その日の朝、イバラはいつもと同じように目覚め、いつもと同じように支度をし、いつもと同じように、
「あ、残念ながら君まだ不合格だね、また今度教育してあげるから楽しみにしてて?」
寝室に残るモノに声をかけ、いつもと同じようにお勤めに出ていった。
そしていつもと違う報告を受ける。
「巨大な船?」
「はい、信じられないぐらい大きな船が海哭りの崖にあった、と」
ふうむとイバラは考え込む。
間違いなく島の物ではない、ならば島の外からの?
百物語……まだ若い頃に頭首が語っていたのを少し思い出す。
それの何番目かにいつか島の外へ出て本土を目指せ、などと語られていた気がする。
つまり自分の生まれる前に島を出て行った連中が戻ってきた、という事だろう。
思わず心の中で舌打ちをする、大昔に逃げ出した連中が今更何の用なのだ。
もう既にこの島は自分の物だ、確かにまだ頭首という存在が上にいる事になっているが……。
そこまで考えてふと思いついた、もしこの考えが上手くいけば名実共に自分がこの島の支配者となれるかもしれない。
そのためにはまずそいつらの強さを確認しなければならない。
「キリサメちゃんいる?」
「はい、こちらに」
「御頭首様の御心を騒がせたくないからね、その船の輩、罪人として処理しちゃってくれる?」
イバラの言葉に無言で頭を下げ了承の意を示すキリサメ。
そのまますぐに踵を返し、自らの使命を果たし行く。
部屋から出る直前にその背中にイバラが声をかけた。
「ああ、そうそう。万が一も無い様にモズ君も一緒に連れて行ってくれる?」
「はい、承知しました、御頭首様の命とあれば」
「ついでに何人か連れてって? 新人どもの練習がてらにさあ」
キリサメは訝しげに眉を顰めるが、特に反対する様な事でもないので先程と同じく無言で頭を下げて了承する。
まずモズを捕まえて、次に適当にそこらの者を連れて行けばいいか、その様に考えながら退出していくキリサメ。
その後ろ姿を見送ってイバラはそっとつぶやいた。
「先ずは小手調べ、お手並み拝見って言うんだっけ? こういう時」
その呟きは誰の耳にも届かず部屋に吹き抜ける風に溶けていった。
「ふう、全く御頭首様……いや今回は宰相様かな? 人使いが荒いよねえ、人が折角可愛い子との二度寝を楽しんでいたっていうのに」
「相変わらず最低ですね、御頭首様の命にそんな理由で拒否しようだなんて。反逆したいならば言って下さい、即座に御頭首様のお力が貴方の頭の上に降り注ぎますから」
「いやいや、そんなつもりはないよ。ただもう少しのんびりしたかったってだけで」
島最強の二人が相性悪い事は有名だが、それを間近で見せられるのは付き従わされる方としてはたまったものではない。
自分達では止めようのない上位者同士の喧嘩など、巻き込まれないよう祈りながら頭を低くしているぐらいしかないではないか。
早く海哭りの崖に着いて欲しい一心で黙々と進むキリサメにちょっかいをかけ続けるモズ以外の一団。
やがて不気味な音を立て続ける、島の者は滅多に近づかない場所、海哭りの崖に着いた。
「へえ、確かにとんでもない大きさだね。あんな船見た事もないや」
「どうでもいい事です、さっさと使命を果たしますので周辺警戒してて下さい」
そこに見えたのは見た事もないほどの巨大な船、こんな物どうやって動いているのか想像すらできない。
だが、流石は島最強の二人である、一切動じず淡々と使命を果たそうとしている。
自分達も及ばずとも足手まといにはなるまいと気合いを入れ直す。
そして船にある程度近づいた時、突然モズが立ち止まる。
「何をしているんですモズ? 唐突なサボり癖ですか?」
「あー、キリサメちゃんでも気づけないか。俺以外なら通用したのに、残念だったねえそこの奴」
いいながらモズが槍を向けた先で地面が盛り上がる。
いや、地面と同じような色の布が退けられその下から男が二人出てきた。
「ちっ、やっぱコソコソすんのは苦手だぜ」
「マグマ君は戦意が出過ぎなんですよ、やる気があるのはいいですが気が逸り気味なのは修正すべき点ですね」
「あー、うっせうっせ、気を抜いてる奴をぶちのめしても自慢にゃなんねえだろうが」
「まあ我々は暗殺者でもないのでそれでいいでしょう」
出てきたのは金髪の大男と白髪ののっぽ。
金髪の方は剣をのっぽの方は槍を持っているが、どちらの得物も見たことのない材質だ。
少なくともこちらの得物より硬い物で作られている事はその見た目だけでわかる。
それに前腕や脛、左胸といった急所や怪我をしやすい場所に防具らしき物もつけている。
どう考えても装備としてはあちらの方に軍配が上がるだろう。
「ふむ、マグマ君。私があの長髪の男を抑えますので、その他大勢をお願いしますね」
「ちっ、まあ仕方ねえか。そいつは俺だけじゃ勝ち目が薄いからな」
「すみませんね、君一人だけでも私が有象無象を片付ける間くらい保つでしょうが、無駄にリスクを負う必要はないでしょう」
思わず内心で舌打ちをする、大男の方だけなら勝てるがのっぽの方は分からないからだ。
しかもこの至近距離ではキリサメの石化装置を投げてはこちらまで巻き込まれてしまう。
仕方ない、久々に本気でいくか、と思い槍を構えた次の瞬間、凄まじい殺気を感じた彼は叫んだ。
「後ろだ!」
戦慄と共に後ろへと振り向くモズ達の目に写ったのは、剣の一閃で崩れ落ちるキリサメの姿だった。
気を失い倒れる女性、キリサメと呼ばれていた人の体を受け止めながら司は安堵に胸を撫で下ろしていた。
朝日が昇った時点であちらの拠点をコハクが望遠鏡で偵察開始したのだが、その時点ですでにこちらに向かっている十名ほどの姿を発見、大慌てで待ち伏せの態勢を整え大雑把に作戦を決めた。
そしてその作戦ではもう少し先まで進ませ、そこに潜んでいる金狼と銀狼が飛び出し注意を引き、その後自分とコハク、氷月とマグマの四人で後ろから奇襲、一番強いであろう槍使いと二番目に強いと思われるこの女性を制圧。
その成果をもって残りの者達に降伏を勧告するという予定だったのだ。
まあ当初の予定通りではないが、抑えるべきポイントは抑えたので問題のない範囲と言える。
「コハク、この人を」
「承知した、捕虜として船へ連れて行くのは任されよう」
そう言って手早く縛り上げ担ぎ上げ、目の前の男達を迂回して船へと走り去る。
そうしてあっさり無力化、捕縛されたキリサメの姿に動揺するモズ以外の男達。
それは致命的な隙であった。
「おおっらあ!」
その隙を逃さず飛び込んだマグマによって半分ほどが吹き飛ばされ地面に転がる羽目になった。
モズはもう少しで内心だけでなく実際に舌打ちをするところであった。
最初にオオアラシと同等程度には腕の立つ奴と、少なくともそれより上の槍使いが出てきただけで異常事態だ。
その時点でキリサメに頼らざるを得ないというのに、さらに槍使いと同格の男が追加されキリサメが奇襲で無力化、捕縛されるとは何の悪夢だというのだ。
モズはすでに勝機はないと判断し、撤退する隙を探り始めていた。
そしてモズが撤退するに方針に舵をきった事に氷月も気づく。
マグマの戦意に気づかれたのは想定外だったが、結果としていい囮になって奇襲が綺麗に決まる結果となった。
すでにこの時点で勝利は確定と言える、ならば流れが来ている今なら少々欲張ってもいいのでは?
氷月の頭の中で欲張って失敗した時のリスクがどのくらいか素早く計算が行われる。
モズとのにらみ合いをしながら計算を終えるころにはマグマは他の男たちを倒し終わり、金狼と銀狼も合流していた。
この状況にはさすがのモズも焦りを覚え、冷や汗を流す。
先程までの状況ですでに逃げに徹さざるを得ないのに更に援軍追加?
これは流石に詰んだか、とモズが人生で初めての敗北の悪寒にさらされていた時、目の前の槍使い、氷月がある提案をするのだった。
「はああ!? 氷月テメエ何考えてんだ! 敵はぶっ倒せるときにぶっ倒すもんだろうが!」
「無謀じゃないかい? 俺の見立てだと勝ちの目は三割程度だよ?」
「なに、三割あれば上等ではないですか。負けたところで失う物は最悪でも命程度、その場合鉄犬氏には私が責任もってお話ししましょう」
氷月の提案を聞いて猛反対するマグマと消極的ながらも反対する司はむしろ正しいと言える。
モズは強敵だ、それを仕留める機会を棒に振るのは非合理であるし、無用な危険を犯す必要など本来なら無い。
当事者達の反応としては、
「ふざけているのかな? 俺をここまでコケにした奴は始めてだよ」
モズは怒りと屈辱に震えながらそう口にし、
「自分に異存はありません、むしろ機会を与えてくれるならありがたい」
金狼は静かに闘志を燃やし、
「ムリムリムリムリムリィィィィィ!!! ムリだって! なんでこんな氷月師匠や司が担当するような人に挑まなきゃいけないのぉぉ!! 金狼でも勝ち目ないじゃん! そこに僕が加わっても負けるに決まってるじゃんかあぁぁぁ!!!!」
銀狼は全力で喚き散らした。
そう、氷月の提案とは、
『モズと金狼、銀狼の二対一の決闘』
である。
因みにモズの名前は提案した時についでに聞いたのでこの場の全員が知っている。
ルールとしては動けなくなったり、戦えなくなった相手へのトドメの禁止のみ、ほぼ殺し合いと変わらない形である。
この勝負にモズが勝てば先程捕まえた女性を含めて全員解放し、負けた場合はモズは話し合いの席に着くよう御頭首様とやらを説得に行く。
「俺が受けないって言ったら?」
「趣味ではないですが、そこまで袋叩きをご希望なら応えるに吝かではないですよ」
「ちっ! 実質選択肢なんてない訳か。いいじゃない、そいつらを血祭りにして俺を舐めた事を後悔させてあげるよ」
「できるものならどうぞ、まあ君では金狼君一人に勝つにも日が暮れるまでかかりそうですがね」
「その挑発、乗ってやるよ。秒で血の海にしてやるから楽しみにしてな」
氷月の挑発にますます殺気を膨れ上がらせるモズに銀狼は完全に怯えきってしまった。
「金狼! 止めようよ、無理だよ! 絶対酷い目にあうって! 今ならきっとまだ間に合うから師匠を止めてよう!!」
恥も外聞も知らぬとばかりに金狼の足に縋りつき泣き言を叫び続ける銀狼。
司とマグマはそれを見てこれはダメだなと思ったが、縋りつかれる金狼は別であった。
「銀狼、あいつが怖いか?」
「怖いに決まってんじゃん! 何言ってんの!?」
「そうか、俺には奴はちっとも怖く感じられんがな」
「頭おかしいんじゃない! あんなやばそうな人がガチギレしてんのに怖くないとか!」
実の弟に頭おかしい扱いされた金狼は、それでも優しく微笑みそっと銀狼の頭に手を置くと静かに理由を語る。
「銀狼、俺はな、……御前試合でお前を殺す気だった師匠の方が数倍怖く感じたぞ」
「あ」
その時の氷月の顔を思い出したのだろう、モズの顔を見て確かにそうだなと頷く銀狼。
「それに、だ。お前には正式な二間槍があるだろう、それで俺の後ろから奴の隙を突いてくれればいいだけだ」
「前に出なくていいの!?」
「もちろんだ、お前に奴の槍が届く事は決してない。弟を守るのは兄としてのルールだからな、俺は必ずルールを守るぞ」
「兄ちゃん……」
金狼の力強く頼もしい言葉に銀狼の口から幼い頃の呼び方が溢れる。
「ふっ、久々に聞いたな、お前の兄ちゃん呼びは」
「うん? ……はっ! 何にも言ってないよ、うん、何にも言ってないって! 決闘すんでしょ、ほら、早く位置について!」
銀狼の溢した呟きに幼い頃の記憶が思い出されついつい笑みが浮かぶ金狼。
その反応にようやく自分がなにを言ったのか気づいた銀狼が照れ隠しに大声をあげながら金狼の背を押す。
顔を赤くした銀狼が金狼をモズの前に押しだす間、終始金狼の目は優しげであった。
そんな兄弟の温かな交流に緩やかな空気が流れる。
が、対峙するモズとしては舐められているとしか感じられなかったらしく苛立たしげに舌打ちをした。
「温いもの見せてくれるねえ、これから起こる悲劇の前振りかな?」
「先程言ったばかりだから覚えているだろうが、あえてもう一度言ってやろう。貴様の槍が銀狼に届く事は決してない、そして、貴様に二対一で負けていては師匠の弟子は務まらんともな!」
酷薄な笑みを浮かべながらのモズの挑発に毅然と言い返しながら槍を構える金狼。
その後ろで銀狼も槍を構え決闘の準備が完了した。
「務まらない、ねえ。ならさあ、謝っておいた方がいいんじゃない? あの世に行く前にさあ!!」
言葉と同時にモズは金狼へと獣のように襲い掛かった!