星になったタシュケントちゃんとデバフのジェノくん。   作:光蜥蜴

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☭ー0話 Ташкент

 全てが凍りついた世界で一人の少女は吹雪の中、真白の空を見上げる。聖書の言葉を羅列し、軍歌を歌い、人間のいなくなった雪の季節の町で、孤独を口ずさんだ。

 

 息を吸えば肺が凍りつきそうだ。句読点のない慣れた勇気と栄光の言葉をしゃべり、真白の景色を往く。雪の積もった霊園の敷地、その境界線を超えた先にあるのは水溜まりだ。

 

 自然現象により地形が変動し、低所となった場所を水が埋めている。歩けばちゃぷちゃぷと音が鳴る。兵どもが夢の跡もただ水浸しでわびしい。

 

 ――人間が破滅した日がいつだったか、カレンダーがないから分からない。

 

 あの日の仲間の言葉をよく覚えている。

 

 あのバフの効果紋――――生まれたての小鹿のような駆逐艦でも姫の装甲を一発で貫き、沈めるほどの強化効果があった。深海棲艦が脅威から害虫レベルの敵と成り下がり、戦いの終わりを誰もが予感した時代だ。

 

 溶鉱炉の真理解明に誰もがトゥルーエンドの結末を思い描いた。

 

 妖精の逆鱗にさえ触れなければ、手に入った。

 可愛らしく従順で人に協力的な妖精が、反旗を翻すだけですべての望みは根本から潰えた。建造解体開発改造に加えて艦載機も含めた装備も管理できる立場なので当然なことなのだが、不意打ちだ。ボイコットですら致命的な打撃を与える身内が、その全ての知識と技術を戦闘力に換えて人類殺戮を行う。

 

 戦いが終わるどころか、世界壊滅の危機となる。

 

 ――そりゃねえだろ。

 

 当時の提督が乾いた笑いを浮かべて言った。

 

 彼女は艤装を展開し、キープアウトの境界線を一歩、超えた。2頭身のデフォルトの妖精がいる。エンカウント。妖精はカーンカーン、と開発音を出していた。

 

 人間と艦娘と深海棲艦を消し去った能力値を解放していた。

 改造された妖精の耐久値――9000超え。

 

 強く乱れた潮の匂いのする旋風が身を襲い、巨大な生物が現れた。

 

 耳をふさぐ。騒音が酷い。水柱が高く激しく舞う。鋼のように堅そうな爬虫類のような鱗と、瞳、凶悪な獰猛性のある尖った牙からは粘着質な涎が垂れている。

 

 視界から空を奪うように巨大な両翼が広がった。

 神話空想のドラゴンそのものだ。

 火炎袋から発射される弾丸は海をも燃やす延焼効果がある。こいつにはソロモンから撃ち放った弾丸がイギリスまで貫通したという眉唾の報告もある管理妖精もいる。

 

 そんなのが無限沸きする軍団に勝てる訳がなかったのだ。艦娘と人間と深海棲艦が束になってかかって敗けた相手だ。艦娘や深海棲艦よりも遥かに凶暴で強い。

 

 その大顎を開けて轟いた咆哮とともに粘着質な唾液が顔に飛んできた。

 

 この艤装砲撃で鱗は貫けず、人間の叡智を持って作った兵器の数々は深海棲艦と同じく無効化。絶体絶命の人類。その75億が勇者となっても勝てなかった事実。

 

 その馬鹿でかい頭を軽く振るだけで、この小さな身は吹き飛び、撃沈損傷となる。

 

 穴の空いた腹から赤い血とともに、空色の液体が漏れだし、グジュグジュとスライムのように傷口を塞ぎ始める。同志がこそこそと貯めた燃料弾薬鉄ボーキ、その全てが内臓してあるこの身は何回殺されたら死ねるのかすら分からない。

 

 溶鉱炉――ここから艦娘も深海棲艦も制御できるという結論が出た。艦娘は資材を溶鉱炉に放り投げて建造する。艦娘はドロドロの状態で、すでに生命としての存在は成立している。

 

 人間の形をしているのは、溶鉱炉内で『改造』が施されているからだという。

 

 炉の解明道中に様々な実験が行われたその中でも彼女は唯一無二の成功例だった。資材と高速建造材の内蔵型で資材が尽きるまで何度でも疑似女神が発動して瞬時に継戦可能となるどころか、鉄という素材を使って剣を造るように、艤装の形状をいじくり回せる。

 

 そんな最終兵器彼女が全力を出してなお、妖精には1に満たないダメージしか与えられないが、最後の形としてそれでも、という思いはこの胸にいまだある。

 

 かつては栄えていた場所も人がいなくなれば、空しいだけの鉱物の塊だった。過去、この場所ではしゃいでいた人間達を想うと、連鎖して鎮守府ではしゃぐ仲間達の姿が思い浮かぶ。全部、失ったけど、多くを奪ったこいつの首を獲りたい。

 もはや過去の情熱だった。今は無気力で死んでるように生きている。

 

「ようやく星になれるんだね」

 

 パパーハの帽子の星に触りながら、誰に聞かせるのでもなく、囁いた。星になる。人間はみんな星になった。教わった分け合う精神を大事にしてたからか、人がいなくなってから孤独の意味を知った。人間なら誰でもいい。また戻って来てたくさんのお話をしていて欲しかった。

 

 世界に独りになった時、およそ戦争と言える現象は消滅した。彼女はとうとう同志の悲願を達成したとはいえた。分け合う精神のむなしさも知った。一ならば全て自分ひとりで割り切れる。分け与えることの幸せと、分け与えられない不幸せと、共有できない空しさだけが、胸にぽっかりと穴をあけた。

 

 一人になってから、収集した本を読み尽くした。空想を貪ることで孤独を紛らわし、やがて読む本が尽きた時、孤独の衝動が彼女を外へと誘った。

 

 もう、限界だ。勝つか負けるかだけでなく、死に場所を求めるのなら、答えはケンカを売る以外になかった。

 

 孤独になってから80年、廃墟となった鎮守府にはいくつの正の字が記されている。

 

「もう、限界だ」

 

 膝を崩してその場に背中を丸めて蹲る。世界の仇を前にしても「今更、誰もいない世界を救ってどうなる」と自分がささやき続け、抗う気力が奪われ続けていく。「一人は、嫌だ」生き残った最後の一人として幸福を、そんな強がりもメッキのように剥がれ落ちる。

 雪の中に顔を埋め、熱い涙が一粒、頬を伝う。

 

「――人間は」

 竜が、理知を感じさせる声を発した。喋れたのか。

 

「人間は、この星至上の妖精でした」

 

「効果紋。溶鉱炉の建造過程で艦娘のステイタスが決定されていることが確定し、溶鉱炉を究明したことで、建造途中の溶鉱炉に自らに妖精の力を宿すことができた。私達の性能の一部を身に宿せたのは彼等が妖精だからです」

 

 BUFF、DEBUFF、HEEL、ENCANT。

 人間のその力があればどんなやつでも負ける気はしなかった。

 倍率の問題で管理妖精との性能を埋めるまでには至らず、だ。

 

「彼ら以上の無邪気を持つ生物はいまだおりません。生きる為という解釈よりも、与えられた玩具を遊び尽くすそのクリエイト力は文明を発展させましたね」

 

「人間は自然の精の長、彼らの性質、自らの心身の欲求によって創造も破壊も行ってきました。人間以上に妖精らしい妖精もおりません。なので文明も自然の一種であり、文明破壊が結果として滅亡となったまでのこと。人の社会のシステムで人が本来の寿命を全うできない死因のその全ては自然淘汰と解釈する私達です」

 

「結果、退屈になったので、次の遊びを考えました」

 

「人間は他の場所から連れてこればいい。世界は史実と炉の神秘で繋がっているのですから」

 

 陽気に笑った。CGで製作されたかのような荘厳なその竜の姿は、アニメ風のコミカルさが加えられた。

 

「あなたは提督の指示なら大破進軍でもなんでも従いましたよね。その提督の最期はあなたに特攻を命じた後に一人だけ逃げるような肉体的苦痛は差してない自決」

 

「従ったのは命令ではなく、あくまで同志の勇気の決断だ」

 

「楽しいのですかそれ」

 

「そんな感覚じゃないよ。ただ沈んでも、またあたしを探し出してくれるって信じてるから、耐えられていたんだ」

 

 今は指揮を執る人間が一人もいない。だから、消える。

 これが本当の死なのだろう。心底、そう思う。

 

「効果紋は五種、あります」

 

「SAVIOR――救済紋です。あなたの魂の成れの果ての力。出会いと別れの季節の色に輝く効果紋を宿した人こそ、あなたの運命の人となるでしょう」

「多分」

 

 運命の人。そんな人がいたらつかんで離さないんだけど、桜色の効果紋なんて歴史にただの一つもない。青がほとんど、たまに銀、稀に金だ。虹や桜もあるのではないか、といわれているだけに過ぎず、確認できていない。

 

 死ぬ間際に与えられた最期の希望。

 

「FRPG式の戦いで、また楽しく遊ぼう」

 ただの無邪気なゆえの妖精の残酷だ。

 

「今はおやすみ、星船の子よ」

「いつかあなたを建造する人が現れるその日まで」

 

 火炎を帯びた鉄の塊が竜の口から発射された。

 

 熱いけど、寒い。炎で燃えて深海に沈むかのようだ。エンチャント・ドラゴンの特性、燃焼による継続損傷がこの身が覆われる。資材が尽きるまで続く再生と、死ぬまで継続する燃焼がこの身体の上で争い続ける。炎に包まれ、朽ちていく最後も彼女には慣れたものだ。

 

 やがて再生力も底を尽き、身体が資材化してゆく。

 

「ダスヴィダーニャ」

 

 彼女の琥珀の瞳が星々のように煌々と輝いたのは、いつか同志が語った夢の景色に今が重なったからだ。紅い血に濡れた空色の艤装が、夕焼けに燃える茜みたいだった。彼女の眼にはかつて同志が海で追い求めたという暁の水平線のように映っていた。

 

 

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