イシからの始まり   作:delin

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すくう者

桜子の石化が解除されてすぐに千空が声をかけたのだが反応がない。

 

「おい、桜子?」

 

何やら呆然と千空を見つめる桜子に、顔を覗き込みながら再度声をかける。

 

「え、あ、う、えお?」

 

すると、怪しげな挙動とともに顔を真っ赤にし始めた。

男3人はその反応を訝しむだけだったが、杠だけはピンときたようである。

 

「ちょっと、ちょっとだけ待って、落ち着くまで、ちょっとだけでいいから!」

 

そう叫ぶように言うと後ろを向いて大きく深呼吸を2、3回。

なんとか落ち着いて向き直るも、顔が赤くなっている事は誤魔化せない。

 

「なんだ? なんか変な事でもあったのか?」

「あったと言えばあったけど、とりあえず移植に関係しそうなものじゃないから置いといて!」

 

千空が重ねて尋ねるが桜子は回答を拒否、何かあったのは確実であり言いづらいものでもありそうだ。

 

「なんかあったなら黙ってんじゃねえよ、とっとと吐いちまえ!」

「責めたいわけじゃないんだ桜子、異常があったなら確認しないとまずいと思うだけだ。だから話してくれないか?」

「まあまあ3人とも、桜子ちゃんが関係ないって言うんだからそれは後にしよう? 体の異常や移植したものが剥がれちゃわないかを確認するのが先だよ」

 

心配になって更に問い詰めようとする男衆を止めたのは杠。

ホッとする桜子だが杠の嬉しそうな笑みに、自分の変化を気づかれたことを悟り内心頭を抱える。

だが、この場で男衆、特に千空に聞かれるのは恥ずかしい。

マグマだけならある意味言われた事があるわけだが、それでも話しづらいものはある。

なのでこの一件は先送りである、実際そんな場合ではないのだし。

移植された部分を確認するため鏡を探すと、そっと杠が差し出してくれたので確認する。

 

「なぜ頭頂部に移植を?」

 

そしてすぐに疑問に思ったことを口にした。

 

「千空の髪は凄い剛毛でな、側頭部ではバランスが悪かろうと思ったんだ」

「何かの雑誌とかでそんな風なキャラクター見た事あったんだけど、桜子ちゃんに似合うかなって思って」

 

彼女の頭にはやんわりと立つ髪が一房、いわゆるアホ毛状態である。

こんな髪型アニメか漫画にしかいない、そう言おうとして千空の髪が目に入り押し黙る。

とりあえず今重要なのは移植が成功か否かだ、軽く摘んで引っ張ったり左右に揺らしてみたりしてみる。

どうやら自分の髪と感覚は全く変わらないようだ、なので移植は成功と言っていいだろう。

その旨を伝えればグッとガッツポーズからのハイタッチで祝福してくれた。

 

「やったじゃねえか、オメーのアイデア大成功だぞ」

「あ、そっか、そういえばそうだった。失敗したらどうしよう、とか思ってたんだっけ」

 

千空の記憶の覗き見が衝撃的すぎたため忘れていたらしい、今更ながら安堵感が湧いてくる。

 

「後はクロム達の人工ダイヤとキリサメが戻って来れば必要なもんは揃う、後は時間あればいけんな」

「ふん、なら防壁作りに回るぞ俺は。ここにいる意味はもうねえようだからな」

 

千空の言葉をうけてマグマが踵を返して部屋から出て行く。

 

「あ、マグマ、」

「あん?」

 

その背中につい、といった感じで桜子が声をかけてしまい、マグマが訝しげに振り向く。

しばらくまごついていた桜子だったが、どうにか言葉を捻り出す。

 

「気にかけてくれて、ありがと。時間稼ぎの防衛、頑張ってね?」

 

その言葉に意外なセリフを聞いた、とばかりに目を丸くするマグマ。

だが、悪い気分ではなかったらしく、後ろ手に手を振って歩き去る姿は機嫌良さそうであった。

 

「オメーあんな素直に礼が言えたんだな……」

「普段は気にしなくていいのに、だもんね。だけど、今日は言いたかったの」

 

千空の呆れ交じりの驚きに反省の意を込めながら桜子は言った。

言った後大樹と杠の方に慌て気味に向き直り、今度は二人に向けて感謝を伝える。

 

「二人もありがとね、二人には色々やってもらってるからいつも助かってる」

「こちらこそ、だよ、桜子ちゃん。桜子ちゃんがいつも大変な事やってくれてるの知ってるからいつでも頼ってね?」

「杠の言う通り、こちらこそだな。すまんがこれからもよろしく頼む」

 

桜子からの感謝をうけて、二人も桜子へとありがとうを返す。

そんな彼女の姿を見て初めて会った時と比べて随分と変わったことを千空は内心だけで喜ぶ。

そろそろ作業に取り掛かるべきだなと思い声をかける、その寸前。

桜子が千空へと向いてこう言った。

 

「千空、貴方に一番感謝してる。ありがとう、私を見つけてくれて。ありがとう、救いをくれて。貴方がくれた沢山のものに心からの感謝を」

 

笑顔で伝えるその顔は咲き誇る桜のようであった。

 

 

まだ黎明とは呼べぬ丑三つ過ぎて寅の刻、イバラはふと目を覚ました。

なぜこんな時間に目を覚ましたのか不思議であったが、普段ならやっている事を今宵はやらなかったせいだろう。

そう思い、再び眠りに就こうと目を閉じた時、耳が聞き慣れない音を捉える。

どうせ目が覚めてしまったのだ、ついでに確認してしまおうと部屋の外へと出て近くの兵に尋ねる。

 

「ちょっと、今の音何?」

「あ、これはイバラ様、目が覚めてしまいましたか。いえ、自分も何かは知りません」

 

役に立たないね、と内心吐き捨てつつこの後どうするか考える。

目が覚めてしまったのだからもっと詳しく調べるか、それともさっさと寝直すか。

考えて、日が昇れば侵略者どもとの一大決戦が始まる事を思い出し、少しだけでも寝ておこうと思ったその時。

 

「ああ、そういえばモズが魚か鰐じゃないかと言ってましたね」

 

兵が思い出したようにそうこぼした。

 

「モズ君が? 彼先に起きてたの?」

「いえ、自分が夜番に入る前にも同じ音がしまして、それをモズがそう言っていたのです」

 

モズには例のやつの処分を指示していた、だから鰐が来たなら確実に処分できたと思っていい……のだろうか?

何やら胸騒ぎがする、チリチリと頭のどこかが警戒すべきと警告する。

 

「念のため御頭首様にその話伝えてくるね、報告が遅れて叱責は受けたくないしねえ」

「はっ、お疲れ様です」

 

そして、頭首の間に着いた時、イバラは自分の勘が正しい事を知る。

もぬけのからのそれを見た後、兵達に指示を出す。

 

「ちょっと大事が起きたよ、民たち全員叩き起こして集合させて。一人の例外もなしに集まるように、大事な、大事な話があるからね」

 

 

モズは今内心盛大に舌打ちしていた。

なぜならゆっくり寝ているところを起こされたから……だけではない。

もちろんそれもあるが、一番は宰相イバラの自己保身に関する勘の良さを侮っていた事を理解させられたからだ。

今、彼の視線の先には煌々と松明の火で照らされた広場が、そしてそこに集められた島民達の姿がある。

その島民達は自分の方を向いている、正確には斜め前に立って先程から熱弁を振るうイバラを見ていた。

ついさっきまでイバラは侵略者達がどれほど非道であったかを滔々と語っていた。

それによると自分は何人もの戦士に囲まれ、倒れた仲間たちを人質に決闘を強制されたらしい。

しかも勝ったのに仲間たちは解放されず、逆に殺されそうになったため屈辱を飲み込み島の危機を伝えるため逃げ延びたそうだ。

……これでイバラは俺に配慮しているつもりらしいから笑ってしまう。

俺はこれでも戦士だ、ハンデがいくらあったのだとしても勝敗をひっくり返すような真似はしたくない。

ただでさえ約束を反故にして逃げ帰ったっていうのに、勝敗まで変えては恥の上塗りではないか。

そう考えるモズであったが、イバラに言わせれば中途半端にすぎる。

逃げた時点で卑怯者なんだから、今さら一つや二つの恥の上塗りなど気にする必要はない。

勝者というのは最も強い者の事ではない、最後に立っていた者の事なのだ。

その辺り割り切ることができれば自分の地位を引き継ぐことだってできるだろうに、もちろん自分が死んだ後で、であるが。

各々勝手な考えを巡らせながらもイバラの演説は続き、とうとう肝である火計の説明に入る。

当然ながら聞いてすぐに頷く者はいやしない、だが問題ない、そのための小細工ぐらいすでに用意済みである。

懐から小さな布切れを取り出す、大きく皆に見えるように掲げながら演説を続ける。

 

「この布は御頭首様の祝福した油のかかった布、とは言っても見た目も何も変わらない、何の変哲もない布にしか見えないでしょ? 違うところを今から見せようじゃない」

 

言いながら近くの松明に近づける、火に当てた瞬間あっという間に燃え尽き灰になる。

灰になった布を拾い水をかけ二三回振って見せる、するとどうだろう、イバラの手には先ほど燃え尽きた布切れが戻っているではないか!

実際には同じように見える布切れを袖に仕込んでいただけだが、それを見破れたのはこの場ではモズのみ。

 

「さっきかけたのも御頭首様の祝福がかかった水、このように祝福さえかかっていれば元通りに戻れる! そう、奴らはそれを知っていたから御頭首様をさらったの! こんな非道を許しておくべき?」

 

そうだ! 許しておくべきではない! そういう声が聴衆の中から上がる。

これらはイバラの手ごまが上げたもの、つまりはサクラである。

そしてサクラの有効性は歴史の中で呆れるほど証明されている、すぐに同じような声がそこかしこから上がり始める。

次第に聴衆から『許すな』の大合唱が巻き起こる。

それが最高潮に達した時、イバラを両手を振って聴衆達に自分の声を聴く体勢にさせる。

 

「よろしい、おじさんも皆と同じ気持ちよ。さあ、侵略者たちを我々の炎で浄化しよう!」

 

おー! と聴衆からの鬨の声、もはやサクラの必要はなかった。

そうして死を恐れぬ暴徒と化した島民が進む先、それは当然ペルセウス号のある海哭りの崖。

扇動者であるイバラはそっとほくそ笑む、所詮島民たちなどこの程度、賢い自分にかかれば簡単に操れる程度だと。

そしてこの男が今までその地位を守ってこられたのは、ここまでやってもせいぜいが足止めぐらいにしかならないだろうと相手の戦力を最大限に見積もる慎重さ。

彼にとっての本命は自身の腰に揺れる袋の中身、決してこぼれないよう厳重に縛られたその中身である。

 

「これに触れて死ななかったやつはいないしねえ、死ななかったら人間じゃないって事でしょ」

 

その場合はそもそも話し合いを提案してこないだろうと思考を切って捨てている、捨てているがそれでも可能性が頭に浮かんでくるのはイバラの慎重さによるものだろう。

しかし、イバラが自分の地位を守るには外からの者を認めるわけにはいかない、彼が自身の地位に固執する限りこの激突は必至であったのだろう。

たった一人の欲望のためにこの激突は引き起こされた、と言っても過言ではない。

そして、千空達が全滅した時、人類繁栄の道は閉ざされる、少なくとも大きく後退するのは間違いない。

つまり彼は自身の欲のせいで、気づかずに人類の敵に回ってしまったのだ。

そうして西暦5740年2月23日の黎明時、現在の人類の大半が海哭りの崖に集まることになった。

人類が以前の繁栄を取り戻せるか否か、それは千空達の肩にかかっている。

 

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