花見の宴が無事終わり、また忙しい日々が始まった。
とはいえ大きな問題も起こらず、日々は平穏であるといえた。
石神村の住人や復活者達と新村の住人との細かな衝突はあるものの、お互いにまずは何が不満かを口にすることを徹底させているためである。
言語化してしまえば問題に直視できる、直視できれば解決方法も出しやすい、というわけである。
新村の方では口にするのに抵抗がある者も当然いた、松風の厳格な雰囲気相手では喋りにくい者もだ。
が、そう言うところを突破する奴が一人いたのだ。
そいつの名は銀狼、得意技のゲス奥義『野暮天』で何でも聞きだすすごい奴だ。
正直そうズケズケと人の言いづらい事を聞くってどうかと思うのだが、不満の聞き出しという点では優れていたようである。
元々松風と同時期辺りに石化した人間が多く、頭首様にそっくりな銀狼は上位者というイメージがあったらしい。
それがぐいぐい聞きに来るもんだからつい喋ってしまう者がいて、聞き出せたらこちらとしては当然その不満の解消に動く。
解決されれば銀狼に話したおかげだと信頼度が上がり聞き出しやすくなる、そういう好循環によって今日まで石神村と新村は蟠りなく過ごすことができたのだ。
「そういう訳なのでボッコボコにして動けなくするのは控えてもらえません?」
「彼が訓練から逃げなければ問題ないのですがねえ」
視線の先でモズにボッコボコにされる銀狼を見ながら桜子と氷月はため息をつく。
学習しない男銀狼、対照的に学ばなければ勝てないと悟ったモズ、その差は開く一方である。
そしてそんな風に銀狼がボッコボコにされていることに我慢できない人が一人、
「おのれ無礼者! 度重なる銀狼殿への狼藉、もはや我慢ならん! そこに直れい!」
「だからいつも言ってるじゃん、これは鍛錬だよ、た・ん・れ・ん。こうなるのが嫌だったら銀狼が逃げ出さないようにすればいいだけさ」
「銀狼殿は貴様とは違いすべき事が多いのだ! そもそも不要に痛めつけるような真似をするなという話だ、銀狼殿がどうこうは関係がない!」
「つまり俺のやる事が気に食わないってだけでしょ? こっちもいつも言ってるけど、俺のやり方に文句があるなら俺より先に銀狼を見つければいいだけだよ」
「おのれ……! 銀狼殿、申し訳ない! 彼奴目に先んじられぬ不甲斐ない自分をどうかお許しください!」
「それより、逃してくれない?」
「それは銀狼殿のためになりませぬゆえ」
きっぱりと言われ崩れ落ちる銀狼、桜子の見るところ耐久力や痛くないように受ける技術は上がっているようだ。
地味に高度な事をしているが、それより最初から逃げずに鍛錬に参加した方が楽なのでは?
氷月も同意見らしく視線を合わせると肩をすくめて、『彼の考えは理解し難い』と態度で示した。
「それにしても、増えましたね参加者」
「島からも新村からも参加希望が予想外に多かったですからね、おかげで大忙しですよ」
腕組みしながら眉間に皺を寄せ、いかにも困ったように言う氷月だが……桜子は知っている。
嬉々として鍛錬場の整備や、打ち合い稽古用の棒を作っていたであろうという事を。
おそらくほむら以外にその姿を見せてはいないだろうが、しっかりと整えられた地面や明らかに増えている訓練用の道具の数々を見れば察することぐらいできる。
後、ほむらがこの頃とても嬉しそうだったのでそこからの推測である。
「桜子君、君は何か変な事を考えていませんか?」
「いえいえ、教師役が板について来てるのかな? とかしか考えてませんよ?」
「十分変な事ですよ、それは」
ため息混じりに嗜める氷月だが否定はしなかった。
新世界に尾張菅流槍術の名が広がり、それを成したのが自分であるのなら誇れることであろう。
だが、それ以上に弟子達が成長していくのが楽しい、師匠となるのは思っていたより自身に達成感をもたらしていた。
「板について来ているのは師範役でしょうに、言葉の使い方を間違えていますよ」
だから、そう言った。
そう来るとは思わなかった桜子の目が丸くなるのを、愉快な気分で氷月は眺めるのだった。
「ところで、コハクだけ姿が見えないですけどどこにいっちゃったんです?」
「分からない振りをしなくてもいいのでは? 君も察している通り時たま見える跳躍物がコハク君ですよ」
「認めたくなかった……コハクはいったい何してるの?」
「私も聞きましたが、詳しくは秘密だと言ってましたよ。彼女曰く、必要な事らしいですが、何を目的にしているのやら」
「必要な事……高く飛び上がるのが必要な事なんてあったかな?」
「梅雨入りが近いですからね、雲でもどかそうとしてるのでは?」
「ははは、まさかあ。……ちょっと確認してきます」
この後コハクにめっちゃ怒られた、理由はやっぱり教えてもらえなかった。
地面の上での正座は脚が痛いです、丸。
まあ、何に必要なのかは後日判明したが、普通やれないしやろうとも思わない事で、でもコハクらしい決断の仕方だとは皆が思ったという。
六月、梅雨の合間の晴れの日の事である。
REIのおかげで今日この日が晴れそうなことはあらかじめわかっていたため、今日に向けて皆で準備していたのだ。
そう、六月といえば、ジューンブライド、今日は日本にいる人類総出席の結婚式なのだ。
そのために中型船を急ピッチで作り上げ、島の住民まで全員本土に呼び寄せての大イベントである。
もうしばらくすればアメリカへとペルセウス号は向かう、その前に人類の結束力を高めるのと、これから長いこと別々になってしまうクロム、ルリ夫妻のための思い出作りである。
規模が大きすぎるが、根底に流れる日本人のお祭り好きの遺伝子が騒いだのだろう。
誰も反対せずむしろ全員巻き込もうぜ! と、全会一致したという異例の事実だけがそこにはあった。
今真っ白なドレス、そう純白のウェディングドレスを纏うルリがゆっくりと入り口から入って来る。
その隣には当然その夫、こちらも真っ白なスーツに袖を通したクロムが付き添う。
一際大きな声で祝福の声が降り注ぐ、そう、
「おめでとう! ルリさんとクロム! それに、」
「大樹と杠もおめでとう!」
少しだけ後ろから、止まりがちな杠をエスコートしつつ進む大樹の二人にも。
大樹は本当なら杠への告白は人類全員の復活、文明の復興がなった後にするつもりであった。
だが、千空からある事を告げられ頼まれたのだ。
大樹の誓い、それを曲げてでも大樹と杠の結婚式を見せてやってほしいと。
大樹も悩んだ、ペルセウス号が無事戻れるならば問題ない話であるし、必ず戻ってくるつもりではある。
しかし、ペルセウス号に乗れる人員は有限であり今日本にいる全員が乗れるわけでもない。
残される人間、石神村や島、新村の事を守る人員はどうしたって要る。
そのために二人が夫婦になった姿を見せてやりたい、そう頭を下げて頼まれてしまったのだ。
悩んだ末に、大樹は杠へと想いを告げる事を決め、今日二組による合同結婚式に主役として参加する事になったのだ。
真っ赤なバージンロードを二組の夫婦が進む、万雷の拍手の中神父の立つ一番奥までゆっくりと。
結婚の誓いを、一生涯共に在る事を二組の夫婦が誓いあう。
そして指輪の交換を行い、誓いの口づけをした時、万雷の拍手と祝福の声が送られた。
そして、未婚の女性たちにとってある意味この結婚式最大のイベント、ブーケトスが行われる。
教会の前の広場は異様な緊張感に包まれていた。
男性陣は広場の隅か教会の中に追いやられ、既婚の女性達もそれと同じようなものである。
石神村の住民も島の人達も新村の者も、未婚の女性であれば皆目が爛々と光っている。
桜子達はブーケトスについて正しい知識をしっかりと伝えた、ただ、ゲンを担ぐ、という事を甘く見ていただけで。
結果、復活者以外の女性達が燃え上がり、つられて復活者の女性達も燃え上がるという事態になっていた。
もうこのブーケトスに参加資格のない者としては、怪我人が出ない事を祈るぐらいしかできない。
ルリが何やらコハクとアイコンタクトを交わし、持っているブーケを投げた。
「って、高すぎない!?」
「巫女様加減して!?」
投げられたブーケは高く高く舞い上がり、小さくなって見えづらいほどになっていた。
そして、最高点まで到達しゆっくりと落ち始める。
このままでは落下地点に皆が殺到してしまい、押しつぶされる人が出るのでは?
そう冷静に考えられる者達が危惧した瞬間、一陣の金の風が吹きブーケが掻き消える。
いや、それは風ではなく人だ。
大地を蹴り、教会の壁を蹴って跳び上がったコハクがブーケをキャッチしたのだ。
そしてその勢いのまま飛んでいき、着地したのは司の前。
司は最悪受け止めるつもりであり、他の者達はそうできる自信がなかったため避難した事によって起こった状況である。
もっとも、着地は一切危なげなく行われ、司の心配は杞憂に終わったが。
「全く、とんでもない事をするね君は。どうするんだい、この空気を」
「なに、怪我人が、下手をすれば死人が出たかもしれない事を考えれば許容範囲だろう」
こらてらるだめーじ……だったか? などと曰うコハクに思わず司も苦笑い。
周りの未婚女性の絶望感漂う表情を見て、流石に放置しかねた司は重ねて問いかける。
「君がそういう事を無視できるような女性じゃない事ぐらいわかっているよ、この後どうする気か教えてくれないか?」
「むう、君は褒める時はもう少し控えめにだなぁ……いやなんでもない。できれば人が少し捌けたぐらいでやりたかったのだが仕方ない、おーい、南、やるぞー」
「ここまでの注目集めた状態でやるのは流石に想定外ね……」
コハクが呼ぶと人垣を必死に掻き分け、コハクの横まで進み出てくる南。
コハクが丁寧にブーケを二つに分け片方を南へ渡す。
南が受け取り二人で頷き合うと、ブーケを同時に司へと向けた。
「さて、司」「それじゃ、つかさん」
「「どっちを選ぶ?」」
向けられた司は天を仰いだ。
ブーケをキャッチした女性は次の花嫁になれる、だからキャッチできなければ花嫁になれない、そうマイナスに考えてしまった人向けのパフォーマンスである。
そしてもっと大きい理由が一年以上宙ぶらりんな現状を変えるため、という事である。
悩んで悩んで結論を出すのを先送りにしていた報いがここにきた訳か、そう司は胸の中で独り言ちる。
確かに結論を出すべき時期なのだろう、だが、
「せめて皆の前で発表するのは許してくれないかな、慣れてないわけじゃないがこれじゃ見世物だよ」
「仕方ないな、ならば明日の朝まで待とうじゃないか」
あっさり引き下がるコハクに周囲からは残念がる声が上がるが、代わりに気落ちしている人の顔は随分減ったようだ。
ブーケを取れなかったショックを告白騒動の衝撃で上書きした形である。
司がこの場で選んでいればお祭り騒ぎになり完全に忘れることができたろうが……、司はそうしたくはなかった。
自分が見世物になるのがいやというのは本音だが、不安で手が震えている女性を見世物にするのはもっといやだったからである。
「そういえばもう一人の花嫁さんの分のブーケは?」
「風に飛ばされちゃったらしいぜ」
そんな会話が交わされる中、桜子は背に隠したそれに意識を向ける。
ルリが高くブーケを飛ばして皆の注目を集めた時、入り口に最も近い辺りにいた桜子へと杠がそっと投げ渡してきたのだ。
『頑張ってね』という言葉と共に、である。
今日の日が終わり、島の人達を島へと返せばその次はアメリカへとペルセウス号は出港する。
それは別れの時、石化から目覚めてずっと近くにいた、大切な人との道が分かれる時。
道はいつか一つに交わるけれど、それがいつになるかは誰にもわからない。
だから、その前にこの心に芽生えた、あるいはようやく気付けた想いを告げよう。
そう手の中の小さな花束に誓った。