その悩み、一緒に解決いたしましょう。   作:わらぶく

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評価、お気に入り、ありがとうございます。
ゆっくりとですが話を続けていこうと思うので、よろしくお願いします。


お客人の翼さん 前編

「センセ、センセ、起きてください、センセ」

 

「……おはようございます、ヒサメ」

 

 私は、住み込みの使用人の声で朝を迎えました。上体を起こし、一度体を伸ばします。布団のすぐ側では正座でこちらに向いている使用人――名をヒサメ――が居ました。割烹着を着て三角巾を頭につけていて、少しばかりつり上がっている目と青の瞳、私と同じおかっぱ頭が特徴です。

 私の家は1人で住むには少しばかり大きいので、何人か使用人を雇っています。ヒサメは使用人の中で最も付き合いが長く、家事がとても上手で、使用人代表として私の手助けをしてくれているのです。

 

 S.O.N.G.の潜水艦から下船して、そろそろ2週間です。本当に、時間が経つと言うのは早いものですね。今は時折やってくる相談の仕事を受けながらの生活に戻っておりました。

 結局、クリスさんと響さん、未来さん以外の皆様には会うことはありませんでした。どうやら長期の用事があるようです。巡り合わせが悪かったですね。

 

 さて、2週間前の事を考えていたら、少し空いた部屋の襖から腹を空かせる朝食の匂いが漂ってきていました。焼き魚に、これは味噌汁の匂いですね。空きっ腹には堪りません。ぐぅと腹の虫を鳴かせてしまいました。

 

「白米、鯖の塩焼き、味噌汁、おひたしです。既に机に並べてありますから、お早めにお食べください」

 

「助かります」

 

 朝食の匂いと共に、酷く冷たい空気が襖の隙間から吹き込んでいて、肌を撫でられた私は思わず身震い。身に染みる冷たさに、先程まであった眠気は全てどこかへ行きました。

 

「今日は珍しく雪が積もりましたので、廊下が少し肌寒いです。丹前を用意してありますから、ご着用ください」

 

「雪ですか。今日、仕事は来なさそうですね」

 

「では、私は薪割りに向かいます」

 

 ヒサメはお辞儀をして、寝室から出ていきました。

 私も動き始めるとしましょう。布団から足を抜いて寝巻きを脱ぎ、いつもの和服を着て上から丹前を重ねました。足袋を穿き畳廊下へと繰り出せば、ガラス襖一枚隔てた先にある雪景色が目に入ってきます。この積もりようなら、雪だるまの1つや2つは容易く出来そうですね。

 少し歩いて居間へと着けば、机の上には湯気を立たせている朝食が。リモコンでテレビを操り、朝のニュースを映しながら食事と参りましょう。

 

「もぐもぐ……、はむっ……」

 

 暖かい白米、鯖の塩焼き、味噌汁は少し冷えた体にとても染み渡ります。何よりも空きっ腹にはとても良い。私は今、生の楽しみを文字通り噛み締めているのです。これ以上の喜びは、探求以外には思い当たりません。

 白米の甘さ、脂の乗った鯖、少し味の濃い味噌汁。ええ、堪りませんとも。

 

 さて、幸福感に浸るのはここまでにしましょう。

 食事を終えた私が合掌をして『ごちそうさまでした』と告げた時、ヒサメとは別の使用人が2人居間へと入ってきました。片方は食器を片付け、もう片方は急須と湯飲みを机に置いてくれました。仕事を終え出ていく2人を見送り、私は急須から湯飲みに熱い茶を入れて口をつけます。

 

 今日はずっとこうして、雪景色でも眺めていましょうか。

 仕事は入っていないので、電話が来ない限りは何もありません。悠々自適な1日です。

 ただ、そのような日に限って、何かしらが入ってくるのです。その合図は朝起こしに来てくれたヒサメの一報でした。

 

「センセ、失礼します」

 

「どうしました、ヒサメ」

 

「門先に、お客人がやって来ていらっしゃいます。名前を『風鳴(かざなり) (つばさ)』と申されていらっしゃいました」

 

「……あらあら、私はいつの間にか有名人となってしまったようです」

 

 世の事には疎い私ですが、その名前は言われなくとも知っています。

 風鳴翼さんと言えば、世界的に活躍している歌手でありS.O.N.G.に所属するシンフォギア装者の1人。顔写真は見たことありましたが、凛々しい顔立ちをされていました。青い髪を片端で結んでいらっしゃったことを覚えています。

 そんな方がここに来られるとは、何が起こるかわかったものではありませんね。

 

「どうされますか?」

 

「応接間へと案内してください。私は少し身支度をしてきます」

 

「ではそのように」

 

 居間を出ていくヒサメを見送ってから今度は洗面所へ。

 歯を磨き、顔を洗って、櫛で髪を整え用意良し。見てくれだけは問題ありません。

 

 それにしても、歌手活動の方は忙しくないのでしょうか?

 私の勝手な想像では歌手は1年365日、ずっと歌唱練習か発声練習をしているものだとばかり。相談の後、普段の生活について少し聞いてみましょう。歌手の生活、とても気になります。

 

 色々と考えながら畳廊下を歩き、私は応接間の前までやって来ていました。襖の前にはヒサメが正座し、私の姿を見て襖の引手に手をかけていました。私が一声かけ、中からの返事を聞きヒサメが開けた襖から部屋に入ると、ちゃぶ台の前で正座しこちらをじっと見据える翼さんがいらっしゃいました。

 

 青いカーディガンを上に、内に水色のシャツを着て、下は肌色のピッチリとしたズボンです。翼さんが座るすぐ隣には紺の外套が、少し雑に畳まれていました。あのままでは、シワがついてしまいそうです。

 

 私の姿を見た翼さんはすぐに立ち上がります。

 

「須崎 鈴華と申します」

 

「此度は突然の訪問を迎え入れていただき、誠にありがとうございます。私の名前は『風鳴 翼』、歌手活動をしています」

 

 そう仰られると、翼さんは軽く頭を下げました。

 私は「頭を上げてください」と言い、少しばかり首元がむず痒くなるの感じます。こう畏まられて礼を言われると、何と言うか面映ゆいことこの上無い。

 私が手で着座を促し、共に座布団に座りました。

 

 この時丁度、ヒサメが私のお茶を持ってきました。

 机に置かれた湯飲みを掴み、苦い緑茶を飲むことで気持ちを持ち直し、顔を上げた翼さんと再び顔を合わせました。

 

「先生の噂はかねがね、立花と雪音の方から聞いていました」

 

「響さんとクリスさんからですか。私のことはどの様に仰られていましたか?」

 

「立花からは凄そうな先生、雪音からは好奇心が形になったような人間、と」

 

 立花さんからの評価には『そうかな?』と心の中で首をかしげ、クリスさんからの評価には『確かに』と小さく頷きながら、私は再び緑茶を飲みます。

 少し困ったような笑みを浮かべながら、翼さんは話を続けます。

 

「特に、雪音があなたの事を話していました。『ノイズを見ても逃げなかった』とか『あたしの事を絵にしていた』とか」

 

「それはそれは、またいつかクリスさんには謝らないといけませんね」

 

「そうしていただけると、雪音も喜ぶでしょう」

 

 さて、話が少し脱線してしまいました。

 私は話の区切りが良いところで、一度口に拳を当てて咳払いをします。私も翼さんも一度姿勢を正し、気持ちを新たに向き合いました。

 

「では翼さん、お悩みをどうぞ」

 

「はい」

 

 翼さんは先程までの柔らかい微笑みではなく、何かを硬く決意した時のような真剣な表情になりました。

 

「私は歌女として世界を相手に活動をしています。最近では様々な番組、海外活動と手を広げています。世界の誰であろうと、老若男女問わず私の歌で喜んでくれるなら本望。悔いはありません。ですが――」

 

 先程までの表情とは打って代わり、どこか眉をしかめ悩んでいる表情になります。

 

「他者に目を向けるばかり、自身のことが疎かになってしまっているようでして。いつもマネージャーの緒川さんという方に、家事手伝いをしてもらっていたのです。特に部屋の片付けが……」

 

 そう言って、翼さんはズボンのポケットから写真を取り出し、ちゃぶ台に置かれました。

 

 私はその写真を手に取り、拝見させていただきます。

 

「おや」

 

 写真に写っていたのは、服や小物が片付けられておらず雑然とした部屋でした。それこそ、家に空き巣が入られたのではないかと疑ってしまうほどです。

 私は思わず「これはあなたが?」と聞いたところ、翼さんは少し恥ずかしそうにうつむき、小さく首を縦に振っていました。

 

「恥ずかしいことなのですが、幼い頃から部屋の片付けができず、この様なことに。何度も片付けようと努力するのですが、むしろ散らかってしまうばかりで……」

 

 先程までの凛々しい顔はどこへやら、頬を少しばかり赤く染めていらっしゃいました。

 

「そういうことでしたら、私よりも適任がいます。翼さん、この後予定は空いていますか?」

 

「今日は休日で1日空いています。ですが、どうして?」

 

「片付けでしたら口よりも練習した方が早いでしょう。翼さんが良ければ、こちらで基礎の方を教えて差し上げられるのですが」

 

「是非」

 

「では。ヒサメ、ヒサメ」

 

 私が軽く手を叩きながら名前を呼び掛けると、襖を開けてヒサメが部屋の中に入ってきました。

 

「はい、お呼びでしょうか」

 

「翼さんに服の畳み方や物の片付け方の指南をお願いします。場所は、どうしましょうか」

 

 私は少し首をかしげ場所を考えていると、翼さんが手を上げ

 

「私の家で、直接教えてもらえませんか」

 

「嬉しい提案ですか、よろしいのですか? 一応、私やヒサメと翼さんは初対面なのですが」

 

「立花はともかく、雪音が信頼する方です。私は問題ないと考えています」

 

 クリスさんからの信頼は、一種の許可証なのでしょうか?

 まぁ、翼さんご本人の許可も貰えたので、お言葉に甘えさせていただきましょう。

 

「では翼さん、ヒサメ、頑張って下さい」

 

「先生は来られないのですか?」

 

「私は家事を従者に任せきりなので、役立つことは何も出来ません。賑やかしにもなりはしませんよ」

 

「それでも構いません。立花と雪音に土産話を作りたいと思いまして。それに、自分で言うのもなんですが、歌手の生活、気になりませんか?」

 

「……そう言われてしまえば動かずにはいられません」

 

 私たちは話を終え、立ち上がりました。

 私は、自室に戻っていつもの和服を身に纏い、玄関でブーツを履いて準備を終えました。他の従者たちに事情を説明してきたために一足遅れて出てきたヒサメと合流し、門先で待つ翼さんと落ち合いました。

 門先には黒い車が停まっており、運転席側の扉の前にメガネをかけた黒服の青年が立っていました。

 

「こちら、私のマネージャーをしてもらっている緒川さんです」

 

「はじめまして、緒川(おがわ) 慎次(しんじ)です。司令の方から、お話は聞かせてもらっています」

 

「須崎 鈴華です。こちらはヒサメ」

 

 私の紹介に合わせて、ヒサメはお辞儀をしました。

 

「翼さんの相談に乗っていただきありがとうございます。外は冷えますから、車内へどうぞ」

 

「では、お邪魔させていただきます」

 

 私たちが車に乗ると、慎次さんは車を走らせました。

 暖かい車内で、私たちは少しの世間話をしながら時間を潰していきます。


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