この頃の石神村の夜では一つの習慣がある。それは、
「こんばんは、REI。今日は宇宙で何かあった?」
「こんばんは桜子。今日は資源回収用のレイゲリオンが一機戻りまして……」
ISSが通信可能範囲に入ったら誰かが通信機を使いREIとお話しをするというものだ。
今日は桜子だけが通信しているが、日によってはたくさんの子供達が賑やかにおしゃべりしていたり、千空やクロムが熱心に宇宙の様子を聞いていたりする。
これはREIの成長を促すのと村人の通信機への慣れを目的として行われているもの……ではあるが、REIが地上と繋がって居られるように、という千空の気遣いだろうとは大樹の言である。
実際これによってREIの存在は完全に受け入れられていて、村人達の宇宙進出計画へのモチベーションの一つとなっている。
基本的に通信の担当はローテーションでやっているが、担当日以外でも通信に参加する人は多い。
お陰でREIの語彙は大分増えているようである。
「そういえば、桜子に質問があるのですが」
「ん? 何かな、私に関連する事?」
「はい、千空が言っていたのですが、桜子はマッチなのですか?」
……余計な言葉まで覚えてしまうのはご愛嬌である。
「マッ……! REI、それ千空はどういう状況で言ったの?」
「? はい、気球作成の話をしてくれた時に重量制限のため桜子を乗員に選んだ理由を聞いたのですが、『マッチみてえな体型だからなあ、あいつ』と言っていました」
「それで千空に理由を聞いたけど、答えてくれなかったから私に聞いたわけね?」
「はい、その通りです」
一度大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
REIに悪意はないのだ、感情のまま怒ったりしては可哀想である。
優しく諭すようにしなければならない。
「主にもやしと呼ばれているそうですが、マッチとどちらが正しいのでしょうか?」
千空は後で締める、REIの教育に悪いから言葉使いに気をつけさせなければならない。
そう、決して自分の体型を揶揄された事が怒りの原因ではないのである。
「いい、REI。そういう人の体を例える言葉は大抵の場合悪口、相手の気分を害する可能性が高いからあまり使っちゃだめよ」
「そうなのですか?」
「そうなの、人間は自分の体を自由に変えられるわけじゃないからね。気にする人は気にするから気をつけて使うようにね?」
「分かりました、いつも通り相手の反応から快不快を判定して、使用の可否を判断します」
「よろしい、それでお願いしておいた件はどう? どれも順調?」
「はい、資源回収はまだまだ目標量には遠いですが、地表観測は問題なく完了しています。
もう一つについても先日より変化はありませんでした。地表観測について報告を聞かれますか?」
「うん、それじゃよろしくね」
「はい、まずは北米大陸の様子ですが……」
REIの話を聞きいくつかの質問を交えつつ報告を聞き終えた時、桜子の顔は少々険しいものになっていた。
「これは千空に報告と相談が必要かな……」
「桜子? 何か問題でもあったのですか?」
「ううん、何もないよ。報告ありがとねREI、今日こっちであった事はね……」
一つ大きく頭振って気分を切り替えた桜子は、残りの時間をいつものように他愛のない話で埋めていく。
もしかしたらREIにお願いしておいた事がファインプレーになるかも、そう思いつつその時まで黙っておく事を決めたのだった。
翌朝、起きていつも通りの朝の支度を終えて桜子はラボへと向かった。
「フゥン、カセキ! 貴様の腕は素晴らしいな! ミリ単位の狂いなく作り上げるとは、ここまでの職人はあの時代でもそうはいなかったぞ!」
「ほっほー、まあワシもね、長〜くやっとるからねちょっとは自信あるのよ!」
「謙虚な奴だな貴様は! 貴様を上回る腕の持ち主など、世界クラスの会社ですら一人抱えているかどうかだろうよ!」
「褒められとるのそれ?」
「絶賛しているのだとも! 70億の人類総ざらいしても数百名程度だろうとな!」
そして、なにやら船の模型の前で大盛り上がりの二人を見つけるのだった。
お前らそれ絶対ただの趣味で作ってるだろ、船作りの練習という名目らしいが絶対ただの建前である。
船作りは未来ちゃんを探しに行った司達が戻って来てから開始だから今しか無いとはいえエンジョイしすぎだろ。
そうは思ったが突っ込むのは無粋だろう、なので千空の居場所だけを聞く事にした。
「そこ二人ー、千空どこいるかは知ってる?」
「うん? 千空ならば奥でクロムに設計図の説明をしているぞ」
「ありがと、二人も趣味に走るのはほどほどにね」
軽く礼と釘刺しをして奥に行けばそこのテーブルでは頭を悩ますクロムと笑いながら教える千空がいた。
「そのあたりはさっきの説明で理解できる範囲だぜ? もう一度いるか?」
「もうちょい、もうちょい待てよ! ゼッテー自分で思いついて見せるからよ!」
彼らの手元を見ればモーターボートの設計図でスターリングエンジンで詰まっているようだ。
義務教育を受けた旧世界の人々でも分かる人の方が少ないだろうにスパルタな事である。
「千空、ちょっといい? REIにお願いしてた件で報告しときたい事があるんだけど」
「ん? ああ、あの件か。クロム、それは俺が戻るまでの課題な」
「おう、そっちが戻るまでにばっちり理解して解説してやんぜ!」
そうしてクロムを置いて千空だけを桜子が普段書類作業している部屋へと連れて行った。
「REIにお願いしてた件って事は地表観測、つまり世界情勢でなんかあったんだな?」
先日龍水との交渉で使ったテーブルで、今度は向かい合わせで座っての千空の第一声がそれである。
資源収集は報告する事などないし、もう一つに関してはもっと慌てて報告しているから予想されるのは想定内ではあるのだが。
「そうそう、まずは影響がほぼない方から報告するね。イタリア半島なんだけど、ローマ近辺クレーターに変わってるってさ」
「おいおいおい、それで影響がほぼないって何言ってやがんだよ。バチカン市国消滅してんじゃねえか、宗教的権威の利用が難しくなってんぞ」
げんなりしながらそう口にするがあまり本気でないのはわかっている。
なぜなら、
「既存の権威はあまりアテにしないつもりでしょうに何言ってるの、どうせ既得権益層からの横槍を受けないようにそういう人達は避けるつもりでしょ」
「まあな、手は貸さずに口だけ出されても邪魔なだけだし、な」
ちょっと遠くを見るような目の千空に思わず笑いが漏れる。
「何笑ってんだよ」
「何でもないよ」
司や氷月に気を遣っているのが丸わかりだから、とは言わずにおいた。
言わずにおいたけど、考えた事は筒抜けだったみたいで不本意そうに鼻を鳴らされてしまった。
「で、影響が大きそうな方はなんだ? とっとと話せ」
話を進めるよう促されたのでテーブルに地図を広げる。
昨夜のうちにある程度書き込んでおいた世界地図だ。
「ローマの辺りは修正済み、で問題というのは……」
いいながら北米大陸、西海岸のコーンベルトを指す。
「明らかに人工物である物が畑と一緒に存在している事。つまり、コーンシティの予定地にすでに何者かが存在しているわ」
桜子からそれを聞いた千空は少し驚いた後天を仰ぐ。
右手で顔を覆い、そのままの姿勢でしばらくいた後そっとつぶやいた。
「あー、そりゃそうだよな。俺が復活してんだ、アンタだって復活できるわな」
その声色は桜子が聞いたことのないほど懐かしさなど様々な感情の込められたものだった。
もしかすると泣きそうにすらなっているのかもしれない、千空の中で色々感情が収まるまでゆっくり待つことしばし。
顔の向きを戻し、桜子と目を合わせた時にはいつもの彼に戻っていた。
「重要な報告だったぜ、上手くすりゃあコーンシティ建設が一気に短縮できるいい話だ」
「自分だけで分かってないで説明して、アテにしてたコネの人なんだろうけど私はその人全く知らないんだからね」
妙に機嫌のいい千空に面白くなさそうに桜子が説明を求める。
少々自分だけで完結しすぎたかと反省しつつ説明を始める。
「ワリーワリー、俺と大樹がガキの頃からロケット作りしてたってのは知ってるな?」
「うん、ちょくちょく聞いたし、漫画でもその辺描写あったし」
「ガキだけじゃ理論とかもサッパリだったかんな、どうにも上手く飛ばねえって詰まった時があったんだ。
なんで、そこまでの実験結果とかレポートにして色んな研究機関にメール送りまくったんだが」
「なんて迷惑な、千空の事だからガチのレポートだったんでしょ? 精査するにも時間かかる奴をさあ」
「まあなあ、スパムメールのように送りまくって返ってきたのは一件のみ。
で、それがNASAの研究員で本名は知らねえがDr.Xって名乗ってた、それが縁で科学に関しての俺の恩師になったわけだ」
「なるほどね、でもその人がそこにいるって保証はないんじゃない?」
「その可能性もあるがな、目覚める可能性が一番高いのはそいつなんだよ。
石化した燕の話はあっちとも連絡取りあってたしな、意識を保ち続けるって条件に気づいていても不思議はねえ」
「そっか、なら味方目に考えておいていいのかな?」
「? まあ敵になる理由は特にねえが……、敵だったら何する気だったよオメー」
曖昧な笑みを浮かべながら桜子の話す計画を聞いた千空はドン引きしていた。
「おまっ、なんつー事を考えついてんだ。ゼッテーやるんじゃねえぞ、フリじゃねえからな!」
「やらないやらない、無駄に敵意を買う理由なんてないし。元々スエズかパナマに使う予定の物だしね」
「豪快すぎるわこのバカ! ……時間効率いいのは認めるから、REIに最小限の被害で済むよう計算させとけよ」
「もちろん、っていうかもうやってもらってる。いつ使うかわからないけど計算しといて損はないでしょ」
「使わずに済ませた方が良い気がしてならねえけどな」
「まあ、それはそうなんだけど……。あ、そうだ、そのDr.Xって人のこと教えてよ。私はその人の事まったく知らないからさ、コーンシティを丸ごと任せるかもってなったら為人を知っといた方がいいでしょ?」
疲れたように大きくため息を吐く千空に少し気まずさを覚えたのだろう、桜子はそれを誤魔化すためにも別の話を促した。
「ああ、そうだなぁ、まず科学第一主義ってとこか? アメリカ人らしいっていえばいいのか知らねえが、パワーイズジャスティスって感じで力にこだわりがある印象だったな。後は……」
千空としてもその話題を続けて疲れを増やしたくなかったのだろう、誤魔化す意図を理解しつつ話題転換に乗るのだった。
尚、ゼノに関する桜子の感想としては『危険人物』という物しか出てこず、ちょっと珍しく感情論で千空と口喧嘩になったらしい。