「相談士としてうちの組織に来てもらいたい」
私が丁度正午になった時でありました。
少し歩き疲れたので公園のベンチで水の入ったペットボトルに口をつけてながら俯いていたら、私を覆い隠す影が突然として出来たのです。
何かな? なんて気楽なことを考えながら顔を上げれば、そこに居たのはがたいのいい筋肉質のがっしりとした御仁。
いやはや、何とも不思議な状況です。
というのも、今の季節は冬。
私は大正浪漫さながらの和服を着たか弱い女性でありまして、私の前にいるのは赤の背広を着た御仁なのです。そして、その二人が向かい合っている。
何とも不思議で、ちぐはぐと言いますか、不揃いな状況であります。
そして、先程の言葉。
組織というのは、いったい何をしているのでしょう? それこそ恐ろしい悪巧みを考える悪の組織なんて、そんな現実離れした物かもしれません。
この世の中、超常的存在である『ノイズ』なんてものが存在しているのです。おかしくはないでしょう。
ああ、こわいこわい。
「お名前は?」
「風鳴弦十郎という。隣、失礼しても?」
「ええ、もちろん。ただ、変な目で見られても知られませんよ?」
「変な目?」
最早時代遅れとなった和服を普段から身に纏わせている私は、どうやら近隣住民から変人と見られているようなのです。行き交う老若男女は私を一瞥しては去っていきます。
時折、私にお菓子をくれる子供がいるので、その子にはお返しのキャンディーを。
かく言う私も仕事が入ってこない日は、ふらふらと歩いては今座っているベンチを公園を観察するばかり。
そんな私を勧誘しようとする目の前の御仁は、更に変人なのでしょう。
「こんな身なりの女は、誰からみても不審な人間です。ですが害はありません。なので誰も近寄らないのです。触らぬ神に祟りなし、とも言うでしょう。幼い子供は時折お菓子をくれたりしますがね。大人は近寄りません。
では、あなたは? 態々不審な人間に近付いてくる大人は青服さんぐらいですが、あなたは赤服。中々に面白い状況だと思いませんか? そもそも赤というのは――」
「出来れば、こちらの話も聞いてほしいんだがな」
「おっと、お喋りな口が申し訳ありません。どうやら、私とこの口は相容れぬようでして。ではどうぞ、お話しください」
「うむ」
少し口が滑りすぎたようです。
目の前の御仁は腕を組みながら私の隣に座られると、じっとこちらを見つめてきました。
私、人に見つめられるのはどうも苦手なようで。
今こうして鋭い視線を浴びていると、何故だか肌が痒くなってくるのです。今も、首がチクッとした痛みと共に痒みがありまして。
あぁ、痒い。
さて私が痒みに苦しんでいる間に、御仁の話が始まるのでした。
「実は以前、うちの仲間がカウンセリングを受けたと言っていてな。銀髪を2つに分けて結んだ少女が、訪ねてはいなかっただろうか?」
「銀髪、少女。ええ、ええ、覚えています。雪音クリスさんですね。訪ねに来られたのは1か月前の土曜日の昼頃、内容までは申せません。あなたの身内でしたか」
「そうなるな」
「なるほどなるほど、それで相談士として来てほしいとは?」
「実はだな――」
そこからの説明はとても回りくどく、言葉を何とか選んでいるというような印象を受けたので、簡単にまとめて3つにまとめました。
1.組織に所属する者たちが悩みを抱えている。
2.以前来た少女は生い立ちによって特に気難しい。
3.そんな少女の悩みを解決した腕を見込んで、私を勧誘しに来た。
と言ったところでしょうか。
御仁が腕を見込んでとは申されましたが、そんな大層なことはしておりません。
話を聞き、こちらから少しばかりの提案をしてあげただけのこと。
あの年代の少女は気難しいものです。
こちらから押し付けても、押し付けなくても反発するもの。出来るのは僅かばかり。
そういう時はただひたすらに、向こうから来るのを待ち続けるのが得策です。
「実に回りくどい説明でしたね」
「まだ言えないことがたくさんあってな」
組織とは、何とも秘密が多いようです。
隠し事をするのは好きなのですが、されるのは大嫌いなのでして。何故かと言えば、腹の中に何かを隠したままの人間が信用できないからなのです。
ですので、私は勧誘に乗る気はありません。
信用できませんので。
出来ればこのままおどけて、この御仁には諦めていただきたいものですが、どうやらそうはいかない様子。
御仁の目付きが鋭くなり、雰囲気が堅くなりました。
はてさて。
「先程のことを加味してもう一度言わせてほしい、相談士として来てくれないか?」
「お断りさせていただきます」
「……まさか即答されるとは」
御仁は少し悲しそうな顔になりました。
「私はこうしてこの公園を眺めるのが日課なのです。職もあり貧しくはありますが、人並みとしての生活は出来ていますので」
「なるほど……」
「お引き取り願います」
今の生活にピタリと収まっている私には、ここから出ようと思いません。
それより、前を歩く親子は何とも微笑ましいものではありませんか。今この御仁と会話をしているのですが、そちらに目を取られてしまいます。
「これ以上は言っても、断られるのだろうな」
「理解が早くて助かります」
「わかった。今日のところは帰るとしよう。クリス君、しっかりとお礼を言うようにな」
……おやおや?
御仁の言葉に首をかしげた時でした。
「こ、この前はどうも」
御仁の背後から、突然少女が現れたのです。
忘れてはいません。私が3日前に顔を会わせた少女。名前は雪音クリス。詳しい相談内容は漏らせませんが、一言で言うなら友人との人間関係の縺れ。
本来なら私が入る隙はないはずなのですが、当時の彼女はどうにも正直になれないようでした。
いえ、私は彼女を普段から見ているわけではないので、普段の行いを知りませんが。
それにしても3日前に比べ、モヤが晴れたスッキリとした顔になられています。色付きのいい頬にうっすらと赤みが浮かべながら、両手を擦り合わせながらゆっくりとこちらへ。
しおらしい姿は、こう庇護欲を沸き上がらせます。
彼女はちょこんと隣に座ると、こちらに目を向けてきました。
「おや、クリスさん。顔を見るに、悩みは晴れたようですね」
「えっ? あ、あぁ、その、おかげさまで……」
「以前の話し方で構いませんよ。一度顔を合わせ内心を打ち明けた相手に、敬語で話すというのもおかしな話でしょう? それとも、あなたはそちらが本性でしたか?」
こういうと彼女の顔は、少し緩んだのです。
やはり人間、考えている時の顔というのは険しくなってしまうもののようです。
「じゃあ、あたしのいつもの話し方で、だ。この前は世話になったな。おかげで顔合わせできるようになったよ。その、自分から謝りにいくってのは、結構恥ずかしかったというか何というか」
「それはそれは、ようございました。ですが、私はあくまで助言をしただけのこと。称えられるべきはあなたの勇気でしょう。よく一歩を踏み出しましたね。よく出来ました」
「そ、そんなに誉めることなのか?」
「もちろんです。小さな物ではありますが、このキャンディーをあげましょう」
私は、懐から袋に入ったキャンディーを1つ取り出し、彼女の手にそっと握らせました。彼女は手の中にあるキャンディーをじっと見ると、何度かこちらへ目配せします。
その顔は、困惑と喜びが入り交じった何とも継承しがたい表情でした。
「苺味はお気に召しませんか? もしくは、甘味が苦手でしたか?」
「あ、いや、そんなことねぇけどさ」
「では受け取ってください。今食べても構いませんよ」
「流石にここじゃな、あとで食うよ。それでなんだけどさ」
「どうしました?」
「また今度、あたしの話に付き合ってもらってもいいか? 先輩たちに言えないことでも、あんたになら少しだけ気楽に話せるんだ」
「ご予約という事ですね」
「別に予約って訳でも無いんだけど、また今度付き合ってほしいだけって言うか。あ、あんたが嫌なら諦めるけどさ」
諦めの良い方、ではなさそうですね。
少し悲しそうな顔をしていらっしゃいます。とはいえ、私も職がある身。毎日が休日というわけでもありません。
そうですね。
私は懐から紙と鉛筆を取り出し、私が暮らす家の電話番号を書いていきます。クリスさんは不思議そうにこちらを覗いていました。
下4桁を書き終え二つ折りにすると、そっと差し出しました。
「でしたらこちらにかけてもらえますか」
「これって、あんたの家の電話番号か?」
「はい。朝6時には起きていますので、出来れば早めに入れてください。もしかすると同居人が出るかもしれませんが、『先生を』と一言伝えてもらえれば」
「わかった。後知っておいてほしいことがある」
「何ですか?」
「あたしの友達にすっごいお喋りな奴が居るんだ。出来るだけあんたのことは喋らないようにするけど、もし知られたらあんたの電話にかけるかも知れねえ」
「別に構いませんよ。ただ、時間が噛み合わないと会うことはできませんので、お友達にはそうお伝えください」
「わかった。その、あたしは――」
どうやら、今日は騒がしいことがよく起きる日のようです。
サイレンのけたたましい音が、私たちの会話に割り込んできました。あまりの大きさに私は思わず耳を塞いでしまったのですが、隣のクリスさんは苦虫を噛み潰したような顔で前方を睨みつけています。
何か何かを目をそちらに向けてみると、現れたのは珍妙な姿形をしたカラフルな動くモノたち。
常日頃から鈍いと言われる私ですが、眼前のモノが『ノイズ』であることがわかりました。
「ここはあたしに任せてくれ! あんたの逃げ道はあたしが作ってやる!」
「ノイズと戦える。なるほど、あなたが――」
――Killter Ichaival tron――
聞こえてきたのは、耳朶を撫で心を落ち着かせる歌でした。
その歌に耳を傾けていると、彼女の体は輝き始めたのです。輝きが失われたとき、彼女は赤の洋服ではなく赤の装束を身につけていました。
「早く逃げろ!」
そう叫び、彼女は両手にクロスボウのようなものを携えてノイズに向かって走って行きました。
さて、ただの一般人である私は、すぐにでもイスから立ち逃げるべきなのでしょう。
ただ、ここが私のおかしなところと指摘されるところなのでしょう。目の前で起きる超常のパレードに、どういうわけか私の心は高ぶっていたのです。
変な話です。ここに居れば命の危険があるというのに、私は食い入るように目の前の景色を眺めていました。
イスに座ったまま上体を前のめりにし、押し寄せるノイズを蹴散らす彼女の姿をじぃっと見つめたのです。
「……なるほど、なるほどなるほど」
私は再び紙と鉛筆を取り出し、目の前の景色を模写していました。彼女の髪から身に纏っている装束の隅々まで、本物と遜色無いように書き写していきます。
好奇心から来た産物と言うものなのでしょう。私は少しばかり目が良く出来ていました。素早く動く彼女の姿もしっかりと捉えることができ、その一場面が写真のように頭に焼き付く。目で写真を撮っていると言えば伝わるでしょうか。
目でパシャりと写真を撮り、それを基に模写していく。
これが楽しいのです。ええ、命よりも優先されてしまうほどに。愚かなこととは頭ではわかっているつもりなのですが、体は正直なようでして。
鉛筆を走らせ、どれぐらいの時間がたったでしょうか。
気が付けば周囲には赤い塵が舞い、彼女はその中心で立っていました。こちらを見る目は、怒りを孕んでいました。
「素晴らしい身のこなしでした。あなたが巷で話題の『しんふぉぎあ?』なるものの正体だったんですね」
「何で逃げないんだよ! 死んじまうところだったんだぞ!?」
「あぁ、すみません。見惚れてしまい、それどころではありませんでした」
「見惚れてって、死んだらそれどころじゃないんだぞ!?」
「その通りなのですが、どうも癖は治せないようでして」
「……じゃあ、以前もこんなことがしたのか?」
「お恥ずかしながら……。ですがご安心を。他人様にはご迷惑をかけてはいません。死んでも悲しむ身内はおりませんので、特に気になされなくとも――」
彼女の目が、私に突き刺さります。
それ以上は言うなと、もう喋らないでくれと、責める眼差しが向けられています。
「二度とあたしの前で、そんなこと言わないでくれ」
「……すみません」
「クリス君!」
遠くから先程の御仁が駆け寄って来ました。
その顔は焦りで満ち、心配するような目が向けられました。
「2人とも無事でよかった。クリス君、良くやったな」
「これぐらい朝飯前だ。それより、あんただ」
「私ですか」
「あたしがシンフォギアを纏うところを見たあんたは、この後このおっさんに連れていかれることになる。あたしとしては、強引に連れていかれるあんたを見たくない。……あたしが言いたいこと、あんたならわかるだろ」
「なるほど。先程の勧誘はあなたが所属する組織からだったんですね。その『しんふぉぎあ』を使って、ノイズを倒す正義の組織。私にはあなたのことを口外されぬようにしたい」
「ざっくりと言うならそうなる」
「半ば強引ではと思うところはありますが、ここは素直についていきましょう。個人的には『しんふぉぎあ』に、私の好奇心が焚き付けられてしまったもので」
「あんたは好奇心で出来てんのかよ……」
「その通りです」
「クリス君、話は終わったかな?」
「ああ、ついてきてくれるってさ。だから黒服は呼んでこなくて大丈夫だ」
話がどんどん進んでいきます。
さて、一応家に連絡を入れたいのですが、このままではそうもいかないでしょう。何日間かわからないので、せめて一通だけでも届けておきたいのですが。
「そうか、なら話が早くて助かる。すまないが、キミの身を拘束することになるぞ」
「家に連絡を入れておいてもらえますか? 先程クリスさんに渡した電話番号で入れてもらえると嬉しいのですが。『先生が帰れない』とでも入れてもらえたら大丈夫ですので」
「それでいいのか? 連れていこうとするこちらが言えたことじゃないが、本人の声でないと納得しないと思うんだが……」
「大丈夫です。歩いた先で酔ったりして、他人に一報入れてもらうこともあるので」
「な、なるほど」
さて、連れていかれるとしましょう。
クリスさんの『しんふぉぎあ』。もっとじっくりと見ることが出来れば、この好奇心が治まるかもしれません。
よろしければ評価お願いします。
好評価と低評価、感想いずれであっても励みになります。