海の上、小型のモーターボートの上でむくれる者の姿があった。
「こういう時いっつもスイカはのけ者なんだよ、酷いんだよ、みんなして」
「全くもって同じ気持ちだよ、スイカ。別働隊が必要だって時はいつも俺が押し付けられるんだ」
それも二人、スイカと司の両名がボートの上でぶつくさと文句を垂れ流していた。
石化装置を返すと決まったのなら警戒すべきは何か?
それはもちろん全員が石化してしまい復活液を使う事が出来なくなる事だ。
当たり前だが、タイマー式に復活液が落ちる仕掛けは一部の場所に用意してはいる。
しかし、石化されない位置に誰かを置いておくのもまた当然の備えだ。
千空以外で人を率いる人と言えばどうしたって司の名前が上がるし、小さい子を危険から遠ざけたいと思う事は普通の事である。
二人とも分かってはいるのだが……それはそれとして気に入らないのである。
「困ったもんだねえ、後ろの二人は」
「スイカは前にもこういった事があったからな、またかと思っても仕方なかろう」
ボートのハンドルを握るニッキーと観測員として抜擢されたコハクはそう言って苦笑しあう。
二人のアレはただの愚痴なのだ、必要なのは聞いてくれる誰かであって説得されたいわけではない。
だから今二人で言い合って一番都合がいいのである、決して鬱陶しいから避けている訳ではない。
「それにしても、司はほんと感情を出すようになったねえ。20前後の若者としては正しいんだろうけど、前を知ってるとやっぱり驚くね」
「なすべき使命が達成されて、プレッシャーから解放されたからじゃないかとゲンは言っていたぞ。つまり、あれが本来の司の姿なのではないかな? 少なくとも私には今の司の方が好ましい」
そう言いながらちらっと司の方を見るコハク、その目は微笑ましいものを見るように温かい。
そんなやりとりをしているうちに船から無線が入り、戻っても大丈夫だと連絡が入る。
「無事宝箱回収の交渉が始められそうだね、これで一安心ってとこかね。……コハク?」
ニッキーがこれで冷たい潮風を浴び続けなくて済むと喜んでコハクに声をかけるが反応がない。
どうしたのかと思い、コハクを見れば望遠鏡を島に向け真剣な顔をしていた。
「何が見えてる? 島で何が起きてるんだい?」
「おそらくは集落の一つ、そこから大勢の人が移動し始めている。しかも武器になりそうなものを手に、だ」
「尋常じゃないね、それは。飛ばすよ、しっかり掴まってな!」
後半は後ろの二人にも聞こえるように大きく声を上げてエンジンを全開にする。
どうにもすんなりとは行ってくれなそうだ、舌打ちしながら運命とやらに悪態を吐いた。
集落から移動する人々が一箇所に集まっていっているのは望遠鏡による偵察ですぐに判明した。
「そこは後宮でしょう、あの辺りは比較的開けていますので集まるのにちょうどいい場所かと」
キリサメに聞けばすぐにどういうところかは分かった、目をつけていた一番大きな集落が御頭首様の居場所と判明した事、それだけは朗報である。
他に判明した点はとてもではないが喜べる知らせではなかったが。
「武器の他に食料も持って島中から人が集められている、と。明らかに戦の準備ですね、これは」
「なんで対話しようってメッセージ送ったら戦の準備されんだよ!」
冷静な氷月の分析にクロムが思わずツッコミを入れるが、なんでも何もない単純な話である。
「対話が不都合な人が上にいるからでしょ、この後どうするの? 戦う? 逃げる? 一番楽な方法は、キリサメさんに協力してもらって片っ端から石化させちゃう事だけど」
さらっと流したのは桜子、相手が敵であると認識すると遠慮がなくなる一面を覗かせる。
「復活液を使い切るぐらいの覚悟が必要だね、それは。最悪の場合には仕方ないけど賛成はしたくないかな」
「それにこれは御頭首様からお預かりした大切な物、これを島民に向けるのはお断りさせていただきます」
それに反対的な意見を出したのは羽京、元自衛官らしく武力行使やそれに類する行為には否定的だ。
そして、キリサメも石化装置の使用をキッパリと断った。
キリサメは別に裏切った訳ではないので当たり前である。
「俺と氷月がいれば200人ぐらい無傷で制圧できると思うけど、どうする千空?」
「二人がいりゃ負けるとは思わねえが、無駄に疲れんのは勘弁だな……」
外はすでに日が落ち始めた夕暮れ時であり、今宵の月は有明月、夜陰に紛れて行動するには都合の良いタイミングである。
「頭首との直接対話するっきゃねえな、こりゃ。潜入作戦で行くぞ」
「ふむ、ならばほむら君の出番ですね。彼女ならば確実でしょう、御頭首様の場所はキリサメ君に案内してもらいましょう」
後必要なのは頭首を説得できる人間か、そう思ってゲンを見るが当のゲンはそっと首を振って拒絶して見せる。
「説得するなら無線越しでいいでしょ、ボートに積んであるんだから有効活用しようよ。ボートまで連れて来れるパワー持ちが行けば十分でしょ、バトルチームでもないんだから肉体的能力が必要な場面に放り込もうとしないでくれない?」
まあ、普通の神経なら戦支度してる最中の所に忍び込もうとは考えないだろう。
そこまで切羽詰まった状況でもないのでゲンの主張は最もである。
「ならば私が行こうか、身の軽さという意味ではほむらにも負ける気はないしな」
「そうだね、ほむらにコハクがいれば万が一の時でも逃げられるだろうし、キリサメさんが案内してくれれば迷う事もないだろう。どうかな千空、このメンバーで行ってもらうのは」
「考えられる最高のメンバーだろ、こりゃ」
「潜入に関してはほむらちゃんがいれば大丈夫でしょ、なんたって実績持ちだからねえ」
ゲンがちらっと桜子を見ながら言えば一同もなるほどと深く頷く。
桜子というお荷物を持った氷月を羽京が張り巡らす警戒網から抜け出させるという、わりととんでもない実績持ちだ、不安は一切ない。
やらかしを揶揄われた桜子としては少し不満ではあるが、事実である上、皆の安心材料になるとあっては何も言えない。
結局何も言えず口を尖らせていたが、千空に頭をポンポンとあやすように叩かればそれで機嫌は戻ったようである。
そんな風に千空達全員が緩い雰囲気でいた、ここから負ける事など誰も考えていなかったのだ。
双方の戦力差を考えれば当然ではある、慢心だとは言いづらいであろう。
ただ、想定外だった事が一つ、彼らの敵は彼らが思うよりも人でなしだったのである。
島民全員を集合させるよう指示を出して、再度奥へと戻って行くイバラ。
他の兵達がいなくなってからモズはイバラを追って奥へと走り出した。
そう時間は経っていなかったのですぐに追いつき、モズは声を荒らげて問いただす。
「イバラ! アンタ何考えてあんな命令を出した!」
「? モズ君、あれは御頭首様のものよ? まさか御頭首様に意見するつもり?」
それと一応おじさんのが目上だからね、言葉使いはもう少し丁寧にね、等と惚けた事を言い出すイバラに苛つきが募る。
「お為ごかしはいい! 俺の話を聞いていなかったのか!? 圧倒的に上の装備をつけた、俺と同格、下手すれば上の奴がいるんだぞ! それも二人! これに挑むのは自殺と変わらないぞ!!」
モズが叫ぶように言葉を叩きつけるとイバラの目がスッと細まり、雰囲気がガラリと変わる。
「誰にも聞かせらんないお話しになりそうね、おじさんの部屋ででいいかな? あそこなら兵も来ないしね」
周囲を見渡して誰もいない事を確認した後、そう言って先導するイバラ。
モズは舌打ちした後大人しくそれについて行くのだった。
「適当に座ってくれる? 今更取り繕う事もないから遠慮しなくていいし」
イバラの部屋は意外な程普通であった、こいつの事だから悪趣味なものでも飾ってあるかとも思っていたが……せいぜい海産物の匂いが微かにするぐらいであった。
「可愛い子とラブラブする時に変に思われたら困るでしょ、意識してなんでもない部屋にしてるの」
「なるほどね、それなら納得だ」
どうせなら弱みになりそうなものでも置いていればいいのに、そうすれば俺に都合よく言う事を聞かせられる。
あり得ないとは思いつつそんな事を考えながら適当に座る。
「それで、俺クラス二人に勝てるとか思ってるわけ? アンタはそこまで馬鹿じゃないと信じてたんだけど?」
いつもなら最低限の敬語は使っていたが、それすら投げ出してぞんざいに問いかける。
知ってはいたが、遠慮をなくしたら完全に下に見ているのが伝わってくる。
「……モズ君は強いからねえ、だから知らないんだろうね」
青いねえ、そういう思いを込めてそう言えば目を鋭くして睨むモズ。
そうやってすぐに感情を出すところが特に青い。
だから、知ったとしても放置していいとイバラは判断していたのだ。
戦闘能力だけはあるから処分しようとすれば無駄に消費するというのもあるが。
とにかく、今は教えてやろう。何故、強いだけでは怖くないのかを。
「い〜い、モズ君、人間はね、殺せば死ぬの」
「何を当たり前の事を、その方法がないから今困っているんだろ!」
「そうねえ、モズ君は自分を止めるのに何人くらい必要だと思う?」
「? 質にもよるけど、100人は欲しいか? 倒すとなったら150は最低でも必要だろうさ」
「まあ、そのくらいは必要だよねえ。正面から倒すなら、だけど」
正面から以外にどんな方法が? モズが疑問を口にする前に、イバラがモズに問う。
「
ニタリと笑いながら問われたその内容についていけず、思考が停止するモズ。
イバラはその様が心底楽しいというように話を続ける。
「二十人が一斉に飛びかかって全部躱せる? 一人でも張り付けばそいつに火をつけて、はい、おしまい。そこから生き残れると思う?」
「そんな事誰がやるっていうんだ……!」
「やらせるのよ、御頭首様の命に逆らうなら死ぬだけだからねえ」
絞り出すような声で否定するモズに、目の前の果実でももぐかのようにあっさり言ってのけるイバラ。
こいつはヤバい奴なのでは、今更ながらそんな疑問が心に吹き出し始めたモズにイバラは具体的な方法を説明し始める。
「火をただくっつけるだけじゃなかなか燃えないからね人体って、だから張りつき役には油を染み込ませた服を着せるつもり」
今まで小狡いだけの奴だと思っていた男は恐ろしく残酷で人を人だと思わぬ輩だった。
そう気づいたモズが背中に走る怖気を必死になって押さえる間にもイバラの話は続く。
「それだけだと怖気付く輩ばっかりだろうから御頭首様の威光を使うのよ。
『この油は御頭首様の妖術がかかった油だから、燃え尽きても戻すことができる』って言ってね」
石像になっているはずの頭首を使うと聞いて、そんな事できるのかと疑問が浮かぶ。
問えば一言、『できる訳ないでしょ』とあっさりと否定。
ならば終わった後どうするつもりなのか、今度の疑問は口に出すより先に答えられた。
「侵略者どもは卑劣にも御頭首様を暗殺していた、その身を捨ててでも侵略者を打ち倒した勇者達は、哀れそのままあの世へと行ってしまいましたとさ」
「本気でそんな言い分が通るとでも?」
どんどん寒くなる背筋の感覚を無理矢理抑え込み問いただす。
そんなモズの恐れを見透かすように、イバラは嘲笑いながら『通すの』と言った。
「そもそも、誰が阻めるの? 勝った時には大勢死んでるし、おじさんに従う以外道があるとでも?
ああ、兵どもが減りすぎると従わせづらいね。だから張りつく役は兵以外にやらせるつもりよ? おじさんだって自分の力の源泉は理解してるからそこは心配要らないからね」
心配性だねえ、とイバラは苦笑しながら話を終え、最後に一つだけ指示を出した。
「メッセンジャーになった兵は邪魔になりそうね、処分しておいてくれる?」
人が死ぬ事を毛ほども気にしていない様子にモズもそれ以上何かを言える気がせず、黙ってうなずいた後退室していった。
そして、その背中を見ながらイバラは呟く。
「君がバカじゃなくてよかったよ、モズ君。お守りを無駄に使う事にならずにおじさん助かっちゃった、余所者に使いたいからねえこれは」
なんといっても原材料を獲ってくるのも一苦労だし、そう胸の中でぼやく。
だが、お守り達の使い所はここかもしれない。なんといってもあのモズが勝てないと思うほどだ、惜しくはあるがこの先の自分のためにぱあっと使い切る気でいった方がいいかもしれない。
「おじさんのいいところはね、慎重なとこ。負けの目があるなら徹底的に潰さなきゃねえ」
普段は厳重に閉まってある床下からいくつもの袋や小瓶を取り出しながら薄く笑うのだった。