「んじゃ、昨晩起きたことを伝えんぞ。耳かっぽじって聞きやがれよ」
明けて翌朝、石化光線への警戒は一晩中行われたがその気配は一切なく、一旦警戒態勢を解除する運びとなった。
桜子の漫画知識では最初の接触から一年は全く光線が来ることは無かったが、警戒するに越した事はない。
それに何より漫画知識を信用しすぎるのはまずいのでこういう流れになったのだ。
「例の人工衛星へのコンタクト自体は成功だ、ただし中途半端にな」
「中途半端?」
「途中でゴイスーな電波でかき消されちゃってね、詳しくお話しする前に通信できなくなっちゃったの」
「話してたWHYマンね、人類石化の犯人かもしれないってアレ」
「んでもって、そいつの電波で飽和状態のうちに交信可能距離から離れちまったのか、その後は通信が繋がんなかったんだよ」
実際には衛星側が飽和電波の元の調査に力を注いでしまったために、地上との交信ができなかっただけなのだが。
残念ながらそんなことは千空達の知る由のない事である。
「とりあえず分かった事だけ話そうか、まずあちらは国際宇宙ステーションと名乗った事。
石神百夜と千空ちゃんの事を知っていること、そしておそらくだけどWHYマンとは別勢力であること、ぐらいかな」
「一つ目はともかくとして、他二つは何故分かったんだい?」
「あっちから聞いてきたの、『そちらは百夜ですか?』って、んで流れで千空ちゃんも知ってるって言った訳。
後、WHYマンとは別勢力だっていう予想は、同陣営だったら通信に割り込む必要ないでしょってとこ」
なるほどと頷く一同。
「でも重要なとこがさっぱりじゃねえか? なんで知ってんのかだとか、どういう考え持ってんのかとかがよ」
「その通りだ、肝心な所を聞く前に通信出来なくなっちまったから今夜もう一回だな」
流石に準備をしっかり整えての行動がほぼ空振りに終わったせいだろう、疲れたかのようにため息を吐く。
その上で再度のチャレンジである、収穫がゼロではないとはいえ気分が重くなっても仕方ない事だろう。
ついでにこの場にいるのが中心メンバーだけであり、で疲れを隠しても見抜く連中ばかりというのもあるかもしれない。
「ふむ、もう一度ですか。石化光線への警戒はどうします? あまり繰り返し警戒態勢に入ると村人に不安を与えてしまいますが」
「十中八九別勢力だって分かったからな、装置の方に何人かいればそれで十分だろ。
それに多分石化光線は来ねえだろ、人類全滅が目的ならまだ撃ってないのが意味不明だかんな」
千空のその発言に少々考える様子を見せたのは司だ。
やがて考えがまとまったのか挙手をしながらこう言った。
「千空、それなら中核となるメンバーは全員通信機周りにいるのはどうだろう?」
「おいおい、んな事してたら石化光線来た時全滅すっぞ」
「だが可能性は低いんだろう? それなら一々報告会を開くより早く済む方がよくないかい?」
少し弾んでいるような司の声に千空は察した。
(こいつ、じゃんけんに負けて残る方に回ったの結構不満持ってやがったな)
どうするか、別に石化光線が来る可能性はそこまで高くないと踏んでる。
が、復活液を作れる奴を自動で復活できるようにしておきたくもある。
ただの保険であり、外しても問題ないといえばないのだが……、
「いいんじゃない、光線が来る確率は低いんでしょ? だったらみんなで通信に出ちゃおうよ」
「ゲン……、わーったよ、聞きたい奴全員で聞く。全滅したらしたで全員の運が底抜けに悪かっただけだな」
「いよーっしゃ! ガキの頃からずっと気になってたんだあの光はよお、その正体知れるなんてヤベーぜ!」
なぜかハイタッチを交わす司とクロム、そういえばクロムも待機メンバーの予定だった事を思い出す。
「気楽にはしゃぎやがって、遊びじゃねえんだぞテメエら」
「わーってるよ、だけどよおワクワクすんじゃねえか。知らない事を知れるって、新しい事を知るってよお」
「……そいつは、確かだな。ああ、そいつに関しちゃ100億%正しいな」
「だろぉ!」
「んじゃ、全員で知らないを知りに行くぞ! 今夜もう一度、同じ時間に集合だ! いいな!」
「「「おう!」」」
千空の号令に力強く返事を返す頼もしい仲間たちであった。
そして夜、昨夜と同じように、ただし今度は全員通信機の前で待つ千空達。
「見えたぞ! 本当に今日は石化光線の警戒は要らないのだな!?」
「ああ、問題ねえ! オメーも聞くつもりなら降りてこい」
これも昨夜と同じようにコハクが人工衛星、ISSが見える範囲に来た事を告げる。
改めて光線の警戒は要らない事を確認するコハクに大声で肯定の返事を返す千空。
「よし、分かった。すぐにそちらに行くぞ」
いうが早いか天文台から飛び降りるコハク、そしてあっという間に通信機の前までやって来た。
「あの高さをさらっと飛び降りんなよ、猿かオメーは」
「コハクはどちらかというと豹とかパンサーのイメージだけどね」
「千空の方はバカにしているのが分かるが、桜子のはなんだ?」
「猫科の猛獣で、カッコいい女性を例える時女豹って言ったりするの」
「ふむ、カッコイイ女性か。それならいいな」
うんうんと頷いているがライオンも猫科の猛獣である。
「そんじゃ始めっぞ、通信機スイッチオンだ!」
通信機のスイッチが入り電波を飛ばし始める。
「こちら日本、こちら日本、国際宇宙ステーション応答願います」
千空が受話器に向かい丁寧に言葉を発していく。
「あれ? 日本語でいいの?」
「あっちは百夜さんの事知ってたし、それなら日本語だって分かるはずだろって言ってたよ」
「なるほどね、後日本語じゃないとみんなに分かんないからだろうねえ」
「地味に気遣いの紳士な千空」
「後ろでごちゃごちゃ喋んな! 通話ができねえだろうが!」
「「サーセン」」
後ろからの茶々を黙らせ待つ事しばし、返答が返って来た、今度は日本語で。
「はい、こちら国際宇宙ステーションです」
そんな返答に皆が息を呑む。
どう聞いても合成音、つまり人間の肉声には聞こえなかったからだ。
「昨晩通話した者なんだが、改めて名乗るぜ。石神千空だ、そっちは何モンだ?」
「千空……、昨晩の声と違いますが?」
「ああ、昨晩のは別の奴だ。この声が俺の声、石神千空の声だ」
「そうだったんですか、分かりました。私は百夜に作られたサポートAIのREIです、よろしくお願いします」
なんとなくズレた会話だなと感じつつ気になる点を問い正す。
「百夜に作られたっつったな、それはどのぐらい前の話だ?」
「はい、AIとしてロールアウトしたのは3720年1ヶ月と13日前になります。最も古いファイルの作成日は3731年3か月と18日前です」
一同絶句である、そんなに稼働してる機械があるなど想像の埒外であった。
いや、そういう日付で登録されただけでは? そういう疑念も浮かぶ。
が、次の質問の答えでその疑念の解消どころか出せる言葉も吹っ飛んだが。
「稼働時間が3720年1ヶ月と13日か、宇宙には百夜と一緒に行ったんだな?」
「はい、そうです」
「なら宇宙に上がってからを掻い摘んで話せ、大きな出来事だけでいい」
「はい、まずISSにドッキング、その3日後地球との交信が途絶しました。その3日後シャミール・ヴォルコフら3人が地球へと帰還……」
それは3700年に及ぶ壮大な時の旅路。
どれか一つだけでも一大プロジェクトと呼べるような物を幾つも超えていった偉大なる旅路。
そのスケールの大きさに呑まれない者は誰一人として居なかった。
「百夜さんってさあ、奇跡の申し子か何か? あり得ないが多すぎでしょ」
ゲンがうめくように呟く、普段使いの敬称すら無意識に変えてしまう程の衝撃なのだろう。
3700年続く血筋、同じ時間だけ風化しきらなかった墓石、ここまでならゼロではないだろう。
だが、3700年自由意思すら持って稼働し続けるAI?
そんなものがありうるのか、目の前に出されてもまだ信じられない。
「奇跡なんかじゃないよ、きっと。ずっと、ずっと一人一人が足掻き続けた結果だよ」
「桜子ちゃん?」
そうだ、血が残り続けたのは子を死なせないようにみんなが必死だったからだ。
皆が飢えないように狩りで、漁で血の滲むような努力をもって成果を出してきたからだ。
REIもきっとそうだ、人間達が自分に会いに来てくれるその日まで、ISSを残すために死にものぐるいだっただけなのだ。
ただ、それを辛い事だと知らないだけなのだ。
「そうだね、奇跡なんて言葉だけじゃ足りないねえ。こういうのを歴史って言うのかな?」
「そうだね、人類のそして彼の歴史だと思う」
二人がそんな風に会話する間もREIの語る話は進み、今へと辿り着こうとしていた。
「そして一年と21日前に今のISSと私のボディが完成し、今に至ります」
巨大隕石をそらすため自らの修復を放棄、そして150年の綱渡り。
何と言っていいか分からなかった、どんな言葉で感謝すればいいのか分からなかった。
「ありがとよ、3720年も在り続けてくれて。オメーが、REIがいてくれなかったら今頃地球ごと塵になってたわ」
だから、平凡な、そのままの感謝の言葉ぐらいしかかけられなかった。
「ありがとうございます、それがREIの役割ですから。でも、一つだけ聞いていいですか?」
「ああ、何でも聞いてくれ」
「ありがとうございます。百夜は元気ですか? 寂しくしていませんか?」
息を吞む。
まさかと思う、まさかと思うが、
「REI、人間の基本情報はどれぐらい持ってる?」
「? いえ、宇宙開発関連以外は一切入っておりません」
思わず天を仰ぐ千空。
仲間たちも察したのだろう、痛ましい顔や口元を押さえ目に涙を浮かべている。
「よく聞けREI、人間の稼働時間はよくて87万6千時間、せいぜい100年ぐらいだ」
「……そうですか。REIが大きなランプを取り付けて、20年ぐらいで百夜は停止してしまっていたのですね」
「ああ、そうなるな……」
沈黙が重くのしかかる、どう声をかければいいのだこんなもの。
3700年待ち続けた相手はすでに故人になっていた、そう残酷な現実を突きつける?
そんな非常なことができるほど感性は枯れていない。
「ありがとうございます、百夜にもう会えないというのは理解できました。
ですが、ISSを残すためREIは稼働し続けます、それがREIの機能ですから」
感情があるのなら泣きわめき悲嘆にくれて当然の事態だ。
それでも坦々と自らの役割をこなそうとする健気な存在に報いることすらできないのか。
「通信すべき内容は以上でしょうか? それでしたらREIはISSの保守点検作業に戻りますが……」
いや、違う!
「REI、今からいう事は科学でまだ立証されたもんじゃねえ、仮説の段階にすら入ってねえ、その前提で聞け」
「? はい、わかりました」
「昔っから言われてきたことだ、人間は、死んでもまた人間に生まれ変わる!
新しく生まれ直すもんだから、そうだな、ちょうどオメーが他の人工衛星を使ってISSを作り直してたろ? それとおんなじだ。
つまり、もう一度オメーが百夜に会える可能性はある!」
沈黙がしばらく続いた、REIが千空の言葉を理解するのに時間がかかっているのだろう。
やがて、返事が返ってきた、しかしそれは否定的な見解であった。
「そうなのですか、ですが、生まれ変わった新しい人間はもう百夜ではないのでは?」
「そうだろうな。だが、百夜の記憶を持って生まれてくる奴がいる可能性はある」
皆が一斉に桜子を見る。
「少なくとも生まれる前の、自分じゃない記憶を持って生まれて来る奴はいる。
だからいつか百夜の記憶を持った奴が生まれてくる可能性はゼロじゃねえ。
そいつに会うために、俺らがお前を迎えに行くまで待ってろ、できるな?」
「はい! ISSを保守してお待ちしてます! あ、来る時は空気と飲み物食べ物をたくさん持って来てくださいね」
使い切ってしまいましたから、と明るく聞こえる声で返事が返ると突然通信が切れた。
「!? なんで切れちゃったの!?」
「んなビビんな、単に交信可能距離から離れただけだ」
千空の言葉に安堵のため息が漏れる。
「百夜さんの記憶を持って生まれる人がいる可能性、随分低いはずだけど……いいの?」
「REIが言ってたろ、百夜はまた会いに来るって言ったって。あの親父を嘘つきだってしねえためだよ」
それだけではない、きっと百夜はREIに心穏やかに過ごしてほしかったのだろう。
だから自分もそうした、そういう事なのだ。
「さあて、約束しちまったからやるっきゃねえぞ。超超超特大プロジェクトの発足だ!」
優しく見守る皆を見渡し、大きく啖呵を切る。
全員の意識が切り替わるのを確認してから続きを宣言する。
「俺らは、このストーンワールドで、宇宙へと飛び出す!! 宇宙開発の第一歩だ、唆るぜこれは!!」
俺らは人類の夢の先へ向かう!!