イシからの始まり   作:delin

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戦場に響く声

「ねえ千空ちゃん、司ちゃんや氷月ちゃんをすぐに石化から戻しちゃダメなの?」

 

少し珍しく焦った顔でゲンがそう訊ねる、彼も現状が楽観視できるものではないのがよくわかっているからだろう。

だが、その事は千空とて考えなかったわけではない、一つの懸念が即座の石化解除を躊躇わせているのだ。

 

「石化解除の修復効果ってのは、どこまで有効なんだろうな」

「どゆこと?」

「あいつらがくらったのは毒だ、物質として存在してるもんだよなあ。それが無毒化するのか? それとも石だから効果発揮しないだけか? 最悪の場合毒まで保存されてそのまんまって可能性だってある、だからあいつらの石化解除は最終手段、切り札としておいときてえ」

 

ゴクリとゲンが息を呑む、つまりはこういう事だ。

毒がそのままならば、何度も何度も石化と解除を繰り返して毒が抜けるのを待つしかない。

洒落にならない事態であると今更ながら気づき、思わず周囲を見回す。

 

「安心しろ、誰かに聞かれるような間抜けな事はしてねえ。だからオメーも黙っとけ、いいな?」

 

強ばる体を動かして無理にでも頷いてみせるゲン。

顔は青ざめ手は震える、無理もない事だが友人が死ぬかもしれないとなったら流石に恐怖を感じずにはいられない。

ふと気づき、千空の顔をマジマジと見る。

自分が恐怖を感じるなら、一番の親友が死に瀕している現状の千空はどうなのだろう。

見た目では変わっているようには見えない、まさかなにも感じない冷血漢でもあるまいに、冷静さがですぎではないだろうか?

 

「大樹や司の体力なら大丈夫だ、ゼッテー死にゃしねえ」

「強いね、千空ちゃんは……」

 

少し自分の弱さがいやになりながら、半ば独り言のように言ったのだが千空の手を見てそれが間違いだと分かった。

震えている、近くで見なければ分からないだろうが、顔は強張り、手は震えている。

 

「へっ、今頃気づいたかメンタリスト。ああそうだよ、こんなもんただの強がりでしかねえさ」

 

絶句、未だ成人もしていないはずなのになぜそこまでできるのか。

 

「指揮官は弱音を見せちゃならねえ、龍水にも、あのもやしにも言われた事だ。なら、俺はこうしてなきゃいけねえ、そう思っただけだ」

 

それができる人間が何人いるというのか、ゲンは改めて思う。

 

「強いね、千空ちゃんは。本当の意味で、ね」

「これしか今はできねえからな、所詮俺は科学屋だ。事前準備がなけりゃろくに何かもできやしねえ」

 

そう自嘲する千空だが、彼がやった事を聞いて今なにもできていない事を誰が責めるというのか。

移植実験の後はクロムの方へと周り、それが終われば防壁のチェック、最後にはギリギリまで作戦の確認、とやっていた事は多岐にわたる。

たった一晩で形になったのは皆の力もあるが、千空抜きでできていたとは到底思えない。

とは言えど、事ここまで至った時点では彼にできる事はこうやって強い姿を見せるぐらいだ。

 

「まあ司と大樹に関しちゃ安心しろ、なんてったって俺でも石化解除からの復活ができたんだ、あいつらができねえわけねえだろ」

 

体力お化けどもだからな、そう軽口を叩いてみせる千空。

ゲンにできるのはその軽口に乗ってみせる事。

 

「なあるほど、それは確かだねえ。千空ちゃんでもできたんだ、ならあの二人にできないはずないよねえ。つまり、いざという時復活してもらってあっちの度肝を抜く作戦、って事だね?」

「おいおい、あんま大声で言うなよ? 作戦がバレるじゃねえか」

 

ワザと大声で周囲に聞こえるようにいって見せたかいはあったらしく、目に見えて安心した顔がちらほら見える。

ただ、もう少しだけ、ほんの少しでいいから何かできる事が欲しい、そんな風に思っていた。

 

 

羽京は後に述懐している、もし自分に氷月のような覚悟があったなら、あれは止められていたかもしれない、と。

弓という武器は手加減には不向きである、特に傷つけずに押さえ込むとなると達人でも難しい。

故に羽京は弓を使わずに他の皆と同じように棒で対処していた。

何度目か数えるのも忘れるくらいの回数目、堀を泳ぎ渡ってきた島民が防壁を登るのを阻止する。

あっちだって馬鹿ではない、門の所が一番防御が厚い事ぐらい数回で理解する。

そうなったら別の場所から攻めるのは当然だ。

幸い水に濡れた時点で人間松明作戦は諦めるようであるが、濡らさないようにして堀を渡り始められたらもっと厳しくなるだろう。

壁にしている丸太は切ったばかりで生木状態だし、たっぷりと濡らしてあるので早々燃えはしないが焼かれた島民を助けるのは難しいだろう。

まだその発想を得ていないだけかもしれないが、今の所は対処可能な状況だ。

そう、今の所は、だ。

時間と共にこちらの体力は削られ、合わせて集中力も削られていく。

もちろんあちらも条件は同じだが、あちらは攻め手だしそもそもの人数が違う。

交代で休めるし、なんなら攻勢を緩めればいい、そして攻勢が緩んでもこちらはしっかりと休む事はできない。

いつ激しくなるか分からないから、常に気を張っていなければならないからだ。

現代戦が先制攻撃ありきな形になったのも宜なるかなである。

時間を稼げばいいだけであるが、やはり司と氷月が毒でやられたことが全体的に響いている、あれで防衛力も士気も目に見えて落ちた。

千空とゲンの会話で多少持ち直したみたいだが……

 

「このままだと戦線崩壊の方が早いよ、うちの指揮官達はどうするつもりかな」

 

落としても落としても何度も這い登ってくる島民達に辟易し、思わず愚痴がこぼれる。

それが起きたのはそんな先の見えない不安が羽京にすら影響を与え始めた頃の事であった。

 

 

防壁の隅、敵も味方も今は注目していない場所に櫓が一つ、ポツンと立っている。

これはちょっとした連絡の齟齬が産んだ頑張りの産物である。

頭首が目覚めた後には島民の説得をしてもらうのだが、その舞台が必要だろうと誰かがぽつりと言ったのだ。

そこで慌ててこの櫓が組まれたのだが、予定の場所は門の所。

スピーカーを配置し電気用のケーブルまで引き終わっていたのだが、無線の方で船のスピーカーと繋げてやるとの事でまさに無駄骨。

なんとなく悔しいのと時間がないので解体せずそのまま残している状態であった。

当初こそイバラもそれから降ってくるであろう飛び道具を警戒していたが、今となってはそれすらもない。

こうして奇妙な形で戦場に程近くありながら、誰からも意識されない場所が生まれていた。

だからこそ、この場所に誰にも気付かれず彼女はたどり着いた。

船から伸びる電気のケーブルをたどり、皆にエールを届けようという一心でマイクをとった。

 

「スイカの歌を聴いてー!!」

 

その瞬間、確かに戦場の全員が櫓へと注目し、そして響き出す『one small step』。

突然に流れ出した場違いに綺麗な歌声に誰もが呆気に取られ動けない。

そんな中、一番に動き出したのはゲンだった。

 

「ななななああぁぁぁ! なにしてんのスイカちゃん!!」

 

一番混乱を露わにしていたのも彼だったが。

 

「なに? 貴様の策ではないのか、浅霧幻!」

「そんな訳ないでしょ! なんであの子を危険に巻き込まなきゃいけないの!!」

 

その混乱っぷりにこそ面食らった龍水が強い口調で問えば、もっと強い調子で返すゲン。

 

「ゲン! ここで言い争ってる場合か!? とっととスイカのとこへ行ってこい!」

「そうだね、そうさせてもらうよ!」

 

そのまま口論に発展しそうな気配を感じた千空が声をかけなければ無駄な喧嘩が発生していたろう。

 

「すまんな千空、流石に予想外にすぎた。もう少しおとなしい子供だとばかり思っていたが……」

「オメーがそう思うのも無理ねえさ、俺だって予想外だ」

 

そう口にする千空だが、そこまでの衝撃は感じていない。

なぜなら世界が少しずれていれば、ペルセウス号に密航をするほどの行動力の持ち主だ。

もちろん必ずそうなるとは言えないが予想を超えてくるぐらいでは驚けない、というのが千空の正直な感想である。

 

「しかし……あの子の歌は思った以上に影響が出ているな」

 

龍水が防壁に目をやれば、そこには気炎万丈な者がちらほらと見える。

そういえば、あれは翠花の追っかけをやっていた者達ではないだろうか?

それに引きずられて周囲の者も勢いを取り戻しているようだ。

 

「守るべきものを思い出した、といったところか? 先程までとは皆表情が別物だ」

「こりゃまさに干天の慈雨だな、喉から手が出るほど欲しかった士気高揚が見事に叶いやがった」

 

こちらの勢いに押されたのか、島民達の攻勢も鈍っているように見える。

千空には情報が足らずに原因が分からないが、攻め手が緩むのは大歓迎だ。

 

「今だけ見りゃ歌い続けさせるのが正解だが……その辺の調整はゲンにお任せだな」

 

スイカに歌わせることのメリットとスイカを危険に晒すデメリット、そのバランスを取るぐらいゲンならできる。

その信頼感から千空は櫓周辺の事を見ずにいたのだった。

 

 

ゲンが櫓へと着いた時、歌はちょうどサビが終わった所であった。

走って櫓まで来て息を整える事もせずに歌いだしたのだろう、スイカはマイクから口を外し少し苦しそうに下を向いていた。

スピーカーから聞こえてくる歌声で無事なのはわかっていたが、やはり直接見ると安堵感が違う。

 

「スイカちゃん! なんで船から出てきてるの!」

 

そしてその反動でもある『何故わざわざ危険な場所に来てしまったのか』という憤りから思わず声を荒らげてしまうゲン、しまったと思ったが口から出た言葉は戻せない。

案の定スイカは口を真一文字にし、再び歌いだそうとマイクを口元へと動かした。

 

「まってスイカちゃん! 歌う前になんで部屋から出てきちゃったかを教えて!? そうじゃなきゃ無理にでも部屋に戻さなきゃいけなくなっちゃうんだ」

 

ケーブルをつかむゲンを見て、それが本気であると理解したスイカは渋々ながらゲンへと向き合う。

 

「もう、もう置いてけぼりは嫌なんだよ、スイカは皆みたいに力があるわけじゃないけど……」

 

言いたい事が多すぎて胸につかえるのだろう、そこでスイカは一度言葉を切ると大きく息を吸い込む。

 

「せめて皆に『頑張って』って伝えたいんだよ!」

 

上手く言葉を紡げないなら一番言いたい事だけでも伝えたい、そんな感情がひしひしと伝わってくる精一杯の言葉であった。

そんなスイカの全力を受けたゲンは目を彷徨わせる、否定材料が欲しいのか肯定材料が欲しいのかも分からずに。

防壁を見れば雄たけびをあげる誰かの姿、というか内容が、

 

「アンタ達、邪魔すんじゃないよ!! あの子を一人にする羽目になってんのはあんたたちのせいなんだかんね!!」

 

だとかいっているので間違いなくニッキーだろう影が見えたり、門の前では体に火がついた瞬間にマグマや金狼、銀狼らに堀に叩き落される島民が見えたりするし、何だったら防壁の外側で松明を切り飛ばすおそらくはコハクだろう姿が見えたりしている。

スイカが歌う前とは明らかに勢いが違う、ゲンの中で冷徹な理性の部分が歌をやめさせるのは有り得ないとささやく。

では感情の方はどうか? 実はこちらも陥落寸前である。

なぜなら、先程の言葉で感情が高ぶりすぎたスイカの目には大粒の涙が湛えられていたからだ。

観念してここで歌う事を認める事にし、その旨を伝えるため口を開く。

 

「はあぁぁ、泣いてる子には勝てないよね。いいよスイカちゃん、歌って……」

 

ため息交じりに出される許可の言葉は、しかし途中で途切れる。

彼の、ゲンの目にあるものが映ったからだ。

 

「スイカちゃん危ない!!」

 

それは、スイカに向けて飛んでくる槍であり、それを認識した瞬間、ゲンはスイカを突き飛ばしていた。

そして、槍は彼の胸へと吸い込まれるように突き刺さり、

 

「あ……」

 

鮮血が舞う。

 

「ゲンー!!」

 

スイカの悲痛な叫びが戦場を覆った。

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