星になったタシュケントちゃんとデバフのジェノくん。 作:光蜥蜴
ツイていない。四つ葉のクローバー探すために三つ葉のクローバーを踏んでしまったこともなんだか気が滅入る。日向ぼっこの最中、土砂降りの通り雨が降ったせいだ。
庭師が手入れしている庭を進み、玄関をノックする。木製の扉に取っ手みたいなものがついていて、それを叩くことがインターホン代わりだ。自分の家なので、ノックする必要はないのではあるが、それを認めていない為の些細な他人行儀の抵抗である。
明らかに高級そうな海外のレンガ造りの暖炉の中で火が燃えている。カーペットも両足で踏むと、トランポリンを踏んだみたいな弾力がある。サイドボードにある食器もデザインが凝ったものばかりで、ワイン棚まである。妙に長い机に案内されて、椅子に座る。
アルヴィン「片付けておきましたよ」
満面の笑みを浮かべて、長身の男が姿を現した。整った顔のパーツと、掘りが深く渋味のある顔にロン毛だ。西欧の典型的なイケメンといった感じだ。
アルヴィン「なにをお飲みになりますか?」
キッチンに立った。窓から差し込んでくる日差しも相まって絵になっている。「お茶、毒抜き」私はそう失礼をいいながら、全く警戒心を隠さない。お茶を用意する左手の甲には『BUFF・Lucky』とある。
ジェーナス「見張りの使用人がいるじゃない」
アルヴィン「真心を込めて家主自身がもてなすほうが日本人の方に誠意が伝わります」
いかにも日本式の和心ね。
湯を沸かして急須で注ぐのではなく、コーヒードリップのような機械で直に茶葉を煎れている。アルヴィンは「緑茶は奥が深い飲み物です。私が気に入った緑茶専門店がありまして、そこの店主から教えてもらったんです。申し訳ないことに私の腕は二流ですが」
住む世界が違い過ぎるし、見える景色がオシャレすぎて緊張する。総資産6千億といわれる大富豪が私の建造主である。最も、私を建造して得た効果紋での成金だ。差し出された緑茶は今まで飲んだ茶の中で一番おいしい。二流の腕とか謙遜にしか聞こえない。
アルヴィン「紅茶じゃなくて良かったんですか?」
日本ではイギリス人は紅茶ばっか飲んでるイメージなのかしら。「英国の茶への執念は凄まじいですよね。清と戦争するくらいだ」くだらない。世界的に紅茶はコーヒーには勝てないのよ。お茶は論外ね。お茶もコーヒーも嫌いだけど、こいつが淹れたものを不味く飲めるのならなんだって良かった。アルヴィンが対面の席に座ると、
アルヴィン「どうしてあんな馬鹿な真似をしたんだい。現実の書き換え処理はこの戦いの参加者には適用されない。君の居場所が世界に伝わった。巻き込まれてしまうかも」
ジェーナス「あなたのいうことが本当なら、問題ないはずじゃない」
ジェーナス「私達のことを最優先に考えてくれる人はいないんでしょ」
アルヴィン「考えの足らない人間は必ずいる」
バカ、と直接的な言葉をいわなくなったのはメディアの露出が増えてからだ。一時期、言葉を選ばずに得た地位や権力、富を見せびらかし、叩かれていた。私はこの手の人間が嫌いだった。単純にこういったら傷つく人がいる、ということが分からないから。
アルヴィン「私達の世界は決して余裕があるとはいえない」
アルヴィン「この力を利用すれば世直しだってできる。まともな人間ならば共存共栄の道を選ぶはずだ。まだ君達の力は僕らにとって未知の塊、宇宙の神秘のようなものだよ。下手すればこの世界が君達の世界のように終焉を迎えてしまう。理解してくれ」
ジェーナス「もう一年よ……? もう十分、欲しい物は得たでしょう?」
ジェーナス「早くジャヴィを返して」
アルヴィン「約束は必ず守る。私は君との約束は全て守ってきたはずだ」
その約束は、10億でジャーヴィスの鉄片を買う、という契約内容だった。それを撒き餌とされ、私はアルヴィンの報酬つきの指示に従う。今、貯めたお金は6億だ。私にしか出来ない仕事への報酬は割に会っている。ただその金額はそれでも一年以上、かかる。
ジェーナス「何度目の質問か忘れたけど、本当に約束を守る気はあるのかしら」
アルヴィン「もちろん。何度もいうようで悪いけれど、私達にそれほど信頼関係はないだろう。その管理妖精には慎重に当たるべきだし、誰かが人間改装設計図を手に入れてから入手したほうがリスクは少ない。今、建造しても醜悪な戦いに巻き込むだけだと思う」
その通りではあるけど、アルヴィンの言葉が本音ではないことも頭では分かっている。その左手に烙印された効果紋を失うリスクを負いたくないのだ。私が死すればその効果紋が消えてしまう。アルヴィンは幸運のバフによって支えられており、得たモノ全てが自身の血肉として基盤を形成するまではなんとしてでも、という思いがあるはずだ。
アルヴィン「上手く行く。私と君は世界一の幸運があるんだから」
アルヴィン「さて、今日の仕事の話をしようか」
2
アルヴィン・フォーカス。
父親が英国人、母親が日本人のハーフだ。名前こそ外国人ではあるものの、国籍的には日本人である。両親はすでに他界しており、18歳の頃に病気で死んだ父の後を追うように母も逝ってしまったようだ。彼が持ち物にこだわる理由はもともと貧乏だったから。
裕福であり、人より上の位置を取ることに並々ならぬ執念があった。
必死で勉強して、良い大学へ入り、大きな会社に入った。そんな日々の中、『REI』の組織に誘われたそうだ。私の建造主となったのはそこからだ。最初はうさんくさい思想団体としか認識していなかったものの、効果紋はホンモノ、彼は莫大な私の購入費を支払うため、会社を辞めて独立を始めた。そこからは欲望のスパイラルである。
ジェーナス「夢見た陸の暮らしも、ファンタジーだったのかもね」
そうつぶやいた。
今日の仕事はボランティアへの参加だった。ここ三か月でよくある仕事内容だ。最初は本当に荒事だった。献金の運び屋、人間への脅迫活動までやらされていた。現実書き換え能力を利用すれば簡単な仕事デはあるけどね。
アルヴィンは悪さに手を染めるが、下手は打たず、賢くはある。
実に滑稽である。この世界には生きる力はあるのに、生きる資格がなさそうな人間が多い。「生きる資格って何様よ、私」と唾棄して、目の前のコミュニティをじいっと見つめる。
ペットの火葬場の土地を借りて行われている犬猫の動物ボランティア団体だ。名前はワンコとニャンコの泰平の会32支部である。今日も寒空の下、元気に動物好きの連中が駄弁りながら動物の話をしている。アルヴィンがこの団体に入れ込むのは裏がある。
現市長および二世代前の泰平党という与党から排出された総理大臣が所属していた団体で、今でも政治家と繋がりがあり、アルヴィンはこの活動に必要な資金をこっそりと寄付している。もちろんメディアに露呈しても後ろに手は回らないクリーンな方法だ。
アルヴィンは有名人だからこそ、株の上げ方をよく知っている。それは自らの善行を吹聴しないことだ。こっそりとむしろ隠して活動をするのだ。善行を笠に着ないほうが、イメージは良い。私はそのイメージを崩さないようにこの団体のスパイ役みたいなものだ。
ボランティアをやる人は良い人というイメージがあるのは、やっぱり表面上の物事しか見ていないんだな、と私は思った。行き場のない犬猫を保護する。実際、人当たりが良く親切な人も多い。第一印象の話ね。
「ジェーナスちゃん」と満面の笑みを浮かべた50過ぎの男性が喋りかけてきた。「今日も可愛いね」甘くとろけるような顔だ。
ジェーナス「ど、どうも」この人はいまだに慣れない。
噂に寄ればストライクゾーンは男女問わず10から17まで。マイクを握らせれば子供向けのアニソンしか出てこず、少女を車に乗せようとしたこともあるという自他ともに認める危ない人である。
「ちょっと、あんたはジェーナスちゃんに喋りかけちゃダメでしょ」
今度は50過ぎの中年女性である。柔らかく人当たりの良い笑顔を浮かべている。この人が団体の長であり、今まで保護した犬猫は三桁クラスである。「おはようマダム、旦那さんとまだ別居中なのかしら」「仲良いから安心してね」と苦笑いする。
保護した犬猫を世話をしきれず、家庭崩壊、夫が家を出て行った。この人の恐ろしいところはその別居した夫の家にまで猫を運び始めたことである動物を慈しむ気持ちは素晴らしいけれど、自分の許容量を超えてまで世話する人が多すぎる。
アルヴィンがこの団体に入れ込む絶対的な理由は特にない。
ただアルヴィンは賢い。有名人はメディアからのスッパ抜きを恐れるもので、実際に記者も何人か顔を出している。アルヴィンは単純にボランティア団体に属し、たまに活動をしているだけだ。それがイメージに貢献する。
リスクを背負ってリターンがない。そこにも価値を見出しているのだ。
今日は犬と猫の泣き声が騒々しい。組み立て式の椅子を倉庫から運んで、一匹の犬の横に座った。馬太郎君という太り過ぎた柴犬の保護犬だ。譲渡会の参加者から声をかけられた。
「秋田犬の子かな?」
ジェーナス「違います。太っているだけの子で……」
顔をあげると、白髪の老人が笑顔を浮かべて立っている。元官僚の戸間泰平だった。今は政界を引退して優雅に老後の暮らしを満喫していることもあり、政治家として再起した理由のあるこのわんこにゃんこの泰平の会に時々、顔を出す。
戸間「見つかったかな?」
ジェーナス「ええと」
そしてこの人は私達の内情を知る一般人である。見つかったかな、という質問の意味は私の相棒となる子を見繕ってくれたかな、という意味だった。アルヴィンの持つジャーヴィスの鉄片を欲しがっている。ただアルヴィンいわく、私以外に金で売るつもりはないとのことだ。
アルヴィンと戸間が欲しいのは兵士でも効果紋でもなく、向こうの世界だ。こちらの世界にとって先住民のいない向こうの世界に興味を示している。死んでいるとはいえ広大で資源もまだある。下手すれば戦争案件だ。どんな絵を描いているかは私も知らない。
戸間「ではこの子を引き取らせて頂けないかな?」
馬太郎を指さす。犬なのに馬みたいな顔をしている馬太郎は大きなあくびをかます。特に深い意味の言葉は頭に入っている辞典にはなかった。その言葉の意味そのままだろう。この子を保護しているのは三田さんを呼んだ。
三田は戸間と話を始める。
馬太郎にしゃべりかける。「良かったわね。あなた、裕福な家の子になれるわ」檻に飾ってある写真は飼い主が保健所に連れていこうとした時の写真だ。全力でブレーキをかけて嫌がる馬太郎を飼い主が力づくで引っ張っている。
「いいな」と私の口から無意識にぽつりと漏れ出た。今の私の主人も裕福なのに、なんでだろう、と考える。しばらく考えて単純にこの子に飼い主が見つかって良かった、と思う心であることが分かった。
三田と戸間の話がまとまったらしく、声をかけられた。
譲渡のお手伝いを頼まれた。今日の夜に三田さんの家に引き取りに赴くとのことだ。
相手は長い付き合いがあり、裕福な有名人でもある。
審査は必要なかったので即決だった。