月映しの世界の中で   作:K-Knot

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#4 電視遊戯少女

#4 電視遊戯少女

 

 

 

 ある日、鬼は出会いました

 もう一匹の鬼に

 角も生えていないし

 肌だって赤くも青くもないけれど

 一目見てそいつも鬼だと分かりました

 

 心から求めていたのは

 最強よりも

 最強の自分を受け止めてくれる相手だったと

 戦いながら気がつきました

 

 戦いはまるで二人でかじりつく極上の果実

 

 今まで積み上げてきたすべてを

 たくさんの人間を壊してきたすべてを

 ぶつけられる喜び

 受け止められる喜び

 

 

 全てはこの瞬間のためにあった!!

 

 近付いてくる終わりの中で感動を噛みしめていました

 

 

 

 戦いの中で 

 鬼は気がついていました

 

 戦いが終われば

 あの鬼は鬼ではなくなると

 あの鬼が強い理由は

 自分の強さを誰よりも信じているからだと

 

 そして戦いは終わり、もう一匹の鬼は消えてなくなってしまいました

 

 また鬼はひとりぼっちになってしまいました

 

 

 

***********************************************

 

 

 全ての子供たちには大きく未来が広がっている。

 特に風露には、その天から与えられた才能によりそれこそ無限大に広がっていた。

 はずなのに。今ではこの8畳の部屋だけが風露の世界になってしまった。

 

「…………」

 14歳の夏。四季感のない部屋のベッドの上でただ何をするでもなく、風露はかつて手にしたトロフィーを眺めていた。

 13歳時点で100m11.72秒という記録で走り抜けたあの日、二位の選手と一秒近い大差があった。圧倒的な一位、疑いようのない最速の証。

 今の自分には全く不要になってしまったトロフィーを力任せにへし折って散らかり放題散らかっている部屋に放り投げた。

 

「くそっ……」

 膝から下が無くなってしまった左脚を見て、喉の奥から悲鳴のような声が漏れた。

 ここから、これから更に速くなって更に有名になっていくはずだったのに。

 自分が欲する全てをこの脚で駆け抜けて手に入れるはずだったのに。

 

「私の脚を返せ……」

 脚は膝から下が切除され、治療の過程で長かった髪も全て抜けてしまった。

 義足のリハビリは途中でやめてしまい、学校にも行かずに引きこもっている。

 当たり前だ。学校なんか行けるはずがない。勉強は出来たほうなのに治療の時間があまりにも長く、同級生にかなり遅れを取ってしまった。

 運動は言わずもがな出来たのにリハビリすらもサボったおかげで無様に這いずることしか出来ない。

 見た目だって控えめに言っても相当可愛らしく、言い寄られたことは両手で数えられないくらいあるのに今の自分には脚も髪も無い。

 気になっていた異性だっていた気がする。だが、一日の感覚が溶けるくらいに引きこもった結果、その男子の顔すらももう思い出せない。

 クラスの中心だったはずなのに、自分なんかいなくてもあのクラスは回っている。もうどこにも行けない、居場所が無い。

 

 負けるのはいい。今までも何度となく負けた。

 次の糧になるから、次があるから、最後に勝てば全ての敗北は勝利への過程になる。

 だが今の風露は一生庇護されるべき弱い存在になってしまった。

 負けることも努力を重ねることも耐えられたが――――

 

(このまま老いて朽ちていくのがたまらん……)

 不幸中の幸いなのか、不幸中の不幸なのか。

 燕家はかなり裕福だった。少なくとも障碍者となってしまった娘一人を緩やかに閉じ込めておけるくらいには。

 脚を失ったのを境に両親から風露への態度も変わった。悪くなったのではなく、気持ち悪いくらいに優しくなったのだ。

 優しく優しく優しくして。地味な服を着て、いつもにこにこしていて、なんとなくどことなくいい人そうで無害そうで――――典型的な障碍者像。

 両親がそれに押し込めようとしていることが感じられるのだ。

 外に出ることは禁じられていない。だが、あまり人に迷惑はかけないように、目を引かないようにと言ってくるその言葉だけで十分だった。

 何も無くても外に出るような子供だったのに、何かあっても外に出るのを拒むようになり両親は何故かほっとしているように見えた。

 頭の中を無限にいつまでも回り続ける空虚な考えが限界に達しようとしたとき、固く閉ざされた扉をノックする音が聞こえた。

 

「ふぅちゃん、起きてる?」

 

「ご飯はそこに置いといて!」

 姉が帰宅しているからもう6時過ぎなのか、と思ったがそもそも今日は休日らしい。

 しかもまだ昼の3時だ。

 

「入るよ」

 

「……あっ」

 普段は鍵をかけているが、先ほどトイレに行った帰りに鍵をかけ忘れていたらしい。

 薄暗い部屋に自分と同じ顔をした双子の姉、風奈が入ってきてしまった。

 性格こそ違うものの、風奈は自分と同じく勉強も運動もよく出来、性格も明るく可愛い。

 同じ血で出来ているもう一人の自分は変わらず闊達で可愛いままだったからこそ、両親は自分を閉じ込めようとしている。

 そう考えるとその顔を見たくもなかったのに。

 

「ふぅちゃん、パソコン触っていい?」

 

「……おねぇの部屋にもあるでしょ」

 

「いいから」

 許可をする前に電源を入れているあたり、何か見せたいものでもあるのだろう。

 どうせかえってネガティブになるようなポジティブな言葉しか言わないのに。

 

「見て、この人」

 

「…………」

 何を言ってもいいからいいからで流されてしまうのだから、素直に言うことを聞く方が早い。

 義足を付けていないため片足で壁に手をつきながらなんとか机に向かう。

 画面にある内容を見るに、どうも自分と同じ障害を負った人のブログのようだ。

 

「ほら、これ! こんなのあるんだって」

 映っていたのは風露のベッドに立てかけてある通常の義足とは全く異なる形状をしている競技用義足だった。

 

「これがあればまた走れるから……ね? お父さんにお願いして、」

 

「出てって」

 走れなくなったということだけで自分がこうなったと思っているのか――――と喚き散らさなかっただけでも偉いと思う。

 そういうことではないと説明するのも億劫だ。喉が枯れるまで説明したところで所詮風奈とは壁の向こう側とこちら側だ。分かり合うことなど出来ない。

 

「どうして……私は」

 

「いいから!! 出ていって!! 私が窓から飛び降りる前に!!」

 喧嘩しようにもこの体で勝てるはずもないから自傷行為で訴えるしか無い。

 ようやく自分の親切心が大きなお世話だったと気が付いた風奈は泣きそうな顔で出ていった。

 

「ちくしょう……」

 少し人の気持ちに疎いだけで心の底から善人の姉にあんな口を利いてしまったことが脳に重くのしかかる。

 ウィッグを扉にぶん投げると今の自分を象徴するかのようにずるりと落ちた。

 ほんの少し前まで自分はこの一家の自慢でクラスの中心人物だったのに。

 今では世間から忘れ去られ家族の重荷になっている。重荷ならまだいい。こんな態度をしつづければ近いうちに厄介者扱いになってしまうだろう。

 

(……もう寝よ―――?)

 起きたのは三時間くらい前なのにベッドに向かおうとして、パソコンの画面が勝手に動いていることに気が付く。

 何かのゲームのサイトのようだ。ブログに貼ってあった広告を間違ってクリックしてしまったのだろうか。

 

(ゲーム……)

 自分はあんまりゲームなどする方ではなかったが、今は家から一歩も出ない。

 寝ようなんて言いつつも寝れるはずもない。基本無料の文字に誘われて、風露はただなんとなくそのゲーム、Flawless Anthemをインストールした。

 

「……かわいい」

 銃でどんぱちやるゲームのようだが、50以上いるキャラクターにそれぞれ個性があり、風露の想像していたゲームとは少し違った。

 平たいキーボードに狭いマウスパッド、しかも初めてのPCゲームに苦労しながらなんとかある1キャラの操作を覚える。

 英国の元スプリンターという設定を持つ彼女はアタッカーの中で一番速い、というよりも人間の反射神経では目で追えないスピードを持っている。

 最初は全てが初めてでまともに動かせたものではなかったが、2,3時間もやっているうちに慣れてきた。 

 敵を殺すことが全てではなく、目標に敵を絡ませずにこちらが最後まで目標にタッチしていることがどのルールでも共通した勝利条件らしい。

 究極言えば敵を全く殺さなくてもよいが、目的のための一番手っ取り早い手段が敵を殺すことなのだ。

 対戦ゲームであるため、本当に楽しむためにはオンラインの世界に飛び込むしかない。

 まだアカウントのレベル的にエンジョイマッチしかできなかったが――――

 

(なんだこれ。みんなのろまだ)

 自分と同じアカウントレベルのプレイヤー、つまり初心者が集まっているのを差し置いても、反応が鈍く弱すぎる。

 ヘッドセットなどしていないのでPCのスピーカーから直接聞こえてくるボイスチャットの声は英語だからよく分からないが、単語を聞き取るに風露を誉めているようだ。

 相手がアタッカーだろうがタンクだろうがヒーラーだろうが一瞬で距離を詰めて紙粘土で出来ているかのようにくしゃくしゃに出来てしまう。

 口をぽかんと開けて前のめりに集中し、あっという間に試合は終わってしまった。40キル3デスという数字が凄いのかどうかは分からないが――――

 

「ははっ。あははっ」

 相手を、自分に襲い掛かってくる敵を叩き潰すとこれ以上ないくらいに胸が空っぽになる。

 何度も試合をして、徐々に敵味方のレベルが上がっても結果は変わらず圧倒的だった。

 

「……なんだかすごくお腹が空いた」

 自分は強いのか、あるいは物凄く強いのか。

 そんなことよりも何故だかとにかく腹が空いていた。

 さっきまで米の1粒だって喉を通る気がしなかったのに。

 

 強くなる時間は、無限にあった。

 

 

 

******************************************

 

 

 本来なら高校一年生になっているはずだった。

 外れてしまった道はとうとうまともな道に戻ることはなく、風露はその世界で自信を少しずつ取り戻し、取り戻した自信は少しずつズレた正常に風露を戻していった。

 

 この世界ではどこまでも羽ばたける。

 脚があろうが無かろうが誰よりも自由で、誰よりも眩く光っていた。

 気がつけば元よりもずっと奇抜で洒落た格好を好むようになり、人との競争を好む生来の性格はより過激になった。

 周囲の人間も家族も、自分を止める人間はいなかった。両親は多少戸惑っていたが、天然気味の風奈はそんな風露の今をとても喜んでいた。

 

「もう少しこう……カメラにちょこっと写るくらい脚を出してもらっていいですか?」

 恐らく仕事以上の情熱を持っていないだろうな、と思っていた記者から風露の怒りのボルテージを一気に上げる言葉が飛び出た。

 

「…………なんで?」

 既に額に青筋の一本や二本は浮き出ていると思う。

 赤くメッシュを入れた髪に加え表情が5割増しに強く出る化粧は風露の怒りを記者に歪曲せずに伝えているはずだが、記者も引かずにせっかくですから、なんてふざけたことを言っている。

 今すぐにでもそのカメラを叩き壊してこの部屋から飛び出してしまいたい。

 

「お前、どこの記者? グラビア雑誌か? 新聞の社会欄だっけ? 『障害にめげずに頑張る女性』ってか? 才能ねえしつまんねからやめろよ。お前んとこのホームページのサーバー延々と攻撃してやろうか」

 今まで風露の出会った中で一番性格の悪い男、Meanが風露の思っていることを10倍くらいにして記者にぶつけている。

 助けてもらった――――と、出会ったばかりの頃なら思うだろうが違う。Meanは単純に常に誰かを罵倒して見下したい男なのだ。

 だから相手のミスは絶対に見逃さない。

 

「し、失礼しました」

 

「……。この際だから言っておくけど……別に私は女性を代表していないし障碍者のために戦ってもいない。迷惑だとは思ってないけど、正直うんざりしてる」

 今や絶対的な強さになったとはいえ、国内シーンしか経験していない自分が世界的なesports Awardを受賞したのはそういった理由も多分に含まれているのだと思う。

 障碍者の新しい生き方を示し、多くの人間に勇気を与えただとか、まだまだ少ない女性esportsプレイヤーを増やしただとか。

 正直――――勝手に言っていろといった感想だった。

 

「そもそも俺たちはFooroのみに頼って戦っている訳ではない」

 キャプテンのGjallarhornが簡潔にまとめて伝えてくれる。

 その通り、そういう話をしたかったら自分だけに取材をすればいい。

 わざわざBDCの全員を呼ぶ必要はないわけだ。

 

「では……その。日本一のチームになった訳ですが……いまの望みはなんですか?」

 ようやくまともな質問が出てきた。名実共に日本一になり、金も名誉も全てを手に入れた。

 だとすると、次に望む物はなんなのだろう。一年後のジャパンカップで優勝することもそうだし、18になったら世界大会にも出場したい。

 だが、そこを突き詰めて考えると答えは――――

 

「もっと強いヤツと戦いたい」

 シンプルだった。強くなるために生きてきた。強くなったのはより強い相手と戦うため。

 その言葉はそのまま記事に載り、一部ではトキシックが過ぎると話題にもなった。

 あの日まで、ゲームなんかほとんど触りもしなかった自分に眠っていた巨大すぎる才能。

 止まること無く膨張を続けるまばゆい太陽となり、光の矢のような速さで日本の頂点に立ち、いつの日かある想像が頭の中に浮かぶようになった。

 

 自分は孤独なのではないか。

 

 偉業だとか、愛らしい容姿だとか、そんなものを見てもらわなくても結構。

 何よりも高く積み上げたこの技術、この強さ、この至高を。1から10まで喰らって理解してもらいたい。Fooroを知ってもらいたいのに、この国にはその相手がいなかったのだ。

 

 

 それでも戦い続けるしかない。

 もう自分が自分として生きる道はこれしかないのだから。

 そんなある日だった。

 

『一位おるがw』

『いまの一位誰なん?』

 

「ん?」

 いつものように配信を開始し、爪を整えながらマッチを待っている時だった。

 にわかにコメントが騒がしい。どうやらマッチングしたらしい。なるほど、相手にランク1がいる。

 

(誰?)

 有名な配信者やプロのサブ垢ではないと思う。少なくとも自分は知らない。

 だがそれにしてはアカウントレベルが低い。大体1時間プレイすればレベルが一つ上がるが、レベル500しかない。全くの初心者がレベル500でランク1に到達するのはほぼ不可能だ。

 自分のレベルは1700以上あるというのに。どっかのプロが誰にも言わずに作ったサブ垢――――とするには少しレベルが高い。

 

「まぁ、お手並み拝見かな……」

 今までランク1と戦った経験は片手で数えるくらいしかない。

 割と拍子抜けだったという印象しかないが、戦績を見る限りはメタから外れているスナイパーばかりを使っているこのアカウントの主は果たして――――

 

 

 戦いは延長ラウンドまで続き、25分の長丁場になった。

 なんとか勝つことが出来たが、味方にチームメイトのDisrespectと国内二番手チームに所属するFjordがいたのだ。

 こんなもの勝って当たり前なのだ。それなのにここまで押し込まれたのは――――

 

『一位のヤツつんよ』

『激ヤバエイムニキ』

『チーター?』

『この人配信者ですよ』

 

(Shin……)

 今はメタではないスナイパー含むエイムを必要とするキャラを使い続けていたこの一位が強すぎたのだ。

 試合は勝ったものの、個人としては押されっぱなしだった。

 ほんの少しの隙間から弾丸が飛んできて次から次へと味方の頭が抜かれていく。

 悪夢のような相手だった。

 

「ごめん、今日の配信は終わり」

 配信者だという情報を元にSNSを検索すると意外にもすぐに見つかった。

 プロフィールには『I love gaming』とだけ書いてあり、フォロワーは500人しかいない。

 あんまりにもどこにでもありそうなアカウントなので一瞬見逃しそうになってしまった。

 配信サイトのURLがあったのでクリックすると。

 

『こいつ草食動物なんか? シマウマみたいに目ン玉顔の横についてんじゃないの』

 いきなり悪口が耳に入ってきた。どうやら先ほどの試合を見返している最中だったらしい。

 仮にもランク1に到達する腕前の持ち主なのに視聴者は100人前後しかいないが、コメント欄が盛り上がっている。

 自分との試合が相当面白かったらしい。

 

「……?」

 男性らしいが、なんというか声が思っていた以上に若い。

 少なくとも自分が所属しているBDCのメンバーよりも若そうだ。

 

『いまいくつなの?』

 場の流れをぶった切るようなコメントを入力すると配信者のShinはなんだそりゃ、と呟いた。

 自分だって熱かったゲームの後にそんなコメントが流れてくればそうなる。

 

『16だよ。高1。まぁ勉強は全然してないけど』

 

(同い年……!)

 同い年だろうが年下だろうがこのゲームのプレイヤーは沢山いる。

 だが、このランク帯に自分と同い年で自分と同等以上の腕を持っている人間がいるとは夢にも思っていなかった。

 

『感度は?』

 

『あれ、見せたことなかったっけ。400のゲーム内感度が5だから……2000か』

 

(低っっ!!)

 エイムキャラばかり使っているから低いだろうなと思ったが想像以上に低かった。

 風露は6000だし、普通は3000~8000の範囲内に収まる。2000だと360度振り向くのにマウスを約70cm動かさなければならないが、その代わりに針の穴を通すようなエイムを可能にしているのだろう。

 

『どうすればそんなに強くなれるの?』

 なんだか自分ばかり質問している。コメントとアカウントが結びついているから同じ人ばかりコメントしていることがまるわかりだ。

 一応自分が配信しているアカウントは別だが。

 

『……。これを書いた人がどんな人か知らないけど……自分が普通の人生を送っていると思うなら、それを完全に変えることになる。全て捨てて注ぎ込むんだ。友達と遊ぶな。恋愛なんかいらん。他の全てを捨てる。今までのような普通の生活をする余裕なんて一切なくなる』

 

(…………)

 この少年は自ら選んで捨てたようだが、自分も強制的にそんな状況になった。

 私って可愛くて頭もよくて運動も出来て――――というエゴ丸出しの人間だったし、正直な話いまもその根本的なエゴは変わっていないと思う。

 要するに世界の中心は自分だから自分を見ろ、と。それが派手な格好やら辛辣な言葉となっているのだ。

 そんな自分がこれほどまでに他人に興味が出るのが意外だった。

 

『アカウントこれだけ?』

 

『……? 初めて見てくれた人? これしかないよ。他のアカウント作るのもめんどいし』

 つまり、まだ始めてほんの数か月ということになる。

 それで頂点に立つほどの才能。アーカイブを見ると他にもかなり色々なジャンルのゲームをやっている。

 配信と別ウィンドウでアーカイブを飛ばし飛ばしで見てみると、どうやら一試合事に試合を見返して反省点をノートに纏めているらしい。

 配信映えはしないが、どうりで凄い早さで強くなる訳だ。しかも今はなんと自分の弱点を書き綴ってくれている。

 この少年の配信はプロとして、1プレイヤーとして宝の山と言えるほどに勉強になる――――その確信を得た風露は即座にチャンネル登録をした。

 

 その日以降、Shinの配信する時間帯≒風露の起きている時間帯の配信は極端に減ることになった。

 昼間はプロとしての仕事をこなしながら、夜は画面の向こう側で静かな声で話しミラクルプレーを連発する少年の事を一つずつ知っていく日々。

 

 友達はいないの?

 学校終わったら走って帰ってるし、ほとんど誰とも話してないから一人もいねぇや

 

 いつも配信中にご飯食べてるけど、好きな食べ物はなに?

 レバーとか砂肝とか苦いもの。甘いものは歯にひっつくから嫌いだ

 

 兄弟いるの? なんか声が聞こえた

 兄貴がいる。俺と違って凄い優秀なんだよ

 勉強ができるとか?

 東大生だからね、出来るどころじゃないと思うよ。でもサッカーで全国行ったりもしてたからなぁ。やべー奴だよ

 

 ゲーム以外はやらないの?

 他になにも趣味が無いんだ。ていうか何も出来ない。ダメ人間だからいつも母ちゃんに怒られてる

 これだけ強いなら理解してくれるだろ

 俺んち、っていうかうちの一族でゲームが上手いとか何の足しにもならねえ。親父は銀行員だし、爺ちゃんは会社の会長だし。そら怒るわな

 

 彼女とか作らないのかよ

 俺が女なら俺みたいなダメ男お断りだ。何も出来ませんが敵の頭をクリックすることだけは負けません! って馬鹿か。俺が彼女の父親ならぶっ殺して東京湾に捨てるわ

 

 今日は早めの配信だね

 今日祝日なんだけど……。いつも見てくれてるね。流石にID覚えたよ

 

 16歳なら少しは浮いた話しろ。なんかエロい思い出の話でもして

 もう三カ月くらい女の子と話してねーんだよ。あとね、オカズ探してる暇があったら練習しろ。ムラついたら5分以内に抜いてすぐ練習に戻れ。それと三日前に17歳になったからね、俺

 おめでとう。なにか欲しいものあるなら送るよ!

 欲しいものすか……あんまないな……うん……別にないわ。ありがと

 

 うわっ、敵に兄貴おるわ!

 お兄さんもやってるの?

 このyouyouyouってヤツ兄貴だわ……うん、レベル的にも間違いないな……。マジか、二カ月でグランドマスターになりやがった

 すご、天才じゃん

 だから言ったろ、うちの兄貴はやべーんだよ。でもまぁ、昔から兄貴にはゲームだけは負けたことねーからな。日頃ちょっかいかけてくれるお礼にたっぷりレート吸ってやるわ

 

 マウス小さくない?

 P909 Wirelessだぞ。みんな使ってるやつだから小さくはないでしょ

 手がでかい? 身長と体重と誕生日教えて

 185……かな。体重はたぶん65? 誕生日は11月8日

 でかくね

 この前学校でヤンキーにドデカ陰キャって言われて目ぇつけられてボコられてカツアゲされたわ。反省してそれからは2000円以上持ち歩かねーようにしてんだ

 かわいそう

 俺も俺が可哀想だわ

 

 ゲームではトップ10なのに人生はブロンズ帯ってマジですか

 ゲームではこないだランク1になったのにテストはこないだ最下位だった。見てくれやこれ!

 おもろ

 おもろくねーよ。これはやべーだろ。母ちゃん泣いてたわ。やっぱおもれーわ 

 英語普段話してるじゃん

 あのね、下手に一個できると他のも出来るんじゃないかって思うだろ。出来ねーしやる気もないんだわ。だから英語のテストも5点しか取れないってのがベスト、正解なんだよ

 

 好みのタイプは?

 好み~~~~? 女性のタイプっすか~? 分かんねぇ、そもそも人が好きじゃないような気がする。好きな子とかいた記憶があんまない……。ていうかそもそも異性の知り合いすらいねぇ……

 私、女だよって言ったら?

 そーすか。だからなんだってんだ

 

 将来は何がしたいの?

 …………分からない。ダメ人間だし、他にはなにも出来ないから……未来がなにも見えない。いまはただ、強くなりたい。もっと……もっと強くなりたい

 

 

 

 卒業式すらも欠席した風露には同年代の友人が全くいない。

 今の家族仲は良好だがやはりあまり理解はしてもらえない。

 Shinの配信はシンパシーを感じる部分が非常に多く、まるで会ったこともない親友が画面の向こうにいるかのようだった。

 そんな彼と会ってみたいな―――――と思うこと以上に公式の場で戦ってみたいと思い始めるのは風露にとっては当然だった。

 だが。Shinの配信を見始めて一年近く経ったその日の配信には、ゲームの画面が無かった。

 

『……今日で配信は最後だと思う』

 

「はぁっ!?」

 淡々と、落ち着いた声で話してはいるが手元のカメラに映るマウスを握る手は震えているし、涙声だ。

 自分と違い家族との間に爆弾を抱えていたShinだ。何かが爆発してしまったのだ。

 

『母親にやめろと言われた。勉強もしないでゲームばかりしているなら働けってさ。その通りすぎてなんも言えねぇ。学校すらも辞めさせられるのか……いや、別に何も学んでいないし友達もいないからいいんだけど』

 

「馬鹿か!?」

 母親もこの少年も馬鹿が過ぎる。

 少し配信のやり方を変えればこの腕なら飯を食っていくには問題ないくらい稼げる。

 母親もそれにすら気付かずに一方的に封じ込めるとは、脳みそのアップデートが30年くらい前で止まってしまっている。

 

『病院に連れていかれそうになったのはびびったな。何を今更……分かってる。俺は頭がおかしい』

 学校のある日でも走って即帰宅しご飯を一人で食べながらゲームをし続ける息子が何かしらの病気だと思ったのだろう。

 正常な判断だが、困ったことに彼は自分がおかしいことを自覚したうえで続けているのだ。

 

『いつもみたいに受け流せばいいんだろうけど……もう無理だ。小言を言う母親はまだいい。叱ってくれるのはいい。親父は完全に無関心なんだ」

 

「…………」

 ふと。これから先に彼の言うことが予測できてしまった。

 まともにぶつかってくれるならまだいい。自分だって形こそ間違っていてもなんとかしようと話しかけてくる風奈の事を嫌いになりはしなかったし、今の姉妹仲は非常に良好だ。試合だってゲームの事はてんで分からないのに見に来てくれる。

 一番心を壊すのは――――

 

『俺が一人っ子だったなら、一族の恥になるからとふんじばってでも教育しただろうにな。出来のいい兄貴がいるから、もう完成しているから、スペアなんか必要ねーんだ。いらねぇんだよ俺ぁ』

 

(親からの無関心……)

 風露の両親だって無関心でこそ無かったものの、脚を失ってからまともに風露のことを見ようとしなかった。

 世間一般の理解ある両親像からはみ出さない行動しかしなくなった。自分がそうさせているのだと感じると、それこそいま彼が感じているように消えてなくなってしまいたくなるのだ。

 

『兄貴のことを恨んじゃいない。昔はよくいじめられたけどな。4の地固めや電気あんま……まぁ200回は泣かされたな。でもそれはそれで一人の人間として認められている気がしたし、兄弟ってそんなもんだろ。恨むとしたらまともに生活が出来ない俺の駄目さ加減だけだ。……もう家を出ていく。適当にフリーターでもしてそのうち一人で死ぬんだろう』

 

「ふざけんなっ、ふざっ……」

 この才能が日の目も見ずに消えてしまうのか。

 こんなにもきっと自分を理解してくれるであろう存在が野垂れ死んでしまうのか。

 

(戦おうぜ!!)

 神は無作為に才能を与える。

 世界一のピアノの才能を与えられた男がどこかで建築の仕事をしているかもしれないし、絵の才能がある少女が受験地獄に泣いているかもしれない。

 脚を失わなければ、それ以上の才能が眠っていることなど一生気が付かなっただろう。

 才能が正しく評価されず気付きもされない世界。なんという悲劇だ。だが、自分には止める術が無い。

 あの日以来ほとんど毎日日課のようにこの配信を観てきて、勝手に友人のように思っていても、現実は顔も名前も知らない赤の他人なのだから。

 他に方法は、とあれこれ思考を巡らせているその時だった。

 

『これで美味しいものでも食べな』

 この1年で7、8回ほどしか見たことが無かった投げ銭が放られた。

 1200円という金額だからそれこそ一回何か外で食べるくらいしか出来ないが、頭を冷やすには十分な時間だ。

 

『ほしいものリスト公開しなよ。一人暮らしすることになっても何か送れるから』

 先ほど考えた配信の仕方を変えろという内容の一つがコメントになって流れてきた。

 彼は投げ銭を促さないし、何が欲しいとも言わないから視聴者も何を与えていいかわからない。

 とりあえずいまの自分に出来ることはこれだけだ。

 

『絶対この道で生活できるからやめないで』

 他にも投げ銭がある中で、目立たないように1000円をこのコメントと共に送った。

 100人前後しかいない視聴者だが、いつもほとんどメンバーは固定されていて、その全員が全員Shinの才能を認めている。

 弁が立つタイプでも面白いことを思いつくタイプでもないから埋もれているだけで、彼は最強なのだと。

 投げ銭が二万円に到達し、とりあえず1日くらいは家を離れて外で過ごせるくらいの金額になったころ、Shinは口を開いた。

 

『……ありがとう。でもこの際だからもう一度言っておくよ。俺は誰かの為に戦っていない。見てくれている人の為でもないし、もちろん家族のためでもない。ただ俺が強くなりたいから、負けても次はもっと強くなって勝てるはずだから。勝てるまでやれば負けなんか一個も無いからって。それだけなんだ。……でも、ありがとう。外でなんか食べてくる』

 

「……それでいいんだよ」

 誰かの為に、何かの為になんてのは綺麗に育った大人にでも任せておけばいい。

 私たちはまだ10代の半ばなのだから自分勝手で十分なのだ。自分中心に生きて何かを成せたのなら、それを寿命の半分も過ぎた口の臭いおっさんおばさんがとやかく口出しすることではないのだから。

 

 自分勝手だと自覚している風露には珍しく、心から良かったじゃないかと思えた。

 他には何も無くとも、たった一つ自分に出来ることにひたすら打ち込めばいつかは認めてくれる人が出来るものなのだ。

 自分だってそうだった。求めているだけでは何も始まらない。まずは自分で自分を確立しなければならない。

 だがこの道で生きていくということになるなら、近いうちに大きく変化しないといけないはずだ、と思っていたら転機は意外にもすぐに訪れた。

 

 

『T2トーナメントに出ようと思う。プロになるよ、俺』

 

(来た……)

 更にぼそっとチームを探していると呟いたのを聞いてマネージャーに電話をかける。

 トーナメントはTier1~Tier3に分かれている。T3は賞金が出ない大会をメインにしたチームでスポンサーも当然ついていない。

 T2は国内の賞金が出る大会に出場するチームを指し、スポンサーがついているチームもありBDCもT2に分類される。

 T1は国際トーナメントに出るチームの事だ。日本にはT1のチームは無く、世界大会が開かれるときにオーディションが開かれ各チームのエースから選ばれるのが常だ。

 一部のesports強豪国はT1チームをいくつも常設しており、一年を通してT1チーム同士で試合をしているし動く金も動員する観客数も桁違いになる。丁度野球の大リーグと同じだ。

 日本人がこの道でトップを目指すならそういったT1チームにスカウトされることがまずは目標になり、そのための足掛かりとしてT2チームで際立った活躍をすることは必須なのだ。

 

『なんだ、どうした?』

 この時間に、しかも風露から電話をかけることなどまずないためやや困惑気味の返答と共にマネージャーが出てくれた。

 

「あのさ、いまアタッカー募集してるT2のチームってあるかな」

 

『いま? あー、そういえばこの前……ん!? まさかお前!』

 

「違う違う。聞いているだけだって」

 他のチームに移るつもりじゃないだろうな、という言葉を前もって否定する。

 給料も十分すぎる以上に貰っているし、練習環境も国内においてはBDC以上のチームなど無いだろう。

 まぁそうだよな、とマネージャーは一人で勝手に納得して質問の答えをくれた。

 

『Another Oneのアタッカーがこの前一人やめてたぞ。T2で今から応募出来るのはそこくらいかな……』

 

「サンキュ」

 Another OneはBDCとは全く別の方向で有名なチームだ。

 歴史が古いというのもあるが、年齢層が高いこともあってか温厚で人柄の良い人物が多く、アマチュア向けの解説動画なども頻繁に投稿しているためプロアマ問わず愛されているチームだ。

 中でも業界屈指の苦労人でチーム創設者かつキャプテンのIcemanは若手の育成に熱心で、彼と深く関わった若手はみな大きく開花しているためIcemanは幸運の持ち主と言われている。(本人の戦績は奮わないが)

 あのチームならきっとShinの力を更に大きく伸ばしてくれるだろう――――と思う傍ら、彼がプロになると決意した途端にその枠が空いているあたり、やはりそういう生き方をするべきだと定められている人間なのだろうな、と感じながらAnother Oneに匿名のメッセージを送った。

 

 いつまで経っても中堅チームだったAnother Oneにとって、若く才能に溢れランク1も経験しているShinは喉から手が出るほど欲しい存在だったらしい。

 メッセージを送ってたった二週間で公式に加入が発表された。

 強くないだけで愛されているチームだけあって、発表後すぐにShinのSNSのフォロワー数は20倍に増え視聴者も常時1000人以上になってしまった。

 前まではコメントをくれる人のアカウントも覚えていてくれたのに、今となっては全てのコメントに返すことは無くなってしまった。

 なくなった、というよりも出来なくなってしまったのだろう。下手な質問は古参が返してくれるし、投げ銭もかなり増えた。

 一視聴者として、なんだか遠くに行ってしまったように感じる――――で、通常のファンガールなら終わるところだがここからが違う。

 

(私もプロだからな)

 あっという間に一カ月が過ぎ、ジャパンカップは開催された。

 決勝までは小さい会場で行われ、オンライン配信以外は一般公開もされないが決勝戦のみは収容人数5000人の会場で行われる。

 まるでこうなることが分かっていたかのように感じてしまうが、当然のようにAnother Oneは決勝まで上がってきた。

 ベテランが多いだけあってスキルは熟達している。足りないのは若さの持つ勢いだけだったのだ。

 

 試合開始を待つ間、会場に設営された売店で商品を見て回る。

 入口で配られているパンフレットを見ると、今回の試合の見所や両チームの選手の特徴や経歴まで書いてある。

 今更BDCのメンバーの経歴など見ても仕方ないが、Another One側は普段あまり情報が出ていないだけあり気になる。

 

 

 Iceman 相馬寛寿郎 28歳

  

 公式大会に10年連続で出場しているベテラン。

 日本でFlawless Anthemを流行らせた立役者とも言われており、日本で最も愛されているストリーマーの一人でもある。

 公式チャンネルで常に宣伝している彼の実家の酒を注文すると喜ぶぞ。

 

 リィカレー  水元信彦 26歳

 

 Another Oneのロゴを作ったチームの中核選手。

 料理が趣味らしく、オフラインイベントでは手作りのパンを振る舞ってくれるとか。

 全てのロールを経験しているが現在はヒーラーに落ち着いている。

 

 Ruin 木山類 29歳

 

 Icemanの中学からの同級生であり、Another Oneの初期メンバー。

 最初は全く別のチームにいたのをIcemanに誘われてAnother Oneを創設した。

 世界大会に出場経験もあるアタッカーだが、BDCとのマッチアップにどのような作戦を用意しているのか。

 

 はむかつ 根岸宗也 22歳

 

 アップデートごとにメタリポートと解説動画を公開しているため、Another Oneの中でも有名な選手の一人。

 「分かっていても動けないんだよなぁ」という言葉で毎回動画を〆ているが今回は動けるのか。

 ハムカツよりもメンチカツの方が好きらしい。

 

 pkMoon 文奎利(Moon GyuRi) 25歳

 

 まだまだ珍しい女性選手の一人。

 韓国在住のヒーラーとして定評のある選手で、元々Another Oneの大ファンだったらしい。試合があるときだけ来日している。

 pkMoonはPain killer Moonという意味だが、読みを変えて「ポケモン」と呼ばれることが多く、本人もその呼び方を気に入っている。

 韓国語・日本語・英語を話すトリリンガル。

 

 Shin 明川新路 17歳

 

 Fooro以来の超大型新人と言われるアタッカーで、アジアサーバーにおいてランク1を数度経験していること以外の経歴は不明。

 これまでの試合におけるK/Dは19.07であり、日本の公式記録においてトップ。

 スナイパー系のキャラクターしか使っておらず、命中率は72%かつクリティカル率は45%なので、3発中1発は相手を一撃死させている。

 Shinの活躍次第ではジャイアントキリングも十分にあり得る。

 

 

(シンジ、って名前なんだね)

 どんな名前なんだろうと思っていたが自分と同じく本名由来のシンプルな名だった。

 それにしてもメンバーの半分以上がBDCのコーチよりも年齢が上とは凄いチームもあったものだ。

 何人かに求められたサインや写真撮影に快く答えながらAnother Oneのグッズが売っているコーナーにたどり着いた。

 

(うーん。ロゴかっこいいなぁ。後でシャツ一枚買お)

 黒いシャツに筆で描かれた朱色のAを白色のOが豪快に囲っているというシンプルなデザイン。

 紫色のけばけばしい猫が描かれたど派手なBDCのロゴと対照的だ。 

 スポンサーがいないからメンバーが自費で制作依頼しているというのが泣ける話だ。

 売り子も雇わずに販売員をしているIcemanこと相馬が『なんでFooroがうちのグッズ見てんだ』と言っているかのような顔でこっちを見ていた。

 

「ふぅちゃん!!」

 

「わっ!! びっくりした……」

 応援しに行くから、と言っていた風奈がいつの間にか後ろにいた。

 相馬が『なんなんだこの人たちうちの前で』という表情でずっと見てくる。

 貴重な収入の邪魔をしてはいけないからとりあえず場所を移動する。

 

「なんか同い年の男の子出るんだって? また優勝できるよね?」

 

「どうかな。やってみなくちゃ分からない」

 双子だから自分の事も褒めてる風になってしまうが、ほぼ100%ゲームマニアで構成されたこの会場に似合わない、百合の花のような清純な女子高生だ。

 どうだうちの姉は可愛かろう、と仕事中でなければ自慢して回りたいくらいだ。

 

「おう新路、どうした」

 

「チームのマネージャー呼んでくれって運営が……。たぶん相馬さんだと思うから……」

 

(!)

 先ほど知ったばかりの本名が耳に届く。

 いまそこに、ずっと知っているのに顔も見たこともない同い年の少年がいる。

 しかし振り返るのがやや遅かったのか、二人とも裏手に引っ込んでいってしまった。

 

「いまの背が高い人? だよね?」

 

「見たの?」

 

「うん、なんか――――」

 

「あ、いややっぱ言わなくていいや」

 気になりはするが、舞台が初顔合わせなんてまるで台本のようにロマンチックじゃないか。

 もっともこれからお互いの全てをかけて戦い合うところが普通のボーイミーツガールと違うところだし、全て自分がそうなるようにしているのだが。

 

(なんだかすごくどきどきするなぁ)

 恋なんてもう長いことしていなかったから忘れてしまったがきっとこんな感じだったと思う。

 長い間待ち焦がれ願い続けた人物がすぐそこにいるのだ。

 

 去年聴いたということもあり、うわのそらで運営側からの説明を受け、あっという間に入場の時間となった。

 BDCのロゴがスクリーンに映し出され、巨大な猫が画面で跳ね回る。紫の光が風露の全身を毒々しい色に染めた。

 会場のそこら中に自分のファッションを真似た男女がおり、Another Oneにしてみれば完全にアウェイだ。

 

(どうだ。分かっているのか、あんたたちが挑もうとしている相手が日本一だってこと!)

 先に入場して並んで立っているAnother Oneの選手はみな緊張しすぎてガチガチに固まっており――――

 

(いた……)

 選手が並んでいる中で一人だけ頭二つ分ほど大きい、群れから追い出された大ガラスみたいな少年が立っている。

 鬼太郎のように伸び散らかした髪が分厚い眼鏡にかかっていることに加えて高校生のくせに無精ひげが生えている。

 他には何もできない。だけど全てを捨てて注ぎ込んだ。その言葉がそのまま人の姿を成しているかのようだ。

 

「新路ィ――――! 頑張れ――――!!」

 

(?)

 言葉は悪いが、100%ゲームマニアということは観客の半分以上が臭い汚い気持ち悪いの3K揃ったオタク集団の訳だが、それとはまったく色の違う陽気な社会人のグループらしき男達が最前列にいる。

 普通はフリップを掲げるにしても本名ではなくゲーム内で使用している名前を書くものだが、どういう訳か『新路がんばれ』とデカ文字で書いてある。

 なんというか、あそこだけやはり何か違う。

 

(お兄さんか!)

 よく見れば一番大きい声を張り上げている青年と新路の顔立ちがよく似ている。

 奇しくも風奈の真隣で応援しているとはお互い妙な偶然が重なるものだ、と新路に視線を戻した時だった。

 

(……あれと戦うのか)

 ベテランのチームメイトですらも緊張しているというのに。

 当の本人は全くビビっていない。

 全部つぎ込んだんだ、俺が勝って当たり前、お前らは全員踏み台――――視線がぶつかっただけで感じ取れてしまった。

 どんなに強い選手でも多少は心模様に恐怖や緊張が映るものだ。だが、プロデビューしてからただの一度も負けておらず、その全てで相手を圧倒的に殺しきっているからネガティブな感情が一切ない。

 勝利以外あり得ない、自分からそれを奪おうだなんて傲慢極まる、と。人間をやめた鬼の目だった。

 

(…………。私には勝てないよ)

 今まさに世界の中心のような気分だろう。

 だがもう一度冷静になって会場を見渡してみろ。

 なぜほとんどがBDCを応援しているのか。なぜFooroの名を誰もが叫んでいるのか。

 

 そこは一年前自分がいた場所だからだ。

 

**************************************************

 

 

 何かが狂い始めたのは完全に透明だったはずのMeanをShinが撃ち抜いてからだった。

 勢いを手に入れたのか、あるいはShinがこちらにとってはありがたくないコツを掴んでしまったのか。

 去年日本の頂点に登り詰めた戦術が通じなくなってきていた。

 

『なにやってんだ!!』

 

「わかってる!!」

 耳が痛くなるような甲高い怒鳴り声がヘッドセットを通じてMeanから飛んでくる。

 

(なんて野郎だ……)

 完成されたスナイパーはどうしようもない。

 誰しもが一度は妄想したことがあるだろうが、その通り。

 2000という激重感度と引き換えに手に入れた、針の穴を通すようなエイムを最大限に活かすために遥か遠くの高台から弾丸が飛んでくる。

 あの距離はFlawless Anthemに登場するスナイパー以外のあらゆるキャラの弾丸が届かないし、当然近づくにはかなり時間がかかる。

 仮にこちらの全員でShinに飛び込んでもその間に一人か二人は撃ち抜かれるし、他のAnother Oneメンバーにとってはそっちの方が助かるわけだ。

 結果として、対応するためにはこちらもメタではないスナイパーを自分が出すしかない。

 だが最早ゾーンに入り切ってしまったShinのエイムは視界に入ったら即死というレベルにまでなってしまっている。

 ほんの少しのミス、pornの頭がイカれた距離から抜かれた瞬間、ゲーム内に爆音が響き会場が一気に湧いた。

 

(どうだ! 見たか! これがうちのキャプテンだ!)

 一試合に一度だけのスキル、グラウンドストライク。

 地面、もしくは床に足をついている全ての敵をその場で3秒だけ転ばしてしまう。

 注意していればぴょんぴょんジャンプしているだけで無効化されてしまうが、人数差を作り勝ったとAnother Oneの全員が思ったその瞬間の心の隙間を狙って放った一撃は、見事に全員を転ばしており――――Gjallarhornの頭を弾丸が貫いた。

 

「え?」

 高台にいたはずのスナイパーが飛び降りていた。致命的なスキルを避けつつ空中ヘッドショットを決めたのだ。しかもそれだけではない。

 銃口の動きを見るに次の標的に狙いを定めている。この窮地でも敵を殺すことのみに集中している。徐々に徐々に、にじり寄るように機械に近づいている。

 ある時期から――――ありとあらゆる競技はいかにして機械に近づくかになった。

 0%から50%機械になるのは容易いが、90%から91%の精度に近づくのは極めて難しい。プロはその世界で戦っている。

 だからこそ培われる予知とも言い換えられる感覚がある。

 

(狙いは私!!)

 超上級者ともなると数瞬後がかなりの精度で予測できる。

 着弾する前にヘッドショットだと確信出来るし、敵と目が合った瞬間に殺した殺されたが分かってしまうのだ。

 通常の生活では決してあり得ない超集中は新路と風露の感覚を尋常の物から逸脱させ、ある種の第六感の交換を行っていた。

 風露が射線を避けようとしているのが伝わってしまっているように、新路がこちらに照準を合わせているのが伝わってくる。

 もう分かる。彼は自分の中に思い描く完璧な自分に重なろうとしている。その映像すらも見えて――――

 

(やられている姿ッ)

 完璧は避けようが無いからこそ完璧。

 その想像は現実と一部の差異もなく、風露の画面に大きく『Shinにキルされた!』と表示された。

 空中にいる間に狙いを定めるにしたって感度が遅すぎるはずだ。マウスパッドの大きさが絶対に足りないはずなのに何故。

 

「……!?」

 人数差は決定的になり勝負はもう決してしまった。

 思わずAnother One側の席に目を向けた風露は見た。想像通り確かにマウスパッドの大きさは足りていなかった。

 だが、どうせ空中にいる間は動けないからキーボードに手を置いても無意味なのだからと、左手の甲を机につけてマウスパッド代わりにしている新路の姿を。

 画面には映らず、会場で自分以外は誰も見ていない神業。

 

「新路ィ! なんてヤツだお前ぇえええ!!」

 0-3まで追い込まれた試合を3-3まで押し返した主役にチームメイトが駆け寄りもみくちゃにしている。

 万年中堅チームがこれほどまでに熱く盛り上げる試合をするなど会場の誰も思っていなかったのか、ハイボルテージここに極まっている。

 

「…………」

 それなのに当の本人は抱きしめられ小突かれながら何かが不満そうに黙って突っ立って画面を見つめている。

 どう見ても接戦を制した男の顔ではない。

 

(何が不満なの? なぜ少しも喜ばない?)

 その疑問が浮かぶのとほぼ同時に答えが出てきた。

 勝っていないからだ。どれだけいいプレイが出来たって最後に負けたなら全てが無意味となる。

 無様だろうがみっともなかろうが勝ちは勝ちなのと同じ。

 プロになってたった一カ月でそれを理解し、少しも油断していないのだ。

 全てを注ぎ込んだ者の執念とも言える技が日本一の喉元にまで食らいついていた。

 

******************************

 

 最後のインターバルに入り、ヘッドコーチが戦術を選手に伝えているが当たり前のことしか言っていない。

 それも当然、向こうも当たり前のことしかしていないからだ。

 よく狙って撃つ。弱っている敵から叩く。なるべく死なない。

 奇抜な戦術に出ているならそれを抑える方法などいくらでもあるが、奇抜な戦術を取っているのはむしろMean擁するこちらの方だ。

 ただただAnother Oneの超遠距離スナイパーに対して出せるカードが無いのだ。

 風露の得意とする高速移動が可能なキャラもShinのいる場所まですぐにははたどり着けないし、あちらがスナイパーを出していたらこちらも基本的にスナイパーを出すしかない。

 スナイパーが一番喜ぶのがほうっておかれることで、一番嫌がるのが常に見られてちょっかいを出され続けることだからだ。

 結果的に、風露は得意キャラを半ば強制的に封じられてしまっている。

 

(……トラッキング?)

 壁にいくつもあるモニターに敵選手の主観映像が映っている。

 驚いたことに、Shinはフリックではなくトラッキングでエイムをしている。スロー再生だとよくわかる。

 

 エイムの方法は二種類ある。

 マウスを一気に動かし一瞬で照準内に敵を入れるフリックエイムと敵を画面の中心に捉え続けるトラッキングエイム。

 一般に、スナイパー含めるエイム系はフリックを使う人間が多い。遠距離で目まぐるしく動く敵をトラッキングで追い続けるのは精神的に疲れるし、経験を積めば積むほど相手の一瞬後の移動している場所が分かるからだ。

 トラッキングは相手の頭が大きく見える時、つまり近くにいる時にやるのが一般的で、風露の使うような近距離高速戦闘型に必要とされる技術だ。

 それなのにShinは画面を見る限り、遠距離で屈伸を交えて動き回る敵の頭を常に追い続けて、照準の真ん中に敵が重なった瞬間に弾丸を発射している。

 彼にあった才能は、異常なまでに発達した動体視力と他のゲームで鍛えたトラッキングエイムだったという訳だ。

 しかも、明らかに前の試合よりも強くなっている。たまにこういうヤツはいる。戦う相手が強ければ強いほど急激に吸収し自身もレベルアップする厄介なモンスターが。

 

(だから面白いんだもんな)

 風露がまだ短距離走の選手だったころ、一度思ったことがある。本質的に変わらないはずなのに、なぜ常に誰かと隣り合わせで走るのだろう、と。

 その答えはすぐに出た。誰かが、自分と近い実力を持つ者が近くで走っていた方がより力が出るからだ。

 Shinをこの場に呼び寄せたのも自分なら、強くしてしまったのも自分。おまけに、戦えば戦うほど強いなら、次は今までで一番強い。

 

 脅かされている。

 世界のありとあらゆる残酷から守られるべき存在になってしまった風露が。

 対等の存在と認め全身全霊を以て脅かす相手が目の前に現れたのだ。

 

「……はっ」

 心の底から最高だと叫びたい。

 一度は閉ざされた風露の世界をこじ開けるほどに自分勝手な人間は残念ながらこの世界にはいなかった。

 そんな敵対的な行為をするのは結局敵だったというわけだ。あの日以来全てが変わり、周囲の自分を見る目は永遠に色眼鏡つきになった。

 それなのにあの少年はそんなことを全く考えていない。日本一強いお前から日本一を奪ってやる、とそれだけが伝わってくる。こんなにも誰かと繋がったことなんて今までの人生でなかった。

 

「なに笑ってんだ?」

 普段は性格のねじ曲がった笑みを絶やさないくせに、顔から一切の余裕が消えたMeanに胸倉を掴まれていた。

 

「お前があのガキのマッチアップだろ! お前が抑えねえからこうなってんだろうが!!」

 

「離せ。口臭ぇんだよてめぇ」

 まさか反撃されるとは予想外だったのか、それとも突然の暴言がそんなに効いたのか。

 豆マシンガンをくらった鳩のような顔をしてMeanは後ずさり、なぜかDisrespectに掴みかかった。

 

「お、俺口臭いか!? 臭くねえよな?」

 

「あなた口臭いデス!」

 

(くそおもろ)

 韓国から日本に来てまだ短いDisrespectは敬語でしか日本語が話せず、基本は英語でコミュニケーションを取ろうとする。

 そんな日本語も覚束ない人間にまで口臭を指摘されたことはMeanの心に深い傷を与えたようだ。

 

「だがお前がヤツを抑えなければ負けるのは確かだ」

 渾身の反撃もそれを上回る才能で押さえつけられたGjallarhornが淡々と現実を伝えてくる。

 

「俺臭いか? なぁ、おい」

 

「…………」

 

(相変わらず表情一個しかないなぁ)

 流石に大人のGjallarhornは特に何も言わなかったがその沈黙で十分だったようだ。

 これが原因でまたMeanの性格は歪み、オンラインゲームを通じて世界中に恨みをばら撒くのだろう。迷惑な奴だ。

 だが口は本当に臭い。性格うんぬんの前に胃袋が腐っているのだ。

 

「Shin, that guy's game sense is just on the next level! Absolute machine!」

 

「わかったわかった。落ち着け。Calm down」

 仮にも元世界一位のアタッカーなんだからもう少し平穏を心に持ってほしい。

 だがesportsシーンとはこういう業界なのだ。恐るべき速さで次世代が台頭し少し前のナンバーワンが時代遅れになってしまう。

 

「勝てるのか?」

 全てのプレッシャーが自分にかかっている。

 シンプルに、Shinを抑えられなければ負けという状況になっているからだ。

 

「1対1なら分からない……けど。試合の勝敗は別。勝てるよ」

 

「てめぇ適当言ってんなら負けた瞬間会場で×××するからな!!」

 

「やってみろよ豚」

 BDCで一番ガタイのいいhexagonが文字通り脂ぎった豚のMeanを羽交い絞めにした。

 どう見ても柔道部や相撲部にいたであろう体格のhexagonに抑えられなすすべもなくMeanはただ臭い息をまき散らしている。

 

「……0か100かの賭けが出来るなら勝てる。失敗したら負けるけど、成功すれば絶対に勝てるから」

 最早完全に機械になってしまったかのように思えるShinだが一つだけ機械になりきれていない部分がある。

 それは彼を鬼たらしめている天よりも高いプライド。自分より強い者、挑んでくる者を絶対に許さないという傲慢。

 そこを突くのだ。

 

 

*****************************

 

 最後の試合のルールは実にシンプルだった。

 目標地点に両チーム突入し、相手を追い出せば確保できるというラストマンスタンディング。

 形はどうあれ最終的に0から100数えるまで目標地点に自分のチームの人間がいれば勝ち。相手チームが一人でもその陣地にいたら確保のゲージは進まないしゲームも終わらない。

 Another Oneが押せ押せの空気になっている中で、BDCは流れを手繰り寄せるためにひたすら耐える。

 守りに徹すればそうそう死ぬことはなく、元々の個々の技術差により五分五分で耐えられる。

 ほんの少し間違えて突然死が来ない限りは、だ。それを避けるために高台を陣取った風露は、今Shinがどこを見ているか逐一報告を続けた。

 もう十分分かった。世界一強いかどうかは知らないが、少なくともスナイパーで彼より強い人間は存在しない。だから挑まない。

 風露は物陰に潜み頭を出さず、ただじっと耐えてその瞬間を待っていた。

 

(来た!)

 BDCの確保率88に対し、Another Oneの確保率98。

 これ以上進めばそのまま負けるからどうしても目標地点に誰かが踏み込まなければならない。

 スナイパーに対して顔を出してしまうのが『必然の流れ』。

 

「死んで!!」

 その合図と共に透明状態を解除して飛び出したMeanがShinに向かってけん制射撃を始めた。

 この距離では大したダメージにならず、ひたすらにShinをいらつかせ銃口を向けられるだけだ。

 そしてShinは自分に挑んでくる者を決して許さない。結果として挑んできた相手に全て勝っているから勢いづいているし、Meanだってなすすべもなく殺されるだろう。

 とうとうMeanの頭がおかしくなったと会場の誰もが思い、その1秒後には見事な死にっぷりを見せていた。

 たった1秒だが、それで十分だった。

 

(そうだ、勝負を決めに行け。エリアの敵を殲滅しろ!)

 今この瞬間まで一瞬たりとも無かった、風露に対するShinからの警戒の途切れ。

 この状況で先制キルをしたなら勝負は9割9分決した。優勝がこの手に――――油断と言うよりは当然の想像。

 ただし、こうなることをBDCの全員が知っていたということを彼は知らないだろう。BDCの誰もがこの状況になるまでスキルを温存し、偽りの当たり合いで体力をフル近くでキープしていた。

 2秒の間に対岸に移り高台へと駆けあがっていく。相手スナイパーが消えたことに気が付いたShinは引き金を引くのをやめ、狭まっていた視野を急速に、180度近くまで広げていくがもう遅い。

 Meanの死で作り出した、Shinの警戒が一切ない5秒間は視界に入らない最短距離での移動を可能にし、とうとう今日一度も抜けなかったShinの頭がそこにあった。

 どこにも敵スナイパーがいない、上にも下にもいない、となるならば――――と一番無いと思っていたであろう真横にShinの銃口が向くのがやたらとゆっくり見える。 

 全てが遅すぎる。これから自分の存在に気が付き照準を頭に向け弾丸を発射しなければならないのに対し、風露はただ撃つだけ。

 

(……友達になれるかもって。きっと親友になれるって思ったけど…………)

 因果な話だと思う。こんな道を選んでしまった以上、戦うこと以上に相手を理解する術はない。

 私達にとってお互いを理解し合うということは、相手の積み上げた全てを否定し合うということなのだから。

 しょうがないよな、こういう形に生まれてきてしまったんだから。

 

(さよなら)

 0距離で発射された弾丸は1フレームの誤差もなくShinの脳天を貫き、その瞬間に全てのスキルを温存していたBDCが陣地を確保しているAnother Oneに猛然と襲い掛かる。

 先ほどまで味方スナイパーの庇護があった場所は、全て敵スナイパーからの弾丸が降り注ぐ危険地帯と化した。

 一人、また一人とAnother Oneのメンバーが斃れていく。

 

(……すごい勢いで駆け上がってきたから)

 世界でも類を見ない速度で頂点に臨んだ。負けも挫折も知らず、この場所まで。

 だからきっと、幻のように駆け上がってきたのならばそれと同じ速さで消えてなくなるだろう。ただの風露の思い出の一つになってしまうのだ。

 Another Oneの殲滅が終わり、BDCは二度目の優勝を手にした――――かのように見えた。

 

『フーロ!!』

 独特の音と共に『pornがShinにキルされた』とキルログが流れる。

 このゲームには50以上もキャラクターがいて、倒される度にキャラ選択が出来る。

 当然相手チームだって風露が得意とする最速のキャラを選ぶことは出来るわけだ。

 今まで長い事Shinの配信を見てきて一度も見たことのない、ゲーム内最速のキャラを駆るShinが陣地に乱入していた。

 殺されてから復活地点で復活するまでは10秒かかるが、確かにShinを殺してから殲滅まで15秒はかかったから理屈上では最速のキャラなら一人でここまでたどり着くことは可能だ。

 

「まだ――――まだやるのか!!」

 歓喜の声と共に放った弾丸は躱され、次にDisrespectが殺された。だがいくらなんでも人数差があるし、狙いを定めているこの瞬間も残った二人に嬲られShinの体力が削られていく。

 スピードの代わりに体力は全キャラ中最低なのだから当然の現実だ。それならば、いま自分がすべきことはこのゲームで最も当てにくいキャラを狙うことではない。

 

「死んでろ!」

 Another One側の高台を陣取っていたため、Another Oneの復活地点も見えていた風露は復活してきた二人を即座に殺す。

 これで援軍はたどり着けない――――ヘッドセットをしていてもなお突き破るような歓声が風露の耳に届いた。

 

『まだ終わらない! まだ終わらない!! 反逆のルーキーが敗北を拒否している! 1人で敵を殲滅している!! 一体なんだこれは!?』

 キャスターの声が風露の耳にあり得ない現実を運んでくる。だが風露は、あり得ないと思う一方であの男ならそれをやるだろうとも感じており――――

 

(こんな奴がいるのか……)

 あの状況で更に2人を殺しきったShinが陣地の確保を進めていた。当たり合いでこちらの味方も体力が削れていたから不可能ではない。

 先ほどもふと頭を過っていたが、あの化け物じみた動体視力とトラッキングエイムが真に活かされるのはスナイパーではなく近距離高速戦闘のキャラではないのか?

 考えるのは全て後回しにし、慌てて陣地に飛び込む。

 すかさずほぼ死にかけのShinが瞬間移動し、風露を狩りに来た。電子空間を通して叩きつけられるプレッシャーは最早殺気と言ってもいい。

 凄まじいまでの勢いで駆け上がり、強烈な実力で敵を叩き潰し、圧倒的王者であるチームをも一人で片付けようとしている。

 物語にするならば、彼ほど主人公が似合う男はいないだろう。

 失った物を取り戻すように戦ってきた風露の日々。元には戻れないと分かっていても尚、その先を見ようとした――――何故?

 

(……私はこの男と出会うために今日まで生きてきたんだ)

 人生最高の昂揚がここにある。生きているという感覚がこれ以上ないほどに全身を駆け巡る。

 スナイパーライフルは一撃必殺だが1秒に1発しか撃てない。

 あちらはフル体力のスナイパーをワンマガジンで殺せるが撃ち切るのに1秒かかる。

 お互いの得意キャラが入れ替わったのだから出来ることは互いに知り尽くしている。

 ここからは1手1秒のゲームセンス――――才能のぶつけ合いだ。

 

(ああ……)

 24時間が1秒に圧縮されたかのような集中力で放った弾丸は、その瞬間に外れると分かった。

 弾丸を避けていたShinがこちらを目掛けて弾を叩きこんでくるが、これでは殺せないと考えているのを感じる。実際に風露の体力は60%削られただけで、Shinはリロードに入った。

 何も発していない。互いに言葉の一つも口にしていないのに考えていることが全て分かる。

 リロードをしながらも高速移動をしていたShinが真後ろに瞬間移動したのを感じた。

 

(今この瞬間……世界が終わったとしても……)

 この最高の空間に偶然に作り出された最後の一対一。己の全てを懸けて戦える相手が目の前にいる。

 圧倒的最高潮、脳が焼き切れてしまいそうなほどの幸福。

 

(幸せ……)

 日本の誰よりもそのキャラを使ってきた自信がある。目を瞑っていても、瞬間移動でどれだけの距離を移動するかが分かる。

 自分相手にそれを使っていることそのものがミスなのだ。あるいは、自分がShin相手にスナイパーを出し続けたこともミスだったのかもしれないが、最後に勝てばそれでいい。

 大きく息を吸って肺に取り込んだ酸素が全身の血流を更に熱くし、風露の極限の集中から弾き出した予測は最早未来予知そのものになっていた。

 Shinが真後ろに移動をしたのと同時に動かした照準はShinの身体をど真ん中に捉えており――――発射された弾丸は予知と違わずに命中していた。Shinの死体に。

 

『ガキが! こんくそガキ、二度とテメェ、二度と逆らうんじゃねえぞ!!』

 最後のケリを付けたのは復帰してきたMeanだった。たったいま殺したばかりのShinの上でMeanは死体撃ちをしながら屈伸しており、BDCの確保率はそのまま100となった。

 会場にけたたましい音楽が鳴り響き、紙吹雪が舞う。巨大スクリーンがBDCのロゴを映し出し連覇を讃えた。

 

「…………」

 抱き合うチームメイトと喜びを交わすこともせず新路の席を見ると、想像通りに人目もはばからず泣いていた。気付いているのだ。自分のミスで敗北したことを。

 眼鏡を握り潰し、顔に手を当て顔中の穴という穴から液体を出している。歯を食いしばり過ぎたのか唇の端から血が垂れてしまっている。

 試合中の冷静な様子からはあまりにもかけ離れており、健闘を称えようとしたAnother Oneのチームメイトも震える新路に声をかけられずにいた。

 だがルールはルールだ。勝者は敗者の席まで行き、握手を交わさなければならない。

 Another One側の席まで義足を引きずりながら歩いていき、風露が新路の傍に立ってたっぷり十秒以上かかってから彼は立ち上がった。

 汚れた顔を手でごしごしと拭ってもまだ後から後から溢れてくる。髪をかき上げたおかげでよく見えるその顔は風露の想像よりも遥かに整っていてある種の驚きを与えた。

 

「楽しかったよ」

 心からの感謝が自然とその言葉を口から出していた。

 新路は深々と頭を垂れて両の手で風露の手を握った。

 涙に鼻水に血で濡れたその手を汚いとは欠片も思わなかった。

 

「負けました」

 勝つまでやるから負けなんてない、と言っていた勝負の鬼が心の底から負けを認めた。

 真に鬼なのは自分の方だった。自分が楽しむためだけにこちらの世界に誘い込み、自分の欲求を満たすために彼を破壊したのだ。

 ねぇ、私達きっといい友達になれるよ。今度一緒に遊びに行こうよ――――心の中にあるそんな願望を封じ込め、そして新路は予想通りゲームの世界から消えてなくなった。

 せっかく見つけた自分の全てを理解してくれるもう一匹の鬼もその手で壊して、風露はまた一人ぼっちになってしまった。

 

 

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