銀狼は今人生で一番調子に乗っていた。
このまま勝てば決勝はクロムかボロボロのマグマが相手、勝ちの目は十分にある。
そうすればハーレムを作って美味しいものを毎日食べ放題、誰かが言ってた酒池肉林だ。
もしも千空が取引に応じてくれればエッチな絵が好きに手に入る。
女性に対しそんな事をやらせるんじゃないとか金狼には怒られたが問題ない。
元々彼女が悪いのだ、期待させといてそれを裏切るなんて真似を何回もしてくれたのだから。
あの司にボッコボコにされた原因のあの手紙だけではないのだ。
平仮名とかいうのを覚えたらくれるといった『可愛い子のエッチな絵』は猫が日向ぼっこしてる絵だったり、『おっぱいの大きな子の絵』が牛とか言う動物の絵だったりしたのだ!
そんな絵をくれるというから頑張ってしまい平仮名はほぼ覚えてしまったではないか!
つまりこれは正当な要求なのだ、僕は間違ってなんかいないのだ!!
そんな風に考える彼は本当に最高潮であったのだ、
「愉快な事をしていますねえ、銀狼君」
地獄から響くような声がその耳に届くまでは。
思わず立ち止まり見たくないと思いつつそちらを見れば、殺気立った目でこちらを睨む氷月の姿が!
「ひっ! な、なんだよう、し、試合中だよ? 何の用なのさ!」
「いえ、どうやら覚えていないようなので言っておこうと思いましてね。私は、千空君に仕えている立場なんですよ」
表面は穏やかに話している、それは間違いない。
が、鈍い銀狼にもわかる。あれは怒り狂っている状態だ!
いや、大丈夫だ、傍目にはただの一方的な試合にしか見えなかったはず、氷月のあれは理不尽な怒りでしかないのだ。
「ちなみに羽京君の耳はとても良くてですね、試合中の内緒話程度簡単に聞き取れるのですよ」
まずーい! あの取引の話を全部聞かれてた!? 八百長、しかもエッチな絵を描かせる取引なんて金狼に聞かれたら……。
そう思い視線をずらせば、そこには仁王立ちでこちらを睨む金狼の姿が!
あの顔は確実に全て聞いている、本気で不味い、めっちゃ怒られる。
いやいや、まだ逆転の目はある。優勝して村長になってしまえば村長命令で止められるはずだ。
「ああ、ちなみに私は村人ではないので村長に遠慮する事はありませんので」
詰んだー! どうしよう、どうすりゃ助かるの! ……そうだ!
「審判ー! これは試合の妨害行為じゃないの! 今すぐ氷月を止めてー!」
「妨害と認めるのならば千空の反則負けになるが……、いいのか?」
「へ、なにが?」
ジャスパーがなぜそんな事を聞いてくるのか分からず聞き返す。
その答えは氷月からもたらされた。
「試合中だからこそ私は直接手を出さずにいたのです、終わったのなら遠慮なぞしませんよ」
冷や汗が止まらない、つまり自分は……
「銀狼、観念しろ。幸いなことに師匠はお前を殺さないと約束してくれた、今すぐに参ったすればお前の面倒も見てくれると。だから銀狼、お前の身を守るためにも参ったをしてくれ」
完全に詰んだ。
がっくりと肩を落とし力なく参ったを告げる。
その瞬間観客一同で安堵のため息をこぼすのだった。
「それでは銀狼、これから毎日修行だ。俺は体が治るまでは付き合えんが師匠がつきっきりで見てくれるぞ、よかったな」
「えええ〜! そんなの絶対きついやつじゃん、死んじゃうよ僕!」
「安心しなさい、人間意外と丈夫なものです。死なさないように仕込みますよ、君の性根が叩き直されるまでね」
ヤダー、殺されるー!などと叫びながら引きずられる銀狼。
氷月はそのまま修行に連れて行くつもりであったが千空がそれにまったをかけた。
「ちょっと待てよ氷月、修行始めるのはもうちょい後にしとけ」
「ふむ? 千空君が言うなら聞きますが、理由は伺っても?」
「なあに、次の試合で優勝が決まんだ。それ見てからでも構わねえだろ?」
はて、これは準決勝であって決勝に今千空が出ることになったのでは?
そんな疑問が湧いてくるが、次のジャスパーの言葉ですぐに氷解した。
「うむ、銀狼のまいったは外部からの妨害行為で起きたので千空の反則負け、ただ銀狼も参加不能になったので次の試合が事実上の決勝戦となる」
そう、銀狼のまいったは受け入れられたが千空の勝利も告げられていないのだ。
「ええっ! なら僕の勝ちで僕が決勝に出れるんじゃないの?」
銀狼の空気を読めない発言に周りが一瞬にして凍る。
しかし、そんな事氷月許すはずもなく、
「おや、参加するつもりですか。それなら参加できないように今から修行を……」
「はーい、僕参加不能でっす!!」
やる気(殺る気?)満載の氷月の言葉が終わる前にそれを遮って参加不能のと叫ぶ銀狼。
氷月もそれに満足げに頷き矛を収める。
「ってまあ、そういう訳だからよ。後はオメーらの真剣勝負で決めろ、いいな?」
そう言って見せる千空の視線の先には、すでに試合開始の準備を終えているマグマとクロムの二人。
「ああ、もちろんだぜ。お前があんだけ頑張ってくれたんだ、無様な試合にはしねえよ」
「はんっ! ヒョロガリの分際で生意気なんだよ、そこで寝ながら見学でもしてろ」
どちらもらしいセリフにニッと笑うと千空は拳を突き出す。
それに二人もニッと笑って拳を軽く合わせた。
「んじゃ、行ってこい。悔いなんぞ残すんじゃねえぞ!」
「おうよ!」「たりめーだ!」
「で、今度は俺がこの立場か。マグマにゃ悪い事したな、骨ばっか当たって固くてかなわねえわ」
「はーいはい、文句言わないの。割とボロボロになってるんだから大人しく寝てなさいな」
先程の銀狼の暴走で叩かれ続けた千空は大分へたばっていた。
そこでにやにやと笑うマグマによってこの状態に押し込まれたのだ。
つまりやった事をやり返された形である。
「そもそもなんでさっさとまいったしなかったの、そうしとけばこんな余計な怪我なんてせずに済んだのに」
「アレを村長にすんのは流石にねえだろ、最終的にまいったするにしても体力削っといた方がいいかんな。
その辺合わせての合理的な判断だ、多少の怪我は必要経費、コラテラルダメージだな」
私不機嫌ですと顔全体で主張しながら桜子がその辺りを突けば千空は淡々と返す。
「だ・か・ら! それを支払うのが千空である必要なんてなかったでしょ!
マグマがさっさと降参して、クロムの秘密兵器を銀狼に当てれば十分勝機あったし!
マグマは疲れ果ててるんだし、その方がむしろ丁度よかったんだから」
「銀狼だと逆に刺さらねえ可能性高えぞありゃ、警戒させて警戒させて注目させなきゃ空振る危険性も高え。
闘争心の強い奴なら対処のために目を離さねえだろうが……、逃走心の強い奴だと逆に目を瞑って回避できちまうかもだぞ」
「目を瞑るんなら結果として同じでしょ、その隙こそが狙いなんだから。
結局自分がそうしたかったってだけじゃない、色々言うけどやっぱり賭けるのは自分の命からだよね千空ってば」
「けっ、感情に振り回されるのは駄目だが感情無視も論外だろ。
つーか、頬つねんな、地味に痛え。オメーは俺を労りてえのか痛ぶりてえのかどっちだ」
すでに理論武装完了していた千空の用意周到ぶりにイラッときたのか、ムニムニとほほをつねり始める桜子。
疲れているのだろうか千空はそれをやめさせようとはしなかった。
「相変わらず仲がいいな二人は、こういう風なのを夫婦漫才というのだったか?」
そこへ声をかけてきたのはコハクだ、からかうつもりだったのだろう彼女の顔はいたずら小僧のようだ。
「ねえ千空、コハクが変な事を言い出したんだけど彼女には一体何が見えてるの」
「あいつはゴリラだかんな、語彙力がなくても仕方ねえ。ただ、憐れんでやるぐらいしか俺らにはできることはねえよ」
ただからかう相手を少々考えるべきだった。
彼女がからかいの言葉をかけるとそっと千空は起き上がり桜子とひそひそ話を、わざわざ聞こえるような大きさでし始める。
「誰がゴリラか! 私は見たままをだなあ……」
「私も夫婦漫才というより、犬にじゃれつく子猫って言う方が違和感ないけどね。後、そこでゴリラって言われた事に反応するからからかい返されるのよコハク?」
さらに南によって後ろから刺される形になってしまった。
それ以上は何も言えず、むう、と不満げに口を尖らせ黙ってしまった。
まあ、彼女の本当の目的はからかう事ではなかったので問題ない。
できるだけ場の雰囲気を明るくしておきたかったし、千空が動くのに支障ない事を確認したかっただけなのだ彼女は。
「休んでいるところにコハクが変なことを言いだして済まないね千空、……少し話せるだろうか」
何故なら酷い落ち込み具合の司がそこにはいたからだ。
見れば一目でわかる落ち込みっぷりに千空の顔がゆがんでも致し方ない事だろう。
「その面見ただけで内容分かったから話せねえって言っていいか?」
「気持ちはわかるけどより落ち込みが鬱陶しくなってコハクと南さんの苦労がしのばれるから言わないであげて?」
めんどくさい事を言い出すのが火を見るより明らかだからとぼやく千空と待ったをかける桜子。
「うむ、分かってくれるか桜子。実を言うとここに来させるのにも苦労してな、合わせる顔がないというのを無理やりに連れてきたのだ」
「迷惑かけたと思うなら尚更謝らないとって言ってようやく動いてくれたところだから、聞かないってのは無しにして欲しい所ね」
桜子の言葉に頷くコハクと南の様相には疲労が見てとれる。
相当に千空が銀狼と当たったことが司にとって応えたのだろう、それを多少でも立ち直らせるのに大分苦労したと見える。
それが分かるだけに司の話を聞かない選択は取れなかった。
「本当にすまなかった千空、俺が我儘を言い出さなければこんなことにはならなかったはずなのに」
「おうそうだな、じゃあ謝罪も受け取ったしこれでこの話は終わりな」
選択は取れなかったが合理的にみて不要と思えばガン無視する、それも千空クオリティである。
「そういうわけにはいかないだろう千空、何かしらの罰がなければ示しがつかない!」
「ほーん、で、司、オメーは銀狼が俺と当たってしかも暴走することまで読んでたってのか?」
「いや、そう言うわけではないが……」
「だろうな、んなもん予想できるわけがねえ。俺だってこのもやしが暴走した件で罰受けてねえんだから示しがつかないってこともねえし、……大体示しって誰に対してだ?」
「いや、それは……」
「結局オメー自身が納得できるかって話だろうが、それに関しちゃ手助けぐらいはできっがオメー自身で解決するっきゃねえぞ」
こうやって罰を求めること自体がただの独りよがりでしかないのだろうか、そう考えてしまい黙ってしまう司。
そうしてできた会話の隙間に桜子の呟きが響いた。
「銀狼の暴走がストレスからくるものなら私のせいでもあるかもね」
「桜子の? なにか銀狼に負担でもかけたのか?」
「色々やらせるのに報酬が欲しいっていってきたから絵を描いて上げたんだけどね、絵を渡す時に誤解するような説明で渡してたから」
聞けば犬の絵を『可愛いお姉さん(犬の名前がお姉さん)』の絵と言って渡したり、半裸の人の絵と言って泳ぐ男性の絵を渡すなどしていたらしい。
「……なぜ、そんなことを?」
「銀狼って乗せやすくて、つい。字を皆に覚えてもらうにも銀狼がもう覚えているなら対抗意識もってくれるかなって思ったりもしたし、その加減を間違えたかなあって」
それを聞いた千空は無言で桜子の後ろに回り桜子を梅干しの刑に処し始めた。
「おい、司。この件に関してテメエに罪は一切ねえ、全部こいつと銀狼が悪い、いいな?」
「え? あ、うん、わかった、君が言うならそれで納得するよ」
桜子の悲鳴をBGMにそう言ってくる千空の顔は無表情過ぎて逆に怖かった。
その迫力に思わず押された司はこれ以上この話題を続けるのは辞めよう、そう心に決めたそうである。
幸いにも梅干しの刑はそこまで長引かなかった。
次の試合が始まろうとしていたからである。
「いてて、千空ってばそんなに怒らなくてもいいのに……。あ、そうだ、コハクには渡しといた方がいいか、これ」
「割と自業自得であったような……。なんだ、コレは?」
「しばらく目のあたりにつけといて、効果のほどは試合開始からすぐにわかるだろうから」
そう言って渡された物はたくさんの小さな穴の開いた板状のもの、現代で言うならピンホールメガネであった。