何もかもが赤く染まる黄昏時、二つの影が崖の上にあった。
「秋蒔き小麦の収穫、順調にいったな。予想以上の収穫で船に乗せる分があっという間に賄えたのは良い意味で誤算だったぜ」
「ゴーザンさん達の農耕チームのお陰だね、頑張ってくれたし天候にも恵まれたし、運が良かったんだね」
この崖の上からはペルセウス号が見下ろせる、数日前にドックから出され今は港に停泊している。
「ドックに最初入れた時は驚いたぜ、まさか半年もたってねえのにフジツボがつき始めてたとはよ」
「寒い時期だからそこまでついていないだろうって予想を裏切って、だもんね。でも船底塗料の材料なんてよく知ってたよね」
「半分は龍水の話からだぞ、こんなもんが欲しいって言われたから作っただけだ」
「こんなもんってだけで作れるのがすごいんだけど?」
「wiki知識だけでドックを作れる奴にゃ負けるわ」
他愛のない会話、直近の出来事をつらつらと思い出す。
「漁船の方はどうなんだ?」
「順調だよ、どの魚も最大の天敵である人間がいなかったせいか大漁続き。予定より早く切り上げた船ばっかり」
食料確保は順調だ、腹一杯食べられるなんて、と復活者と村人以外は感動する事しきりである。
「住居建築も順調そのもの、セメントの原料の石灰石沢山見つかったからね。鉄筋コンクリートで龍水邸は建設する予定だよ」
「ダムの予行演習だっつって予定ねじ込んだ奴だな、新居を見れるのは当分先だってのによくやるぜ」
建築技術の復活もやっている、地震にも負けない建築物を建てるのには必須だからだ。
「道路の建設はどうだ? パワーチームが行っちまったらやりづれえだろ」
「整地ローラーができてるから大丈夫、っていうか普通は木槌でやるものじゃないから」
「自動車もまだ首振りエンジンなんだよなあ、もうちょいいい奴作っときたかったんだが」
「道路は主に人の移動用だから後回しだったもんね、物流なら水運の方が効率いいし」
道作りは重要だ、人の行き来がしにくい場所はそれだけ発展しづらい。
「小舟も増えたな」
「人も物も往来が激しいから」
だからこそ管理できる体制と、それを運営できる人間は貴重かつ重要だ。
「……ついてくる気は?」
「……駄目だよ、合理的じゃないよ、それは」
そして千空達の中でそれが一番できるのは桜子であり、故に日本に残ることを彼女は決めた。
明日はペルセウス号がアメリカに向けて出港する日、そして彼女が目覚めてから長い間共にあった二人の別れの時であった。
「オメーだけしかできねえ訳じゃねえだろ」
「私が一番ちょうどいいのは間違いないよ」
「どんだけオーバーワークする気だ」
「組織として安定するまで、倒れない程度にかな」
「しないとは言わねえのな」
「すぐにバレる嘘は無意味を通り越して害悪じゃない?」
楽しそうに笑う桜子に額に指を当てため息を吐く千空。
「オメーを監視の外に置くのは胃に悪そうなんだがな」
「それでも私を置いていく方が効率的って判断してるんでしょ?」
苦虫を噛み潰したような顔から逃れるように桜子は一歩だけ前へと進む。
「この原始の世界で宇宙へと飛び出そうっていうのに非効率な事してちゃ駄目でしょ」
そして千空に表情を見せないまま残るべき理由を語り続ける。
「REIはすごいよ、今もこの空の上でWHYマンの監視、地表の観察、資源の確保、必要な設備の作成と八面六臂の活躍をしてくれてる。
だからこそ、地上の私達が足踏みしてちゃいけない。出来る限りの早さでREIに会いに行かなきゃいけない、そう思わない?」
それは一面から見た場合には正しい、ならば別の視点からは?
「オメー自身の感情はどうなんだ、ついてきたくはねえのか?」
「ついていきたいよ。……皆と離れ離れになるのは寂しくって仕方ないよ」
千空の問いかけに間髪を入れずに答えが返る、少し声を震わせながら。
ならばと千空が続けようとする前に桜子が口を開いた。
「でも、ついていくのはただの甘えだよ。だって私がアメリカに行ってできることはここでもできるもの」
事実だ、ついていった桜子にできるのは知識を出す事がメインになるだろう。
知恵を回す事ができるメンバーはそろっている故に、だ。
少しの間二人の間に沈黙が訪れる、伝えるべきことを、伝えたい事を伝えられる言葉を探すために。
「ねえ、千空、貴方の夢はなに?」
「? 急に、なんだよ」
「石化する前の、あの平和な、穏やかな日々の中で描いた夢。千空は科学者になって全てを解き明かすことが夢だった、違う?」
「宇宙の、って言葉がつけば、まあ間違いじゃねえな」
質問の意図までは分からなかったが、嘘を吐く必要も感じなかったから素直に認める千空。
その答えに背中を見せたまま頷く桜子。
「あの頃の私の夢はね、私の事を理解ってくれる人が欲しかったの」
それは、すでに叶った夢。
「貴方が叶えてくれた夢だよ」
振り返って見せた桜子の顔は見た事がないほど大人びていた。
「……貴重な人手だったからな、そうすんのは当然ってだけだ。同じ状況なら誰だってそうしただろうさ」
「でも、やってくれたのは貴方だもの。今の私がありがとうを伝えるのは千空だけだよ」
どうにもむず痒くてガシガシと頭をかく、真っ直ぐ感謝を伝えられるのはいつになっても慣れないものだ。
「で、今更そんな事持ち出してなにが言いてえんだよ」
むず痒さから逃れたくて先を促す、くすりと笑う桜子にやっぱり見透かされている気がする。
「今度は私が千空の夢を叶えるよ、貴方が科学者に専念できる世の中を作ってあげる」
「そらまたでっけえ事言い出すな、だが余計なお世話だ。自分の夢ぐれえ自分で叶えるさ」
「科学者になるだけならできるよね、余分な事たっぷりで、兼任って感じで」
時間どれだけ割かれるのかなあ、少し意地が悪そうに言ってくるがそんなもの関係ない。
「時間は作るものだぜ? 他の仕事なんぞ速攻で終わらせりゃいいだけだ」
「千空らしいね。なら、その手伝いをさせて? それならいいでしょ?」
「オメーの分は最初っから計算に入ってるんだよ、こき使うから覚悟しておけや」
「ふふっ、うん、その言い方がやっぱり千空らしいね。じゃあ、こき使われる分報酬を求めてもいい?」
「あん? 報酬?」
「そ、報酬」
「聞くだけは聞いてやるよ、無茶なもんだったら却下するがな」
「うん、ありがとう」
一度大きく深呼吸をする桜子、意を決して口を開く。
「もし、貴方の夢が叶った時、私がそれに役立ててたなら……」
ジッと千空を見つめるその顔が赤いのは、夕日のせいかそれとも緊張からか。
「私を、一生側に、置いてくれませんか?」
不安に震えながらのそれへの彼の反応は、半ば以上無意識のものだった。
「あっ……」
落ちる前の夕日が作る二人の影が、一つに重なり絡み合う。
辺りを完全に夜闇が包み込んでも、離れる事なくそこに在り続けるのであった。
明けて翌朝、ペルセウス号の出港に対して元気いっぱいで手を振る桜子の姿が陸側にあった。
「なあ、何も言わねえでよかったのかよ?」
「んだクロム、藪から棒に。なんかやんなきゃ不味い事でもあったか?」
そんな桜子を満足そうに見ていたマグマに声をかけたのはクロムだ。
「いや、その、アイツの事だよ」
桜子を指差して言うクロムに、マグマはどう言うか少し考える。
盗み聞きを怒るかすっとぼけるか誤魔化す方向で最初は考えたが、まあいいかと思い直す。
誤魔化すほど恥じる事ではないし、第一この心配性の友人にははっきり言っておいた方がいいからだ。
「どっか誤解があるみてえだがな、俺はアイツを女として嫁にしてえって言ってたんじゃねえぞ?」
「えっと、どういう意味だ?」
よくわかっていない様子のクロムに、へっと一つ笑い説明を続ける。
「アイツの過去話はテメエも聞いただろうが、もう世の中に出て傷つくことはねえだろって思ったんだよ。嫁になりゃ余計な人付き合いは要らねえだろ?」
「そ、そうか?」
「そうなんだよ。ま、今のアイツをみりゃ必要無かったって思うがな」
クロムに背を向けて船の縁に体を預ける、視線の先には船を見送りに来た人の群れ。
「アイツの顔を見ろよ、もう守ってやらなきゃいけねえほど弱くねえ。ソイツが強くなれるように導く、そんな守り方もあったのかと思ったぜ」
その集団の一番前で笑顔のまま大きく手を振っている桜子。
見送る彼女の顔からは二度と会えない不安と、それ以上に必ず帰って来てくれるという信頼が見て取れた。
「もうアイツは一人で立てる、そう思わねえか?」
「……なんつーかよ、言い方がまるで父親みてえだぞ?」
「父親、か……。ああ、俺はアイツを子供みてえにみてたわけか! いい例えすんじゃねえかよクロム!」
「痛えって! バンバン叩くな! オメーらみてえに頑丈じゃねえんだよ、俺は!」
「わりいわりい、そういや司の方はどうなったんだ? もしかしたらオメーと親戚関係になるかもだろ?」
「あっちみりゃわかんだろ? 振られた方に悪いからあんま騒いじゃいねえけどよ」
クロムの指差す方には司と共に船上の人になっているパートナーの姿。
静かに見送りの人達に手を振りかえす二人は絵になる光景だった。
「あー、あれを見るとルリを置いてくの悪いなって思うなあ」
「もう嫁さんが恋しいのかクロム? 降りるなら未だ間に合うぜ?」
「馬鹿言え、嫁さんが恋しいのはずっとだけど乗った事に後悔はねえよ」
「臆面なく惚気んなバカ。ったく、からかいには強くなりやがって」
「おう、強くならなきゃルリに顔向けできねえからな! 強くてカッコいい父親に俺はなるぜ!」
そのための旅だかんな、そう笑いながら言うクロムは前よりも強く見えた。
これも嫁もらったおかげかね、いつかの会話を思い出しながらそんな風に思う。
「旅が終わったら俺も嫁取り考えるか……」
「お? どうしたんだ急に?」
「強くなるのに効果がありそうだかんな、考えてみるかって思っただけだ」
「そういう理由で結婚考えるのってなんか違わねえか?」
「別にどうでもいいだろ、それで納得する女探しゃあいいだけだ」
「そういう事じゃねえと思うんだけどなあ……」
ぶつぶつと文句を呟くクロムを横目に、マグマは意味もなく海を眺める。
「……女として見てなかったわけではねえんだよな」
無意識のうちに誰にも聞こえないぐらいの大きさでポロリと呟いた。
やがて出港の時間となり、ゆっくりとペルセウス号が岸から離れていく。
港から離れていくに連れ甲板上から人が捌けていき、それと同じように見送りの人達もその場を離れていく。
港からではもう甲板上の人が見えなくなってしまう頃にはもう、見送りの人は完全に日常へと戻っていっていた。
ただ一人、桜子を除いて。
「いつまでそこにいるつもり?」
「ほむら……さん。ごめんなさい、船が見えなくなるまでは居たいんです」
「呼び捨てでいい、別に貴女に礼儀を求めてないから」
「周囲への印象があるので、悪いんですけどさん付で。何かあったのなら此処で聞きますね」
「氷月様から伝言、『今日すべきことは終わってますか?』と」
「全て滞りなく、……新村の代表者は今日明日じゃ選べないので未だですけど」
銀狼が船に乗った事で松風もついていき、結果新村の代表者が空席になっていた。
危険な船旅に銀狼が参加するとは思わなかった、桜子としては誤算である。
「? 聞いていないの?」
「何をです?」
「あの侍が氷月様に代表代理を頼んでいた事」
「初耳です……。でも氷月さんなら大丈夫ですね、これで懸念事項はほぼないです」
「そう。それで、後何分ぐらいで終わる?」
「もう何分もないですね、私の身長じゃ水平線まで5kmにも満たないですから」
「そう、それじゃ此処で護衛する」
「えっと、それは誰からのお願いです?」
「氷月様。氷月様が初めて御下命を受けた内容がこんなとは想像もしなかった」
そういえば氷月は千空に槍を捧げて家臣となっていたっけ、古い話だなあ。
と思った後すぐに思い直す、あの出来事からまだ一年と半年弱だ。
まさか540日前程度の話を古いと感じるとは、その間の経験が濃すぎである事の証明だろう。
いや、それを言うなら石化から目覚めて以来の出来事全てが、であろう。
石化前と解除後、過ごした年数は前者の方が長いはずなのに後者の方が思い出が圧倒的に多い。
それだけの物を貰ってきたのだなあと改めて思う。
でも、この氷月とほむらによるサポートが千空から受け取れる最後の助けだ。
これからは逆に、千空の助けになれるようになっていかなければいけない。
きっと大変な道のりになるだろう、でも千空がしてくれた事を考えれば払いが足らないぐらいだ。
「……船も見えなくなりましたし、戻りましょうか」
「そう。満足したなら帰る」
自分がすべきことをする為帰路に就く。
あの人の夢が叶えられるように、あの人が負けないように、あの人を助けられるように私は強くなる。
そう自分の意思で決めたこの日が、きっと始まりの終わり。
石から始まった、私の意思を育んでくれた、日々の終わり。
私達の人生という物語はまだまだ続くけど、今日が一番の区切りになるんだろう。
また会える日を夢見て、私は明日からの日々を歩んで行く。
これにて『イシからの始まり』は完結となります。
作品としては後日談を2、3話投稿した後完結となる予定です。