「
「はい、問題ありませんよ」
私がこの組織に来て、既に1週間弱でしょうか。あの後、私は御仁――いえ、弦十郎さんの熱烈な勧誘と装者という興味深い存在を考慮した上で、私はS.O.N.G.の非常勤役員として働くことと相成りました。
自己紹介をしておりませんでしたね。
私は
クリスさんを除き、装者の皆さんとはまだ会えておりません。任務で遠出されていたり、学校であったり、仕事であったり。理由はまちまちです。
1つ、予めご忠告を。私が相談に乗っても必ず解決できるとは限らないのです。私と相談主のものさしは、違いますので。
「ありがとうございました!」
「お幸せに」
相談を終え、男性職員は頬を赤く染めながら部屋から出ていかれました。それにしても幼馴染みとの恋とは、何とも微笑ましいではありませんか。あの方の恋、実るといいですね。相談と言うよりは惚気話を聞かされただけのような気もしますが、内に溜めず外へ吐き出すことも大事です。
S.O.N.G.の本拠地は潜水艦。こんな閉鎖空間では、溜まったものも吐き出せなさそうですからね。
さて、非常勤の相談士ですが、相談がなければやることがありません。用意された相談室には雑誌や漫画など様々なものあるのですが、それでは私の退屈が解消されないのです。
1時間目、雑誌を読む。
2時間目、漫画を読む。
3時間目、雑誌と漫画を同時に読む。
ええ、退屈ですとも。
新鮮な風はなく、時折聞こえる足音でお茶を啜るだけ。今日の相談主は1人だけ、後は終業時間まで何もなさそうです。
「……退屈ですね。少し歩きましょうか」
イスから立ち上がり、湯飲みを片付け部屋の外へ。
ドアプレートをひっくり返して『不在中』とし、私は袖下から1枚の施設内地図を取り出し、さあ探索と参りましょう。ブーツをカツカツと踏み鳴らし、気分はさながら文明人。私の子供じみた心を踊らせながら、先へ進むといたしましょう。
いや、やはり見慣れぬ場所の探索とは良いものです。
1週間弱ではありますが、この施設はまだまだ見知らぬものがたくさんあります。大小それぞれありますが、ここの目玉はやはり『シンフォギア』。あれは私の好奇心をくすぐり、この目に焼き付けてしまいたい。出来ればお一つ頂いてしまいたい。
ですがそれはなりません。私はあくまで民間協力者であって正式な職員ではないのです。出来ることと言えば、皆様の訓練を眺めることぐらいでしょうか。深くまで行きたいのですが、立場がそうさせてはくれません。
「鈴華先生、こんにちは」
「おや、未来さん。お元気そうで何よりです」
可憐な声に振り向いてみれば、頭にある白のリボンが特徴的な少女が立っていました。
お名前は『
大事なお友だちが装者だそうで、以前その事でご相談に来られていました。
確かに友人が命懸けでノイズと戦っているとあれば心配するのは当然。それがかけがえのない方ならなおのこと。
「先生はこれからどこに行くんですか?」
「いいえ、どこにも。少しばかり中を見回ってみようと思っているところです。未来さんは、いったいどちらへ?」
「響がそろそろ任務から帰ってくるんです。疲れてるだろうから、出迎えてあげようと思って」
「それはそれは。友人からの嘉賞ほど本人にとって嬉しいものはありません。万人よりも友1人。今日1日、盛大に労ってあげてください」
「はい。良かったら先生も一緒に来ませんか? マリアさんたちも一緒ですから、自己紹介しましょうよ」
「確かに、それもそうです。顔合わせはしておかないといけません」
マリアさん、名簿で見たマリア・カデンツァヴナ・イブさんですかね。以前妹さんを亡くされて、フィーネと名乗ってS.O.N.G.の前任である二課と争っていたとか何とか。聖遺物『アガートラーム』の装者、これらは事前にもらった資料に書いてありました。
この方の生涯も中々に面白そうです。是非とも、産まれたときからの軌跡を教えてもらいたいですね。
さて、そんなこんなで歩いていたらS.O.N.G.の指令所らしき場所につきました。たくさんの小さなモニターと向き合う職員たち。
特に目につくのは全面にある巨大なモニターと、仁王立ちしている赤シャツの弦十郎さん。こちらに気が付き、近寄って来られました。
「未来君、それに鈴華君か。鈴華先生の方が良かったかな?」
「君で大丈夫ですよ。友人を出迎えに来た未来さんの同伴です。私も顔を合わせておこうと思いまして」
「なるほどな。装者のには既に顔写真付きで一報入れてあるが、直に顔を合わせる方が互いに良いだろう。個性たんまりだが、皆良い子達だ」
「楽しみです。それと1つだけよろしいですか?」
「何かな?」
「私は明日下船する事になっていますが、帰りはどうすれば良いでしょうか?」
「その事か。日本近海で潜水艦を浮上させ、ヘリで鈴華君を送るつもりだ。向こうに用意した車に乗り換えてもらい、それで家へと送る。再確認だが、住所は以前提出してもらった書類に記載されたもので大丈夫だな? こちらで調べてみたら、場所が山の中だったんだが……」
そう言われ、私は以前書いた書類を受け取りました。
パッと目を通したところでは、何の不備もありません。書いた住所、氏名、経歴、どれも正しく私でありました。
「はい、私の家は山中にあります。祖父が残した家で過ごしていますので。皆様を歓迎できるほどの広さはありますよ」
「いつか行ってみたいものだ。もちろん、皆を連れてな」
装者と弦十郎さん合わせて7人ですか。皆さんを歓迎となると、用意に時間がかかりそうですね。住み込みたちを動員しなければいけません。
「師匠、ただいま戻りました!」
「戻ったぞ」
「ご苦労だった、響君! クリス君!」
なんて、あるかも分からない歓迎を考えていると、扉が開き外から声と共に人影が入ってきました。
任務に出ていた2人のようです。
片方はクリスさんで、もう片方の燈色の髪の少女が響さんのようです。
「響、おかえりなさい」
「ただいま、未来! 1週間会えないのはやっぱりキツいや。今日は1日ギュッてさせて~」
「もう響ったら、今日は先生が来てるんだよ。前に電話で言ったでしょ?」
「あ、そっか。クリスちゃんにも言われてたんだった」
「このバカ、乗る前に言ったのにもう忘れてたのか?」
「あはははは……」
未来さん、響さん、クリスさん。
3人の微笑ましい光景を見て、私は無意識の紙と鉛筆を取り出して書き写していました。
「えっと、私『
「活発な方ですね。これを差し上げましょう」
3人の姿を写し終わった紙を、響さんに手渡しました。
「わぁ! すっごい上手です! 先生って絵の先生だったんですか!?」
「一応相談士です。これは数少ない特技ですよ。響さん、これからもよろしくお願いしますね」
「はいっ! えっと――」
「鈴華、私の名前は洲崎 鈴華と申します」
「鈴華先生、これからお願いします!」
とても元気のよろしい方ですね。
絵と一緒に、キャンディーを付けてあげましょう。私から少しばかりのお礼です。
「早速ですが先生! クリスちゃんの事で1つ相談があります!」
「は? あたしのこと?」
「クリスちゃん、とても優しいですけどすぐ怒っちゃうんです」
「それはお前が余計なこと言うからだろ、このバカ!」
「あいたっ!」
「何だったら頭グリグリも追加してやる!」
「待って待ってクリスちゃ――、いたたたっ! クリスちゃんのグリグリすっごい痛い! いたたたっ!」
「みくー、助けてー!」
「あはは……」
お2人は楽しそうです。
これからはこのような光景を見られるなんて、私はここに来て良かったのかもしれませんね。
S.O.N.G.って潜水艦で活動してましたよね?
……違いましたっけ?