝罪に金狼は大慌てで否定し頭を上げてくれるよう願うが、構わず氷月はそのまま話を続ける。

 

「今回の試合で君は最善を尽くしました、なぜ負けたのかを突き詰めれば指導者に責があるのは当然です。

君の真面目さに甘えてクロム君の訓練ばかりみていたのは事実です、師としてあるまじき態度であったと思います、故の謝罪ですよ」

 

そう言って頭を上げようとはしない。

頑なな氷月の態度にどうすればいいのかと途方にくれる金狼。

 

(そうだった、師匠は真面目な方であった。責任を感じた時には逃げずに果たそうとする方だ)

 

なんと言えばよいのか分からず悩んでいると氷月が再度口を開いた。

 

「責任がある、それを理解した上で君にお願いがあります」

「はい! なんでもおっしゃってください!」

 

そんな困り果てていた所だったので氷月からのお願いに即飛びつく。

 

「君への指導を続けさせていただきたい、指導者としては未熟なこの身ですが君の父との約束を果たさせてほしいのです」

「……! 喜んで! これからも御指導御鞭撻の程お願いします!」

 

しかもそのお願いが自分の願いと同じなのだ、一も二もなく了承する金狼。

 

「ありがとう金狼君、次は必ず勝ちましょう?」

「はい、必ず勝ってみせます!」

 

力強く頷いた所でようやく気づいた。

氷月の表情がまた笑いを堪えるものになっている事に。

 

「師匠、まさかとは思いますが、揶揄っていましたか?」

「ああ、気づいてしまいましたか。君の事ですから最悪敗北に責を感じて破門を求めるかもしれないとゲン君と話してましてね。こうして対策を講じた、というわけです」

 

実際その通りになったのだからぐうの音もでないが、怫然としてしまうのは仕方ない事だろう。

 

「後、揶揄ってもいましたが、言った言葉は全て本気ですよ。今回の最大の敗因は間違いなく私です、君はその中で最善を尽くしました」

「師匠……ですが、やはり自分は」

「むしろ誇ってください、師に見られずとも自分はここまでやれたのだと。そして、もし、君が魅せたものの中に私の教えが一助にでもなったのならば」

 

そこで氷月は一度言葉を区切ると口元の襟を下げ、

 

「これほど嬉しい事は無い」

 

優しく温かな笑みでそう続けるのだった。

金狼は言葉を失っていた。

氷月は普段口元を隠している、それは復活者に共通する体のヒビが口元に出てしまっているからだ。

見苦しいから隠しているのだといつか聞いた記憶がある。

だから口元を晒すのを嫌うのだと。

わざわざ今それをみせたのは笑う顔を自分に見せるため、それが分からぬほど鈍くはなかった。

 

「ありがとうございます師匠、俺は誇ろうと思います。今日の試合も、貴方から教えを受けられた事も」

 

だから胸を張ってそう言った。

氷月はまたすぐ襟を戻してしまったが、きっと笑顔のままだと思えるような温かな目でそんな金狼を見守るのだった。

 

 

それからしばらく金狼の体に支障がないかどうか調べたり、休息を兼ねて雑談をしていると大きな歓声らしき声が聞こえてきた。

 

「ふむ、時間的に考えて今は準決勝でしょう。組み合わせまでは確認していませんが、もしかして大判狂わせでもありましたかね?」

「もしやマグマが司に一矢報いたのでしょうか?」

 

自分に勝った相手が活躍している所を想像してか金狼の声は少し弾んでいる。

 

「どうでしょうかね? 立てるのでしたら見に行きますか?」

「はい、もしそうなら是非見てみたいので」

 

氷月がそう声をかければすぐに行けると返す。

先程軽く動かした際にも大きな怪我などはなく、立って動く程度なら問題なかった。

とはいってもまだ横になっていた方がいいだろうが。

 

「まだ辛うじて動ける程度でしょうに、まあ肩ぐらいは貸しましょう」

「ありがとうございます師匠、お言葉に甘えます」

 

そうして試合場、もう一つの島に渡る橋の手前まで来たのだがどうも様子がおかしい。

上がっている声が歓声ではなく、どちらかと言えば……うめき声?

いや、より正確に表現するのならば『うわぁ』であろうか。

何かありえないものでも見たような、そんな声に混じって悲鳴のような声も聞こえる。

これは尋常じゃないと二人とも確信し急いで橋を渡る。

そして渡り切った先で起きていた事を見た時、

 

「「は?」」

 

二人同時に同じ声を上げていた。

目の前の光景が理解できない、いや、したくないのも当然かもしれない。

なぜなら彼らの視線の先には……

 

「ヒャッハー! 逃がさないよー、千空ー!!」

「テメッ、ふざけんな! アホな真似は辞めろっつってんのが聞こえねえのか!」」

 

やばい表情で千空を追い回す銀狼の姿があったからだ。

 

 

「これは、いったい、どういう状況ですか?」

 

氷月の絞り出すような声が恐ろしく聞こえる。

冷静な人間が聞けば怒りに震えるのを必死に堪えている事がすぐにわかっただろう。

だが、皆試合に集中しているのかそんな人物など、

 

「そこの羽京君、見ていたのなら説明してもらってもいいでしょうか」

 

いや、いた。

名指しされた羽京は人生で初めて自分の能力を呪った。

どう説明しても氷月が怒り狂わない未来が見えない、なんの罰ゲームだこれは。

せめて説明が終わるまでに銀狼が落ち着くか千空がどうにかしてくれる事を祈りながら羽京は説明を始めるのだった。

 

 

羽京が話したのは金狼を氷月が連れて行き、第三試合が始まろうとする所からマグマと司の会話までであった。

 

「そんな事があったのか……」

 

羽京の耳ならばこのぐらいの距離でも聞こえる。

だから時間稼ぎも兼ねて会話の内容も概ね二人に伝えるのだった。

 

「今話した事は誰にも言わないでね、今回はつい気になっちゃって聞き耳を立ててたけど盗聴は趣味じゃないんだ」

「銀狼君が準決勝に残った理由はわかりました。で、あの下衆っぷりは一体全体どういう事で?」

 

試合はまだ終わる気配が見えず、追う銀狼と逃げる千空の構図は変化がない。

 

「銀狼があんなになってる理由なんて知ってると思う?」

「知っているでしょう、先程から大声で自分に都合の良い事だけを叫んでますから」

 

会場に響き渡る『ハーレムー!』だの『美味しい食事毎日用意してもらうー!』だの『一日中遊んで暮らすー!』だのの声に聞く人間全員の心が一つになる。

 

((((これ、村長にしちゃ駄目な奴だ))))

 

しかし、今の状況には疑問が残る。

 

「銀狼は、その、欲望に正直なところがあるが、早々悪い事ができるタイプじゃないはず。なぜあそこまでの暴走を?」

「ごめん、それは本当にわからない。何かきっかけでもあったのかもぐらいしか推測できないよ」

 

この場にいる3人には知る由もないが、きっかけは確かにあった。

銀狼はコクヨウにこう尋ねたのだ、『司が優勝しちゃったらどうするの?』と。

それに対し当たり前にコクヨウはこう返した、『当然ルリの婿は司となる』と。

つまり、優勝さえすれば誰でもルリと結婚できるし、村長にもなれる、そう認識してしまったのだ。

無論自分が優勝できるとは露にも思わなかったのでそんな事は考えていなかった。

しかし、司が棄権しマグマがズタボロな今、優勝の可能性が一番高いのは自分だと気づいてしまったのだ。

その結果の末の暴走である。

 

「で、千空君がまいったしていないのはやはり?」

「うん、これ第一試合なんだ。聞けばわかると思うけど、あの二人のためだろうね」

 

見ればクロムとマグマも一緒になって声を張り上げている。

 

「このヒョロガリが! 無茶すんじゃねえ、いいからとっととまいったしろお!」

「千空、俺らの事なら気にすんな! ソッコーでどっちかがまいったすりゃあ銀狼にだって勝てる! だからまいったしてくれー!」

 

その後ろでは泣きそうになっている桜子の姿。

 

「無理だよ、無理だってば、怪我しちゃうよ、降参してよ千空!」

 

ゆっくりと羽京の方に視線を戻す氷月。

 

「……彼らは談合完了しているようですね、銀狼を優勝させないための苦肉の策といった所ですか」

 

氷月の声が平坦なのがかえって怖い、どれだけの怒りを溜めているのか想像したくない。

 

「では、最後の疑問です。なぜ未だ千空君が負けていないので?

いえ、言い方を変えましょう。なぜあの戯け者は千空君を嬲っているのですか?」

「……乱入とかしないって約束してくれるかい?」

「いいでしょう、私の堪忍袋の緒が切れる前に説明お願いしますね」

 

今度こそ羽京は自分の耳の良さを呪った。

聞こえてしまった時も呪ったが、まさか更なる追い打ちがあろうとは。

 

「始めの方にね、鍔迫り合いになったんだよ。だから僕以外には聞こえてないだろうけど、銀狼が提案してたんだ」

 

そこで一旦言葉を切る。

余りにもあんまりな提案だったのでなるべくなら話したくなかったからだ。

 

「千空の言う事なら桜子は聞くだろうから、自分がまいったするかわりにエロ絵を彼女に描かせろってさ」

 

金狼が膝から崩れ落ち、氷月からブチッと言う音が聞こえた気がした。

 

「ありがとう羽京君、言いづらかったでしょうに、教えてくれて感謝していますよ」

「約束したよね? 乱入しないでよ?」

「ええもちろんです、乱入なぞしませんよ」

 

そういうと周りを軽く見回す氷月。

やがて目当ての物を見つけそれを持っている人に声をかける。

 

「ゴーザン君、腰のナイフを渡しなさい」

「へ? 師範? ナイフなんてどうするつもりで?」

「知れた事、あの痴れ者を消すのですよ」

 

そう言い切った氷月の目には純粋なる殺意が宿っていた。

 

「えええ! いや、殺人はまずいっす師範!」

「いいから渡しなさい! あんな輩が存在するなど耐えられません!」

「だ、誰かー! 師範を止めてくれー! 血が流れるぞ!」

 

大パニックである。

腕力だけならゴーザン達の方が上であるおかげで、氷月の凶行をかろうじて食い止められているが、時間の問題であろう。

率直に言ってゴーザン達6人がかり程度では氷月を止められるわけがない。

つまり誰かの助けが必要なのだが……

 

「羽京、見てねえで師範止めるの手伝ってくれ!」

「……僕の腕力は氷月以下だし、力にはならないさ。大丈夫だよ、きっとナイフ一本程度なら死にはしないさ」

「何言ってんだ! 死ぬときゃ死ぬし、師範の腕なら首狙うのなんぞ朝飯前だろうが!」

 

しかし、今氷月を止めるという事は銀狼を助けるという事だ。

さすがに殺しはまずいと思ったから乱入は止めたが、そのあたりの意図は多分氷月にも伝わっているだろう。

ちょっとばかり痛い目を見るだけだと思う、後手助けしようにも隙間がないし。

 

「力足らない僕が入ってもかえって邪魔になりそうなんだよね。だから、外から見て射線が通らないようにしとくよ」

「ふむ、地味に邪魔な位置にいますね羽京君。射線の把握はお手の物ですか、さすがですね」

 

ちょこちょこと周りを動き回っているのはそういう訳である。

万が一失敗しても少しの怪我ぐらいは人生の授業料だよねと思っているのも事実であるが。

 

「おい、誰か司さん呼んでこい!」

「無理だ! 司さんはさっきから頭を抱えたまんま動かねえ! ショックがデカすぎたんだ! 姉御と北東西の二人にも反応してねえ!」

 

直接の助けにはならない羽京に、頼みの綱の司が戦力外、という事態に銀狼が狩られるのも時間の問題と思われた。

 

「……師匠、やめてください」

 

この時金狼が声を上げなければきっと銀狼は氷月によって殺されていただろう、ゴーザン達は後にそう証言している。

実際には氷月自身は殺すまではいかないつもりであったらしいが、そう思わせる程に氷月の殺意は凄まじかったのだ。

それでも金狼は氷月の前に両手を広げて止める決意を見せた。

 

「金狼君、なぜ止めるのです?」

「師匠のお怒りも当然だと思います、あいつの行為は控えめに言っても最低です」

 

そこで一旦言葉を切り、大きく息を吸い込んだ。

そして全身に力を込めて不退転の決意で告げる。

 

「それでもあいつは俺の弟です、兄の俺が、あいつを守るのは人間として当然のルールです!」

 

力強くそう言い切る金狼に氷月の動きが止まる。(ついでにゴーザン達も氷月によって全員止められた)

ジッと金狼を見つめる氷月、その強い視線にも負けずに睨み返す金狼。

 

「私と戦うことになっても、ですか?」

「はい、あんな弟でも、俺の弟ですから。たとえ師匠であっても殺させはしません!」

 

数秒の間そのままにらみ合う二人。

視線をそらしたのは氷月が先であった。

 

「ここまでしてくれる兄がいるなんて、彼は果報者ですよ。彼には過ぎたるもの、と言いたくなりますね」

 

大きくため息をつきながら殺気を霧散させる氷月。

銀狼を殺すつもりがなくなったことを理解したのだろう、気の抜けた金狼が膝をついた。

 

「大丈夫かい? まだ体がつらいだろうに、無茶するよ」

「いや、この程度どうという事はない」

 

羽京の気遣いにやせ我慢で返す金狼。

羽京は意地っ張りが多いなと思いながら試合へと視線を戻す。

 

「実際どうする? このままだと少し面白くない結果が待ってそうだけど」

「そうですね……。金狼君、彼の命が無事ならある程度の怪我までは許容できますか?」

「さっきも言いましたが、今のアイツは最低な事をしています。止めるためなら多少の怪我ぐらいは仕方ないかと……」

 

金狼は複雑そうな表情ながらもある程度は仕方ない、それぐらいはお仕置きの範囲だと理解している。

そう理解しているならばと、氷月が銀狼を止めるための案を耳打ちする。

 

「良い案だとは思いますが……、師匠の負担が大きくありませんか?」

「なに、君や皆の協力があればやってやれない事はないでしょう。

羽京君もゴーザン君たちも手を貸してくれるでしょうし、もしかすれば今回の観衆全員巻き込めるのでは?」

「飲むなら問題なし、蹴っても非合法手段で、か。審判が見逃してくれる?」

「なに、最悪の場合でも私は村人ではないのですから彼に従う必要はありませんよ」

 

二人の懸念事項に対処が可能とかえす氷月。

 

「試す価値は十分あるか、それじゃあ任せたよ」

「ええ、あの狼藉をいい加減辞めさせましょう」

 

そう言ってにっこりと笑う氷月であったが、獲物を見つけた狩猟者の笑いにしか見えなかったとはゴーザンらの言である。

 

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