星になったタシュケントちゃんとデバフのジェノくん。   作:光蜥蜴

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☘ー5話

 ボラ団体のたまり場である個人経営の喫茶店に顔を出した。

 

 昨日の今日なので家に行くのは躊躇われたのだが、今日は三田の姿はなかった。

 

 もう一度、息子と合わせて。そうスマホで連絡を取ると、一つ返事で家へどうぞ、と返信が返ってきた。「昨日、大丈夫だった。何もされなかった?」ボランティアの長がそう私に質問してくる。「大丈夫、なにもなかったわ」と返した。

 

「そういえばね、昨日あれからジェーナスちゃんを尋ねてきた男の子がいたのよ」と新たな会話のボールを投げてくる。「放送を見て、って遠方から来たみたいだけど、理由が怪しいからなにも教えなかったわ。昔の同志だと一緒にいた女の子がいってたけど」

 

ジェーナス「その人達、今どこにいる!?」

 

 思わず身を乗り出した。私を尋ねてきた。昔の同志。そんな言葉を使う相手は特定される。他の参加者、恐らくソ連艦だろう。ぱっと思い浮かぶのは空色の巡洋艦タシュケントだった。私と違って後期型の成功例であり、強力な仲間といえた。

 

「追い返したから分からないわ。知り合いなら、悪いことしちゃったわね。なんか三田さんと楽しそうにしゃべっていたし、危なそうな印象しかなかったわ」

 

 落胆したものの、本気で私と接触したいのなら、たった一度の訪問で諦めないはずだ。「うん、旧友よ。次に来たら私の連絡先を教えておいて」と伝えて、喫茶店を後にする。ちょうど駐車場のセダンの車がエンジンをとめて、助手席から戸間が降りてきた。

 

戸間「ちょうどよかった。君に話があったんだ」

 

 少しだけ周りを気にするようなそぶりをみせて、

 

戸間「一つ仕事を頼まれてくれないかな」

 

戸間「報酬はジャーヴィスの鉄片だ」

 

 思わず、唖然とした。「いきなり、な、なに?」

 

 事情を聞いたところ、アルヴィンとの取引でジャーヴィスの鉄片が手に入りそうだ、とのことだった。そこは今朝、アルヴィンから聞いている。その取引内容は海外記者の持っているネタと交換ということだ。今、与党が画策している増税政策がアルヴィンにとって都合の悪いものでアルヴィンが資産を守る為の資産運用法がその期日までに間に合わず、時間を必要とする。そこでその記者が手に入れているネタが時間稼ぎに使えるとのこと。

 

戸間「深くは教えられないけど、私も過去にお世話になったことのある友人なんだ」

 

ジェーナス「……分かったけど、私になにをすれば、と」

 

戸間「彼はマフィアから命を狙われているんだよ。人身売買組織のネタを記事にして組織のボスを怒らせてしまった。処刑宣告に加えて賞金までかけられている。彼、中々、良い性格をしていてね、なんと来日中に第二弾を描き上げようとしている」

 

ジェーナス「まーた頭がおかしいやつね……」

 

 ブレーキが壊れているとしか思えない。

 

戸間「その原稿が書き終わってからアルヴィン君の望む記事を書いてくれるそうだ。つまり、その間の彼の護衛をお願いしたい。警察では役不足だ。私はもうそれほど口をはさめない身分であるし、君のほうがよほど腕が立つ上、最悪、書き換え次第で取り返しがつく」

 

 それが上手く行けば、ジャーヴィスの鉄片をアルヴィンから譲り受け、報酬として私にジャヴィをくれる。ジャヴィさえ手に入れたのなら、今まで貯めたお金はアルヴィンに支払わなくて済む。そのまま自由の身という美味しい話になる。アルヴィンからの社会貢献を成功させてもジャヴィの鉄片はもらえる。目の前には二つのチャンスがある。

 

 考えた。戦場で生き残る為ではなく、この世界で生きていくために頭を回す。

 

 その依頼を引き受け、アルヴィンにこの話を伝えて交渉する。

 

 戸間から事情は聞いた。両方の依頼を達成した暁には、

 

 私とジャヴィの自由を保障しろ、と。

 

 アルヴィンからは「飲みましょう」とたった一つ、返事がきた。

 

 

2

 

 

 動物臭の強い三田の家に再度、訪問する。幸運のバフがなければどんな目に遭うか分からないから怖いわね。一歩、進むだけであの頭のおかしい息子が仕掛けた罠にひっかかるかもしれない。

 

 私は単に殺されたくらいでは死なないとはいえ、あの犬猫の死に様を思うと、ゾッとする。

 

 呼び鈴を鳴らしても三田は出てこない。勝手にあがってしまおう。いつもの汚い三田のスニーカーはなかった。

 

 そのまま正面の階段をのぼって、二階の部屋をノックする。返事はない。ドアノブを回すと、開いた。いきなり狙撃でもされないか、警戒しながらそぅっと扉を空ける。

 

 中に、誰もいなかった。

 

 相変わらずモデルガンが飾ってあるのと、空っぽのインスタント食品のトレイや空き官やペットボトルが散乱していたが、相変わらずちゃぶ台の上のPC周りだけは綺麗だ。ゴト、と音がして、振り返る。押入れの奥からだ。まさかあの中にいるのだろうか、と忍び足で近づいて、ノックする。返事はなかった。覚悟を決めて押入れを開いた。

 

 額縁があった。そしてスケッチブックが大量にあった。

 

 興味本位でそっと手に取った。描いてあるのは、海外の動物のアニメキャラのようなコミカルな絵や、剣を持った勇者のような人の柄だった。方向性はよく分からないけど、共通点があった。笑っていることだ。絵を眺めていると、また音がした。窓外からだ。

 

 息子が庭にいた。スコップで地面を掘っている。

 

 地面に埋めているのは、猫だった。またやったのか。じいっと死体を埋めているのを見ていると、視線に気づいたのか、目が合った。眉間を寄せて、スコップを放り投げると、縁側のほうへ走り出した。恐怖を感じたものの、「落ち着け、私は艦娘」と呪文のように唱える。あの程度の子供一人、どうとでもなるはずだ。慌ただしい足音が聞こえる。

 

ジェーナス「うん……足音、多くない?」

 

「おい」鬼のような形相で駆け寄ってくると、押入れを開いて、「隠れろ」そう囁くような声でいわれた。「むぐっ」口を抑えられて、押入れの下の段に押し込まれる。隙を突かれたのは彼が私を気遣うような雰囲気を少しだけ感じたからだった。

 

 押入れが締まると、声がする。

 

「なんだよ、父さん」「なにか音がしたよ。部屋の中は片付けなさい」「出てけよ、殺すぞ」三田があがってきたようだ。ただ、今までとは違う悪臭が鼻を突いた。かぎ慣れた血の臭いだった。「もういいぞ」と声が聞こえて恐る恐る押入れを開いた。「お前、靴であがんなよ。たが、その外国の習慣に救われたな。玄関に靴がねえからな」訳が分からない。

 

 出入り口に赤い水滴の跡がぽつぽつとある。

 

ジェーナス「よく分からないけど、私を助けて、くれたのかしら?」

 

 彼は腕の中に子犬を抱いている。足を怪我して毛並みに血が滲んでいた。少年は簡易的な処置を始めた。包帯を巻くと、その犬を布団の上に置いた。手慣れている動作な上、なぜか少年の目は優しかった。もしかして、と質問をする。

 

ジェーナス「虐待しているのってお父さんのほう、なの?」

 

「俺も大概だけど、母ちゃんが死んでから、親父はもっと頭がおかしくなっちまった。禁書がある。死者と会える方法が書いてある。母ちゃんを復活させる為には命という供物が必要なんだよ。だから、親父は動物の命を神に捧げている。21世紀の日本で黒魔術を信じているんだ。愚かだが、気持ちは分からんでもねえ」

 

ジェーナス「だとしても、なぜボラ団体の犬猫を犠牲に」

 

「良い人っていうイメージを創れるしって親父はいってたな」

 

 どう考えても、サイコパスってやつじゃない。

 

「とにかく放置しとけ。じゃないと、親父は人を殺して捕まるだろうな」

 

 三田の「息子は人、殺すよ」という言葉を思い出した。

 

「動物を虐待してんのは親父だ。それを俺のせいにしているだけだ」

 

ジェーナス「両方ともおかしい、やっぱりあなたも狂っているわ……」

 

「おい巻き毛」

 

「これは俺の家の話だ。動物のボラ団体が動物を虐待する。だが、本人は幸せそうだ。これは戸間の話だ。国民の為に仕事する政治屋が自らの利益を優先し、景気を悪くし、多くの人間の首を吊らせた。だけど戸間は一般人よりも遥かに優雅に老後を謳歌している」

 

「世の中、なにが間違っているか知っているか。俺は知ってる」

 

「悪いことをして得をする人間社会の構造なんだよ。これまでのどんな偉人が説法を説いても打ち倒せなかった絶対的な真実という魔物だ」

 

 少年は座り込んだ。その黒い瞳が私を覗き込んでくる。少年は自らの頬をさすった「昨日、俺を殴った時の力、なんだよ。平手で俺が吹き飛んだ。巻き毛テメエ、あれだろ」

 

 少年は一拍置くと、相好を崩した。

 

「艦娘ってやつだろ?」

 

 驚いた。でも戸惑ったのは、この次の言葉からだ。

 

「アルヴィンからジャーヴィスの鉄片を強奪しねえか?」

 

 なぜか第三の選択肢が提示されたこと。そして、

 

「俺の名は三田与人、職業は革命家だ」

 

 やっぱりこいつの頭は奇天烈だった。

 

 

3

 

 

与人「なるほどね、そのジャヴィとやらの鉄片を見間違うはずがないという根拠か」

 

 もうなるようになりなさいよ、との思いで全てを打ち明けたところ、彼の第一声がそれだった。妖精や艦娘、深海棲艦、人間改装設計図は「ふうん」と聞き流していた。

 

ジェーナス「あなた、何者よ」

 

与人「名乗ったよな。もっといおうか」

 

 パソコンを指さしていう。画面には黒板に描かれた相合傘の下に♂と♀のマークがある。

 ラブリーボード。似合わないことやってるわね。

 

与人「出会い系サイトの運営、アフィリエイトはやめちまったか。個人で運営していても、けっこう大きなサイトなんだぜ。去年だけで俺が把握している限り、利用者の五十人が結婚してる。もはや恋のキューピッドだよ」

 

ジェーナス「インターネットの出会い系? うさんくさいやつよね」

 

与人「真っ黒だよ。現代人はすぐに個人情報を登録するからな。今、業者の中で流行っているのは、ソーシャルアプリの売り逃げや個人情報の引き抜きかな。暗黙の了解があるんだが、個人情報をすぐ抜いてリストアップ化して流せる。出会い系もあるっちゃある」

 

ジェーナス「よく分からないけど個人情報保護法的に犯罪なのは分かるわ」

 

与人「犯罪でも大丈夫だから捕まってねえんだよ」

 

ジェーナス「犯罪でも大丈夫?」

 頭がこんがらがるんだけど。

 

与人「アルヴィンのほうがよほど悪党じゃねえか。お前の話を聞く限り、世渡りが上手いクソ野郎って印象だな。俺の家庭の歴史もよく知らねえで社会貢献させろ、か。俺みてえなクズは死ぬのが一番の社会貢献ってか。思い上がりも甚だしいぜ」

 

与人「そういうやつは俺みたいなのが怖いんだ。裕福な人間は貧乏な人間を怖がるからな」

 

 提示された第三の選択肢は冷静に考えればなしだ。こいつがアルヴィンの上を行く策謀を弄せるとは思えない。良心が痛むけれど、こいつをなんとか更生した体にしてアルヴィンからジャヴィをもらう。同時進行で戸間の護衛依頼も受ける。やっぱりこの方法で行こう。

 

ジェーナス「あなた、外に出ない? ほら、アルバイトとかやってみない?」

 

与人「お前さ、今のところ顔面しか長所がねえな」

 吐き捨てるようにいった。

与人「アルヴィンは効果紋を手放す気がねえ。お前がジャーヴィスを手に入れたらアルヴィンはもう用済みだろうが。そもそも鉄片化させても効果紋が消えねえ時点でお前、温情で生かされていると思うぜ」

 

 危ない橋は渡れないって伝えてるのだけれども、改めて考えると、渡らずに過ごしてきた今の私はこの様である。二度目の人生の時はほぼ強制的に渡り続けていたけれども、最後まで生き延びていたのは戦場にいる仲間のおかげであることは疑いようがなかった。

 

与人「ああ、そうそう。わんことにゃんこ泰平の会だけどよ」

 

ジェーナス「あ、そうだ! 与人あなた、そのボランティアに顔を出さない?」

 

与人「ボラ団体で32支部ってすげえよな。本部には行ってみてえかな。戸間が所属していたのが本部だったんだよ。落ち目の県会議員だったんだけどよ、ふと参加したそのボラ活動で再起して数年で裏から牛耳る官僚社会の重鎮だぜ。一体どんな理由が戸間を熱くさせたと思う?」

 

ジェーナス「知らないわよ」

 

与人「少年少女が輝いていたから」

 

 そういえば、戸間はあの少年なら、あの少女なら、という言葉を吐く。大して気にも留めていなかった。戸間の近くにいると、政治家としての過去も耳に入ってくるけれど、彼が行った政策は結局、景気を悪くしただけだとも聞く。

 

与人「そのボラ団体にイズミヤマミツルって男がいる」

 

ジェーナス「まだ続く?」

 

 全く興味がないわ。

 

与人「続くよ。その気になればどこまででもな」

 

与人「実は俺も謎なんだけどな。ある日、一通の手紙が俺に届いた」押入れを開いて木箱を取り出した。封筒の束の中でシンプルな白の封筒を取る。「この手紙だ」

 

 そこに書いてあったのは、お礼の手紙だった。「助けてくれてありがとうございます。あなたは私の命の恩人ですって書いてあって連絡先があるだろ。残念ながら俺は誰かの命を助けた記憶がねえんだ。その頃、一匹の動物を助けたくらいかな」

 

ジェーナス「へえ、日本でいう鶴の恩返しじゃない。あなた白長髪の美女とかツインテールのツンデレとか助けたのかしら?」

 

与人「なんだそれ。連絡してみたらそういうファンタジーの話を教えてくれたんだよ。面白いのはここからなんだ。なんとそいつ、仕事は殺し屋だっていってよ」

 

 そろそろ危ない薬でもやっているんじゃないか、と本気で疑うわ。

 

ジェーナス「――いや、ちょっと待って。殺し屋ですって?」

 

 そいつがこの戦いの参加者ならば艦娘について知っているのも頷ける。となれば殺し屋というのは他の参加者と戦っているから殺し屋っていう意味だったりして。いまいちピンとこないけども、それで一応、与人の一連の話の筋は通る気がする。

 

与人「俺が仕事を依頼してな、今日そいつが家に来るんだ」

 

ジェーナス「殺し屋が『分かった、じゃあお前の家に行くよ』って?」

 

与人「殺し屋に俺は親父をしばらく入院させてくれって頼んだ」

 

ジェーナス「その殺し屋バカじゃないの……そんなバカなのが現代にいる訳が」

 

与人「やっぱりお前、バカだな。現代でも殺し屋はいるよ。お前の頭の中のイメージが映画やドラマだからあり得ねえと思うんだよ。例えば生活に行き詰ったやつに金を握らせて『あいつやってこいよ』で実行する。事情はどうあれ、殺し屋だろ」

 

ジェーナス「なんか恰好がつかないわね……」

 

与人「事前に打ち合わせはしてる。俺からしたらお前らのほうがいる訳ねえ存在だよ」

 

 与人の携帯に着信が鳴る。「この点滅は殺し屋からだ」部屋の扉を空けて、一階へと降りてゆく。私も興味があってついてゆく。格子戸を開けると、中肉中背の男が立っていた。

 

 黒のセーターに藍色のジーンズ、顔から上を見ても特徴がないのが特徴だ。

 

「与人君ですね。事情は伺っております」

 

 小さく、ぼそぼそといった声量だった。

 

与人「手紙ありがとうな。俺はあんたを助けた覚えはねえけどさ」

 

「私も調査しました。あなたは密輸され、この辺りでさまよっていた動物を一匹、保護したはずです。なぜかあなたの父親が表彰を受けておりますが、その動物は動物園に流れましたが、しっかりとあなたを覚えているのです。なので、今回の依頼料は特別です」

 

 全く理解が及ばない。また変人が出てきちゃった。

 

「話を聞く限り、君の父親は私が最も許せない動物虐待を行う咎人だ」

 

与人「第三者がいる前で殺し屋がそんなおしゃべりで務まるのかよ」

 

 男は靴を脱いで敷居をまたいだ。その際に一瞥された。少し寒気が背筋を撫でた。この瞳とこの寒気の感覚、知ってる。深海棲艦の上位種のような雰囲気だ。

 

「好都合、あっちで寝ていますね」と男はゆっくりと歩いて三田のほうへと向かう。

 

 三田は居間の畳の上で肌着一枚で豪快ないびきを立てながら寝そべっている。

 

 殺し屋の男は三田の前で止まって、トン、と親指で左胸を優しく押した。三田は小さな呻き声をあげると、男は続いて首筋を同じように人差し指で押した。三田がけいれんを始めて、口から泡を吹きだし始める。男は踵を返して、

 

「病院へ連絡してください。ああ、死んだらごめんなさい」

 

与人「なにしたんだよ」

 

「スズメバチの毒針で急所を二か所、刺しました。そこの焼却炉の裏にある家にスズメバチの巣がありました。ハチは基本的に巣が危険にさらされた時に攻撃的になりますが、理由など後付けで十分です。仮に死んでも口裏合わせれば事故死判定されますよ」

 

与人「なるほど、アナフィラキシーショックってやつかよ」

 

「すみません。依頼は入院でしたが、気に喰わない人間だったので方法が手荒に」

 

与人「ま、死んでもいいよ。こいつはひっそりと死ぬのが世の為ではあるからな」

 

「ふふ、そうです。動物虐待なぞ万死に値しますからね。ドラマやアニメでも人を殺しまくっても特に問題はないとも、動物虐待はクレームがすごいですからね。分かっている人間も多いんです。あなたもそっち側の人なんです」

 

 息子が父の殺しを依頼し、その殺し屋と談笑している。

 

 事実は小説よりも奇っていうのは本当ね。鎮守府でのあたたかな暮らしが幻想のようにすら思えるリアルだ。

 

 もしかして、私は深海棲艦と戦っていたほうが幸せだったんじゃないのかな、と不意に思った。私達が命を賭したのはこんな人達を守る為だったんだろうか。私達が夢見た素敵な日常はこんなにも歪だったんだろうか。家の柵一枚を隔てた道路の向こうからは学生の無邪気な笑い声が聞こえるのに。

 

「では私は別件の用事がありますので」

 

 左手には虹の輝きが消えていくのが見えたが、放心のあまり、思考が覚束なかった。

 でも、やっぱりそうだったのか。うん、そうよね。

 

与人「俺は親父に付き添って病院に行くからまた連絡するわ。ジャーヴィスの件、考えておいてくれよ。あの殺し屋の手腕を見ただろ。アルヴィンを出し抜くのは不可能じゃない」背中を押される。「ほら、面倒だからさっさと帰れよ。ここの事後処理は任せとけ」

 

 私は足を動かした。

 

与人「おい、玄関はそっちじゃねえぞ」

 

 横たわる男を見る。あの日を思い出すな。あの日と同じだ。ただ見ていることしかできなかった。三田は良い印象のない人だったけれど、きっとこんな風に最期を迎える為に今まで生きてきた訳ではないはずだ。そう思うと悲しくてまぶたの裏が熱くなった。

 

 のどもとまであがってきた誰か助けて、という言葉を飲み込んだ。

 

 誰も助けてはくれない。

 孤軍奮闘の先にこそ、きっと、なにか希望があるのだ。

 

 

 

 


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