「そろそろ、いい加減、いい時間なんだけど、まだ終わんないの!?」
「泣き言を言うな銀狼! きっともう少しのはずだ!」
戦いが始まって数時間、太陽はもうすぐ中天へと届こうとしていた。
予定ではもう移植は終わり、頭首の言葉で戦いは終わっているはずであった。
それが未だに戦いは続いており、そのせいで皆の体力は限界へと近づいていた。
「なにか不具合でもあった、と言った所か。後どのぐらい保たせればいいかは、知りたい所だ」
銀狼にはああ言った金狼であるが、彼だって全身に疲労を感じている。
終わりが見えない、それだけで人は精神力は削られるものだ。
いつまでというのを明確に知りたいと思うのは人の性だろう、それを気にしない者もいるが。
気合いの声と共に後ろへと放り投げられる島民が一人、慌てて後ろの船員達が縛り上げる。
「いつまでだろうと関係ねえ、来るなら全部伸すだけだ」
「同感だな、私たちのやる事などかけらも変わらん」
人一人放り投げながらそう言ってのけるマグマの横で、また一人気絶させながらコハクが応える。
「あーもう、これだから脳筋コンビは。二人と一緒にしないでよ! 僕は普通の人間なの!」
コハクが気絶させた島民を手早く担ぎ上げながらそういうと、銀狼はすぐさま後ろへと下がる。
しばらく前までは他の船員がやっていたのだが、すでにその余裕もなくなっており仕方なく銀狼が運んでいるのだ。
「あれだけ騒げるならまだいけそうだな」
「手加減してやってくれコハク、後で愚痴を聞くのは俺なんだ」
「銀狼なら女どもに褒めさせりゃそれで満足すんだろ、どいつも余裕があるわけじゃねえから限界まで絞り出させろ」
俺は別だがな、そう言うマグマの額にも酷い汗が浮かんでいる。
防衛の状況を素早く見渡した金狼の見立てだと、もって後1、2時間といった所だろう。
その前にやり遂げてほしいのだが……
「あれこれ要らねえ考え回してんじゃねえぞ金狼、俺たちゃ自分の役割をこなすだけでいいんだよ」
「桜子達ならば絶対にやってみせるから心配するな、そう言っているわけだなマグマ? 私もその意見に同意するぞ、あちらには義兄もいるしな」
コハクの揶揄いに怫然としながらも、否定できずにいるマグマ。
その顔がおかしく感じてつい吹き出してしまう。
「何笑ってんだテメエ!」
「まだ笑えるという事は金狼、君もまだまだやれそうだな?」
「まあな、夜までだろうと明日の朝までだろうとやってみせるさ」
歌もまだ流れている事だしな、そう金狼が続けようとしたその時であった。
あっ、と言う声が上がり歌が途切れたのだ。
皆が思わず櫓の方を見るが、次にスピーカーから流れ出した声に武器を下げることとなった。
時間が経つにつれて焦りを一番増しているのはイバラ自身であった。
当初こそ予定通りに進み、モズと槍使い、長髪男と短髪男を上手く排除できたまでは順調だった。
だがその後が振るわない、門では金髪ゴリラ一号二号と槍使いどもに阻まれ、壁を越えるのも全く成功しない。
それでも島民どもが熱狂している間はよかった、忌々しきはあのガキ。
あのガキが歌い始めてから熱狂は薄れ、あちらのやる気は一気に上がってしまった。
もう一度槍を投げつけてやろうと近づけば、恐ろしいほどの威力と精度の矢が降ってきて断念せざるを得ない。
あの時咄嗟に横の兵を盾にしなかったら自分は肩を貫かれていたろう、故に仕方なしに放置していた。
どうせ歌などそんなに長く歌えない、同じ歌を繰り返すだけならすぐに慣れて無視できるはず、そう思っていたが結果大失敗だ。
同じ歌などほぼなく、間も息継ぎの他は余韻を楽しむためのものぐらい。
それが未だに続いており、島民どもの熱狂はほぼ冷めてしまっている。
戦いが続いているのは自分が檄を飛ばしているのと、後はほぼ惰性で続いているだけだ。
つまり自分がいなければすぐにでも戦いは終わってしまう、イバラにとってそれだけは、敗北だけは認められない。
敗北すれば全て失ってしまう、地位も名誉も、下手をすれば命すら。
だからこそ声を張り上げ檄を飛ばす、段々と効果が薄れている事を理解しながらも、である。
「どいつもこいつも役立たずばかり……!」
モズは裏切り者として自分で切り捨てた、キリサメは頭首が石像だとバレた時点で敵に回っているだろう。
では残ったオオアラシはというと、
「あの筋肉だけのバカが! あいつが何も考えず突撃して、あっさりやられなければまだやりようはあったのに!」
熱狂に酔いすぎて司へ無策突撃、あえなく気絶から捕縛のコンボをかましていた。
そして毒はもうない、アレらは製法を知られたくないがために自分だけで用意した物だ、当然量は限られる。
つまりこの状況を打開できる手札がもうない、その事実がイバラに重くのしかかる。
なぜ? その言葉が彼の頭の中を駆け巡るが答えは出てこない。
もしも全てを知れる人間がいればこう言っただろう『身から出た錆、ただの自業自得だ』と。
モズはイバラの残酷さについていけずに、キリサメは頭首の威光を盗んでいただけという事実から、そしてオオアラシはイバラが焚き付けたものが燃え上がっての特攻である。
毒の製法を知られたくなかったのだって自身に向けられないようにするためとあっては自業自得と言わずに何と呼べるのか、誰であってもそう言う他ないだろう。
それでも彼は往生際が悪かった、だから歌が途切れた瞬間、しめた、そう思ってしまった。
絶望は希望が折れた時が一番深くなるもの、すぐに聞こえ始めた声の主が誰かを理解した瞬間、イバラは膝から崩れ落ちるのだった。
人工ダイヤの作成は順調にいった、それを使っての研磨も簡単とはいかずとも想定範囲内で進めることができた。
ならばなぜ予想より時間がかかったのか? それは考えてみれば当然の話であった。
「視神経?」
「そう、この位置だと視神経が繋がらないかも」
鸚鵡返しに聞いてくるクロムに青い顔で桜子は答える。
人間一人一人の顔をよく思い出してくれればわかるだろうが、目や鼻、口の位置は人によって違う。
そして運のない事に血液型が一致し、必要なパーツの揃った石像は一つだけだったのだ。
「つまり、そのまま形整えてくっつけておしまい、って訳にはいかないってこったな?」
「そういう事、口だったら頬だけだから少しくらいずれてもって思うけど、これだと鼻腔や副鼻腔を潰すか片目が見えなくなるかの二択ね」
もしかしたらずれていても修復効果が視神経を繋げてくれるかもしれないが、ただでさえ賭けの要素が強いこの移植手術に更なる博打要素を詰め込む事になる。
外れた時に痛い目見るから博打は楽しい、などとほざける程人生を捨てていない彼女らとしては躊躇して不思議ない事態である。
それでも躊躇っていられる時間などない、そう理解している桜子は決断を下す。
「なあ、移植って丸ごとじゃなきゃダメなのか」
そして、その決断を口にする前にクロムが呟いた。
「? えっと、何が言いたいの?」
「だから……」
移植する予定の顔部分の目と鼻の間を指でなぞるクロム。
「この間の部分、削っちゃ駄目なのか?」
「あ……!」
その発想はなかった、だってそれは人間の体を切り刻むことになるからだ。
「オメーの言いたいことは分かるぜ、でもよ、今更じゃねえか。俺らはもうこの人の顔を好き勝手に弄ってんだ、これにもう一つや二つ加えたってどうってこたねえよ」
そう嘯くクロムの手は、よく見ないとわからないぐらいに小さく震えていた。
一つや二つなどとワザと軽く言ったのだろうが、軽い訳がない。
石像は完全に人間の体そのものであるため断面は血管や骨がはっきりと分かるのだ、それを見てただの石像だと自身に言い聞かせるのは少々どころではなく無理がある。
それを分かっていながらもその提案をした、それがどういう意味か鈍い桜子でも理解できた。
「分かった。クロム、貴方の案を採用します。目と鼻と口のパーツごとに分けてから位置調整、隙間がなるべく空かないように削ります。削りカスは捨てないで、酷く空いた隙間をそれで埋めるから」
決断を口にして行動を開始する、血管部分や骨の部分のカスを混ぜて大丈夫なのかという疑問はこの際無視する。
元々無茶がある計画だ、それぞれの機能が十全に発揮してくれるならそれで十分。
目が見えなくなったり呼吸がしづらくなったりしなければ御の字だ、そう決めて顔の各部を削っていく。
これが人の肉体である事実は忘れて一心不乱に形を整えていく四人、その甲斐あって予定の時間より少し過ぎる程度で作業は完了した。
聞こえてくる歌声に励まされたのもきっとある、今必死になって守る皆のためでもある、だが、それ以上に無意味な争いを終わらせたい一心でやり遂げた。
カセキや杠の腕がよかったのだろう、大きな隙間などは生まれずに欠けた部分を埋めることができた。
これなら解除しても血が吹き出して死ぬ事はない、そうと思える程度に整えられた頭首の石像の前に立つ桜子。
固唾を呑む三人が見守る中、ゆっくりと復活液をかけていった。
羽京は今最悪の事態に備えて行動すべきか悩んでいた。
そろそろ防衛は限界が近い、頭首の手術か説得が上手くいっていないのなら大きな方針変更が必要だろう。
正確には傷つけずに防衛するのが限界なのだ、手段を選ばないのならばここからでもいくらでもひっくり返せる。
そのぐらいの技術格差があるのだ、ここまでの苦戦はこちらが勝手に条件を厳しくしていたにすぎない。
ただ、方針変更するならば、スイカとゲンは船に置いておきたい。
無理にでも連れて行くべきなのだ、何時間も歌い続けているせいでスイカの喉は限界が近い。
途中何度か水を飲ませたりもしたが、焼石に水である。
羽京しか気づいていないが少しずつ歌声が掠れてきている、ここらが潮時である、そう思い始めた時だ。
船の方から数名分の駆けてくる音、その中には聞いたことがない足音が含まれていた。
ふっと気を抜きかけて首を振る、ここで何かやられるような事になれば悔やんでも悔やみきれない。
防壁の方を向いて警戒を続けていればその足音はすぐに櫓へと到着する。
「まったく、待たせてくれるじゃないか。効果は期待させてもらうよ?」
「待たせてごめん! すぐにでもやってくれるそうだから、マイクを使っても?」
スイカはそういえば自分が使っているマイクは元々そのための物だったと思い出し、すぐにその見知らぬ男性にマイクを渡す。
「これに向けて話せばいいのですな?」
「はい、それでこの海鳴りの崖全体に届きます」
その男性はマイクを受け取ると、ゆっくりと堂に入った声で島民へと呼びかける。
「私は現頭首のシャトルである、皆に告ぐ、今すぐに争いを辞めよ。私はこの通り無事である、これ以上の無意味な争いを辞めよ。この後に外からの者達と話し合いの場を設ける、陳情も弁解もそこで聞く。繰り返す、今すぐに争いを辞めよ……」
島民たちの争う理由が消えた瞬間であり、この島での争いが終わった瞬間でもあった。
大きな歓声が上がり、そちらへと桜子達が視線を動かすとそこには駆け寄る千空達の姿。
桜子達は四人で視線を交わし頷いた後、誇らしげな笑顔とピースで彼らに応えるのだった。