コクヨウと話をしていて思ったよりも時間が経っていた事に気づいたクロムは、急ぐ為に船内を軽く走っていた。
そのせいだろう、曲がり角で誰かの背中に思いっきりぶつかってしまった。
「うわったった、ワリい、急いでいたんでぶつかっちまった」
「こ、こっちもぼうっとしてたから気にしなくていいよ。って、クロム? これからの航海計画の話し合いに参加するんじゃなかったの?」
そういいながらぶつかった衝撃で尻餅をついたクロムに手を差し出すのはナナシ。
この場所は会議室のすぐ近くであり、この位置からすると、
「ちょっとコクヨウの親父と話し込んでたら遅くなっちまってさ。それはそれとして、会議室になんか用事でもあんのかナナシ?」
「え? いや、そういう訳じゃないけど……、どうして、そう思ったのかな?」
「だってこっから見えるのって会議室のドアぐらいだろ、それに船の行き先が気になってんだろ? 結構聞いて回ってたみてえじゃねえか」
ナナシの目が驚きで大きく開かれる。
彼としてはさりげなく聞いていたつもりだったのだ、それに行き先を知りたがるぐらいは普通の事だろうとも思っていた。
まあクロムでなければ気づかなかっただろう、御前試合の一件での借りを返したいクロムでなければ。
ちなみにナナシの事情を聞いていたわけではない、純粋にクロムが自分の観察力だけで気づいたのである。
まあ、今話している最中にも会議室の方に意識が向いている姿を見れば、大体の人間は分かるだろうが。
「話聞きてえなら入っちまってもいいだろ、もし怒られたら俺が無理に入れたって言えばいいからさ」
「い、いいの? 俺なんかが聞いたら駄目なんじゃ……」
「誰に聞かれても困る話なんかしてねえって、ほら、行こうぜ!」
戸惑いまごつくナナシの手を引いてクロムは会議室へと飛び込んだ。
「おーす、ワリーなちょいと遅くなっちまったぜ」
「おう、てっきりもうちょい遅くなると思ってたぜ。水平線に夢中だったんじゃねえのか?」
「ああ、そうだ! 聞いてくれよ千空、水平線って真っ直ぐじゃねえんだな! やっぱ俺らの立ってるこの星? って奴は丸いんだな!」
「流石の観察力じゃねえかクロム、15世紀には船乗りは気づいてたって話だからオメーなら不思議じゃねえが」
クロムは早速先程話せなかったことを嬉々として話し始め、それに関心しながら雑学を披露する千空。
そのまま話が雑談に流れる前に、パンパンと手を打って流れを止めたのはゲンだ。
「はーい、みんな集まったんだから雑談一旦終わり〜。今回の航海の目的地と狙いを改めてお願いね、千空ちゃん」
ゲンの言葉におおっとという顔をした後、前へと進み出る千空。
そこに貼ってある大きな地図を一度見つめた後皆の方へと向き直し話を始めた。
「ああそうだな、時間がねえわけじゃねえが、雑談はいつでもできるか。今回の目的地は村の創始者、人類最新の宇宙飛行士達の着陸地点である……通称宝島だ!」
言いながら後ろの地図を指す、その地図は多少細かい部分が荒いが確かに島の全体地図であった。
「おおお! それは宝島の地図だったのか! そこに人類を救う為に必要なものがあるんだな!」
「すごい地図だよね、どうやって作ったのかな?」
「手書き」
大興奮の大樹の横でふとした疑問を杠がこぼすと、短く、とても短く桜子が答えた。
「え、ええっと、聞き間違いかな? あれだけの大きさの地図を、手書きって……」
「逆に聞くけど、手書き以外に方法が?」
俯いている桜子の目は周りからは見えないが……死んだような目になっているのはその平坦な声から想像に固くない。
「おう、REIと桜子のお陰でいい地図ができたからな、感謝してるぜ」
「暗い中電気全開で何日もかける羽目になったんだからね! どんだけ大変だったか分かる!?」
軽い感じの感謝に思わず涙目で詰め寄る桜子。
原始的なFAXと同じように、REIが撮った衛星写真をマス目で区切り一つ一つ口頭で伝えて、それを桜子が地図に描いていったのだ、一人だけで。
「分かる!? 一つ一つのマス目を埋めている途中で残りのマス目をつい数えちゃった時の絶望感が! 描いてる最中に電気が切れた時の心細さとか! とっても大変だったんだからね!!」
「おー、分かってる、分かってる。分かってるからその辺の文句は後でなー」
胸元を掴んで前後に揺する桜子におざなりな言葉で対応する千空。
誠意がこもってなーいと更にヒートアップする桜子。
そんな狂騒のせいでナナシがいる事に気づいた者はごく少数だった。
「と、止めなくていいのあれは?」
「千空に任せときゃいいだろ、アレは。それよか地図に書かれてる記号の説明が欲しいとこだな」
見ればバツマークが付いているマスが地図のあちらこちらにある。
目的の物がある場所ならば一ヶ所だけのはずだが、複数あるという事は場所が絞りきれなかったのだろうか?
「ああ、それはねえ、どうも人工物らしき物がある場所らしいよ?」
「人工物って事は、宝島に人がいんのか!?」
その疑問に答えたのはゲン、ナナシに目を向けているところを見るに、参加予定のなかったナナシがいる事を聞きにきたのもあるようだ。
「ごめん、勝手に入ったりして。で、でも、どうしても知りたい事があって……」
「ああ、ワリいなゲン、俺が無理に引っ張ってきたんだよ。だけどナナシならスイカの事気づいても黙ってるから大丈夫だぜ」
「いきなり何言い出してんのクロムちゃん!?」
クロムの爆弾発言にゲンが思わず大声を上げ周りからの注目を集めた。
「おい、ゲン。何を大声上げてんだ? テメエの秘蔵っ子とやらになんかあんのか?」
「今はニッキーがそばについているのだったか? 彼女が一緒ならば心配することなどなかろう」
そこまで広くない室内だ、話している内容が筒抜けなのも仕方ない事だろう。
しかしその反応が更なる爆弾を招き寄せる。
「なんだ、マグマもコハクも気づいてねえのかよ。ありゃスイカだぜ、髪型や服が違うからわかりにくいかもだけどよ」
「何? だが身長が違っていたぞ、スイカはもう少し背が低いはずだが」
「靴底が高い奴履いてたんだろ、そういうのをカセキが作ってるのみたしな」
ポンポンと秘密にしておくつもりだった事を暴露、証拠の提示を行うクロムに引き攣ってゆくゲンの顔。
「だ、誰にも話す気ないから! クロム! クロムもその辺で止まって!」
「え? 話しちゃダメだったのか? てっきり皆気づいてるもんだと」
観察力が高いクロムだが、他人がそこまで気づく事ができないという事までは気づけなかったらしい。
能力の高い天才あるあるである。
「はあ〜、別に気づかれてもいいんだけどね、スイカちゃんに追っかけが張り付く事態を避けられるなら。無闇に広めないでね、ジーマーで。……千空ちゃーん、そろそろ本題に戻ってくれない?」
ゲンは諦めたようにため息をついた後、この話題を終えるために千空に航海についての話に戻るよう促した。
名前を呼ばれた千空は未だに文句を言う桜子の頭をポンと叩く。
それを受けた桜子はまだ言いたりなさそうながらも引き下がった。
「あー、どこまで話したんだ……ああ、そうだ、宝島の地図だったな。この宝島なんだがな、REIのお陰で無人島じゃなく人がいるだろうって事がわかった。なんで、話したいのは上陸方法だな」
「無人島なら砂浜に上陸後島をシラミ潰しにすれば良かったんだけどね」
「だが、新世界初の交易のチャンスでもある! 今から楽しみだ!」
「島の人達もおそらく石神村と同じルーツの人達だと思うんだよね、だから大きく喧伝しながら行けばいいんじゃないかなと思うんだけど」
「いくらなんでも楽観的すぎるでしょ、村に入れ込みすぎて警戒心無くしてない?」
「うっ、否定しづらい……」
「石化装置があるかもしれないってのに堂々と近づくってのはなあ、いくらなんでも無用なリスクだろ」
「だけど来ると分かっていれば対処もしやすい、そう考えれば無しではないよ」
「文明レベルからあって石器でしょう、最初から制圧するつもりなら問題はないでしょうね。無論、石化装置を排除することが前提ですが」
石化装置の話を聞いていないナナシだけが話についていけず戸惑っていたのでクロムがざっとその辺を説明する。
信じられないような内容であるがそれは別に気にすることでもない、それよりも今その話を聞いて思い出せたことの方が重要だ。
「皆、俺言わなきゃいけない事があるんだ、き、聞いてくれないか、な」
そう大きな声で言えば皆の注目がナナシに集まる。
皆の目が集まった事にかなり怯んだが、それでも言わない事は選べず勇気を振り絞って話し始めた。
そして、その内容は皆を驚かせるのに十分だった。
「えっと、ナナシ君はホントはナナシって名前じゃなくてソユーズって名前で、石神村で生まれた訳じゃないんだね?」
「そして宝島はナナシ、じゃない、ソユーズの故郷かもしれないわけか。桜子、それは漫画には描いてなかったのか?」
「あったよ、ソユーズ君が自分から言うまで話さないつもりだったけど。他人の秘密勝手にしゃべるとか駄目だと思うし」
唯一桜子だけはそこまで驚いていなかったが。
「それとなく伝え……るのは無理か。だが重要案件オメーだけで抱えるのはどうよ」
「でも石神村の出身じゃないっていう事は村のお年寄りは知ってたよ? ちょうど不漁続きで大変な時期だったから知ってる人は多くはないとも言ってたけど」
コクヨウが知らなかったのがそのいい例である。
「フゥン、その辺りはそれぞれの人間関係で処理できるとして、問題は、だ」
「ぼんやりと何かから、おそらく石化装置から逃げていたような記憶があるってところだね」
漫画の話を聞いて微かに記憶が刺激されたのだろうか? ソユーズは島から出る時の記憶、赤子の時のわずかな記憶を思い出したのだ。
それを聞いて渋い顔になった龍水と羽京、何故二人がそんな反応になるのか理解できないマグマが声をかける。
「んだよ、ナナシ、じゃねえな、ソユーズになんか文句でもあんのか?」
「ソユーズ自身に文句があるわけではないが、これで島の住民とは敵対する可能性が上がったと思ってな」
その龍水の言葉に理解できないとばかりに首をひねるマグマに羽京からの補足が入る。
「いいかい、ソユーズは赤ん坊の頃に島から逃げだしてるんだ、本当なら長旅なんて厳禁な赤ん坊が、だよ? 連れ出した人だけが逃げたかったならおいてくのが当然なんだ。
だけどそれをしなかったという事は、ソユーズ自身が狙われた可能性が高いんだ。
赤ん坊の頃命を狙われた人間がのこのこ戻ってきて、殺されないって思うのは楽観が過ぎるかなって思うわけさ」
「お、俺のせいでそんなことに……」
自分のせいで、あったかもしれない話し合いだけでの解決がなくなったかもしれない、そう言われたように感じたソユーズがショックでよろめく。
「おいコラ羽京! テメエソユーズになんか恨みでもあんのか!」
「違うって! あくまで可能性の話だよ!」
「落ち着いてくれマグマ、羽京はソユーズを責めてるわけじゃなくて島の人間がどう動くかを予想しているだけだ」
そんなソユーズをかばうように羽京にかみつくマグマに慌てて誤解だと弁明する羽京。
その状況を収めようと司がマグマを諭すがなかなか止まらない。
マグマが止まったのは次の千空の一声であった。
「落ち着け脳筋、今の話でなんか俺らのやる事に問題でんのか?」
「ああ!? って、どういう意味だ千空?」
脳筋という罵倒に一瞬怒りかけるが、それよりも問題などないと言わんばかりの千空の態度に疑問の方が先に立つ。
眉間にしわを寄せるマグマに千空はいつもの不敵な笑みを見せ答えた。
「選択肢がこっそりと近づいて宝箱をいただいていく、に固定されただけじゃねえか。元々堂々と真っ正面からってのは選ぶ気なかったんだ、議論する時間取られなくて万々歳だぜ」
見れば議論しそうな筆頭が口を尖らせながらも何も言わずにいる。
無論、これが千空からソユーズへの気遣いでもあるのは分かっているが、まあソユーズが無用に責め立てられないなら問題ないかと矛を収めた。
そして、マグマが落ち着くのを待っていたのだろう、話を次に進めるようと氷月が方針確認の質問をした。
「それで、島の人間が敵対的であると仮定して方針はどうしますか? 殲滅ですか? それとも制圧ですか?」
「どっちも七面倒臭えな、俺らの目的は宝箱である宇宙船ソユーズとその中の白金だ。なるべくこっそりと行って目的のブツだけ頂くのが理想だな」
実際あちらの戦力がどれほどかは不明だが、積み込んでいる物資には鉄製の武器もカーボン製の防具もそろっておりあちらが石器時代程度の文明であれば人数がいくらいても一蹴できるだろう。
だが、別に支配が目的ではないのでそれをやる必要はないというのが千空の判断だ。
「ふむ、ペルセウス号を近づければどうしても目立つ、だが上陸用の小舟では捜索の人手が足らん。どちらをとるのだ?」
「どっちをとってもそこまで変わらねえ、なら人手が多い方で行く。ただ石化装置で奇襲一発、それで全滅は避けたい所だからな、周囲が開けてて人があまり来なそうな場所に停泊するとしようぜ」
「それならここの岩場かな? 木々も生えてないみたいだし、人工物も近くにはないようだし」
そう言って地図の一点を桜子が指す。
確かにその場所は開けており、ペルセウス号の乾舷と比較して乗り降りに不自由しなそうな場所であった。
「ちょうどいい場所があんな。よし、そこに停泊して島内を捜索、目的のブツをゲットしたら早々に帰還! この方針で行くぞ、異論は?」
誰にも異論がない事を確認して船の停泊予定地とその後の行動予定が決定された。
そして、彼らの内誰も知らない事であるが、その場所を島の人間はこう呼んでいた、『海哭りの崖』と。