「どーにも性に合わねえなあ、こそこそ隠れるってのは」
「静かにしていろマグマ、作戦は聞いているはずだろう」
「わーってるよ、だからおとなしくしてんじゃねえか」
森の一角、氷月ら3名は見つからないように隠れて移動し続けていた。
目的は島民側の指揮者であり扇動者でもあるイバラの身を抑える、もしくは首級を取る事。
最悪でも扇動をし続けられない状態に追い込むのがこの奇襲の目標である。
だが、一向に見つかる気配がない。
それゆえの焦れと先程のマグマの愚痴である。
「ふーむ、どうにも見つかりませんね。大将なのですから、自分の周りはがっちり固めていると思ったのですが」
立ち止まり、氷月がそう独り言を呟く。
無論島民が周囲にいない事を確認してからだが、それでも氷月としては珍しい。
戦況はどうやら予定通り膠着に近いようなので焦る必要もないが、イバラとてこのまま座視し続けてはいまい。
その前に決着できるようするための奇襲であったのだが、今の所成果をあげられそうな目処は立っていない。
無意識に打開策を欲しての独語だったのだが、まさか本当に出てくるとは思わなかった。
「結果がでてねえ事は前提が間違ってんだろ」
「どういう意味だ?」
氷月の独り言へのマグマの答えにコハクが解説を求める。
「どうもこうも、前提に沿った行動して成果がねえって事は、前提自体が間違ってるって事だろ。案外目立たないように、人が少ないとこにでも隠れてんじゃねえのか?」
「なるほど、モズ君とキリサメ君の実力差を鑑みれば思いつきそうですね。私と司君の実力を大きく見誤っていない限り、突っ込んで来られたら終わりというのは想像できるでしょう。あまり人がおらず、なおかつ全体を見渡しやすい場所を探しましょう」
マグマの説明に頷ける部分を感じた氷月はその意見をそのまま採用した。
驚いたのはマグマだ、とりあえずなんとなく思った事を言っただけなのになぜか採用されたのだから当然だ。
「おいおい、俺は適当言っただけだぞ、当たってる自信なんぞねえぞ」
「今現在の方針では成果でていないのは確かですからね、試すのも悪くないでしょう。それに人がいない場所の方が探しやすいですし、労力的な意味では安いものです」
そう言ってすぐに探索を始める氷月と微妙な顔でそれについていくマグマ。
「桜子の授業の成果だな、マグマ」
コハクはからかい半分、賞賛半分でそう言ったがマグマはますます怫然となるのであった。
さて、マグマと氷月の考えた事だが実は大正解であった。
イバラがモズのみを側に置き他の兵は前に出すことを決めた時、反対意見も出たが一言で黙る羽目になった。
「君らモズ君相手に足止めできたっけ?」
まさにぐうの音も出ない言葉であった。
モズとしても好都合であるので反対はしなかったが、正直都合が良すぎて気味が悪かった。
ともあれイバラを殺せればなんの問題もないと、護衛をするフリをしながらイバラに決定的な隙ができるチャンスを伺っていた。
そして、そのチャンスはとうとう訪れた、氷月らがイバラとモズの居場所を見つけたのだ。
「……居ましたね、二人は少々後ろにお願いします。モズ君はイバラを殺すつもりらしいですので、彼を止めてからイバラを確保しますよ」
静かに頷き、少し後ろに下がる二人。
彼らの役目は後詰だ、もしもイバラが思いもよらぬ手段をとってきた場合や、逃げ出した場合などの不測の事態が起きた時の対処要員だ。
まあ、おそらく出番はないだろうと思ってはいたが、手を抜いたりしたら後でなにを言われるかわかったものではないので油断なく構える。
そして、タイミングを見計らって一気に飛び出す氷月!
向かう方向が自分の方であることに一瞬驚くモズであるが、すぐにこう思い直す。
(裏切るっていう話を聞いていても、そんな素振りを大っぴらにするわけにはいかないか。お気遣いありがとう、ってところかね)
そうして数合受けて止めきれず抜けられたように装い、後ろから追って誤ってイバラを殺してしまうつもりであった。
氷月の方としてもモズが殺す気満々であるのは見て分かったので、それができないようにある程度突き放すつもりであった。
そして、二人はぶつかり合い槍を合わせる、イバラはそうなる事を期待していた。
期待していたが、ほぼ確実にそうなるだろうと予想していた。
モズも外からの人間も、即座に自分を殺すことはないとそれぞれの情報から推測していたから。
外の人間たちは甘ちゃんなのでなるべく殺したくはなさそうだし、モズも気づかぬうちに護衛対象が殺されては自身の名誉に傷がつくからだ。
そして今、その推測通りに強者二人が近接している。
今がこのお守りの使い時、そう確信して両者の中間あたりにその袋を中身がばらまかれるように放り投げる。
投げられた袋から溢れ出す粉状の物を見て氷月は目隠し、煙幕の類であると判断した、してしまった。
投げた瞬間イバラが全力逃走に移ったのだから当然だろう、そしてそれを追おうとしたのもまた当然。
結果、その粉を二人は浴びる事になる。
先に症状が出たのはモズだ、大声でも出そうとしたのだろう、その粉を思いっきり吸い込んでしまった。
「何処へ行くイバ……!」
その後の言葉は出ず、かっ、かっ、と呼気が上手く吐けない。
その症状は氷月にも出始めており、彼はそれがなんなのか聞いた事があった。
「フグ毒……!」
不味い、自然排出以外の解毒法が存在しない、自然界でも指折りの危険物。
逃げるイバラを追おうとする後ろ二人を手で制し、地面に『フグ」とだけ書く。
「どうしたのだ氷月! ……これは!」
「まさか今の粉末はフグの皮か!? なんつーもん使いやがったんだあの野郎!」
地面に書かれた二文字だけで理解してくれた二人に実にちゃんとしていると満足しつつ、少しでも酸素を無駄にしないため氷月は自分の意識を落ちるに任せるのだった。
最初に気づいたのは早く終わらないかなあと祈り、期待していた銀狼だった。
戸板すら無い門の前には司がいるため、他の者はただひたすら待機状態であり暇だったのだ。
時たま堀に放り込まれた島民を掬い上げる傍ら、氷月達が居るであろう方を何度も見ていたから気づいた。
「見て金狼! マグマとコハクちゃんが!」
「成功したのか!? ……いや、マグマが背負っているのは氷月だ!」
銀狼に言われてすぐに金狼も気づく。
マグマとコハクがそれぞれ誰かを背負い、必死の形相でこちらに向かっているではないか!
「大樹! お前の出番だ! 司と一緒にマグマらの救助に行ってこい!」
そして後方の龍水にもそれは見えており、即座危急の事態であると判断、大樹へと指示を出す。
出した瞬間大砲の弾のように飛び出す大樹、門を抜ける所で司も走りだし空いた部分は、
「前に出るぞ銀狼! 島民に怪我をさせるなよ!」
「ひええ、わ、分かったよお!」
金狼、銀狼のコンビが埋める。
戦力トップの司とパワーと体力ならその司をも上回る大樹は、文字通り島民達を吹き飛ばしマグマらの元へと辿り着く。
「すまん二人とも、助かる!」
「礼は後だ! すぐに陣の中に入れ!」
短く指示を交わし、マグマらが追われないよう後続を防ぎにかかる司と大樹。
だが陣内へと駆け込むマグマ達に目もくれず突出した二人を囲む島民達、彼らを取り囲むのは兵の中でも特にイバラに忠実な者達。
「こいつら、気配が他の島民と違う……? 大樹、気をつけろ! 何かを狙っているぞ!」
少しの間警戒して注意深く取り囲む者達を観察する司。
だが兵たちは積極的には動かず、ただ二人を逃さぬよう取り囲み槍での牽制を繰り返す。
もちろんその程度で止められるほど二人は弱くはない、すぐに包囲を突破するための隙を見つけ動きだす。
しかし、それこそが兵達の、イバラの狙ったタイミングであった。
怪我をさせないように盾で吹き飛ばそうと包囲の一角に迫った瞬間、後ろからかなりの量の小瓶が投げつけられ、その中身が二人にかかる。
「! 大樹! 止まる暇はない! 強引にでも突破する!!」
「分かった!」
無論その程度で怯む二人ではなく、悠々と突破、陣内へと帰還して見せた。
が、そこで二人とも膝をつく、小瓶の中身がかかった部分が激しく痛みを訴えていたからだ。
見ればその部分が酷く炎症を起こしただれてすらいる、すぐに飛んできた千空がそれを見て顔を青ざめさせた。
「すぐに洗い流せ! ……つっても、かかった場所が多すぎるか。クソッ! 大樹、司、オメーらも氷月とモズとかいう奴と一緒で石化行きだ! 早くキリサメのとこに行け、死んじまうぞ!」
二人は苦痛による苦悶の表情を隠すことすらできず、それでも自分の足でキリサメの元まで走っていった。
「千空! あれはいったいなんだ! 化学薬品ぐらいでしかあんな症状起こす物なぞ知らんぞ」
走り去る二人を見ながら龍水が声を荒らげる、化学をあちらが納めていたとしたらこの後もそれに警戒しなければという戦慄からだ。
「触れただけで症状がでる、そんなキノコなんざ一つしか俺は知らねえよ」
千空は激情が隠しきれていない無表情で地面を、そこに転がるキノコを指さす。
「カエンタケだ、奴さんこの汁を溜めていたんだろうさ。大した妄執だよ、世界中探してもこれ以上はない毒キノコまで自力で探し当ててんだからよ」
吐き捨てた後、スコップを持ってこさせ汁が落ちた場所を埋めるよう指示を出す。
「……これ以上同じような物があると思うか?」
「少なくともカエンタケはねえだろうと思う、元々生えやすいもんじゃねえ。だが、氷月が食らった方は分からねえ、河豚毒、テトロドトキシンは含有する生物は山といやがるからな」
「よし、皆この後は前に出るものは口元を覆ってからにせよ! あちらが粉を撒いてきた時は決して吸い込むなよ!」
指示を出し周囲を見渡す、相当不味い状況だ。
「司と氷月、強さ一位と二位が倒れた衝撃は流石にごまかせんぞ。便利な道具か何か隠し持っていたりせんか?」
冗談交じりにそう言う龍水だが彼自身もショックが大きい、軽口をたたくも顔の引きつりが隠しきれない。
「あるのは残念ながら花火ぐらいだ、手段を選ばなきゃやれるが、な」
「大砲代わり、か。被害がどれだけ出るか分からんな」
ノンリーサルウェポンなんて必要になると想像していなかった、自身の想定の甘さに内心忸怩たる思いがあるがそうではないと思い直す。
「コハクもマグマも無傷で帰ってきてる、防壁が攻略されたわけでもねえ。この後は当初の予定通り亀のように守って時間を稼ぐだけだ、それができる手札ぐらいこっちにはある、違うか?」
「ふぅん、その通りだな。いい加減司と氷月におんぶにだっこは辞める時期である、それだけの話だな」
口に出し一つ頷くと大きく息を吸い込み、全員に聞こえるようによく通る大声を上げる。
「予定通りだ! 予定通り時間稼ぎに入る、その時が来ればこちらの勝ちだ! 負ける要素なぞ、我々には無い!!」
龍水の一喝で動揺は大分収まってくれたようであるが、下がった士気が戻ったわけではない。
「……みんなの気合が入り直すような、そんなものがあればいいんだけどねえ」
ゲンの呟きは誰にも聞こえず戦場の喧騒に消えていった。
「大分予想外の事が起きてるみたいだね……」
呟くニッキーがいるこの場所は、船の中のスイカのための一室。
満場一致で幼いスイカを戦場が見える場所にいさせるのはない、となったのでニッキーがお付きとしてスイカとともにこの一室にこもっていたのだ。
だが、ニッキーも戦力という意味では立派に上位に入る人物。
不測の事態が起きている今の状況では遊ばせておく余裕などないのでは? そう思ったニッキーは少し不安の残るものの、賢いこの子ならば大丈夫だと判断し前線に出る決意を固める。
「いいかいスイカ、この部屋の中でじっとしてるんだよ? あんたは強い子だからね、出来るよね?」
そう言い聞かせ、スイカが頷くと彼女を一度抱きしめた後戦場へと向かい飛び出していくニッキー。
後に残されたのはスイカ一人、狭い部屋の中で膝を抱える。
やっぱり自分は意気地なしのままだ、今もこうやって小さくなっているしかない。
そんなとき、ふと何か聞こえたような気がして顔を上げる。
しかし部屋の中は相変わらず自分だけであり、ただの気のせいだったのだろうと再び顔を下げた。
そして下げている時、ふととある考えが頭をよぎった。
せめて皆を応援するのはどうだろう、と。
そうだ、それに応援歌という物もあるそうではないか、何もできない自分だけど、せめて頑張っての気持ちを歌にのせて聞いてもらおう。
そう考えた途端、いてもたってもいられなくなり部屋を飛び出すスイカ。
臆病な自分だけど歌っている間はそんな事も忘れられた、今も外では怖い事が起きているのだろうけど歌えばそんなのきっと吹き飛ばせる。
一握りの勇気を胸に、沢山の頑張ってを伝えるために歌姫は戦場へと走った。