振り返ればあっという間に過ぎたような気がする日々であった。
今日この日はきっと歴史に残る日となるだろう、人類はようやくここまで戻ってきたのだ。
15世紀モンゴル帝国が衰退し、オスマン帝国が起こるとヨーロッパの国々は東洋との陸路交易を大幅に制限されてしまった。
しかし彼らの情熱は絶えず、かえって胸の冒険心に火をつける結果となった。
そしていつしか彼らは新たな交易路を求めて大海原に漕ぎ出したのだ。
時は今58世紀、実に4300年の年月を越えて人類はまた大海原へと航路を描いてゆく。
西暦5740年2月21日 機帆船ペルセウス号竣工。
文明の、否、人類を復活へと大きく飛躍させる為の第一歩が踏み出されようとしていた。
村人達と復活者達、いや、この一年弱でほとんどその境はなくなり、彼らの間には仲間意識、身内であるという認識が芽生え始めていた。
そして今、大型造船という大きなミッションを超える事で完全に一つの集団としてまとまるのであった。
そんな彼ら全員が一つ所に集まっていた、その場所は機帆船ペルセウス号の下。
今日ここで自分達は新たなステージへと歩み出す、誰の胸にもその思いが溢れていた。
「とうとう完成したんだな千空! 人類全てを救う為の船が!」
目を輝かせて船を見上げながら大樹が感嘆の声を上げる。
これまで作ってきた物で一番大きな物といえば、製鉄用の転炉であるがこれはそれ以上であった。
一つの大仕事が終わった事で千空も心なしか誇らしげである。
「ああ、ようやくここまできたぜ。こいつで海を渡って世界中に都市を作り、それらの力を束ねて宇宙へと飛び出す。その計画の第一歩目まで、ようやく、な」
「計画の大きさを考えるととんでもない早さだと思うけどね、文字通りの裸一貫から僅か2年弱でっていうのは」
改めて考えるととんでもない話だ。
かのアポロ計画は11年がかりで月までたどり着いたが、千空が行っている事を考えると比較すべきは北米大陸の開拓からであろう。
そうすると発見が15世紀ごろなのでアポロ計画完了までの間は約500年、今現在の状態から換算するとアメリカの歴史でいえば植民地時代に突入する少し前ぐらいだろうか?
つまりアメリカ開拓民が約百年ほどかけたものを2年弱で果たそうとしているような物である。
「漫画でもリアリティ無いってボツをくらうレベルじゃない? よっぽど説得力ある描写しないとねえ」
現状を客観視してのゲンの感想に思わず苦笑が漏れる周囲。
「まあ、リアルが一番リアリティ無いっていうフレーズはよく聞くものだよ。ほら、スポーツ界隈とかでもいたじゃない」
「ああ、レジェンドとか言われる人達ね。いたなあ、そういえば」
そのまま何名かの名前があがり、そうそう、ありえない人って意外といるよねなどと盛り上がる中核メンバー達。
遠巻きにその光景を見る他のメンバー達は『あんたらも同類だよ!』と心を一つにしていたという。
色んな界隈の偉人達の名前が一通りあがり終わり、次の雑談のタネになったのは船の名前であった。
「そういえば船の名前結構色んな案が出てたけど、結局ペルセウス号になったんだね」
「石化装置の通称がメデューサになってるからな、メデューサ退治の英雄の名前が験担ぎ的にも一番だろ」
「通称がバジリスクだったらアイビス号かニッポニアニッポン号になる所だった……?」
「わかりづらいね、それは。ちなみにコカトリスだったら?」
「ヘンルーダ号かなあ?」
などと地味に大樹がついていけない話になっていたが、突然全員が話をやめ船上を見る。
彼らの視線の先、そこには船長帽を被り真剣な表情の龍水の姿。
「ここにあるのは、この船の所有者にして船長たる俺の独断で選んだ船員リストだ! だが、これからこの船が行うのはすべてが人類未踏のミッション! 戻れる保証も命の保証もない……。だから、呼ばれたとて残りたい奴は残れ! 命の使いどころは、貴様ら自身で決めることだ!!」
その演説に込められた強い思いに打たれ、誰もが皆息を呑む。
これからこの船は先の見えぬ航海へと漕ぎ出す、死ぬかもしれない、病に倒れるかもしれない、それ以上の苦しみすら待ち受けているかもしれない。
その恐怖に立ち向かえるか? そう問いかけられて、イエスと答えられるか。
イエスかノーかで皆が迷う中、前へと出る者が二人。
「そんなもんとっくに乗り越えてんだ、未知を既知に変える機会を逃したら科学者は名乗れねえ」
「ついてくよ、千空。だって友達だもの」
呼ばれる前にとっとと乗り込んでくる二人、千空と桜子を一瞥した後少し苦笑を漏らしながら名前を読み上げる。
呼ばれる度、次々と乗り込んでいく面々、ターコイズにすごい目で睨まれながら乗り込むクロム、ニッキーは子供達にレッスンを欠かさないよう言い聞かせ一人一人抱擁して別れを惜しみ、乗り込む時には盛大な歓声を受けた司、一部から兄貴コールが上がったマグマと金狼、そして銀狼はというと……、呼ばれた瞬間は尻込みしたがそれでも自分の足で乗り込んでいった。
「何か銀狼に言ったのですか師匠?」
「いいえ、彼には何も言ってませんよ。ただ龍水君にお願いしただけですよ、私の名前を銀狼君の後で呼んでくれるように、ね」
銀狼の中の踏み出す勇気の種は残念ながらまだ芽吹いていないようだ。
そしてゲンが呼ばれ乗り込む時、なぜか一人の少女を連れていた。
「あれ? あれってスイ……」
「おおっと、そこまでだ桜子。あの子はゲンが起こしたアイドルの卵で名前は翠花、あくまでも村人のスイカとは別人だ、いいな?」
「あっ、はい。……事情説明を求めても?」
「ドルオタの察知、特定能力って怖いなってとこだ」
目線の先では被り物をとってステージ衣装姿のスイカ、いや翠花の姿。
先程ニッキーを見送る子供達の中にはスイカの姿があった気がしたが、つまりそちらは替え玉という事だろう。
千空の話を聞けば、追っかけ連中が背格好からニッキーのレッスンを受けてる子供達の中に例の『若草の少女』がいると突き止めたらしい。
そこでスイカとは別人ですよと言い訳するために急遽替え玉を用意、スイカ本人は船に乗り、その間はゲンが周りをシャットアウト。
宝島から戻って次の航海に出る時、追っかけ連中には若草の少女は船に乗ったと思わせて乗り込ませ、スイカは本土に残る。
そうすればスイカが追っかけられる事はなくなる……という計画らしい。
この計画の問題点は二つ、
「世界を巡り終わった時どうするの?」
「とりあえずは時間稼ぎだな、時間が空けば忘れてくれるかもしれねえし、別のアイドルを起こして目を逸らすこともできる。要はスイカが困る事態を避けるのが目的だからな、その他の問題点にはある程度目を瞑るつもりだとよ」
このスイカの一件は珍しいゲンの誤算である、彼が他人の行動のコントロールをミスした姿を見るのは、少なくとも桜子にとっては初めてである。
ゲンがスイカのマネージャーみたいなことをしているのは、それのフォローのためだろうとは事情を知る者達の共通した感想である。
ゲンが追っかけ達をすげなく追い返す傍らで、龍水のリストに残る名前は順調に減っていき最後の一人が読み上げられ乗船が終わった。
「すぐに解決できないから先送りかー、しょうがないといえばしょうがないのかなあ。でも、もっと大きな問題あるでしょ? アイドルだったら大勢の前で歌えなきゃまずくない? 恥ずかしがり屋のスイカにできるの?」
「こんな大舞台じゃ上がっちまって無理なんじゃねえかって? そりゃスイカの奴を舐めすぎだな」
桜子の不安に対し千空が笑い飛ばすとほぼ同時に龍水が何やら合図を送る。
その合図に応じて出てきたのは……楽器を持ったフランソワと他数名の姿。
「では、船出を祝してだ! ゲンの秘蔵っこ、翠花嬢によるライブを行う! 皆! 盛大な拍手で迎えてくれ!」
龍水がそういうとスイカが前へと歩み出てにっこりと笑顔で一礼する。
そのしっかりとした歩みと綺麗な笑顔を見て桜子は自分の不安が杞憂であることを理解した。
「さあさあ始まるよ、翠花ちゃんの初めての公式ライブ! 聞き逃したら一生の後悔モノだよ! それじゃあ一曲目始めようか、伴奏よろしくぅ!」
ゲンの言葉を合図にフランソワ等が伴奏を始める、そしてそのフレーズに桜子は聞き覚えが、というか自分が書いた楽譜の中にあった。
「あー、そうだね、ペルセウス号の船出にはそりゃピッタリだよね」
「オメーが教えた奴の中にあった曲か、なんでピッタリなんだ?」
「そのまんまだよ、だってこの曲の名前は……」
桜子が曲の名前を言う前にスイカの歌が始まり、二人は聞く事に集中する。
その曲の後もスイカは何曲か歌を披露し、見事に歌いきった。
ライブは大成功で終わり、ペルセウス号の船出は幸先の良いスタートを切るのであった。
出港からしばらくして、陸地が見えなくなった頃。
クロムは飽きずに陸地から水平線に変わるところを見ていたが、他の皆はすでに飽きたのか周りには誰もいない状態になっていた。
水平線が丸みを帯びている事を発見し、それを話そうと周囲を見回したところで誰もいない事に気づく。
自分の発見を他人に話せなかった事に残念そうに舌打ちをしたところでふと、会議室へ呼ばれていた事を思い出し甲板から会議室へと向かう事にした。
「むっ? クロムか」
「あ、コクヨウのおっさん」
途中階段を降りようというところでばったりとコクヨウと出会ったのであった。
「お義父さんと呼ばんか、ばかもの。……ちょうどいい、今時間はあるか?」
「んー、まあいいか。多少なら大丈夫だぜ」
確かに会議室へと向かっていたが先程まで海を眺めていたように急いではいない。
時間指定もされていないし、海を眺めるのに飽きたら来い、と言われていたので時間を作る事に支障はなかった。
「そうか、なら、すまんが少し話がしたい」
「ああ、いいぜ。階段じゃ邪魔だし、甲板のとこでいいか」
「うむ、他の者もおらんようだし問題はない」
そうして甲板の縁に二人で並んでしばらくの間海を眺めていた。
コクヨウが話し始めるのを待っていたクロムが沈黙に耐えられなくなる直前、コクヨウが重い口を開いた。
「ターコイズがすまんな、あの視線と態度はちときつかろう。あやつはルリの事を我が子のように思っておるでな、お主がルリを放って遊んでいるように感じてしまっておるのだろう」
「傍目にゃあそうとしか見えねえよなあ……おっさんはそうは思わねえのかよ?」
「馬鹿にするでない、ルリがそんなことを許すはずがなかろう。あの子はワシとワシの妻の子でコハクの姉だぞ」
説得力があるようなないような言葉であるが、とりあえず自信たっぷりではあった。
流石のクロムもこれには苦笑い、ついつい自己韜晦交じりの言葉を吐いてしまう。
「どうかな、俺が口八丁で誤魔化したのかもしれないぜ」
それに対するコクヨウの反応はとても冷たいもの……いや、生温かいものであった。
「お主にできるはずがないだろう、おぬし並みに分かりやすい者なぞ桜子以外にワシは知らんぞ」
「え! 俺アレと同レベル!? ゲンに『全開か全閉じしかない子』とか言われたあいつと!?」
生温かい目とともにため息交じりに言われた言葉にショックを受けたのか、思わず大きなリアクションをしてしまう。
「自分で気づいとらんかったのかお主……。まあよい、ルリを説得できたからこの船に乗っとるのだろう? それに対しどうこう言うつもりはないぞ、ワシは」
「……理由は聞かねえのかよ」
「言いたくないのであろう? 無理には聞かぬよ」
どうやら本当にバレバレらしい、流石にある程度親しい相手だけだろうが……ここまでばれてるとなると友人全員気づいているのだろうか?
「心配せんでも内容までは分からんよ、ルリのために何かしようとしているという事ぐらいしかな」
それは幸いだ、これは、この気づきはいらなかった。
きっかけはいつぞやの桜子の『村の人達は私が救う』という言葉、その時は千空の全体均質化という説明で納得した。
次に疑問を持ったのは法律というルール作りの時。
三親等以内の結婚は認められないという話を誰かがしていた、昔っから同じような奴が増え過ぎないように工夫してたんだなと思いこんだ。
納得が崩れ始めたのは現在と旧世界の差に気づいた時。
生まれたばかりの赤ん坊の死亡率を聞いた時明らかにおかしいと思った、子供を産むというのはひどく命がけではなかったのか?
そこから調べ始めてしまい、真実にたどり着いたのは復活者の一人に話を聞いていた時。
競馬とやらが趣味だったというそいつは喜んで血統の話をしてくれた。
それからめちゃくちゃに悩みまくった、ルリにも話せずにいた。
結局問い詰められてゲロる羽目になったが。
全部話し終えた後で泣きじゃくる自分を抱きしめながら、
「クロムなら乗り越えられる、乗り越えてくれると信じてます」
そう言ってくれたのがどれだけ勇気をくれた事か。
「……科学が楽しくて仕方ねえってのが二番目の理由だよ」
嘘をつきたくなかったからそれだけをコクヨウに告げる。
「そうか、一番の理由をルリには言ってあるならば良い」
見透かされ過ぎである、これが年の功という奴だろうか?
「一つ言っておくぞクロム、お主が諦めておったらルリが助かることはなかった。今後もお主が諦めることはない、ワシはそう信じておる」
目頭が熱くなる、ちょっと男として恥ずかしい姿を見せてしまいそうだ。
だから、大声でこれだけ言って会議室へと走り出した。
「俺、会議室へ行かなきゃだからよ、ちょっと行ってくるぜ……親父!」
そんなクロムの後姿を見送った後、コクヨウは空を見上げてつぶやいた。
「ルリは良い旦那を貰ったぞ、あの子の男を見る目はたしかだなあ、母さん」
にじむ空を見上げながら、亡き妻へとそっとささやいた。