「さてさて、流石の経済感覚だよね龍水ちゃんは」
「やってくれるぜ、思いっきり散財しているように見せてきっちり限界を見極めていやがる」
「感心してもいられないよ? これだと目標金額に足らないんだ、どうする気だい?」
テーブルの上に並べられている紙の束を数えていた3人が渋い顔でお互いに顔を合わせる。
数えていたのはドラゴ、龍水が発行した石油交換券であり、今のストーンワールドでは紙幣として認識されている。
すでにドラゴ支払いは解禁されて、しばらくたっているので中心メンバー以外にもこれは出回っている。
村人には馴染みがなく最初は戸惑ったりもしたようだが、幸いにも大きな問題にまで発展する事はなかった。
「この紙切れが足らねえのか? ならこっちも作っちまえばいいじゃねえか。こいつはナマリが彫ったハンコで作ってんだろ? ナマリにもう一個作らせりゃいいじゃねえか」
……馴染みがないだけにこんな意見が飛び出したりもする。
村人以外がガクッと首を落として頭を押さえるのをみて、それができないのは理解できたようである。
「んだよ、足りねえなら作る。それだけの話じゃねえか、何の問題があんだよ」
だが理由までは思い至らないらしくマグマは不満気に声をあげた。
そんなマグマに理由を説明しようと千空が口を開く前に、意外なところから声が上がった。
「こいつが龍水が出した約束券だからだろ」
「あん? どういう意味だ?」
そう言ったのはクロム、テーブルの上のドラコをつまみ上げながらマグマの疑問に答える。
「こいつで石油を交換するって言ってんのは龍水だろ? だったら龍水以外が勝手に作るってのはヤベーだろ」
「ああ、なるほど。龍水以外がこれを作るという事は知らぬ間に勝手な約束をする事になる訳か、それは確かに駄目だな」
「ちっ、そりゃ確かにマジいな。覚えのねえ事を約束した、とか言われたら俺だったら張り倒すからな」
クロムの説明に金狼とマグマが確かにと納得する。
紙幣に慣れている復活者達もクロムの説明には感心していた。
「いやー、だから紙幣の偽造とか法律で禁止されてたんだねえ。詳しい理由までは考えた事なかったよ」
「龍水曰く、貨幣経済の基本は信用だってよ。好き勝手に作られりゃそら信用なんざ生まれねえ、徹底的に取り締まるし偽造できないように技術ぶっ込みまくるわな」
「信用が大事っていうのはどの組織も同じって事だね」
とりあえず今生まれ始めている経済がいきなり終焉を迎える最悪の事態は避けられた。
しかし、石油購入の費用が足らない現実は変わらない。
「千空、ないなら作ればいいというのは間違いではないと思うんだ。他の油田から掘り出すのは無理なのかい?」
「近くにあるならいいアイデアなんだがな、相良油田以外だと日本にあんのは全部日本海側だ」
「山脈越えはちょっと現実的じゃないねえ、どうするの千空ちゃん?」
うーむと悩む千空達、そういえばこの場に普段ならいる人物がいない事に気づいた司が疑問に思って声を上げた。
「桜子と羽京の姿が見えないけどどうしたんだい? こういう時こそ彼女の出番だと思うんだが」
「あいつなら印刷機が出来上がってから教科書作りに全力だぞ、羽京は今作っている教科書の助手だそうだ」
なぜ羽京が? と首を捻る周囲。
それに対し千空はげんなりとした顔で言葉を付け加えた。
「14歳以上になったら配る奴だそうだ」
「「「ああ……」」」
千空の表情とその言葉でほぼ全員が察した。
ただ、桜子のトラウマ話を聞いていない金狼だけは今一つ納得いっていない様子を見せていた。
「皆が納得している所すまんのだが、それは彼女がやらねばいかん事なのか? あれだけ忙しく動き続けているのだから、あまり手をだしすぎては彼女が潰れる結果になるだけではないか?」
もっともな意見である、実際桜子のやっている事は多岐にわたっている。
国語理科算数といった教科書の作成と子供達への授業、戸籍の作成に加え血液型の調査と記載。
生活必需品の必要量の調査及び分配の指示、ルールの制定及び改定、揉め事があった時の調査及び調停もしくは裁定。
などなど集団が集団でいられるような環境作りに全力を尽くしているのが彼女の現状である。
さらにそれだけでなく、
「ドラゴ稼ぎのために書籍の復刻もしていると聞く、もう少々負担を軽くするべきではないだろうか?」
金狼の意見に深く頷く面々、だが問題もある。
「なら金狼、誰がそれをやれんだ?」
「むう、それは……」
そうなのだ、どれも代わりにやれる人間が今の所いないのである。
教科書作りや書籍の復刻は完全記憶持ちの桜子の独壇場であり、揉め事の調停や生活必需品の分配についても前例を諳んじられる事が大きな強みになる。
戸籍の作成については今いる人数分が終われば大丈夫だが、人が増えればまた作らなければならない。
その時のためのマニュアル作成も当然やった者でなければ作れない。
将来的にはできる人間も増えていくだろうが……、今いないのであればできる人間に任せるしかないのである。
「揉め事はなるべくこちらで処理するし、負担を減らす意味でもドラゴ稼ぎはここの皆で終わらせるのが理想かな」
「杠もすでに色々やってくれてるかんな、これ以上はちょっと頼る訳にいかねえ」
「麻集めにドラゴを使って布作りして、服を作ってドラゴ稼ぎ……好循環してるねえ。それで浮いたドラゴがこっちに来てるんだから、ホントこれ以上は、ね」
「そういやあコハクの奴はどうしたんだ? 男しか集まってねえから嫌がったのか?」
「南の手伝いだよ。司が外枠彫ったカメラもらってたろ? それ使って杠チームと組んで『特別な写真を~』とかやってるぜ」
「そういえばニッキーが子供たちの合唱会のため、龍水に出資させる事に契約を結んだといっていたが……どういう意味なのだ?」
「必要な人手を動かすためのドラゴを払う代わりに、それで発生する利益を龍水ちゃんが持ってくって事。
ニッキーちゃんにもプロデュース代って事で結構払ったみたいよ? 子供たちをフランソワちゃんの料理店連れてった残りは全部こっちに渡してきたけど」
なんだかんだ女性陣は色々やっているようである。
このままでいけば船の完成までには必要量まで届かないが、しばらく時間が有れば確実に稼ぎきれる。
が、それはつまりドラゴ稼ぎに関しておんぶに抱っこになるわけで……
「んな情けねえもん狙う訳にゃいかねえよなあ、残りは全部俺らで稼ぐ、そのつもりで考えるぞ」
「おうよ! んじゃあまずは俺からだ! ヤベー科学の実験をよお、らいぶ、だったか? みたいに見物料取ろうぜ!」
「それはテメエがやりてえだけだろ。それよか俺と司の試合の方が見てえ奴多いだろ、今度こそ司に一泡吹かせるとこみせりゃあ一発だぜ」
「それも貴様がやりたいだけだろう、マグマ。地道にやるのが一番だ、龍水が募集している肉体労働に参加するというのはどうだろうか?」
「時間がかかりすぎるよ、それは。ショーをやるのなら専門家がいるじゃないか、ゲンの舞台を開けばそれだけでも目標に届くんじゃないかい?」
「え~、司ちゃんも人使い荒くなったねえ。俺としては氷月ちゃんと司ちゃんによる演武がいいと思うよ? 格闘家が多いんだから見たがる人もたくさんだよ、きっと」
「そんだったら全部まとめちまうか、メインを司と氷月の演武とゲンの手品ショーにすんだろ? で、合間に科学実験の見学会とできたもんの販売やって、最後に希望者による司か氷月との試合にすりゃ客も大量だろ。そんでも足らなきゃ龍水の募集に応募すりゃいいんじゃねえか?」
「うん、それでいいんじゃないかな」
「だな、別に一つにしなきゃいけない理由はねえんだし」
「面倒なのは好きじゃないんだけど、ま、しょうがないか」
千空のまとめの言葉に思い思いに賛同の声を上げる。
「んじゃ、決まりだな。準備開始といこうじゃねえか」
おう、と全員が答え男達は動き出すのであった。
「フゥン、この様子ならば賭けは俺の勝ちのようだな」
「賭けっていっても不成立寸前だったけどね」
珍しい組み合わせの二人が並んで科学実験ショーをみていた。
桜子と龍水、普段なら外を巡る龍水と、中で書類の処理をしている桜子は顔を合わす事が実はほぼない。
合わせる時があるとすれば、どちらかが訪ねてきた時のみだろう。
「貴様が俺を訪ねてくるのはそういえばあの時が初めてだったな、話の内容もだがそれ事態が驚きだったぞ」
「引きこもりじゃないんだから驚く事ないでしょ、必要があったら直接訪問ぐらいするわ」
「確かに、伝言で済ませてよい内容ではなかったからな。直接でなければ一蹴していた所だ」
そこで言葉を切り、周囲を見渡す。
目を止めたのはある一角、そこには『石油購入資金募金箱』と書かれた箱があり、その周囲には何人かが集まってドラゴを入れていた。
「しかし、ネーミングセンスは今一つだな千空は。いくらなんでも直球すぎるだろう、『石油購入資金募集チャリティ会』とは」
「回りくどいの嫌いだから、千空って」
くつくつと笑う龍水に苦笑しながらフォローを入れる桜子。
言われている当人は今舞台の上で炎色反応について解説をしていた。
「生き生きとしていい顔でしょ? 科学実験とかの話をしている時一番いい顔なのよね」
「何かを作る時もいい顔をしていたが……なるほど、あれも科学の実証だったからか」
そのまま千空の舞台をしばらく眺めていた桜子が持っていた紙を差し出す。
龍水はそれを受け取ると書かれた物が確かな事を確認し、満足気に頷いた。
「世界の海図、確かに受け取ったぞ。さすがの記憶力だな、俺の覚えている物と比べても間違いが見当たらん。やはり欲しい人材だな、貴様は」
「石化前のものだから今使えるかは怪しいけどね、特に水深とかはほぼ確実に違うと思うよ? っていうか貴方が覚えているなら必要ないんじゃない?」
熱心に海図を確認する姿に桜子は呆れたような声をかけるが、龍水は海図から目を離さずに答えた。
「俺の記憶が完全である保証は残念ながら俺の中にしか無いからな、億が一の可能性とて潰しておきたかったのだ。たとえ参考にしかならないデータであってもな」
「万が一じゃない所に自信が伺えるわね。それだけのために必要金額まで集められるか賭けにしたの?
融資にYESと言ってくれれば、集まっても集まらなくても海図自体は渡したのに」
「使える可能性が低いものなのだ、賭けの景品にしたとて問題なかろう。第一貴様も万が一の備えとして持ちかけてきたのだろう?」
「まあね、億が一の可能性として、集まりきらないかもって思っちゃったからってだけだから。……私としては海図を渡すことには変わりないから、どっちでもよかったけど」
そこで言葉を切り不満げに口を尖らせる。
「ククッ、集まりきる方に賭けたかったという顔だな。仕方あるまい、両者同じ方に賭けては賭けにならん。恨むならコイントスに負けた自身の運を恨むといい」
「分かってるわよ、この敗北感が保険の代金とでも思っておくわ」
ちなみに桜子が龍水とかけたコイントスの勝負内容は、もちろん賭ける方の取り合い……ではない。
両者ともに千空達が石油の代金を集めきれると確信していたので、焦点は融資という保険の代金を『賭けそのものにする』か『海図の取引にする』かである。
桜子としては龍水の戯れに付き合わされる形となったと言える。
まあ龍水としても必要ないと断言できる保険をかける代金だ、コイントスの掛け金としてはトントンといったところだろう。
「……あ、花火」
見れば舞台では科学実験の最後として花火が打ち上げられていた。
このために科学実験ショーを最後に回したのだろう、花火はやはり夜空が一番映える。
「ふむ、できれば夏に見たかったものだ。ただの固定観念だろうが花火はやはり夏のイメージが強い」
「また来年見ればいいでしょ、打ち上げる場所は日本じゃなくてもいいだろうし」
冬の夜空に大輪の花が咲き誇る。
順調にいけば年明けしてすぐとはいかずとも、2月中には船も完成予定だ。
去年は激動という言葉では足らないくらいであったが、今年も平穏とは言いづらい年であった。
来年もきっと色々あるだろう、ただ、つまずいて動けなくなる事はきっとない。
そんな決意とも願いともつかぬ思考で冬の花を見上げる桜子だった。