ライオンの群れへの対処は至極あっさり終わった。
見つけた群れに司が突っ込みボスである雄を狩った時点で他のライオンは逃げ散った。
当座の危機は退けたが他の大型肉食獣がいないとも限らないため、念のため数日間は様子見をして、安全が確認されてから次の人を復活させる事になった。
なお、狩ったライオンは司が担いで持ってきた。
杠と桜子が苦労して食べられる味に仕上げた模様。
「これが杠に作ってもらった網ね。
本当は漁用と干物用二つ作ってもらうつもりだったんだけど、司があっという間に処理限界まで獲ってきたから一つだけね。
いまは魚をヒラキにするの手伝ってもらってるし」
「燻製器は肉に使ってっからこっちで処理できんのはありがてえな。
今どんぐらい出来上がってんだ?」
「五人なら全部で一月分くらいかなあ? あ、アカエイどうしようか? ホンオフェでも作る?」
「相当臭えらしいから微妙だな、なるべくそのまま食ってどうしても余ったらにしようぜ」
「アカエイはなるべく避けてはいるんだが、うん、危険もあるからあまり放置できないんだ」
「あー、どうしようもねえな。悪くなりづらいんだから獲った次の日でも食えるだろ」
今は人数が増えた時に備え保存食を作り貯めているところである。
「網作った糸が青苧だっていったら布作りしたい、服作りたいって杠が言ってたけど、ダメ?」
「人増えんなら確かにいるか……布作りまでで止めとけんならいいんじゃねえか」
「服作りなんて時間がかかるのだから、少しずつやり始めておいた方がいいんじゃないのかい?」
「杠の奴は一晩徹夜で一着布作りから作り上げかねねえんだよ、徹夜するほど急いでるわけじゃねえから無茶には歯止めを外部からかけねえと」
冗談に全く聞こえない千空の言葉に呆れを込めて司は感想をこぼした。
「思うんだが千空、君を含め君の周りには規格外が揃う運命でもあるのかい?」
「完全に同意するわ。司もそうだけど大樹も杠も勿論千空も、規格外過ぎてついてけない時あるし、一般人な私には辛い環境よね」
自分の事を棚上げした桜子の言葉に二人は思わず目を合わせた。
「なあ、アレ本気か?」
「君の方が付き合いは長いだろう、俺には本気にしか見えないが君自身はどう思う?」
「本気にしか見えねえからこうして聞いてんだよ」
「俺たち五人の中で自己評価がある程度あっているのは、…俺と君だけという事か」
「ツッコミに回ると疲れんぞ。適度に流すのがこういう天然どもとのうまい付き合い方だ」
「どうしたの二人とも、何か変なことでもあった?」
「なんでもねえよ、とにかく布までだって杠には言っとけ。後貯蔵には問題起こってねえのか」
「ついこの前倉庫兼三人用の寝床建てたばかりじゃない、問題なんて起こんないわよ。
ただ出入りが多いと湿気が入り込まない?
寝る前のお喋り割と好きだったんだけど、杠としかできなくてちょっとつまんないのよ」
「あの時も言ったが、男女で同室の寝泊まりは問題しかないよ。
起きている時だけで我慢してくれ」
司の説教ももっともだと思い、司が復活する前の状況を思い出し心の中で反省する千空。
しかし桜子はその程度では止まらない。
「今寝床にするために上の空間空いてるわね?
完全に倉庫にしてしまえばそこも使えるし、人が生活してたら当然菌類が湿気とともに入り込む、そうすれば傷みやすくなる。
これだけ悪条件があるのにそのまま続けるの?
人が多いならともかく、少ない内はそれらを避けてもいいんじゃないかしら」
「食料は最悪また集めればいい、それより過ちがあっては取り返しがつかない。
だから君の提案に頷くことはできないよ桜子」
「過ちなんて起こらないでしょ。
だって千空は感情制御がっちりやるタイプだし、貴方は禁欲タイプだし、
大樹は純朴でやっぱり倫理観強いし、さらに欲情対象が杠しかありえないから…
大樹と杠の間では過ちはあり得るのかな? でも好きあってる同士で過ちとは言いづらいよね。
私に欲情するのはペドフィリアだけで、三人とも違うから問題なしでしょ」
そこまでいったところでプチンという音が聞こえた気がした。
司はゆっくりと千空の方を向くと落ち着いた、普段よりさらに落ち着いた、
激情を無理矢理抑えつけたような平坦な声で千空に告げる。
「千空、すまないがしばらく時間をもらうよ。彼女に女性としての心構えを教えてくる」
「おう、こっちとしても助かるから是非頼む」
そうして司は桜子を説教するために引きずっていった。
見える範囲ではあるが流石に砂地で正座はどうかと…
いやそのぐらいは必要だなと思う千空であった。
(妙にはしゃいでんな桜子の奴、あんな事いやあ司がキレるのなんぞ当たり前じゃねえか。
あんなに迂闊だったか? ……ちげえな、半分くらいはワザとだろ)
司が目覚めてからの桜子の行動を思い返しすぐに半分くらいは演技であると結論づける。
(アイツ俺か司の近くに必ずいるようにしていやがった。
事が起きた時すぐに対応できるように……
つまり、俺が司に殺される可能性があんのはここ数日って事か。
で、いまはしゃいで見せたのは司の目をそらしたい何かがあるってことじゃねえか?)
千空の予想は当たっていた。
彼らからは見えない位置で数日前までは直立していた中年の石像。
それが一つ横倒しになっており、その近くには小柄な足跡がたくさん残っているのであった。
それから数日間拠点の周囲を見回ったが大型肉食獣は見つからず、拠点周りは今のところは安全であろうと結論づけられた。
では次に復活させるべきは誰かという事を決める段になって千空と桜子は海岸に来ていた。
司がそこで話がしたいと言ったからである。
「このストーンワールドは自由だ、魚も貝も元々誰のものでもない」
二人を海岸に連れてきてしばらく、ゆっくりと司は語りだす。
「…昔一人の貧しい少年が貝の首飾りを作ろうとした。
手術する妹のためにね、妹は人魚姫が大好きだったんだ」
倒れている石像の前にゆっくり歩いてゆく。
「そこへ辺り一帯の漁業権を持つ中年男が酒の匂いとともに現れた」
石像の頭をつかむと片手のみで吊り上げる。
「ちょうどこの石像のような、ね。貝を集めていた
ーー中年男が言うには盗んでいた少年は顔が変わるほど殴られたよ」
どこか遠くを、遠い過去を見て悔いるような顔をして、
「最後まで妹を人魚姫にはしてあげられなかった」
押し殺した悲哀に染まった声で懺悔を口にし、
数瞬の瞑目の後開いた瞳を憤怒に染め上げ掴んでいた石像を砕け散らせた。
「分かってやってんだろーな、司。
テメエは今、人間一人、ぶち殺したんだぞ」
その殺害行為に眉を顰め、千空は嫌悪を込めて非難を口にする。
「わかってるさ、もちろん。
千空、君は心の汚れた年寄りたちまで全員助けるつもりかい?」
しかし、司にその言葉は届かない。
「うん、彼らも最初はしおらしく感謝するだろうね。
だが、文明が戻れば、必ず!」
罪人の罪を告発するかのような声を上げ、
「『そこは俺の土地だった』『家賃をよこせ税を払え』
また、持たざる弱者を食い物にしだす! もうそんなことはさせない」
断罪すべきだと声なき声で叫ぶ!
「ここはストーンワールド……、
まだ何の穢れもない楽園だ――」
司は千空たちへと問いかける。
「純粋な若者だけを復活させて、このまま誰のものでもない自然とともに生きてゆく。
人類を浄化するチャンスなんだ! 君もそう思わないか、千空」
過ちを正し、世界をあるべき姿にした今こそが最良の、
理想のあるべき世界の姿ではないのかと。
「全っっ然1mmも思わねえな。
俺はメカやら、宇宙やら、ドラえもんやらに唆りまくりの、
テクノロジー大好き少年なもんでなあ」
千空はその言葉を否定し、自分の進む道を強く示す。
「人類70億全員!
科学の力でもれなく助けて文明取り戻してやるよ!」
千空の返答に凍えるような殺意を放つ司。
しかしすぐに抑え桜子に問いかける。
「君はどうだい桜子、俺の理想に理解を示してくれるかい?」
険しい表情で沈黙していた桜子が口を開いた。
「私は社会をそのまま戻す必要はないっていうのだけは、賛成するけど」
言いながら砕かれた破片を拾い、ひとところに置くと司の前まで進み、
「自然とともに生きていくっていうのは絶対に拒否するわ」
静かな口調と強い眼差しで司に反対の意思を叩きつけた。
「その少年は警察に届けなかったの? なぜ保護者へ事情を話し助けてもらおうとしなかったの?
そもそも殴られた後なぜすぐに周りの大人を呼ばなかったの?」
桜子が少年ができた、あるいはすべきであった事を指摘する。
「その時周りにひとはいなかったのさ。
保護者は面倒を起こすんじゃないとしか言わなかったし、警察はそもそも取り合ってもくれなかったよ」
司は少年が打てる手をすぐに打ったと返す。
「なら、その時すぐに近くの民家や商店に飛び込むべきだったわね。
もしくは信頼できる大人を見つけておくか」
桜子が再度少年の行動を詰る。
「それは結果論でしかないよ、少年と呼べる年齢の人間に求めていい行動かい?」
司が常識と良識をもってそれを否定する。
「あら、これから起こす全ての人にもっと厳しい判断を要求しようとしているのに?
自然は油断を見逃すほど優しくないし、少年どころか赤子にさえ牙を剥くわよ」
その良識とこれから行おうとする行為の矛盾を嗤う。
「自然が厳しいというのは、うん、否定しないよ。
だが俺がそんな事態にはしない、弱い人達を守ってみせるさ」
その嘲弄は見当違いだと切り捨てる。
「普通なら無理だろうけど、確かに貴方ならやってのけるかもね。
で、も、それはどれぐらい続くの?
10年、20年はやれるかもしれないわ、だけど30年は? 40年続けられる?
貴方ができなくなればそこで人類の歴史は終わりだって分かってる?」
嗤う、嘲笑う、笑う。
お前は叶わぬ理想に挑み掛かるドン・キホーテだと悪魔のように嘲笑う。
「うん、君はそういう態度の方が素に近いみたいだね。
その目、俺を見る時に時折している事は気付いていたよ。面と向かってした事がないとしてもね」
それに対し貴様のやり口などお見通しだと一蹴する。
「20年続くのならば十分さ、その間に俺の意思を継げる人を見つければいい」
そして話は終わりだと言うように腰を軽く落とし右手を上げる。
「復活液の作り方は君達二人だけしか知らないのは分かっている。
教えてくれないか、その作り方を」
司がその気になれば一瞬で二人とも狩られる。
千空は息を呑み、…桜子は薄く笑った。
「その構えは教えなければ殺す。と、いう事でいいかしら?」
怯えるどころかむしろ楽しそうに問いかける桜子。
「そう取ってもらって構わないよ」
その余裕がある態度に訝しみながらも司は自分の勝利を確信していた。
千空が後ろ手に隠しているクロスボウにはすでに気づいているし射線上には桜子がいる。
もし撃ったとしてもあの大きさでは性能はたかが知れている。
万に一つの可能性もない。
そう思っていた。
「じゃあ千空、私が司と取り引きするから作り方喋っちゃ駄目よ。
喋ったりしたら……」
桜子がアルカイックスマイルを浮かべなんでもないことのように、
「自殺してあげるから」
自分の命を人質に千空を脅迫するまでは。
「テメッ、何をいってやがる!」
千空が珍しく本気で焦った声を上げている、二人で打ち合わせた上での狂言ではない。
「どういう、つもりだい」
流石に司も困惑を隠しきれず桜子に問い質す。
「なんてことないわよ? 値段を吊り上げるために供給を絞っただけだもの」
コロコロととても楽しそうに笑いながら応える。
「それで俺が要求を取り下げるとでも思っているのかい?
だったら甘く見すぎだよ」
ただのブラフ、そう考えてもしそうであるならば無駄だと言う。
「ここで取り下げられると困るんだけど〜」
しかし、逆に取り下げる事に不満を露わにされてしまう。
「…取引というなら君からの要求もあるんだろう?
復活液の作り方の代わりに何を求めるつもりだい」
話を切るのは桜子の望みを聞いてからでも遅くはない、
自分にそう言い聞かせ問いかける。
「簡単よ、千空の行動の自由と命の保障。
その二つを、そうね3年ぐらいでどう?」
長い時間というわけではないが短いというほどでもない期間だ。
「なぜその二つ、しかも3年だけなのか聞いてもいいかい」
司のその質問にむしろ不思議そうに返す桜子。
「だって貴方教えなければ殺すといったけど、教えれば殺さないとはいってないじゃない。
科学技術、その中でも特に兵器関連封印しなければ千空と私の二人を殺すつもりだったんでしょ」
それがわからないほど無能と思われちゃったかなぁ、と呑気に聞こえる声で呟く姿に戦慄さえ覚える。
「そこまでわかっていながらなぜ……いや自殺するといったのもそうだが、
桜子、君は死ぬのが怖くないのかい?」
桜子は問いかけに笑いながら答える。
「死ぬのは怖いわよ、当然ね。
でもね、今までの人類は先人の死を乗り越えて歴史を紡いできたの。
そう思えば死は全ての人が知っているはずの物なのよ。
未知なら怖いけど、既知のものなら私は超えられるの」
完全に司は呑まれていた。
司は戦うことを生業としてきた、不幸な事故があれば簡単に死ぬ職種だ。
だから死ぬ覚悟という物は多くしてきたし見てきた。
だがこの少女から感じるものはなんだ?
死を恐れていないわけではない、
しかし死を当然あるものとして受け入れている。
司にとって死は抗うべきものであり避けるべきものであった。
だから目の前の一人のちっぽけな少女がわからず未知の恐怖を感じるのだ。
……もし、彼に祖父母との十分な触れ合いがあればわかっただろう。
それは次に託すことができた者たちの心。
自分の夢は次の者たちが叶えてくれるという思いであった。
「分かった。復活液の作り方と…君の命。
それで千空への手出しをやめることを誓おう」
「じゃあ、取引成立ね。
千空に色々伝えることがあるから少し時間をもらえる?
その後ちゃんと作り方とか素材とか教えるから」
明るい声で桜子がそういった直後であった。
「待てよ司」
それまで沈黙していた千空が声を発する。
「俺との取引の内容を聞いてからでも遅くないぜ」
それは千空の反撃の狼煙であった。
書溜が尽きた……!
なるべくはやく書き上げますので何卒ご容赦を(平伏
いや、明後日までには書きあがっていそうなんですが、
現在書いても書いても終わらない状態になっていまして(汗
もし司に祖父母との触れ合いが十分にあったら?
冷静に一年ぐらいに期間短くしてたと思います。