イシからの始まり   作:delin

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想いを込めて

実は島民側にもスイカの影響が出ていた。

スイカの姿を見た時点で心ない侵略者でしかなかった相手から、幼子もいる同じ人間であると気づかされたからだ。

気づいてしまえば冷静さも戻ってくる、そして冷静さが戻れば誰も殺されていない事実にも気づく。

そうなってしまえば島民の心に疑問が湧いてくる、本当に争う必要があったのだろうか? と。

そういう心の動きを一番理解していたのは、宰相イバラ、この争いを引き起こした扇動者である彼であった。

故に、その行動は迅速果断、歌声が響き始めた頃には近くの兵から槍を奪いとり、投げやすいように先端横の石を外す。

そして、歌い手をみつけるとそこへ向けて走りだす。

堀の少々手前辺りで投擲、助走の勢いが十分乗った槍は狙い違わず歌い手へと向かい、そしてゲンによって歌い手は間一髪でその命を拾った。

その結果に舌打ちするイバラ、だが、まあいい、もう一度やればいいだけだとまた近くの兵から槍を取る。

そして取った所で慌ててその場を飛び退く、防壁から槍投げのように棒が飛んできたからだ。

 

「あいつだ! あいつがあの槍を投げたんだ! 少し足止めしてくれ!」

「羽京さん、どちらへ!?」

「僕の本来の得物を取ってくるんだよ!」

 

投げたのはどうやら羽京とかいう奴のようだ、こちら側の防壁を守る連中の中でも特に動きのいい男。

本来の、などと言っていたことから、次は今投げられた棒より鋭い攻撃が飛んでくると予想できる。

一度痛い目を見たのだ、もう歌わせようとはしないだろう。

なら狙われる危険を犯してまでこの場に留まる理由もない、そう判断し早々に後ろへと下がるイバラ。

その背を追うようにいくつかの石などが投げられたが、どれ一つ当たらずに悠々と後方へ下がられてしまうのであった。

 

 

「ゲン、ゲン、しっかりするんだよ、死んじゃダメなんだよ……」

 

力ない声でゲンを揺するのはスイカだ。

彼女の頭の中は今後悔でいっぱいだった、自分が余計なことをしなければゲンはこんな目にあわなかった。

これは自分が良い子でいなかったせいだ、そんな風に自分を責める言葉で頭がいっぱいだった。

 

「……ス、イカちゃん?」

「! ゲン、大丈夫なんだよ!?」

 

か細い声で自分の名前を呼ぶゲンに、生きていてくれた安堵とこのまま死んでしまうのではという心配で胸を詰まらせながら声をかける。

薄らと開けた目でスイカの無事な姿を見てゲンは弱々しく笑った。

 

「ああ、無事で、よかった」

「うん、うん! ゲンのおかげなんだよ、ゲンが守ってくれたから、スイカは無事だったんだよ」

 

その笑顔の儚さに不安が膨れ上がったスイカはゲンに縋り付く、まるでどこかへ行ってしまわぬよう引き止めるみたいに。

ゲンは不安がるスイカを安心させるように頭を撫でると、静かにお願いを口にした。

 

「ねえ、スイカちゃん、俺、君の歌が聞きたい、な」

「スイカ、の?」

「うん、今の君の、気持ちを乗せた……歌が、聴きたいんだ」

 

それはまるで遺言のようで、

 

「……だめ、かな?」

 

スイカには頷く事しかできなかった。

彼女が立ち上がりマイクをとった、ちょうどその時千空と羽京は櫓へと飛び込んできた。

スイカはそれに驚きを見せたが、すぐに目だけでゲンを頼むとマイクのスイッチを確認する。

それがonである事を確認すると、静かに息を整えて、今の気持ちに一番あった歌を歌い始めた。

 

 

羽京が自分の弓を持って櫓へと向かったのはそこが一番高い場所であった事と、ゲンの状態を知るためであった。

そこで目にしたのは衣装の所々を赤く染めたスイカと、胸元を真っ赤に染めて床に横たわるゲンの姿だった。

最悪の事態として想像はしていたが、いざ目の前にあると衝撃が違った。

頭に血が昇り、周りの音も上手く聞こえない、かろうじて残った理性でゲンの怪我の状態を看る千空を視界に収める。

しばらく首元や瞳孔を確認する千空、難しい顔でなにも言わない彼に我慢しきれず声を荒らげた。

 

「千空、ゲンは無事なのか!」

 

ほぼ詰問に近い問いかけに、千空はそっと首を横に振りながら答えた。

 

「……ゆっくりと、寝かせてやってくれ」

 

一気に理性が飛んだ、怒りで目の前が真っ白になり初めて覚える感情に全身が支配される。

その感情、殺意に導かれるまま踵を返し飛び出そうとするが、千空に腕をつかまれ止められた。

 

「……放してくれないか千空、やらなきゃいけない事があるんだよ」

 

千空の力程度すぐにでも振りほどけるが、今の精神状態では力の制御ができそうにない。

怪我をさせたくはない、だからなけなしの理性を総動員して言葉で放してもらおうとする。

 

「なにを、ってのは想像できてるが、一応聞いとくぜ。やらなきゃいけない事ってなんだ?」

「わかってるなら言う必要もないだろうけど、一応言っておくよ。ゲンをこんな目にあわせた奴を撃ちにいくのさ」

「そうだろうなと思った、だがだめだ、ここでスイカの守りをやってくれ」

 

ギシリ、力の入りすぎた奥歯から軋む音が聞こえる。

掴まれた手を無理矢理振りほどき、振り向いて感情のまま言葉を叩きつけた。

 

「やったのはイバラだ! 聞いていた特徴と一致していた! 君は、友人を何人も傷つけられ、殺されて我慢できるのか!」

 

誰がやったかまでは知らなかった千空は、それでも片眉を跳ねさせるだけで表面上は抑える。

無論内心は嵐が吹き荒れているが、今はそれを出すべき時ではない。

なぜなら……

 

「羽京、オメーは頭に血が昇りすぎだ。少しでいいから、落ち着いて耳を傾けてみろ」

 

その自覚はあったが、耳を傾けろ?

一体なにを言っているのか、わからずとも聞こえる音に意識を向ける。

その途端、羽京は先程までの自分を恥じいる事となった。

 

「マイクが入ってたからな、ゲンの最後の願いは全員が聞けたはずだな? スイカの奴が気持ちを乗せた歌だ、そいつにゃ倣うべきだろうよ」

 

スイカが歌っているのは復活者ならみんな子供の頃に聞いた歌。

この世のどこにだって泣く事もある、笑顔になる事もある、お互いに支えあって生きていく世界なんだ、笑いあえればみんな友達だ、せまくておなじなまるい世界、そんな皆で手をとりあって生きていける世界であってほしい、という願いの込められた歌であった。

 

「……傷つけられても、何度傷つけられても、それでも傷つけたくない。そういう解釈でいいのかな、これは」

「そうだと思うぜ? で、ちっさなガキがここまでの覚悟を見せたんだが、年長者としちゃどうする?」

 

さっきまで怒りで昇っていた血は今や耳や顔に周り、顔周辺を真っ赤に染めていた。

羽京は羞恥に震える声を押さえて千空へと返答する。

 

「怒りを収めるしかないじゃないか、子供より自制心がないなんて大人として情け無い限りだよ」

 

これ以上の醜態は晒せないと両手を上げて降参の意を示す羽京。

それを見て千空はニヤリと満足気に笑うと改めて同じ指示を出す。

 

「このままスイカには歌わせるつもりだが、また同じことを許しちまっちゃあ間抜けの極みだ。もう一度来るとは限らねえが、来たとしてもオメーなら防げるだろ」

「了解だよ、……ゲンは、どうする?」

「ここでスイカの歌を聞かせてやってくれ、多分それが一番嬉しいはずだろうからな」

 

この場の最大の殊勲者へと向ける二人の視線は少しの寂しさと最大限の敬意の二つであった。

一度首を振って意識を切り替える羽京、確認しておくべきことが一つある。

 

「防ぐ際に多少の怪我程度は構わないよね?」

 

小声で千空のみに聞こえるように言った言葉には僅かな剣呑さが含まれる。

 

「ああ、もちろんだ。ねえと思うが、イバラの奴だったら手や足を貫くぐらい問題なしだ」

 

こちらも小声で返す千空の声は普段より大分低い、相当腹に据えかねているようだ。

 

「意外だね、てっきり止めるかと思ったけど」

「俺だってな、ダチをこんだけ傷つけられて多少はトサカに来てんだよ」

「安心したよ、アイツを無傷で許すんじゃないかって不安だったんだ」

「馬鹿言え、あの野郎には全てを失ってもらうつもりだよ」

 

小声で交わされる会話は他者に聞かれるほどの大きさではないが、もし聞く者がいれば普段あまり怒らない人間ほど怒ると怖いなと思うかもしれない。

ふと視線を横たわるゲンへと向けた羽京は、その顔が引きつってるような気がした。

少し怒りすぎたかな、そう思った羽京は深呼吸を一つ、改めてスイカを守ることに集中する。

その姿を見て、もう大丈夫だと確信した千空は一声かけた後戻ることにした。

 

「んじゃここは任せるぜ、俺は龍水のとこへ戻る」

「分かった、槍一本、石一個も投げさせやしないよ」

 

頼もしい言葉だと一つ笑った後、龍水のいる指揮所へと戻る。

その間に戦場を見れば気合が入り直したのだろう、歌が流れる前とは打って変わって次々と島民たちを無力化させていっている。

この調子なら大分持つな、そう思いながら千空は船へと視線を向ける。

 

「後はオメーらの頑張り次第だぞ、カセキ、クロム、杠、……桜子」

 

強く思えば伝わるわけではない、そう理解している千空だが伝わればいい、なぜかこの時はそう思った。

その心の動きを非科学的だと自嘲すると、今度は振り向かず指揮所へ急ぐのだった。

 

 

 

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