「早く立って金狼! まだあっちがまいったって言った訳じゃないよ!」
銀狼が素早く槍を拾って構え直しながら金狼に叱咤の声をかける。
それを聞いて思った事、それは『マジかこいつ』、見学者と金狼の心が一つになった瞬間であった。
そして、その場で注意を向けていたのが銀狼だけになった瞬間でもあった。
仮に逃げたとしても、すぐに追いついて逃亡を阻止できる者の意識が完全に外れたのだ。
モズはその一瞬を見逃さず逃走に入る、いくら屈辱であろうともリベンジするために。
虚をつかれた銀狼以外が動けず、つかれなかった銀狼もさすがに追いつかないと追跡を断念したためモズの逃走は無事成功するのであった。
彼の精神的には決して無事ではなかったが。
「あああああ! 逃げた、逃げられちゃったぁ!」
「これは予想外だったね、彼は相当にプライドが高そうだったんだけど」
「あっちからしたら認め難い負け方だったんだろうよ、二対一だったし、装備差が酷えなんてもんじゃなかったしな」
「なに呑気に批評してんのさあ! 折角僕らが追いつめて後はまいったって言わせるだけだったのに!」
「「お前がとんでもない事したからだよ!」」
逃げたモズを追う気配も見せずのんびりお喋りしているように見える二人。
そこに銀狼が思わずツッコミを入れると反応が二方向から飛んできた。
「なに考えてあんなことしやがったんだ! 石突を蹴りゃ槍先が逆側に飛ぶなんぞすぐに分かるだろうが!」
「マグマの言う通りだ! 見ろ! この首の傷を! もう少し近かったら俺の首は飛んでいたんだぞ!」
「えええぇ!? だって完全に逆まで行く訳ないじゃん!」
「「槍はしなるだろうが!!」」
珍しくマグマと金狼の息がぴったり合っての銀狼へのお説教タイムである。
その様子を仕方ないなあと思いながら眺めていた司だったが、そういえば氷月が加わっていないと気づいた。
「氷月はあれに加わらなくていいのかい?」
「やめておきます、言いたいことは二人が言ってくれてますしね」
そこで言葉を一度切った氷月は楽しそうに笑いながら続きを口にする。
「あれ以外は予想以上の動きを見せてくれましたからね、少しだけ自信をつけさせたいので褒めるところは褒めてあげませんと」
正座をさせられて説教を受ける銀狼を見る氷月の目は穏やかで、どうやら期待以上の成果を出した事に満足しているようだった。
「さて、メッセンジャーになってもらう予定だったモズ君がいなくなってしまいましたから、伸びてる彼らの誰かに代行してもらいましょう」
「残りは予定通りに縛っておけばいいね、決闘の間にやっておけば良かったかな?」
「気になって縛るのが甘くなりそうでしたからこれでいいのでは? 結果的に効率が悪くともその時点では分かりませんしね」
「確かにそうだね。それじゃそろそろ二人を止めてくるよ、さすがにもう十分だろうから」
手早く伸びてる連中を縛り上げながら氷月は少し頭を悩ませる。
さて、あの図に乗りやすいお調子者をどのくらい褒めればちょうどよくなるのだろうか、と。
キリサメが目を覚ました時すぐには状況を把握できなかった。
何しろ、目に映るのは知らない天井、背には柔らかく自重を受け止める敷物、軽くて暖かいうわがけという島でも上位の贅沢ができる自分も知らない物ばかりだったからだ。
ゆっくりと起き上がり自分の服装を見ればこれもまた見た事のない服、もしやこれが死後の世界とやらかと一瞬思ってしまう程であった。
壁際からぶら下がる自分の服を見てすぐにそうではないと気づいたが。
慌てて服の胸辺りを探り石化装置を探すが、当然の如く残ってはいない。
大きく舌打ちをしこれからどうするかと考え始めた時、戸と思わしき場所から外から叩く音が聞こえた。
「お、起きたかな? 起きたなら入ってもいいかい?」
「……どうぞ」
こちらに選択権などないだろうと半ば呆れながら入室許可を出す。
まあ、こちらが着替え中だろうがなんだろうが、気にせずズカズカ入り込むような輩よりかは好感が持てるが。
そして入って来た男の顔を見て思わず声を上げてしまった。
「御頭首様……!?」
いや、違う、御頭首様はもう少し年が上でなにより頭髪が豊かであったはずだ。
しかし、それを除けば瓜二つである、直接見た事は無いが顔の輪郭がとても似ている。
今はなぜか赤面しているが、同じポーズをとって静かにしていたら遠目には区別がつかないのではないだろうか。
「貴方は、一体……?」
「お、俺? 俺はソユーズ、この島の生まれだよ、多分」
「多分?」
「う、うん、俺、生まれてすぐに島から連れ出されたみたいだから……」
島から連れ出された? おかしな話だ、島から外へ行く事は御頭首様の命で禁止されているはず。
その命が出される前に出たのかもしれない、それならば納得できる。
それでも放置する理由にはならない、こいつも御頭首様の命を破った事に変わりはない。
今手元に石化装置があればすぐにでも石に変えるというのに。そっと奥歯を噛み締め、己の弱さを恨む。
「あ、あの、体調が悪くなかったら、ついて来て欲しいんだけど」
「別に特に問題はありませんが、どこへ連れて行こうというので?」
妙に緊張しっぱなしなソユーズとかいう男の態度を怪訝に思いながら、ここで断っても状況は好転しないと判断し、そう答える。
疑問の形はとっているが答えなど分かりきった質問だ。
「うん、俺達のリーダーが話をしたいって」
「……分かりました、案内お願いします」
石化装置の使い方を聞き出したい、そんなところだろう。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、昔からの諺とやらに倣い危険に飛び込む覚悟を決めた。
少々時間を遡り、コハクがキリサメを船に連れてきた時の事。
コハクは船に飛び込むと大声で叫んだ。
「男ども、引っ込んでこちらを見るな! 杠! すぐに来てくれ! 他の女性陣もだ!」
「どうしたの、首尾良く石化装置持っている人捕まえたようだけど」
「桜子か、閉じ込める予定の場所は何処だ? すぐにそこへ運びたい、教えてくれ!」
「そんなに焦るなんて……もしかして何処か怪我でもさせちゃったとか!?」
「いいや、違う。だが、その、これは男どもに見せられんだろう」
顔を少し赤くしながら抱えるキリサメを指差すコハク。
キリサメの格好を見て桜子も驚愕した。
「なんでこの人、こんな痴女みたいな格好なの?」
そうなのだ、キリサメの今の服は服の上から体の線が見える程スッケスケなのだ。
しかも、だ。
「文明レベルからすると不思議はないのかもだけど……まさか下着なしだったなんて……!」
「口にするんじゃない! いいか、可及的速やかに着替えさせるべきだ! 事態は一刻を争う!」
「私もその意見に賛成よ、牢屋替わりの場所は船尾側の二階下。私は合いそうなサイズの服を持ってる人に声かけてくるから、よろしくね」
「承知!」
短く返答し飛び出していくコハク、それを見届けた後桜子も駆け出す。
両名の表情と纏う気配は真剣そのものであり、鬼気迫るものがあった。
だが、詳しく事情を聞いた者は思わずズッコケるだろう類の理由なのであった。
以下は気絶中のキリサメを着替えさせている最中の会話である。
「なんでこの人こんな服を着てるの!?」
「集団の先頭を歩いていたし、実際実力もあるように思える。だが、兼任で、その、あ、愛人を務めていたりするのではないかな?」
「貴女達ねえ、愛人とかってだけで顔真っ赤にしてないでよ。ほら、脱がすから体支えて?」
「あいよ、って軽いね、この子。そこまで年変わらなそうだけど」
「……ごめん杠、持って来たスカートだけどウエストを2、いや3cm詰めて。ブラは1cm緩めて欲しい」
「あ、はい。腰細いのに、出る所は出てるんだね……背も高いしまるでモデルさんみたい」
「初代になるリリアンのスタイルを思えばねえ、子孫がこうでも不思議はないだろうさ」
「村の人達もスタイルいいもんね、あずらで胸が一番小さいとか意味わかんないよ」
「分かるよ、桜子。あの子達見てるとコンプレックスが刺激されるよねえ」
「ニッキーはまだいいじゃないですか、女性らしい体型なんだから。私なんてマッチ棒なんてあだ名つけられる程なんですよ」
「だから、無駄話はいいから着替えさせる作業に集中しなさいよ。下着と服はこれね……って、これ誰が持ってたの?」
「メイドさんって可愛いよね、という会話からついテンション上がってしまい、勢いで作ったはいいけど誰が着るの? となったので死蔵されてた一品です」
「ごめんなさい、サイズ違いで三着程作りました」
「え、片手間でこれ三着? 相変わらずおかしい作成速度よね……」
「ちょうど余ってる服があるのだから有効活用しようではないか。ところで、同じサイズはもう一着ないか? 私も着てみたいぞ」
「本土に戻ったらね、風邪ひかないうちに着せてあげよ?」
女三人寄れば姦しい、護衛は必要ないだろうと男達は全員近づかなかったが、賢明な判断と言えた。
時間軸を戻そう、ソユーズが先導し、キリサメは大人しくそれに従い船内を歩いていた。
歩きながら考えるのはここからどう抜け出すか、石化装置をどう奪還するかの二つ。
前者はそう難しくはない、振り切ろうと思えば振り切れるからだ。
ここはおそらくあの大きな船の中、海に飛び込んでしまえば追うのも一苦労だろう。
だが、大事なのは後者だ。あれを奪われたままで逃げ帰るなど、自分を信頼して預けてくださった御頭首様に顔向けができない。
今はリーダーとやらが持っているのだろう、上手く騙して取り返さねば……。
そんな事を考えるうちにどうやら目的の場所までついたようだ、ノックをして中から声がかかってから開けるソユーズ。
中に入れば数名の姿があり、一番奥にいる男がソユーズに声をかけた。
「お、案内お疲れさんだなソユーズ。そいつがこれ持ってた奴だな?」
「うん、そう聞いてる。あ、ごめん、名前聞き忘れてたや……」
「急いで聞く必要あるもんでもねえよ、気にするこっちゃねえ」
申し訳無さそうにそう言うソユーズに、鷹揚に許すツンツン頭の男。
その手の中にある石化装置を見た瞬間、キリサメは視線を強いものへと変える。
その視線に気づいたのだろうか、顔をこちらに向けると不敵に笑いながら口を開いた。
「はじめましてだな、色々聞きてえことがお互いあるだろ。じっくりと話そうじゃねえか、納得いくまでな」
そこで一度言葉を切ると、その男は手の中の石化装置を弄びながら最初の質問を口にする。
「こいつが石化光線を発生させる装置なんだろ? 一応聞いとくが、コレの使い方を教える気は?」
「あるわけがないでしょう、私がそれを話す理由があるとでも?」
どうやってそれが石化装置だと気づいたのか知らないが、自分が御頭首様を裏切るわけがない。
どうやって取り戻すか考えを巡らせながらもあちらの質問をつっぱねる。
「まあ、そうだろうな」
すると何処か満足そうに頷きながらそう言うと、
「んじゃ、コレ返しとくわ」
石化装置をこちらへと投げてよこした。
「「えっ?」」
反射的に受け取ったはいいが理解が追いつかない、脳が活動を再開するまで案内してくれた男と共に呆然とするキリサメであった。
千空さん大暴走、なぜこんな事をしたのかは次回に説明入ります。
キリサメのあの服は原作だと誰もツッコミ入れてないけど、あれで外を彷徨いたら痴女言われても仕方ないと思う。
あれを用意させたのはきっとイバラ、いい趣味しすぎじゃないですかねえ。