屈辱だ、ここまでの屈辱を受けたのは初めてだ。
今日は朝からろくでもない事ばかりだった。
昨夜の夜の遊びに誘った可愛い子はしつこすぎて疲れるほどだったし、それで二度寝をしようとすれば叩き起こされる。
お仕事だから仕方ないかもだが行き先があの不気味な海哭りの崖、それだけでも憂鬱だってのにさらに雑魚どものお守り作業付き。
そして雑魚っぽい奴の気配を察知して憂さ晴らしを兼ねてなぶり殺してやろうと思えば……人生で一番の驚きだった。
まさか俺に迫る、最悪並びかねない強さを持つ奴が一緒に出てくるのは流石に予想外だ、それも二人。
負けるかもしれないなどと思わされたのは本当に屈辱でしかない、逃げる事が頭に浮かぶなど恥辱以外の何物でもない。
止めは後から来た雑魚二人との決闘するかわりに見逃されること。
この程度の雑魚二人に負けるわけがない事ぐらい分かっているはず、なのにあんな条件をつけてくるということは、こちらを叩くなんていつでもできると舐められているのだろう。
ならその舐めた態度を二度ととれないようこの雑魚二人を殺してやろう、そう決めてこの決闘に挑んだのだ。
屈辱はさっきまでで頂点だと思っていた、だがまだ上があったらしい。
開始から十分、未だに俺はこいつらを殺せていない。
「ああああぁぁぁ!!!」
口から勝手にこぼれ出る鬨の声も気にせず猛攻を再開する。
槍を叩きつけるように振るうがその際に相手の槍先とぶつからないようにしなければならない、ぶつかってしまえばあっさりとこちらの槍は壊されるからだ。
すでにこれは四本目、壊れるたびに連れてきた雑魚の持っていた槍を拾うが残りは五本。
それまでに金狼とかいった名前の目の前の雑魚を突破しなければならないのだが、防御が妙に上手いこいつを攻めきれない。
もしやこっちの動きが見えているのか、振るう先にあちらの槍がある事が非常に多い。
ならば反応できない程速く振るってやればいい、実際そうしてやれば防御しきれずに当たる事もある。
だが、こいつらの防具を貫けない、衝撃は伝わっても決して切り裂く事はできない。
そこまでは…よくはないが、まあいい。
「右にっ!」
「おう!」
目の前の奴がかけられた声に応じてスッと横へずれるのを見て、慌てて逆側へ体を滑らせる。
一瞬前まで俺の居た場所に鋭く切り込んでくる槍が目に入り背中に冷や汗を流す、さっきからこの流れのままだ。
前の奴だけなら圧倒できたはずなのに、前の奴が崩れそうになったり、後ろの奴から意識を逸らすと意外なほど鋭い一撃が飛んでくる。
槍で防げば双方の素材の差からあっさり貫かれ、逸らそうとして槍先を叩けば砕かれる。
結果避けるしか選択できず俺の攻撃の幅は著しく制限される、後ろの奴のせいでこんな雑魚二人に追い込まれているのだ。
つまり俺が受けている一番の屈辱とは、銀狼とかいうこの中での一番の雑魚に敗北を意識させられている事だ。
この十分で何度目の戦慄だろうか? 金狼はモズの猛攻を捌きながら少し数えてみる。
そしてすぐにそれを投げ出した、なぜならすでに数え切れる回数ではなくなっていたからだ。
熊の如き一撃の重さ、獅子の如き俊敏さ、猫の如き肉体の柔軟性、鷹の如き視野の広さ、なるほどここまでの才が在れば小さな島では、いや、生きている内に自分より強い者に会う事がないかもしれない。
才だけで言えば司に並ぶのではないだろうか? 僅か数年で並ばれては長年稽古を積んできた者達の立つ瀬がないと師匠がぼやくほどの才能の塊である司と、だ。
対等の条件で立ち会ったならおそらくすでに自分は地に倒れ伏している、そう確信できる程度には実力が才能だけで上回られている。
この男と自分の実力差では有利な点の一つや二つ程度では覆すことは不可能だろう。
だが、それが三つならば? 四つならば? そこまで与えられて勝てなくては師匠の弟子を名乗る事は出来ない。
実際自分に有利な点がいくつもある、まず一つは言うまでもないが装備の差。
槍同士で打ち合えば一方的にあちらが砕ける、鍛え上げられた刃先と仕込まれた鉄の芯棒で丈夫さも鋭さも勝負にならないレベルだ。
防具もあちらのは無いも同然だが、こちらは軽さと硬さを両立させているカーボン製。
この十分で何十度受けても逆にあちらの槍先がかけるほどの物だ、仮に同じ実力同士でこの装備の差をつけたなら闘いにならないだろう。
二つ目は経験の差、この男は強い相手とぶつかった経験がほぼ無さそうである。
この才能持ちでは致し方ないだろうが、一撃で終わった以外の戦闘経験がほぼないのではないだろうか?
確かに凄まじい猛攻であるが振るった後の事が全く考えられていない、こんな攻撃していたら師匠だったら終わった後説教の数時間は覚悟せねばならないだろう。
まあ、受けるのに精一杯の自分が何か言っても滑稽なだけだが。
三つ目は技量の差、フェイントのない真っ直ぐくるだけのものなど受けれて当然だ。
大振りなものが多く、テレフォンパンチだったか? そう表現したくなる攻撃ばかりである。
戻りが速すぎてそれでも防ぎきれず防具任せになる事も多いが。
ここまでの三つはあちらの不運、あるいは怠慢が原因であり、それが理由で勝てたとしても喜べなかったろう。
だが、四つ目、俺に与えられた最大の有利な点は違う。
俺達が必死に磨き上げた、誰にも負けない、負ける訳がない理由は、
「しゃがんで!」
「分かった!」
師匠や司にだって一泡吹かせられたコレは一味違うぞ。
この決闘が終わったら思う存分自慢しよう、『俺の弟は凄いんだぞ!』と。
「銀狼の奴いつの間にあんなに鋭い一撃繰り出せる様になってたんだ? 稽古中にはあんなもん見れなかったぞ」
決闘が始まって大分経っていたがマグマは未だ目の前の光景が信じられずにいた。
なぜなら、感じ取れたモズの強さから言って金狼が勝てる相手と思えなかった。
そして銀狼は稽古となれば逃亡し、対峙すれば萎縮し縮こまるような臆病な面倒臭がり屋だ。
そんな銀狼が一人加わっただけで埋まるほど金狼とモズの差は小さくなかったはずなのである。
「ああ、マグマは彼らと二対一をやっていないか。金狼と組んだ時の銀狼はいつもあんな感じだよ」
「はあ? なんで一人の時にできねえもんが二人の時にできんだ?」
「うーん、ヤン・ジシュカだったかな? その話は覚えているかい?」
「? どこぞの将軍だったか? 荷車を移動要塞みたいに改造したもんを使ってたんだったよな、それがどうしたってんだ?」
「荷車要塞からの射撃は普通の野戦より命中率が良かったらしい、安全な場所から落ち着いた状態で撃った方が当てやすい訳だね」
ここまで言えばマグマも司がなにを言いたいのか理解できたようだ。
だが、まだマグマの眉間の皺はとれない。
「つまり、銀狼にとっちゃ金狼の後ろはなにより安全ってわけか? まったく理解できねえんだが」
「個人の感情の話だしね、理屈じゃなくてそう信じられるか、っていう事さ」
理解できないと首を捻るマグマに苦笑を隠せない司。
「それにしても、……銀狼の動きが本当にいいね。俺とやった時は本気じゃなかったのかな」
「司の時よかあいつの動きがいいってか……あー、多分でいいなら理由は思いつくぞ」
「分かるのかい?」
「絶対あってるとは言わねえが、司の時よか今の方が安全って感じてんだろ」
先程とは逆に司が疑問をこぼすとマグマがその答えを出す。
推測でしかないが納得できそうな理由ではあった。
「まあ、理由はともかくとして、動きは良くなってるのは事実だね。うん、三割というのは間違いだったよ、五分五分ってところかな」
「結構上がったな、金狼も気合い入ってるみてえだから勝てるかもしれねえ」
ドジ踏んだりしなければという言葉は飲み込んだ、フラグ、とやらは立てる気はなかったし、なにより、
「そういやさっきから氷月の奴、妙にピリピリしてねえか? まさか自分でこの状況を作ったってのに今更後悔してんのか?」
普段より落ち着きがない氷月を刺激するのは避けたかったからだ。
「後悔はしてないんじゃないかな? ただ、氷月の予想より二人の動きがよかったり、あちらの強さが思ったより上だったりでこの後の予想がしづらくってやきもきはしてると思う」
小声で氷月に聞こえないように気をつけながら話すマグマにそう返す司。
しかし、このままの流れでいくと、
「勝敗はあちらの戦意次第だね」
司がそう呟いたのはモズがちょうど最後の一本を拾った時であった。
このままでは負ける、認め難いがそう認めざるを得ない状態だ、頭の片隅で冷静な部分がそう告げる。
こんな雑魚に俺が負ける? あり得ない、そう言いたいがこれだけのハンデの下では仕方ないと自分に言い聞かせる。
つまりいつも通りでは無理だから、別の方法を考える必要がある訳だが……そんなもの一度もやった事がない。
それでも無様に負けるなんてプライドが許さない、故に必死で考え続ける。
前か後ろかどちらかでも潰せれば俺の勝ちなのに……待てよ? 一瞬だけでもどちらかが止まればいけるんじゃないか?
どちらの方が止めやすい? ……後ろの奴だ、あいつの方がビビらせやすい。
そうと決まれば後はやるだけ、さっと持っている槍を逆手に持ち替え、一歩後ろへ。
「ふっ!!」
助走も省略し邪魔をされないうちに思いっきり槍を投げつける。
「うわあっ!」
「銀狼!?」
前の奴を掠めるようにして飛んだ槍は、狙い通り後ろの奴の近くを通り奴らの意識をそちらへと持っていく事に成功する。
そしてその一瞬さえあれば、
「! しまっ……!」
こいつの懐に飛び込むなんて訳ないのだ。
不味い、首に両手をかけられた体勢でそれだけしか考えられない。
かろうじて槍を間に挟むことができたが、それも焼け石に水だろう。
武器を捨てて組打ちに来る可能性を忘れていた、油断していたつもりはなかったが想定が甘かったと言わざるを得ない。
自分だけでは抜け出せそうにないがほぼ密着している上、俺を盾にする動きを見せるところへの介入は銀狼には荷が重い。
槍を突き出そうとしては俺に当たらない角度を見つけられずに引っ込める姿を見てそう判断する。
つまりは詰みに近い状況だ、しかし諦める訳にはいかない。
今も打開策を見つけようと必死な銀狼が諦めるまでは耐えなければならない。
そう自分に言い聞かせていると、首の圧力が減りモズの目が何かを追う。
「金狼! 左手だけ離して!」
そして何かが地面に落ちる音とともに銀狼の声が聞こえた。
無意識のうちに左手だけを離す。
「「おおぉぉ!?」」
同時にモズが飛んでいき……自分の首スレスレを持っていた槍の先が通っていった。
いや、スレスレではないな、よく見れば槍先が少し赤い、どうやら首の皮を一枚切ったらしい。
おそらくは、自分の槍を投げる事でモズの注意をそちらへ集中させ、その間に俺の槍の石突に近い部分を思いっきり蹴っ飛ばしたのだろう。
結果、モズは無防備に槍の柄で吹き飛ばされ、俺は自殺未遂に近い事になった訳だ。
どうにかなったからよかったものの、俺が死んでいたらどうするつもりだったのだ?
命がある事への安堵感でへたり込みながら怒るか誇るか迷う金狼であった。