イシからの始まり   作:delin

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罪と罰

「よくやった、いい仕事してくれたぜ!」

「遅くなっちゃってごめん、三人のおかげでなんとかこの時間で済んだって感じだよ」

 

そう笑顔で言葉を交わしあう千空と桜子に杠が袖を引いて嗜める。

無言でのそれに首を傾げる桜子と頭を掻きながらあーとか声を上げる千空。

皆の視線の先、そこには横たわるゲンの横で悲しげに俯くスイカと静かに瞑目する羽京の姿。

カセキやクロム、事情を知らぬ筈のシャトルも沈痛な表情でそれを見つめていた。

 

「この戦いでの最大功労者は間違いなく貴様であった、心よりの礼を述べよう。ゆっくりと眠ってくれ、ゲン」

 

千空に少し遅れてやって来た龍水も帽子を胸に当て瞑目する、その後ろから駆け付け始めた船員達もそれに倣うように瞑目をゲンへと捧げる。

それを横目に見ながら桜子は千空と視線だけで問う、どう収集つけるの? と。

千空としては最大功労者に対してできるだけ便宜を図りたかったのだが、この流れでは彼が望む展開は不可能だろう。

仕方ないと諦めて声をかける。

 

「おーいゲン、さっさと起きねえと荼毘に付されるぞ」

「……ゾンビの真似事は、ちょっと嫌かなあ」

 

声をかけられたゲンが、ぼやきながら目を開けた。

 

「おっはよー、皆んなお疲れー。……およ? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔ばっかだけど……もしや皆して俺の死んだフリに騙されちゃった?」

 

そして何事もなかったかのように上体を起き上がらせたではないか、これには一同目が点になってしまった。

一番早く気を取り直したのは龍水、壊れたブリキ人形が無理矢理動くかのように千空へと顔を向け問いただす。

 

「千空、貴様知っていたな?」

「おう、容態確認の時にゲンから黙っといてくれって頼まれたからな、悪いと思ったが黙ってたぜ」

 

問いかけというよりただの確認であったが、千空はあっさりそれを認めた。

 

「死んでるって言わなかったっけ?」

「俺が言ったのは寝かしといてやれってだけだな」

 

続いて羽京が質問するがこれまたあっさりと答える、事実『死んだ』とは一言も言っていない。

 

「その出血の量でどうやって生き残ったんだよ」

「これ魚の血」

 

クロムの疑問にはゲンが答えた、ついでに服の前を開けその下につけていた物を見せる。

 

「槍が刺さんなかったのはこれ、カーボン製の胸当てのお蔭ね」

 

蒸れるんだよねー、などと呑気そうに言いながら真ん中が凹んだ胸当てを取り出す。

 

「桜子ちゃん、知ってたの?」

「物品管理は私の仕事だから、こっそり持ってくなんてさせたりしないよ?」

 

杠が聞けばやっぱりあっけらかんとした答えが返る。

 

「後千空が冷静なままだったし、これは生きてるだろうなって」

 

知っている、もしくは気づいていた三人と他の皆の視線に明らかな温度差があった。

そのままいけば、きっと怒っていいのか喜んでいいのか分からなくなった皆にゲンはもみくちゃにされていただろう。

しかし、皆が動き出すより千空が問いかける方が早かった。

 

「ゲン、治療はしなくていいのか? 胸んところ相当痛えだろ」

「一歩間違えたら死んでたでしょうに、無茶が過ぎない?」

「へ? そんなバイヤーな威力だったの?」

 

問われた内容と桜子の補足にぎょっとするゲン。

 

「そのカーボン製の胸当てって、銀狼だと渾身の一撃で漸く凹むぐらいの強度だけど?」

「銀狼も木を一発で倒せるようになってたかんな、防具以外に当たりゃ当然貫通すっだろうな」

 

何でもないような口調から飛び出すとんでもない事実、二人の話でゲンも皆と同じかそれ以上に肝を冷やす事になった。

 

「……道化を演じるのもいいけど、もう少し無謀な真似は控えてね」

 

今更ながら顔を青くするゲンに、呆れと安堵を含ませながら羽京が言うと皆の中から笑いがもれた。

その笑い声で漸く皆も落ち着きを取り戻し始めたのだが、スイカだけが未だに固まったまま動かない。

 

「おーい、スイカちゃーん? 大丈夫? 疲れちゃった?」

 

ゲンが目を開けてからずっと反応がなく、流石に不安になったゲンが声をかける。

 

「ふえ、」

「ふえ?」

 

スイカの口からその音が漏れた瞬間、杠と千空は素早く自分の耳を塞ぐ。

一瞬だけ遅れて桜子もそれに続くが、他の全員は何が起こるか想像できなかったため、

 

「ふええええーーん!!!」

 

スイカの大泣きに耳をやられるのであった。

 

 

やはり歌い続けた疲れは相当なものだったのだろう、スイカが泣き疲れて寝てしまうのにかかった時間は数分程度だった。

ただ、その被害は甚大であった。

事前に耳を塞げた三人や距離のあった後ろの皆は無事だが、近くにいたカセキやクロム、龍水にシャトルはふらついており、耳がいいせいで特にダメージが大きい羽京など床に突っ伏してしまっている。

無論一番ダメージを負ったのはゲンである。

 

「ゲンの奴、気を失ってるぞ」

「仕方ないよ、槍が当たった場所に飛びつかれた上にあの大音量だもん、ゲンの体力じゃ保たなくても不思議ないって」

「とりあえずゲン君とスイカちゃんをベッドに運んじゃおう? ごめん、皆手伝ってくれる?」

 

目を回して失神しているゲンとゲンの服を掴んだまま眠ってしまったスイカが、数人がかりで一遍に運ばれていく。

その姿を見送りながら、島の頭首であるシャトルは感心したように呟いた。

 

「良き男ですな、泣く子を受け止めるだけでなく不安にさせぬよううめき声の一つもあげぬとは」

「……うーん、ゲンにそこまで考える余裕なかったんじゃないかなあ」

「桜子殿も女性ですからな、男の意地という物は分かりにくいかもしれません」

 

桜子がポロッと言った言葉に律義に返答した後、シャトルは改まって千空へと向きなおった。

 

「石神千空殿、ですな? 創始者様から伝えられた永く伝えられてきた使命、それを私の代で果たせる事光栄の至りにございます」

「やめろやめろ、俺はそんなご大層な人間じゃねえよ。偶然人より早く復活できた百夜の養子、それだけの若造だよ」

 

跪こうとするシャトルを止めながら、前半は心底面倒くさそうに、後半は少し誇らしげに千空は言った。

 

「百夜からの話も大事だが、それよか処理しなきゃなんねえ事があんだろ、今は」

「おっしゃる通り、ですな」

 

千空とシャトルが向けた視線の先、そこには縛り上げられ連行されるイバラの姿があった。

 

 

「ふん、まさか石化を解く方法があったなんてね、これを焼きが回ったというのかね」

 

マグマたちに連れてこられての開口一番、憎まれ口から入るその姿は反省も後悔もなさそうである。

縛られ地面に座らされた上で、千空達に取り囲まれているというのにも関わらずこれである。

現状を理解してはいるはずなのだが、どうせ殺されやしないと高を括ってでもいるのだろうか?

 

「……イバラよ、なぜこんな事になっているのか、それは粗方聞かせてもらった。多くは問うまい、ただ一つだけ聞かせてくれ。なぜこのような凶行に及んだのだ? 其方は若い頃から戦士として名を上げた一角の人物だったというのに」

 

重用していた者がこのような変節漢に成り果てた事が信じられないのだろう、シャトルは悲しげに問いかける。

それに対する返答は『最悪』の一言であった。

 

「ククッ、ハッハッハッ、アーッハッハッハ!! 笑っちゃうねえ、今更そんな分かりきった事を聞くの!? 決まってるじゃないの、全部を手に入れるチャンスが目の前に転がってきたからよ! なんだって好きにできる権力が手に入るチャンスがあったら誰だって欲しがるでしょ!? そんな事も分からなかったの? 御・頭・首・様?」

 

シャトルはイバラに恩赦を、悪くともそのチャンスを与えたかったに違いない。

しかしイバラはその手を振り払った、いや対応の仕方を考えれば唾を吐きかけたといっていいかもしれない。

助けようとした相手にその態度を取れるという事は少なくとも度胸だけは一流だろう、勇気と無謀は違う物だという点を無視すれば、だが。

その態度に腹を据えかねたのか、イバラの胸ぐら掴んで低い声で脅しつける者が一人。

 

「こちらがいつまでも我慢していると思っているなら大間違いだぞ、腕の一本や二本取られなければ我々の怒りがわからんか?」

 

低くはあるが決して激していない声は、かえって聞く者に怒りの深さを理解させる。

龍水は今本気で怒っていた、この戦いでどれだけの者が傷ついたのかこの男は知らないのだ。

これまでこの男がどれだけ人の心を踏みにじってきたのか、知る気もないだろう。

それを想いソユーズが流した涙がどんなものだったのか、知ったところでせせら笑うだけだろう。

そして、今差し伸べられた手がどれだけ貴重で尊いものだったか、知っていながらくだらないと切って捨てたのだ。

もはや許せるものではなかった、龍水は勢いよく千空へと振り返ると理性を総動員して提案をした。

 

「千空! お前が人死にはごめんだと思っている事理解した上で言うぞ! こ奴は処刑すべきだ、生かしておいても百害あって一利なし! 即刻縛り首に処すべきだ!」

 

できるなら今すぐ魚の餌に転職させてやりたいところだが、自分の一存で決めてはならない、龍水はその一心でギリギリ止まっていた。

 

「僕も賛成だ、反省し悔い改めるタイプじゃないよこいつは。生きている限り必ず僕らに復讐しようとする、将来の災いを残しておくべきじゃない」

 

そして、龍水の激情に一番共感したのは羽京だった。

ゲンは結果的には無事だったが一歩間違えれば死んでいた。

司や氷月は毒のせいで石化、影響が懸念されるので解除を見送っている状態。

船員たちだって怪我のない人の方が少ないのだ、正直に言ってこの男を生かしておきたいとはかけらも思えなかった。

たとえ、スイカや千空の願いが誰も傷つかない事であっても……いや、だからこそ! この男の存在は消しておくべき、そう判断したのだ。

たとえこれが個人的な感情に流されてのものであったとしても、間違いであるとは羽京には思えなかった。

 

「どんだけ厄介な奴でも死んだら終わりだ、後腐れが無いようにすんならぶっ殺すのは一番楽だわな」

「罪には罰が必要だ、この男への罰が死ぬ事であるならば仕方ない事だと思う。……個人的にも妥当ではないかと思うしな」

「義憤もあるし個人的な怒りもあるが、死なせるのが妥当かどうかまでは判断がつかん、千空達の判断を支持しよう」

「俺は、俺はわかんねえ。人死には嫌だけど、こいつのせいで危うく死にかけた事も沢山起きたからそれを防止したいのも分かる。悪い、どっちとか決めらんねえ」

「私は、……ごめん、判断できない。この件は口をはさめない、優柔不断でごめん……」

「ワシはどちらでもありじゃと思うよ、更生するのを期待するのも、これ以上罪を重ねさせないのもどっちも同じぐらい大切じゃろうし」

 

消極的か積極的かの差はあるが賛成四、中立三で反対は0、シャトルは自分は意見を言うべきでないと無言である。

多数決ならばこの時点で決定であるが、まだ意見を言っていない桜子に皆の目線がいく。

視線を受けた桜子は少し考えるそぶりを見せた後、とんでもない事を言い出した。

 

「やるなら徹底的にやりましょう、それこそ同じことをしようとする人が出たら皆が顔を青くして止めようとするぐらいに」

「具体的には?」

「ヤギ責め」

 

知っているメンバー、特にヒートアップしていた龍水と羽京には頭から氷水をかけられたような気分であった。

 

「塩水はいくらでもとれるしヤギも連れてきてる、一番楽で一番効果が高い方法でしょ?」

 

ニッコリと笑う顔が悪魔に見えたとは後の羽京の言葉だ、流石に拷問される姿を見るような趣味は二人にはない。

ドン引きする二人に千空が問いかける。

 

「やるのか?」

 

それに対しそっと首を横に振る二人、殺す気はあっても無駄に苦しめるのは無しなのだろう。

千空の意見を通すのには効果的だったでしょ、と目で訴える桜子に、やりすぎだ馬鹿、と同じく目だけで返答する千空。

これでイバラの処遇は白紙に戻り、決定権は千空ただ一人に委ねられた形だ。

 

「殺すのは手っ取り早いが安易に過ぎるな、石化された連中も復活液で大半は戻せる。命に関しちゃ取り返しのつく状態とも言える訳だ」

 

独り言のように話し始める千空、その内容はともすればイバラを許そうとしているようにも聞こえる。

もはや死は逃れられないと思い、自暴自棄になっていたイバラの心にもしやという思いが湧いてくる。

甘ちゃんなこいつらの事だ、殺されずに済むかもしれない。

そして殺されないならいつか雪辱できる、そのためならどんな屈辱も耐えて見せる。

 

「だが、奪われた時間は戻ってこねえ。なら、同じように時間を奪うのが筋ってもんだろ」

 

そう、どんな屈辱だって耐えられる、だが、

 

「テメエの指示で石化した人数の合計時間分、石化してもらおうじゃねえか」

 

雪辱を果たすことが決してできないようにされるのは予想外であった。

 

「た、助けるつもりじゃなかったのか!」

「はあ? 存分に助けてるだろうが、テメエのせいで死んだ人間の分は勘定してねえんだぞ?」

 

それとも、足先をヤスリで少しずつ削られるのがお好みか? 最後にそう他には聞こえないように言ってやると諦めて項垂れるイバラ。

最初にイバラが思った通り死は免れない、ただそれが人間社会的な意味であっただけである。

 

「安易にすぎるとか言うからまさか許す気かと思っちゃったけど、そういえば千空も相当頭にきてたんだっけ」

「ああ、あん時言っただろ、全て失ってもらうってよ」

 

怖い怖いと戯けるように肩をすくめる羽京、どうやら大分溜飲が下がったようで何よりだ。

シャトルの方も命だけは助かりそうでホッとしたらしい、肩の力が目に見えて抜けている。

これで処罰すべきことは終わった、できれば二度とやりたくないと思うのは自分が弱いからだろうか?

龍水と羽京に冷や水をぶっかけてくれた桜子にふと疑問を抱く、何故アイツは全体の流れと自分の考えが違う事に気づいたのだろうか?

そんな疑問を持って目を向ければ、思惑通って良かったねとニコッと笑顔を返す桜子。

なんとなく見透かされたような気がして視線を外す、何かむず痒かったからだ。

そのむず痒さがいやなものかどうかは……この時は結論を出せずにいた。

そして後になって気づいた事だが、桜子は血を見るような事柄は嫌いではなかったか?

多分提案が通る確率は零だと踏んだのだろうが……思い出す時点で辛い筈だ。

気を遣わせた事に気づいた時、千空は頭を抱える羽目になったのであった。

 

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