「じゃあ頼んだ司、周りから少しずつ削ってく感じでやってくれ」
「故人の墓標を削るとか酷く罰当たりな気がするね。だけど故人自身が望んだ事か、うん、上手く取り出してみせるよ」
村の墓地から創始者の墓とされる石を持ってきて今は村の広場の真ん中である。
どうせならばと村人全員にも見せる事にしたのだ。
今いる人類のほとんどが見守る中少しずつ削られていく墓石。
司が手早く削っていったおかげであっという間にそれは姿を見せるのだった。
「銀色の……円盤か?」
「ああ、アルミホイルで周りをコーティングして保護してんだよ。そしてこいつを塩酸で溶かしゃ……」
千空がそれをビーカーの中の塩酸につけると、程なくそれは完全な姿を見せた。
「ガラスでできた、レコードだ!」
3700年の時を超えて、今想いが届く……!
『これを聴いている何百年後か何千年後のどなたか分かりませんが、私は宇宙飛行士の石神百夜と申します』
昨日の話し合いから突貫で作り上げられたレコードプレイヤーからその声が流れ出すとどよめきが起きた。
「これが石神村の創始者、千空の父君の肉声か……!」
「まさか、こんな事ができるとは……!」
「うるせえなあ、聞こえなくなるからもうちょい音量下げろ」
そのどよめきにレコードの音がかき消されそうで千空は不機嫌そうに文句を言う。
『なーんつってな、堅っ苦しい建前ハイ終わり!!』
どよめきが収まり始まるころ、スピーカーから聞こえる声が口調をがらりと変えた。
真面目な口調からおそらく普段通りなのであろう気楽な口調に、
『千空、石化から復活とげて今このレコード聞いてんのは、千空、お前だろ? わかるんだよ俺には』
そして信頼と愛情のこもった優しい呼びかけに。
途中百夜の言葉が途切れるが少しの時間でまた続きが流れ出す。
「強い人だね、百夜さん。涙を声に感じさせないよ」
羽京以外にはきっと気づかれていないだろうし、羽京だって少し自信がないぐらいだ。
「父親が息子へ最後の言葉を残そうというのです、涙を見せたくない、いえこの場合聞かせたくないでしょうか? そう思うのは当然なのでしょう」
「泣き崩れたって不思議じゃないのに、やっぱり千空のお父さんなんだね。意志の強さがそっくりだよ」
自分たちのリーダーが養父から受け継いだものの大きさを羽京が思う間にレコードの声は続く。
『千空、もしお前がまだ、村の仲間たちの心を掌握できずに困っていたら、これを聞かせるといい。音楽の灯の消えた彼らに……!』
微かに聞こえた風切り音、そして少しだけの間。
『No where to turn No where to hide……』
世紀の歌姫リリアン・ワインバーグの歌声が石神村を包み込んだ。
『……it's always you』
歌が終わった時村人と一部の復活者は感涙を流し、その他の復活者達の心にも強い感動が溢れていた。
「うおおお〜ん!!! リリアンだよ!! 本物のリリアンの歌だよぉぉ!!」
その中でも最も大きな反応をしているのはニッキーである。
「ニッキーちゃん、どうしちゃったの? いや、そりゃゴイスーな歌だったけどさ」
「そういえばニッキーはリリアンのガチファンだっけ、ライブも何回も行ったって聞いたわね」
ニッキーがふと何かに気づいたように顔を上げ、ぐるりと首を巡らす。
そして、ターゲットを発見すると即突撃した。
「桜子ぉぉ!!」
「ひえっ」
思わず逃げたくなっても仕方ないぐらいの勢いで近づき、桜子をつかむと内緒話ができるぐらいまで離れた。
「桜子、アンタあの時漫画の話してたよね」
「あの時って、秘密を話す事になった時の事、ですよね?」
小声でありながら十二分に迫力が込められた声におびえながらも、あの時が何を指すのかすぐに理解する桜子。
「漫画の話と、今の状態……どのくらい違うんだい?」
「私が千空とあってからは大分違います、逆にその前の事はほぼそのままだったです」
何を聞きたいのか? ニッキーの事を知っていればすぐに分かる。
「あの日、リリアンは宇宙にいたはずだよ。……アタシは、だから、考えないように、してた、けど」
「リリアンさんは無事地球に帰還しました、そして満足して逝かれたはずです」
その言葉でニッキーの涙腺は崩壊してしまったようだった。
誰よりも、何よりも敬愛していた、ともすれば信仰とすら呼べたかもしれない。
その人が満足してこの世を去った、それは喜ばしい。
その人がこの世を去って二度と会えない、それが悲しい。
悲しみと喜びとが混ざり合い感情がオーバーフローする、溢れたそれが涙となって彼女の両目から溢れ続ける。
そんな姿を見かねたのだろう、桜子はニッキーを励まそうと言葉を重ねる。
「描かれてた最後の姿は、満足そうな笑みを浮かべながら眠るような姿でしたから、きっとそうです。多分ですけど子供もできてたみたいですし」
涙が止まった。
何が何でもこれだけは確認しなければならない。
「桜子」
「は、はい」
突然泣くのをやめ何やら恐ろしい気配を漂わせ始めたニッキーに、何か失敗したらしいと固まる桜子。
ゆらりと首だけを上げジッと桜子の目を見据える。
「旦那は誰だい?」
感情を感じさせない声でそう問いかける。
いや、あまりにも多すぎる激情がせめぎ合いそう見えているだけだろう。
「え、えっと、それは……石神百夜だと思えるような描写でした」
あまりの迫力に一瞬だけ分かりませんと答えようかと思ったが……、正直に答えた。
嘘は許さない、そう目が、まるで底なしの穴になってしまったかのように暗い目がそう語っていたからだ。
「……ふふふっ、そうかい、そうかい。で、アンタから見て石神百夜はリリアンの婿に相応しい男だったかい」
「それは間違いなく。千空のお父さんで、千空はあの父親に育てられたからここまで立派な人になったんだと分かるような人でしたから」
それまではニッキーの迫力に気後れしていた桜子だが、その質問にだけは即答だった。
彼女にとっての石神親子は尊敬できる、敬愛すべき相手だったからだ、これだけは譲れない。
しばらくにらみ合う二人、その間少しも揺らぐ様子のない桜子にやがてニッキーは満足気に言った。
「……OKだ、アンタの眼を信じようじゃないか。リリアンは石神百夜と結ばれて幸せだった、そう信じるよ」
ま、リリアンの結婚式を見れなかったのは残念だけどね、そういって今度はニカっと笑う。
それはいつも通りのニッキーの笑みだった。
流石に緊張していたのだろう、桜子はそれに安堵のため息を漏らす。
そんな様子にちょっと暴走が過ぎたねと心の中で自嘲するニッキーだが、ふとあることに気づいた。
「……桜子、あのレコードがこの村に残っているってことは、この村の住人ってもしかして」
「リリアンの血を引いているはずですよ、6分の1だけですし、数百世代も前の話ですけど」
「歌を歌うの好きな子、結構いるって言ってたよね……」
「ええ、新しい歌を教えてあげると喜んで覚えようとするんですよ」
桜子の返答に少し考える様子を見せるニッキー。
桜子がふと目線を周りにやるとレコードの周りには子供達が群がっていた。
「千空、千空! もう一度、もう一度聴きたい!」
「ええっと、かし? だっけ、兎に角なんて言ってるのか教えて!」
「俺はそんなの詳しくねえよ、後で桜子にでも聞け! もっかい聴きたいんなら聴かせてやっから大人しくしてろ」
「「「はーい」」」
子供達の元気な様子とそれに振り回される千空の困り顔に桜子が和んでいると、ニッキーが静かに語りだした。
「リリアンはねえ、アタシにとって救い手だったんだよ。こんなごつい体だからね、女扱いなんてされなかったさ。
だけど、リリアンの歌を聴いてる間だけはそんな事も忘れられてね。そのおかげで生きてく勇気が湧いてきたもんさ」
女性であるのに女性らしさが少ない自分の肉体のせいで苦しんだのだろう、方向こそ違えど桜子にもその気持ちは理解できた。
改めてニッキーは強い人だと思う、それでも立ち向かう事ができたのだから。
再び流れるリリアンの歌にしばし聞き入るニッキー。
歌が終わった後にニッキーは大きく頷きながら言った。
「アタシは決めたよ、桜子」
「? 何を決めたんです」
「アタシの夢を、さ。あの子たちの中から第二のリリアンを生み出してみせるよ」
「へ?」
ちょっと予想外だった。
「アンタ達ー! リリアンの歌の歌詞が知りたいならアタシに任せな! 全部の歌詞を諳んじるぐらいファンとして当然だからね!」
そう言って子供たちの輪の中へと飛び込んでいくニッキーは輝く笑顔であった。
将来石神村から新たな歌姫が誕生するのかもしれない、呆然としながらそんな事を思う桜子であった。
レコードによって村人の人類復活へのモチベーションが上がったり、ニッキーが予想外の方向へ走り出したりした数日後。
通信機と時間差で復活液をかける装置が無事完成した。
通信機の前ではゲンと千空、桜子の三人が待機中でありゲンは通信機の操作法を再確認中。
それを見守りながら千空と桜子の二人が雑談中で、話題の中心はやはり例の物であった。
「あの人工衛星らしきブツを確認してからちょいちょい望遠鏡でチェックしてたが……、マジでISSの軌道と重なってやがんだよなあ」
「3700年も同じ位置を無人で保てるわけないじゃない、あったとしてもISSを知ってる誰かが同じ軌道に乗せたんでしょ」
「そうなんだがなあ、どうにも非科学的だが……勘って奴がうずくんだよ、あれがISSなんじゃねえかって」
「大樹や司ならともかく千空がそう言いだすのは珍しいね……」
今はすでに夕方近く、例の人工物らしき衛星が上空を通るのを待っている状況だ。
「つーか、俺はどうしたってここにいなきゃならねえが、そっちはなんでここにいんだ?
万が一にも全滅する羽目にならないように装置のとこにいろよ」
「司もこっちが気になるって言うからじゃんけんで装置に残る方決めたの」
「オメー司をカモにしてんじゃねえよ……」
「司って真面目過ぎるよね、パターンが読みやすいって言うかなんて言うか……」
頭もいいし身体能力も当然高いおまけに性格も真面目な好青年。
なのに旧世界では友人がゼロだったのは、その真面目さが祟って騙されることが多かったのかもしれない。
「もうちょい柔軟性がつきゃ無敵なんだがな、アイツは」
「二十歳行く前にそんな精神的にも完璧な人間怖いって、あのぐらいがちょうどいいと思うよ」
司の唯一の欠点、とは断言しづらいが惜しい点に千空がぼやけば、桜子が苦笑しながらフォローを入れた。
「見えたぞ! 例の空の上の物だ!」
ちょうどそのタイミングで天文台で空を見張っていたコハクが人工衛星発見の報を叫んだ。
「よし! コハク、テメエは予定通り石化光線の監視に移れ! 見えたらすぐに合図の閃光玉投げろよ!
地平から到着まであん時とおんなじなら56秒だ! のんびりする時間なんぞねえ事を肝に銘じとけ!」
「んじゃ、通信始めるけど……なんで俺が通信すんのかねえ。いや、理由は分かるよ、誰が対人交渉一番上手いかって言ったら俺一択だもんねえ」
「必要な知識があったら千空に聞けば大体答えてくれるし、千空が無理でも私が知ってる事だったら答えられるから、ほら、頑張って」
「はいはい、頼りにしてるよ二人とも。通信始めるって合図を待機組に出しといてね」
ゲンの言葉に軽くうなずき桜子が手元のスイッチを入れる。
これで待機組の近くの電球がつきこれから通信を始めるという合図になるのだ。
それを確認した後ゲンは通信機のスイッチを入れた。
「さーてっと、『こちら日本、こちら日本、聞こえましたら応答願います』ってこんな感じでいいの?」
「あー、通じりゃいいだろとりあえずは。英語で通信送って通じなかったら、同じ内容で言語変えてきゃいい」
「ロシア、ドイツ、イタリア、フランスぐらいなら私と千空でいけるからね、流石に言語そのものが変わってたりとかの場合は無理だけど」
そして、待つことしばらく、返信の電波が返ってきた。
『こちら国際宇宙ステーションです、そちらは百夜ですか?』
その返答に顔を見合わせる三人。
「一体全体どういうことなの、これ。なんで千空ちゃんのお父さんの名前が?」
「分からねえ、分からねえが、とりあえず会話できそうだ。分かんねえ事は聴きゃあいい、通信を続けろ!」
「OK、とりあえず素直に答えとくよ。『こちら百夜ではないですが、その子供、千空がいます』っと」
通信してまたしばらくの間、電波であってもすぐには届かない距離であるためこの間は仕方ない。
『千空……、はい、知っています。百夜の子供ですね、私は百夜につk』
そこまで聞こえたところで突然の電波障害。
そして、それは聞こえてきた。
ザ、ザー、ザー、ザ、ザ、ザ、ザ、ザー、ザ、ザー、ザー、ずっとこの繰り返しの膨大な電波。
「これって、もしかしなくても……」
「うん、話してたアレだと思う」
あらかじめ聞いていたはずのゲンも、漫画でとはいえ知っていた桜子も目の前にとうとう現れたそれに恐怖を隠せない。
そして、千空は……
「クククッ、やあーっと出てきたなあ。会いたかったぜ3700年間、テメエらだろ人類石化の犯人は? 速攻で直接会いに行ってやるから首を洗って待っていやがれよ」
最高に楽しいといわんばかりの顔で笑いながら挑戦状をたたきつけるのであった。