星になったタシュケントちゃんとデバフのジェノくん。 作:光蜥蜴
お手伝いに出向いた三田の住む家は汚い平屋だった。保護した犬猫が家の中で自由に過ごしている。「あ! あー、クソが!」二階からそんな声が聞こえてくる。例の三田の息子だろう。頭がイカれているという噂は本当なのかしらね。
これは長の責任問題である。もしもあの噂が本当なら三田には悪いけど、少し痛い目に遭ってもらわなきゃね。
キッチンのゴミ袋の中から一際の異臭がする。
動物の不審死は眉唾ものの話すぎて真偽を確かめずにいたけれどらで、
ジェーナス「あの話は、本当なの……?」
袋を開ける。そこには犬猫の死体があった。
まず死に方がおかしい。まるで油で揚げたかのようなひどい火傷跡の子もいれば、ばっさりと切り裂かれている傷もある。息子が狂っていて、犬猫に暴力を振るうという話は本当だったのか。吐き気とめまいがする。
ジェーナス「全部、犬猫をあなたの家から持ってくわ。そもそもあなた私生活がこの様なのに、よく動物を保護しようと思ったものね。無責任な飼い主よりも性質悪いわ!」
三田「でも俺にとってボラは生き甲斐だ。居場所なんだ」
そのゴミ袋を庭の焼却炉に放り投げる。
三田「そもそも俺がロリ&ショタコンだなんて心外だ。息子があんな風だから、普通の子供達がとても愛おしく見えるんだ。一時期、俺は息子のせいでなにもかも失った。俺だって息子の為にがんばってた。だけど、アイツは家の中に居てもらわなきゃ人、殺すよ」
人、殺すよ。そこだけ声が氷柱のように鋭く詰めたかった。嘘ではないと、この惨状が物語っている。
三田「俺が死のうかと思ってた時、一匹の犬とご縁があった。心の支えになったんだ。僕も不幸な彼等の為になにかできることがないか、と考えた。同じような考えを持った人達がいる。金なんか要らないよ。この子達は残念だっだけど、保健所で死ぬより、こんな僕が預かっていたほうが、幸せな未来を手に入れる可能性は高かったんじゃないか?」
そういって馬太郎を指さした。
――俺と出会うまで、死ぬだけの未来だったんだから。
死ぬだけの未来。その言葉が強く心に突き刺さる。三田の言い分が心に届いてしまう。どうせ死ぬはずだっただけの未来に、希望を与えてあげられていただけマシじゃないか。わらにも縋りたかった終末期の記憶が、その主張に説得力を付与する。
ジェーナス「息子に会わせて。私があなたの代わりに叱ってあげるわよ!」
二階に突撃する。ノックしても奇声が返ってくるだけだ。鍵のかかっている扉を蹴とばした。部屋の中は畳の上の布団、ちゃぶ台の上にデスクトップ型のPCと、モデルガンが散らばっている。ソ連の狙撃手のスコープをつけて、モデルガンを整備していた。
「越境者だ。射殺しろ!」
唐突にそんなことをいってモデルガンを向けられた。電動式のマシンガンの礫がこの身に襲ってくる。一つが目に当たり、私はうずくまった。「よし」といつの間にか青年が私の上に覆いかぶさっていた。焦点の合っていない瞳に怖気を感じた。
「女か。覚悟のうえだろうな」
身の危険を感じて、とっさに手が出た。青年は吹き飛び、壁に激突した。力加減を間違えたけども、脱兎のごとく逃げ出した。「あ、もう少しでお友達にはなれたかい?」玄関先にいた三田が極上の笑みを浮かべている。「あいつ、関係を持った彼女にだけは優しいんだ」息子どもども狂っている。冗談じゃない。
兵士の頃は人間の、隣の芝生が青く見えていただけなのだろう。
人間はどのような時代であれ、狂う。
2
アルヴィン「それは良い社会勉強になったね。でも今回の報酬はなしだ」事の顛末を話した時、アルヴィンは苦笑いをしながら、そういった。「ボランティアみたいな利益を考えない人間の集団がまともに機能する訳がないだろう。無償の愛ってこんなものだよ」
ジェーナス「私、一歩間違えばどんな目に遭っていたか。なのに……」
アルヴィン「君は問題を起こして帰ってきた。さっき三田さんから連絡がかかってきた。君に息子が暴行されたってね。お金で解決できるけれど、なぜ私が君の尻ぬぐいまでして報酬を払わなければならないんだ。悪いけど、私はそこの辺りシビアな判定をする」
アルヴィン「分かっただろう」
アルヴィン「人を救うだなんてバカのやることだ。他人に優しくする時は計算しなさい。じゃないと馬鹿を見る。私は子供が泣いていても、無視するようにしている。声をかけただけで逮捕に繋がりかねないだろう?」
アルヴィンはまたいつもの苦笑いを浮かべる。
アルヴィン「狂ってるよ、世の中は」
アルヴィン「実は戸馬さんがジャーヴィスの鉄片を買いたいと取引を持ちかけられた。申し訳ないけれど、彼女を売るかもしれない。でも、良いんじゃないかと思う。それでも君はジャーヴィスに会える。相手は裕福だしね」
ジェーナス「あなたのような悪人の世界にジャヴィを巻き込まないで!」
手の平で踊らされるだけだ。望んだのはこんな世界じゃなかった。普通の暮らしが良い。近くを歩いている学生のように、平凡な環境が良い。それ以上の幸せはない。
アルヴィン「じゃあ、こうしよう」
アルヴィン「次の仕事は四億の報酬を支払う」
アルヴィン「成功すれば君は目標金額に届く。失敗すれば戸間さんに売る」
富の亡者が私にそう取引を持ち掛ける。
足元を見られているのも分かっている。ジャヴィを奪って逃げる手もある。でも、私の運値はマイナスの領域にある。幸運のバフがなければ恐らく私生活すらもままならない不幸に襲われるはずだ。
その取引は恐らく私に不幸を運ぶだろう。またアルヴィンに借りを作り、蜘蛛の糸にかかるようにがんじがらめにされてゆく。
それでも私はその取引に飛びつく。
この男は約束を守る。
そこだけは確かだった。私が上手くやればいいだけだ。もう一度、唱える。
私が上手くやれば、いいだけだ。
アルヴィン「四億の仕事だ。大変だと思う」
アルヴィン「その三田さんの息子を社会の為に貢献させてみようか」
ジェーナス「なんで、私が」
アルヴィン「その三田さんがちょっと面倒臭くてね。チンピラみたいに私を脅してきた」
ジェーナス「そこから息子の社会貢献に至る事情が分からないけれど、報酬はジャヴィの鉄片核にプラスして、三田の家の犬猫をこの家で保護する」
アルヴィン「お好きに。なんなら隣に君の別荘でも作ろうか?」
好条件だった。次の一言がなければ、だ。
アルヴィン「社会の為にどうにかするんだ」
アルヴィン「今まで社会を見てきてさ」
アルヴィン「人間って君達が命を賭けて守る価値があると思う?」
そういう、ことか。
私に付随する書き換え能力を利用してまでも、つまり、あの三田の一家が目障りになったから最悪、殺せ、と命令しているのだろう。死ぬことが社会貢献だ。それが出来ないなら戦うなんて止めろ、とアルヴィンは暗にそういっているのかもしれない。直接的にいわないところがずる賢かった。
でも、社会を見てきて思う。
みんな、自分のことばかりだ。自分が最優先だ。だからこそ、この人の社会で生きていく為に、強くならなければならない。このリアルに比べたらまるで鎮守府での暮らしがテレビのアットホームな家族ドラマのようにすら思えなくもないわね。
ジャヴィなら、アークなら、ウォースなら今の私になんていうのだろう。
私は首を横に振る。そんなの分かってる。
私は道を踏み外さない。正攻法でなんとかしてみよう。
翌日、私は颯爽と家を出た。門を出たところで、
甲高いブレーキの音とともに、身体に衝撃が走る。車に轢かれた、と冷静に判断できる余裕があった。この痛みの度合い、怪我というまでもない。ドライバーが降りてきて色々と聞かれたけれども、「大丈夫ですからもう行って」と追い払う。
アルヴィン「やっぱり君は僕がいなければ生きてはゆけないよ。人間改装設計図を手に入れて、君がそのステイタスの呪いから解き放たれるまではね」
門の向こうではアルヴィンが爽やかに笑っていた。
ジェーナス「今に見てなさい……私はあなたから逃れてやるんだから」
その左手の効果紋の輝きは消えている。
私から幸運の加護を消していた。