未来が見つかり船作りが開始されてしばらく、誰もが忙しく動き回っているころ。
ニッキーには今、一つの悩みがあった。
子供たちに歌を教えるのは順調である、むしろ順調すぎるといってもいいかもしれない。
何といってもすでに覚えた曲は10曲を超えているし、歌唱力もこの年齢としては申し分ないといえる子ばかりになっている。
だが、その中で一番上手い子が悩みの種であった。
「スイカがどうしても被り物を外して歌ってくれないんだよ」
「そっかー、あの子恥ずかしがり屋だし、仕方ないんじゃない?」
朝食後さて今日はどうするかなと考えてた所、なぜかニッキーに捕まり話を聞かされていたゲンは気のない様子で生返事を返した。
「容姿も十分だから笑顔で歌うだけで十分なんだけどねえ、なんでその辺どうにかしておくれ」
「なんで俺に言うの? 俺あの子と親しいわけでもないよ?」
突然の無茶振りに思わずツッコミを入れるもニッキーは意に介さない。
「あんたならその口八丁でどうとでもできるだろ? じゃ、頼んだよ」
「ちょっと? まだ引き受けるとは言ってないんだけど?」
「あんたが一番向いてるし時間空いてるだろ? 皆の間を動き回って潤滑油やってくれるのはありがたいけど頼りになる所も見せておくれ」
ニッキーはそれだけ言うとさっさと行ってしまった。
レッスンだけやってるわけではなく、パワー担当として色々な所の手伝いに回っている彼女は実際忙しくて仕方がないのだ。
それでも子供達へのレッスンは欠かさないし、どんなに疲れていてもそれを余人には悟らせない。
そんな彼女の事はゲンから見ても尊敬に値する女性だと評価してはいたのだ。
「ま、俺のキャラじゃないけど……たまには頑張ってみせますか」
そんな彼女のためだ、多少は骨折りしてもいいか。
面倒事が嫌いで楽をしたいゲンとしては珍しくやる気を出すのであった。
「面倒な事は嫌いって口では言うけど、結構そういう事積極的にやるよねゲンって」
「スイカちゃんの話を聞きたいんであって、俺への感想聞きたいんじゃないんだけど?」
とりあえずスイカと親しい人物であり、一番情報を持っている桜子の所へ訪れたゲン。
スイカの話を聞く理由を説明しての最初の発言がこれである。
「ごめんなさい、揶揄う意図とかはなかったのでご容赦を。スイカに被り物を外して欲しいって事だよね?」
「まあねえ、そもそも俺あの子がスイカを被ってる理由知らないしね。そこがわからないと説得のしようがないから聞きに来てるの、だから真面目に答えてほしいんだけど」
少しだけイラついてる風を出しながら強めの口調で要求するゲン。
別に本気でイラついているわけではないが、桜子を相手にする場合には本気で動いていると思わせた方が早い。
現に桜子は慌ててスイカの事情を簡潔に要点のみを話し始めた。
「つまりは近眼による諸々の失敗が原因、ってとこ。自信を持てるような出来事もなかったから、ずっとあのままな訳だね?」
「そうなるかな? スイカは覚えだっていいし、転んでばかりだって言ってたけど足元が悪いせいだろうし。
間違いなくスイカは運動神経いいよ、じゃなきゃあんなに転がった後すぐに走り出したりできないでしょ」
「ふうん、ならやりようはいくらでもあるかな。ニッキーちゃんにはちょっと妥協してもらうけど」
何か思いついたらしくにんまりと笑うゲン。
友達に関する事だけに少し不安を覚えたのか桜子の言葉にトゲが生える。
「ちょっと、悪巧みにスイカを巻き込まないでよね。あの子は私達と違って純真な子なんだから」
「ダイジョーブダイジョーブ、少しだけ魔法をかけてあげるだけだよ。シンデレラの魔法を、ね」
ゲンの言っている事の意味が分からず目を白黒させる桜子を尻目に、さっさと立ち去っていくゲン。
慌てて桜子はその背中に問いかける。
「どこに何しにいくの? スイカのために協力できる事あるならやるよ」
「ひ・み・つ。桜子ちゃんは事情説明だけで十分、後はなんにもしなくていいから」
ひらひらと手を振ってそのまま歩き去るゲンを見送った後桜子はつぶやいた。
「悪い事にはならないだろうけど、『騙したな!』とは言う事態になりそうな気がする。ゲンの性格的に考えて」
それからゲンは先ず杠の所に行き、
「杠ちゃーん、こんな感じの奴作れる?」
「ほほ〜、いいですなぁ。よし、全力で作り上げましょう!」
ある物を作ってもらい、次に大樹に声をかけ、
「大樹ちゃん、色々と協力お願いできる?」
「む? スイカのためか、分かった協力しよう!」
大樹の協力を取り付ける。
その次は千空だ、
「千空ちゃん? 悪いんだけどこういうの作れない?」
「ああ? これなら前作ったやつをまだ残してんぞ」
首尾よく物を確保できたなら次は龍水の所、
「龍水ちゃん、こんな企画あるんだけど一口かまない?」
「はっはー! 面白い事を考えるな、ゲン! いいだろう、フランソワを貸してやろう」
フランソワの手を借りる約束を取り付けたら後はタイミングよく仕上げをするだけ。
そしてメンタリストにとってはそんな物朝飯前である。
「ヤッホー、スイカちゃん。歌のレッスンは調子いい?」
「あ、ゲンなんだよ。うん、お歌の調子はいいんだよ」
その日はレッスンの無い日、ニッキーがパワーチームとして動いている日である。
そんな日は普段なら子供達は文字や計算の勉強があるが、今日は珍しく完全な休みの日であった。
他の子達は川に遊びに行ったり、村の中を駆け回ったりしているがスイカだけは一人で座り込んでいた。
「なにかお悩みかい?」
「……うん、そうなんだよ」
ゲンの質問にYESと答えるも内容をなかなか話そうとしないスイカ。
話していいものかどうか、聞いて解決策を出してくれるのか様々な思考が溢れ出しているのだろう。
その間ゲンはなにも言わずただスイカの側で佇んでいるのみ、焦る様子も急かそうとする事もなにもなく自然体のままであった。
(待ってればいいだけだしねえ、俺は。むしろなにかしてるんだから責められることもなし、と。気楽なものさ、ってね)
実際にはタイミングがずれれば多少面倒な事にはなるだろう、しかし、
(ケセラセラ、なるようになるさ。大きな責任がある訳でも、どうしても達成しなければならない事がある訳でもなし。……ホント気楽なもんだよねえ)
漫画で描かれた浅霧幻とは違うのだ、あちらは彼がいなければどうしようもなかったが……、今の自分は違う。
そこまで考えて気づいた、スイカだったからこれをやろうと思ったのだという事に。
漫画の中の話とは違う立場、そう、重要度が明らかに下がった者同士という意味で親近感を感じていた事実に気づいたのだ。
それに気づいたゲンは内心で自嘲する。なんの事はない、悔しいと、漫画の浅霧幻に嫉妬していたのだ。
同時に桜子に対してあまり好感が湧かない理由も気づけた。
(いやー、我ながら、青いねえ。まだ20歳の若僧だって事だねえ)
「ゲン?」
「ん、ああ、ごめんごめん。お悩み聞かせてくれるのかい?」
「うん、聞いて、くれる?」
「もちろんだよ」
ぽつぽつとスイカが語るには昔から自分は鈍臭くて転んでばかり、そのせいでろくにお手伝いも出来ずにいた。
だから千空達が来た時これが最後のチャンスと飛びつき、実際皆のお話を集めて少しはお役に立てたと思えた。
でもそこまでだったのだ。
その後は蚊帳の外になってしまい、なにがあったか教えてもらえたのも全てが終わった後。
そこからはそれまでと変わらない日々、多少はお手伝いもしていたけれどそこまでお役に立ててはいなかった。
歌は好きだし、ニッキーの事も好きだから期待に応えたいけれど……
「どうしても、コレを脱ぐとお顔が変になっちゃうんだよ。それを笑われると思うとどうしても外せないんだよ、きっとスイカが意気地無しだから悪いんだよ」
そう締めくくるとまた膝の間に顔を埋めてしまった。
眼鏡という選択肢もあるにはあるのだが、そういう問題ではないのだ。
つまりこの子は自信がないのだろう、自信なんてものは自分が自分を信じられるかどうかなのだ。
周りが言うだけで持てるものでもない、いや、持てる類の事柄も存在しているが今回のは違う。
つまりこの子に必要なのは成功経験だ。
予想通りでよかったという所である、違っていたらその穴は自分が埋めなければならないとこだったので。
「スイカちゃんはこのままでいたい? 意気地無しって自分を変えてみたくない?」
「できれば変えたいんだよ、でも……」
「やっぱり怖いよねえ……じゃあ、少しだけ魔法をかけてあげようか?」
その不思議な言葉にスイカが顔を上げる。
「魔法?」
「そ、魔法。シンデレラのお話は知ってる?」
「う、うん。桜子がお話してくれた中にあったんだよ」
「それなら話は早いねえ、シンデレラのようにドレスに着替えて舞踏会へ~、っていうのは難しいかな?」
コクコクと慌てて首を縦に振る、魔法という言葉に惹かれてはいるが舞踏会という華やかな場所に行くなど想像もできないといったところだろうか?
まあ、どんなものなのかスイカは正確に分かっている訳ではないが、とりあえず自分がいけるような気軽なものとは思っていない。
「それじゃあ被り物だけとって歌うのはどう? 場所は誰もいなそうな崖の上」
「なんでそんな場所なんだよ? 部屋の中じゃダメなんだよ?」
「俺らが生まれたよりちょっとだけ昔に流行った事なんだけどねえ、崖の上から大声で叫ぶって。そこでなら周りも気にならないからって皆好き勝手に叫んでたらしいよ?」
ゲンの言葉には意図的に省かれているが、崖は崖でも海沿いのもののみである。
だが、当然の事ながらスイカにはそれは分からないため大分乗り気になってきていた。
スイカの心の動きを手に取るように理解しているゲンはそこへさらにダメ押しを加えて行く。
「そういえば知ってる? 被り物してると歌が上手くなりづらいって話」
「! そうなの?」
「俺は聞いただけだからねえ、本当かどうかは分からないよ? だけど耳を覆っちゃうからありえなくはないかもねえ」
もちろんそんな話は聞いたことはないが、ついでに『あー、だからニッキーは被り物を外させたいのかなあ』などと呟きさらにスイカを煽る。
「……スイカ、ちょっと行ってくるんだよ!」
「おおっと、ちょっと待って? やるつもりになってくれたのはいいけど、焦っちゃだめだよ」
「でも……」
「慌てない、慌てない。魔法をかけてあげるって言ったでしょ? ささ、ついてきてちょーだい」
「ついてきてって、どこにいくんだよ? そっちは龍水のお家なんだよ?」
「少しだけの魔法だからねえ、残念なことに手動なんだよね。龍水ちゃんのお家でフランソワちゃんに手伝ってもらうのさ」
二人が龍水の家に着くとすぐにフランソワが出迎えてくれた。
「お待ちしておりました、ゲン様にスイカ様。では、スイカ様はどうぞこちらに」
「は、はい、なんだよ。スイカはなにをすればいいんだよ?」
「フランソワちゃんが全部やってくれるから、力を抜いて任せておけばいいよ? あ、他の用意はOK?」
「はい、全て抜かりなく完了しております」
「さっすがー♪ それじゃスイカちゃんの準備終わったら声かけてね」
そこからフランソワの手に引かれて部屋へと入ったと思ったら、あれよあれよという間に着替えさせられるスイカ。
気づけば目の前の鏡の中にはフリルをふんだんにあしらったエメラルドグリーンのドレスに身を包んだ少女の姿があった。
いつの間にやら顔にかけられていた眼鏡越しに見える鏡の中、
「これ、スイカ……なの?」
「はい、大変よくお似合いですよ」
真っ白な手袋に包まれた手を口に当てそう呟けば返ってくるのは肯定のみ。
着替えが終わった事をフランソワに告げられ、入ってきたゲンも目を丸くして驚きを示す。
「わあお、まるでお話のお姫様だねえ。見違えたよスイカちゃん♪ ささっ、お手をどーぞ」
ゲンはそう戯けてみせたが、かえってスイカの緊張を助長してしまったらしい。
顔を真っ赤にして固まるスイカに『やりすぎたかな?』と思ったゲンは今度は優しく笑いかけた。
「大丈夫、緊張する事はないよ。今君には魔法がかかってるんだから、周りなんて見なくていい、ただ空だけ見ててごらん? 歌う場所へは俺が連れてくから、スイカちゃんは目を閉じてればいいだけさ」
真っ赤な顔のままだがスイカがコクンと頷くのをみて、ゲンは彼女の手を引いてゆっくりと歩きだした。
スイカが転ばないように慎重に歩を進め、フランソワが用意してくれた車に乗せて少し走らせれば目的の場所である。
「さっ、着いたよスイカちゃん。目を開けてごらん?」
スイカが目を開けると確かにそこは崖の上、周りを見回しても木々に覆われているだけで誰もいない。
ここでなら誰の目も、自身の事もなにもかも気にせず歌える気がした。
ゲンに促されるまま口から歌声が溢れ出した。
「No where to turn No where to hide……」
未来の歌姫による一曲だけのミニライブ。
その特等席にてしばし耳を傾け、いつかこのことを皆が羨む日が来るのを少し期待するゲンであった。
「ゲン! ゲンはどこなんだよ!」
「どうしたスイカ、なんかすっげー怒ってるがゲンがなんかしたのか?」
すごい剣幕でラボへと飛び込んできたスイカに、千空が面食らいながら訊ねる。
「千空! ゲンはどこにいるのか知らない!?」
「この時間だったら船作りの方に回ってんじゃねえか? なんかあったのか?」
千空の質問にあー、とも、うー、ともつかないうめき声を上げながら言うか言わないか葛藤をするスイカ。
「……秘密、なんだよ……」
やがて言わない事を選んだスイカは肩を落として去っていった。
ゲンはずっこいんだよ、いっつも言えないタイミングでしか会えないんだよ、と愚痴りながら去る背中を見送った後、窓の外に声をかけた。
「で、どう宥めるつもりだ? スイカがあんだけ怒る姿は初めて見たぞ、フォローはしてやんねえからな」
「見捨てるなんて酷くない? あの子の魅力を知らしめただけよ? 俺は」
スイカが歌声を披露していたあの時、彼女は気づかなかったが崖の下では休憩中の船作りメンバーがいたのだ。
おかげでミニライブは話題の中心、どこに行ってもその話が聞こえる状態であった。
スイカの姿を見た者も何人かいたが、普段の格好が格好であるだけにスイカだと気づけた者はほぼゼロ。
謎の歌姫、『若草の少女』として噂の的となってしまっていたのであった。
「いやー、俺もねここまで大事になるとは思ってなくてさあ、本格的に探し出す人が出るのは流石に予想外だよ」
「つまり、噂や話題になるのは想定内だったわけだな?」
「娯楽は必要でしょ? 人はパンのみに生きるにあらずってね」
呆れたような千空のツッコミにも悪びれずあっさり肯定する姿は、流石は海千山千のテレビ業界を泳いできただけはある。
今回の騒動の仕掛け人が自分であると認めたようなものであるのに全く動じていない。
「俺に依頼したもんはスイカ用の眼鏡だったな、服は杠に作らせたとして……大樹にも声かけてたろ、整地のためか?」
「正かーい♪ 後、万が一落下した時用の救助要員。あの二人もだけど、千空ちゃんも口止めに応じてくれて助かったよ」
「スイカが追い回される羽目になるのは流石にNGだろ、おかげで共犯者になっちまったがな」
服を作っているのは杠なので彼女が話せばすぐに歌姫の正体がばれる、千空も頭が切れるのであっという間に推理されるだろう、ゆえに最初から巻き込むために協力を要請したに違いない。
この分だと羽京も抱き込んでいる可能性が高い、まったく用意周到なものである。
「それにしても、若草の少女、ってのは今一つな呼び方だよねえ」
「なんか不満そうだな、ならどんな風に呼ばせたかったんだ?」
千空が呆れた策士だと感心していると唐突にそんなことを言いだしたので怪訝に思いながらも問い返す。
決まってるでしょ、といつもの薄っぺらい印象を与える笑顔を見せながらゲンは答えた。
「『
オマケ
「ちょいとゲン! 結局スイカが被り物被りっぱなしじゃないかい!」
「ごめんねえ、あそこまで盛況になるとは思わなくてさあ」
「これじゃ外すよう言えないよ……」
ニッキーが妥協する事とはスイカの被り物を外す事になってしまったというオチ。