星になったタシュケントちゃんとデバフのジェノくん。   作:光蜥蜴

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☘ー7話

 

 

 

アルヴィン「顔を見れば分かる。君はなにもできなかった」 

 

 家に帰ると、アルヴィンが待ち構えていたように、玄関先に立っていた。

 

アルヴィン「事後処理は大丈夫だ。君に幸運の力を与えたから上手く転がると思う」

 

 その場で膝をついて、蹲る。上からアルヴィンの言葉が降ってくる。

 

アルヴィン「私の指示に従えばそれですべて上手く行く」

 

アルヴィン「ずっとそうだっただろう」

 

アルヴィン「温かい言葉では信用できないだろうから、何度でもいう。私は君を大事にしているつもりなんだ。なぜなら幸運のバフがかかった状態で万が一にでも君が私を殺すことに成功したら私も全て終わりだ。だからこそ、君がこいねがった幸運の力は私が上手く使う」

 

アルヴィン「君には私付随の権力もあり、容姿も端麗だ。性格も素敵だと思う。良い大学にだって通えるさ。君は他の子達より幸福になれる。まずそれを受け入れてから、自分の幸せというものを探すんだ。そうして君が誰かを守る力を持った時、友達も幸せにしてあげるといい」

 

アルヴィン「さあ、お風呂に入って着替えておいで」

 

アルヴィン「温かい料理も用意してあるんだ」

 

 温かく優しい慈愛の声なのに、相変わらず甘く囁く悪魔の声に聞こえる。

 

 亀の体勢だと欧州水姫に怒鳴られた最後を思い出した。

 

 ――なんだよ、その弱者の恰好は。

 

 そういって私の頭をわしづかみして前を向かせた。

 あの深海棲艦の言葉が天使の声にすら聞こえるほど、私の現実は狂ってる。

 

ジェーナス「アルヴィン、あなたは間違ってるわ」

 

 どうか私よ、強くあれ。

 

ジェーナス「私のせいで人が二人も死んだの」

 

アルヴィン「大丈夫だ。こんなこと想定の内だ。なにも変わらない」

 

 本当に私を愛しているのなら、言葉は違うはずだ。

 

ジェーナス「アークなら、ウォースなら、ジャヴィなら」

 

アルヴィン「抱き締めて慰めてくれたのかい?」

 

 顔をあげると、鼻先がつぶれた。ブーツの足裏がある。

 

アルヴィン「君のそういうところ嫌いだな。その人達はいない。目の前にいる私は彼女達と比べて批評されるのは不愉快でさえある。君と私は家族か友人か恋人か?」

 

アルヴィン「違う。利害関係の一致に過ぎない」

 

ジェーナス「だからあなたはそうやって人をすぐに切り捨てられるのよ! ガールフレンドだってとっかえひっかえだし、完全に無関係じゃないくせに人が死んでも眉一つ動かさない!」

 

アルヴィン「私が貧乏だった頃に見向きをしない女が、私が成功した途端、資産が目当てで寄ってきた。そんな女を飽きたら捨ててなにが悪い。関係の見返りにそれなりに私の金で遊ばせてやった。なら飽きたら捨ててもいいだろう。愛とは程遠いんだから。私が悪いとはいわせない」

 

アルヴィン「それに今日に関して私には無関係だよ。私にどんな罪状があるという。その罪をこの国家の法律で裁けるのか。無理だろう。こんな風に状況は利用せねば損なんだ」

 

アルヴィン「君の為にどれだけ資産を注いでいるか」

 

アルヴィン「養ってもらっている無力な身で一人前の口を聞くのは早い」

 

 ブーツが視界から消えて、アルヴィンの整った顔が近づいた。

 

ジェーナス「しょせん、DV男じゃないの」

 

アルヴィン「私は学生の頃、一度だけ教師から殴られたことがある。ふざけて障害を持った同級生の真似をして時だった。思えばあれが私にとって一番の授業だった。君も人間を続けていれば私の叱咤が正しかったと知るだろう」

 

アルヴィン「君は私より生きてはいるが、子供だ」

 

アルヴィン「そんな君に選択肢をあげよう。返事は明日までだ」

 

アルヴィン「効果紋は鉄片化した程度では消えないのは知ってるね。君はもう眠りについて後は私に任せなさい。それとも私と対等に付き合っていくか。後者を選ぶのなら覚悟をしてくれ。今回のような温情はない。従いさえすれば君は誰もが羨む暮らしができる」

 

アルヴィン「君のお友達のことも私が安全な暮らしを保証する」

 

アルヴィン「良ければ、明日、市長との講演会があるから役所においで。一度、じっくり私の未来の構想を聞いて考えてみてくれ、参考になるはずだ」

 

 アルヴィンはそれだけいうと、玄関から出ていった。

 

 なんでだろう。

 

 目の前にある物は憧れた思い出の中にあるすべてだ。こんな綺麗な家で裕福でやろうと思えば学校にだって通えて、まるで戦いが終わった後のような暮らしができるのに、全てを壊してしまいたくなる。

 

 まるでアンツィオ沖棲姫だった頃の気持ちが胸にしこりのように残っている。

 

ジェーナス「ねえジャヴィ、あなたと夢見たモノがあるのだけれど」

 

 私に出来たのは艤装を展開することだけ。砲撃はできなかった。

 

 理由はアルヴィンが怒るから。

 

 涙が出てくる。イギリスのみんなに会いたい。

 

 死ぬの怖いけど、もう死にたい。

 

 

2

 

 

 翌日、テレビが賑わっていた。この町で起きた昨日のチャンの事件だった。動画サイトに人の生首がアップされた。そこに映っていた男は昨日、三田を殺しに来たやつだった。世間は大騒ぎだ。動画には「目標を殺しましたよ」とそいつの声明があったとのことだ。むちゃくちゃすぎる。あんなに大々的に顔をさらけ出してなんとかなるのだろうか。

 

 でも、なにもやる気が起きない。昨夜からずっと放心状態だった。

 

 そういえば、とタシュケントの顔を思い出す。

 あの子は幸せそうだった。笑っていた。

 私が彼女の相棒の青年にした仕返しの一撃は本気だった。私はタシュケントのようにあの怒りの感情をもってアルヴィンの為に人を傷つけることは出来ないだろう。彼女の相棒はきっと良い人なんだと思えた根拠だった。

 

 いいなあ。

 

 タシュケントは強く、気高く、理想もある。私がうらやむ日常も持っている。建造主だって当たりを引いたに違いない。彼女はいつも星のような存在で、見上げるばかりだ。

 

ジェーナス「そろそろ講演会の時間かな、行かなきゃ……」

 

 どうするかなんてもう答えは一つだ。

 

 もう永遠の眠りにつこう。

 

 一度目だって、二度目だって、三度目だってがんばったけど、もう無理。

 よくやった。そんなにがんばって生きる必要もないよ、ってね。

 けど、最後にアルヴィンに一言くらい罵声を浴びせてノーの返事を突き付けてやるわ。

 三度目は、それだけでもう満足だ。

 

 最後の朝食は、二度目の最後の晩餐は、雑な味のアメリカンコーヒーだけだ。

 

 外から車のエンジン音がした。黒塗りの外車はアルヴィンが寄越したものだろう。恰好は今のままでいいや。オシャレっけのない無地のシャツとジャージのズボンのみで靴を履く。

 

 玄関を出る。鎮守府から出撃する時と同じ。

 

 誰かに命令されて出撃させられているような、感じ。

 

 もう人である意味もなくなってしまったのかも。

 

 

3

 

 

 市役所の階段の一番下で与人がスマホを弄っていた。「よお、奇遇だな。アルヴィンと接触しに来たんだが、都合良いわ。どうするよ」

 

ジェーナス「私は関わらない。好きなようにすれば」

 

 冷たくあしらう。

 

与人「おう、そうする」

 

与人「ジャーヴィスだっけ。お前の姉妹なら可愛いんだろうしな。お前よりメンタルもマシかな?」

 

ジェーナス「私よりも遥かに可愛いわ。上手く行けばダーリンって呼んでもらえるわね」

 

与人「いいな、それ」

 

 彼が上手く行って、ジャヴィの建造主となることを切実に願っといてあげる。

 

 いや、すぐに撤回だ。そういえば与人のやつも頭おかしいんだった。ジャヴィの幸運力ならきっとこいつが相棒となるのを避けられるだろう。ジャヴィはむかつくほど、ツイているやつだ。

 

 この一件に手を貸せば、次は与人が死ぬかもしれない。いや、きっと死ぬ。そう思えるだけの昨日だった。

 

 処刑台にのぼる死刑者のように階段を一歩ずつのぼる。

 

 人がたくさんいる。映画の上映が終わった後のようで子連れの親子も多かった。アルヴィンと市長の御高説に興味はないのか、階段を下りるのは若者が多かった。平凡で幸せな日常の話を友達と繰り広げている彼等とすれ違う。

 

 うす暗いロビーを通り抜けて、会場へと入った。

 

 十分前の到着だ。アナウンスで携帯の利用についてのアナウンスが流れている。

 

 私は妙に空いていた最前列の席へと移動した。壇上の椅子の並びからして、ここが一番、アルヴィンの顔がみやすい位置だった。

 

 大きな拍手とともに講演会が始まる。

 中身はどうでも良い話だった。

 町おこしに関連した事業の予定、その意気込みとかね。アルヴィンが投資しているようだ。都市化計画。地元の活性化の為の観光客誘致事業、有効利用されていない土地を開拓し、地元民と協力してなんたらかんたらだ。壇上のアルヴィンの応答の言葉にも熱が入っていた。

 

 妙に喉が渇いてきたので、席を立って自販機を探す。

 

 人気のない西側の廊下にぽつん、と一つだけ自販機がある。

 あれ、と思った。与人が立っている。その正面には、タシュケントがいる。

 

ジェーナス「あなた達、そこをどいて。自販機に用があるから」

 

与人「聞けよ。戸間がもう取引したのか、持ってた。今、戸間は倉庫で寝てるんだよな」

 

タシュケント「君の情報のお陰だよ。始末する必要もない人間だし、丁重にね」

 

ジェーナス「どいて」

 

与人「なんだよ。せっかく手に入れたのに」

 

 彼がパーカーのポケットから取り出したのは、鉄片だった。

 

ジェーナス「ジャヴィの……?」

 

与人「こいつが持ってきてくれたぜ」

 

タシュケント「気にしない気にしない。一日一善の精神さ」

 

与人「これ、火で炙ればいいんだよな」

 

 そういってジッポを取り出して炙る。

 

 乾いた笑いが漏れた。

 

 その鉄片にはなにも変化はなかった。

 

タシュケント「あ……鉄片核が死んでるみたいだね」

 

 アルヴィンは約束を破った。

 

 少なくとも戸間と交わした約束は破った。

 

 後始末はどうするのかは知らないが、アルヴィンは嘘をついた。本物をもっていないというのは可能性としてはあった。事実は建造できないほどに死んでいた、だ。

 

 約束を必ず守るっていったのに。

 

 こんな守られるはずのない約束を守りながら頑張って耐えて夢を描いていたようだ。

 

タシュケント「……ふーん」

 

 タシュケントが嗤った。

 

ジェーナス「くっだらない……」

 

 すぐさま会場に引き返した。扉を蹴り飛ばしたせいか、司会者の演説が途切れ、観客席の注目が私に集まった。構わず、大声でアルヴィンの名前を呼ぶ。

 

ジェーナス「ジャヴィの鉄片をもってたけど、もう死骸だったのね」

 

ジェーナス「もしも!」

 

ジェーナス「戸間に渡したのが偽物だというのなら今すぐ本物を見せ、」

 

 警備員が走ってくる。両の腕をホールドされる。

 

ジェーナス「私を馬鹿にして……!」

 

 たかが人間二人の力で私は取り押さえられるものか。もうどうにでもなればいい。目の前にいるアイツに思い知らせてやる。

 

アルヴィン「本物はある。後で確認するといい。だから今は抑えなさい」

 

アルヴィン「無関係な人を傷つけるのか?」

 

アルヴィン「今は退きなさい。君の主張は人様に迷惑をかけていい理由にはならない」

 

 事情を知らない観客の冷たい視線が突き刺さる。

 

 この場に私の味方はいない。

 頭のおかしいやつ、と誰かの声が聞こえた。

 

ジェーナス「こんなのってあんまりだわ。私は正常よ。おかしいのはあなたなのに……!」ふっと力が抜けた拍子に顔が地面にぶつかった。いきなり力を抜いたから警備員が力を加えた方向に転んだ。

 

ジェーナス「なんで……私がこんなに辛い、思いを」

 

 今日は涙だけでなく鼻水も出てきた。

 

ジェーナス「誰か、私を、たすけて」

 

 ああ、私はなにをいっているんだろう。あの時の、最後の記憶と同じセリフが出た。

 

 いきなり現れて意味不明なことを叫ぶ私に、周りの目は更に冷ややかになった。アルヴィンの左手の甲から輝きが消えている。幸運のバフが解かれている。もうならば後はアルヴィンが得をする方向に転がるだけだろう。

 

それでも、嘆いて耐えるだけでは変わらない。

 

 アルヴィンは動かない。その場に座して次を待っている。相手を搾取してその報復を考えないほど、考えなしではない。持つ者は持たざる者を恐れる。その対策を忘れているほど間抜けではない。口車に乗せられるだけではアルヴィンの掌で転がされるだけだ。

 

 ――力さえあれば。

 

 あの日の欧州水姫の真意は分かっていた。戦いの日々に明け暮れる中、描く幸せは力でこじ開けられた道だった。得てもいない幸せのために脇道に逸れて赦されるほど、望んだ未来は射程圏内ではない。ジャヴィが死んでいるのなら、従う理由もない。

 

 理性の糸を憎悪で焼き切るように、怒りの濁流に身を任せてみる。

 

 球体のアンツィオ艤装を展開した。これから起きる惨劇を隠すかのように真っ暗闇に染まる。音が遮断され、空気が薄くなる。相変わら、沈んだような錯覚に陥る。

 

 くたばれ。一斉掃射。

 

 

4

 

 

 深海艤装を開口する。並びの良い白い歯の向こうにはアルヴィンの不動の姿があった。一歩たりとも動いていない。アルヴィンの効果紋による加護だろうか。この距離でも僅かな幸運を当然のようにつかみ取ってくる。さすがは私が最も恋願った力の恩恵ね。

 

 でも、それが、どうした。

 

 幸運では届かなかった領域の戦いは終末期にジャヴィが死んだことで経験済みだ。圧倒的な力量の差には幸運は成りを潜めるはずだ。

 

 アルヴィンはやはり動かない。声も発しない。

 ただ様子が変だった。開口したまま、斜め上を見つめている。

 

タシュケント「全く、一秒遅れたら一般人全滅だった」

 

タシュケント「ヒーロー気取るつもりないけども」

 

 硝煙が晴れると、空色の正方形がいくつも見えた。鋼鉄を使用した生成開発速度が秒の次元だ。無関係な一般人に装甲を被せて砲撃から守ったのだろう。一撃二撃、クリティカルヒットしたところで外傷はなしに等しい装甲と見た。

 

ジェーナス「あんたが自発的に人を守るだなんて何の真似よ」

 

タシュケント「艦娘は人民の命と財産を海の脅威から守ります」

 

 嗤っておどけてみせる。

 

 本気でいっている訳でもないだろう。その道は自分で選んだわけでもなく、生まれながらに強制された道であり、その都合で誰よりも利用されてきたのがタシュケントだ。そこから抜け出すために戦えど、その先に待っていたのは私と同じような結末のはずなのだ。

 

タシュケント「あたし達の手を取るんだ。君のアンツィオ艤装なら人を同乗させられるだろう。その能力で同志の護衛艦として働いて欲しい。待遇はフラグシップだ」

 

タシュケント「でも一線を超えようとしたから、断ればしばらく鉄片化してもらう」

 

 その言葉で冷水を浴びたような気分だ。アルヴィンの掌の上で転がされていた怒りは鎮火していく。

 ジャヴィの鉄片が嘘だった時点で、生きる目的はまた変わってゆくのだ。

 

 残された道は主に三つだ。

 

 死ぬか。

 

 このまま生きていくか。

 

 この星の船に乗って再構築された世界に向かうか。

 

 どれを選択しても地獄のように思える。

 

ジェーナス「あんたには乗れないわ。分の悪い賭けに乗るのは懲りてるからね。別に深海になった訳ではないけれど、道徳や正論や人情でも、ましてや自分の意思にも流されてたまるもんですか。仲間にしたいのなら力を示して泥船ではないって証明してみれば?」

 

タシュケント「了解。建造主のあなたも参戦してる以上、巻き込まれたってのはナシだ」

 

 突っ立っていたアルヴィンが眉を潜める。

 

ジェーナス「アルヴィン、死にたくないでしょ?」

 

アルヴィン「もちろんだが、リスクしかないのがね。私達が勝てば?」

 

タシュケント「あたし達に出来る範囲でいうことを一つ聞くよ」

 

 アルヴィンはその言葉でやる気になったようだ。きっかけをつかんで、飼い慣らしたいのだろう。あの先日の隕石砲はよく見えた。タシュケントの戦力はのどから手が出るほど欲しいだろう。今回はアルヴィンを後に退けなくした状況に感謝だ。

 

タシュケント「同志、今回あたしは戦わないから出番だよ!」

 

ジェノ「ええー……」

 

 空色の檻が融解し、仲からやる気のなさそうな青年が出てきた。確かタシュケントの建造主で、不埒者と間違えて投げたあの時の男だった。強そうには見えなくてもタシュケントが懐いていることから相応の効果紋を宿していると考えるのが妥当だろう。

 

タシュケント「ジェーナス君はあたしのことをよく知ってる。もちろん、管理妖精の強さもね。そのうえで泥船といったんだ。だから撤回させるためには同志の力を示す必要がある」

 

タシュケント「あたし達の代わりに戦ってくれるんでしょ?」

 

 タシュケントが参戦しないというのは、これは幸運なのだろうか。

 もっとも効果紋の力は絶大だ、アルヴィンの幸運の力だけでタシュケントを相手取っても勝ちの目があるほどにはね。嘘が大嫌いなタシュケントが参戦しないといった以上、本当に参戦はいないと見てもいいとは思う。

 

ジェノ「……分かったよ」

 

 本当にやる気がなさそうだ。気の毒ね。巻き込まれて建造主になったの手合いかしら。

 

 アンツィオ艤装を一旦、戻して、再構築する。陸上でフル展開は愚策だ。足で動きまわって上手く攻撃武装だけを展開して当てるには懐のほうの艤装のほうがやりやすい。

 

ジェーナス「分かったのなら、死んでも後悔しないでよね」

 

 深海の4.7inch砲を照準もろくに合わせず、早撃ちした。

 

 幸運だから、どうせ当たるのよね。

 

 

5

 

 

ジェノ「痛い……」

 

 命中したのになにが起きたのか。豆鉄砲じゃあるまいし、人間が当たって痛いで済む威力じゃないはずだ。

 彼は手の甲を振り、涙目だ。彼の効果紋が再び光ったのを見て、深海砲を掃射する。当たっている。クリティカルのはずだが、損傷は見受けられない。

 

ジェーナス「バフゴリラかしら……ねっ、?」

 

 ぐるん、と視界が揺れた。唐突に襲われた眩暈と吐き気に、膝をついた。空喘ぎの感が喉元までせりあがってきて、口元を抑えようとした右手が、炭のように黒ずんでいる。

 

 デバフのエフェクトだ。

 

ジェーナス「おえっ、う……」

 

 口内一杯に酸の味が広がる。息苦しい。溺れているような錯覚に陥る。

 

 ――――あいつ、バケモノか!?

 

 砲撃性能が多少下がったとしても、クリティカルした一撃で怪我がないってことは強力な倍率はもちろん、捕捉性能、数値低下速度も常軌を逸している。瞬時に無力にまで性能を落とされた。

 

 しかし、腐ってもまだ幸運の女神には見放されていない。

 

 先ほどの砲撃で天井が崩落した。それも上手く彼の頭上の地点だった。生き埋め必須の状況だったが、墜ちてきた瓦礫や照明器具が彼の頭上すれすれで止まった。あの一体の空間が黒ずんでいる。デバフで物理を操作できる例は聞いたことも見たこともない。

 

アルヴィン「あー、勝てませんね。幸運のバフもきっとかき消されますよ」

 

ジェーナス「できないんじゃなくて?」

 

アルヴィン「いずれにしろ、突破口に成りえるとしたら、秒殺しに来ない彼の温情でしょう」

 

アルヴィン「桜色の効果紋って、まるで水戸黄門の印籠ですね」

 

 諦念が滲んだ笑みだ。引き際が良すぎる。全く持って使えない相棒だ。

 

ジェーナス「それでもラッキーのバフはかけ続けなさいよ! あなたの持ってる効果紋は、私が喉から手が出るほど欲しかった能力なんだからこんな呆気なく潰れる力じゃないわ!」

 

 嗚咽を飲み込んでそう吠える。

 

アルヴィン「了解。でも正直怖いです。あなたはそうでなくとも」

 

 確かに彼の能力は強い。その気になれば一歩も動かず仕留められてしまいそう。

 

 けど、強いだけで恐れる精神はあの世界に置いてきたつもりだ。

 

 それでも恐怖を感じるのはあの青年の雰囲気だ。殺す攻撃を何度もしたのに、殺意どころか敵意を向けられている感じもしない。しかし、決して命令を受けた無機質な軍人とも違う。

 

 震える手足に力を入れて、立つ。幸いながら出入口は一メートルもない。その場から逃げた。視界から彼が消え失せると、それ以上のデバフの低下は起こらなかった。やはり艤装操作と同じく意識捕捉か。視界に映らなければあのデバフから逃れられる。

 

 通路を右に折れて、広い大理石のロビーに出る。

 

 回転扉を抜けて建設記念碑の後方に身を隠した。周りには人は大勢いる。

 

 しかし、さっき砲撃をぶっ放したにしては騒乱はない。

 

 崩落したはずの文化会館の屋根も復活している。改変能力がすでに左右しているようだった。この景色のどこかに勝利の女神が微笑む要素はないものか。

 

ジェーナス「あいつ、まだ本気を出していないわよね……」

 

 砲撃の威力を弱める。本体を体調不良に陥れる。この身の数値はたかが知れている。

 その程度でエンチャント・ドラゴンが倒せるはずがない。

 だってあいつの火力や装甲は桁が二つほど違う。本来の彼の能力はその次元と渡り合えるとしか思えない。

 

 能力自体がタシュケントより強い可能性が、否定できない。

 

 タシュケントが効果紋の補助を受け、管理妖精を撃破したのではない。

 

 彼を主力にタシュケントが補助して撃破したのではないのだろうか。

 

 それなら彼女の希望と余裕に彩られたあの言動も頷ける。

 

 そう思えば、考えも変わる。

 あの程度と渡り合えないとタシュケント達についていっても、お荷物になるだけだとの結論に至る。

 本気で再構築の未来を志すのならば、どんな手を使ってもあの次元の相手を倒さなければならないのだ。

 

ジェーナス「どんな手を使っても……」

 

 嘲笑に口元の端を釣り上げたのが自覚できる。

 

 アルヴィンとの化かし合いの毎日、彼の周りで起きる権謀術数の日々も、この日を思えば幸運ではあったのかもしれない。無力に嘆くより先に必死に頭が回るように変化している。あの終末期の記憶、死にゆく人々の手を握り、祈るだけの時とは違う。

 

ジェーナス「あいつの強大な力に勝つためには……」

 

 思い出したのは崩落した瓦礫を空中で止めたあの芸当だ。デバフを応用して重力とかそういうのを操作したのだろうか。普通、鉄を浮かすのなら、艦載機や船みたいに重力に逆らう相応の力を『バフ』しなければならないのではないか。

 

ジェーナス「あそこだけ無重力になったわけでもあるまいし……」

 

 効果紋は艦娘や深海棲艦を通じて炉の力を人間に流し込む技術により烙印される。

 

 物理法則を捻じ曲げ、千変万化させる程の力だとしたら、ただの鉄片だった私に人をエンチャントさせて艦娘にするような、炉の力を操る妖精と同次元の能力を秘めている。

 アレはカテゴリこそデバフなだけで、デバフの域を超えているのかもしれない。

 

 ああ、もう。考えたところで突破口は見えてこない。

 

与人「どうした。ゲロ臭い顔で気分が悪そうだ」

 

 でも、やっぱり幸運には見放されていない。アルヴィンに渡したラッキーの魅力は絶えず蜘蛛の糸が垂らされることにある。死ぬその時まで希望が絶えず、降り注ぐのだ。

 

ジェーナス「与人、私で効果紋を烙印させてあげる」

 

ジェーナス「その代わり、化物対峙に付き合いなさい」

 

与人「残念ながらお前とは馬が合わないから遠慮するわ」

 

与人「ただ化物対峙だよな。面白そうだから少しだけ付き合ってやる」

 

ジェーナス「今、入口から出てきた青年が見えるかしら。あの空気にデバフかけているようなダウナー系の男よ。あいつはタシュケントの建造主でめちゃくちゃ強いわ。あんた、銃を持ってるわよね。私が囮になるから、それで後ろから狙撃してよ」

 

ジェーナス「フリーになったタシュケントはあげるわ。あんたと相性良さそうだし」

 

与人「分かったよ。俺の相棒は当てがついたんだが、面白そうだから手伝ってやる。ただしマジで大事な用事があるから五分間だけだぞ」

 

 あの建造主を倒しても、与人ではタシュケントには勝てないだろう。革命家を名乗る与人にとってタシュケントとの相性が悪くなさそうに思えたのは本心だ。

 

 建造記念碑の影から全力で走る。

 

 15メートル程、走ったところで、膝から力が抜けて倒れる。艤装展開だ。

 

 注目する。

 その隙に与人が背後から撃ち抜く。あいつは与人を知らないはずだ。ただの周りの群衆の一人にしか映らない。

 

ジェノ「次はもう少し強めに」

 

 アンツィオ艤装の殻に閉じこもり、視界に移らないようにする。

 真っ暗闇の中でただ時間を過ごした。まだか。一秒がやけに長く感じる。心の中でゆっくりと数を数える。10秒を経過した頃、深海の並びの良い艤装歯を持ち上げ、外の様子を確認する。

 

 彼は健在、だった。

 

 与人が見えた。引き金を引いているが、弾は発射されていないのか、うろたえている。どうして。気づかれ、デバフをかけたのか。偶然なはずがない。幸運に包まれている今の状態であんな滑稽なオチがつくはずがない。

 

 デバフ、じゃない。あの英文字は共有を示すシェアだった。

 

 ジェーナス「なによ、あなた……!」

 

 ――あんなのに勝てるわけない!

 

 あの効果紋の能力を想像した。知るはずのない終末期の過去を知っている。与人との共謀も見抜かれていた。

 あのシェアの効果紋の力ならば、全て筒抜けになっているのでは、と思うと、絶望だった。見たくない現実に蓋をするように、艤装の歯を噛み合わせる。

 

ジェーナス「悪い夢ね……」

 

 戦場で最も強い力は運を味方につけることだ。ジャヴィがそうだった。あんぽんたんな頭のくせして、作戦も十分に理解せずに海に出ても、神に愛されているかのように危機を脱して生存を遂げる。

 

 不運だった私は、あの力さえあればって。

 

 ジャーヴィスさえ、隣にいればって。

 

 悔恨を産み落とすように、艤装の内部の一部を変化させる。不格好だが、鉄の刃だ。想像した人物像が間違っていなければ、あの男は艦娘に優しい傾向があるはずだ。一撃必殺してこなかったのも、参った、と降参するのを期待しているからかもしれない。

 

 熱を、感じる。艤装内が熱に満たされていくのを感じるのはなぜだろう。

 

 艤装装甲に穴が空いてゆく。デバフで損傷状態にされている。

 彼のこの力はまるで溶鉱炉そのものじゃないか。しかし、骨の髄まで溶かし尽くすほどの熱量ではなかった。ぽっかりと空いた穴から、彼の左手が伸びてくる。桜色に輝くその手の形は、開いている。

 

 握手の形だ。彼は微笑んでいる。

 

ジェーナス「まだ勝負はついてないでしょ! なめんなガキが!」

 

 フンコロガシの艤装がぱっくりと開いて、ガシャガシャと音を立てて変形してゆく。スカートの周りを半円を描くように、展開されていく。右の瞳と首に浮かびあがった縫合跡のような傷口が紫色に光を帯びて輝き始める。彼の左目に見えるステータスは全体的に大幅に数値が上昇しているものの、運値の項目だけマイナスの記号がついているはずだ。マイナスがあるステイタスなんてきっと彼は初めて見たでしょうね。

 

 その手を取ろうとした左手は、空を切る。

 

 彼の左腕がだらんと垂れたのだ。差し込む光に照らされたのは深紅だ。

 

 女性の甲高い悲鳴が聞こえる。更に別の悲鳴が重なる。とっさに彼の左腕をつかんで、全力で引っ張り寄せた。空に深海のアヴェンジャーが見えたのだ。彼をアンツィオのフンコロガシ艤装の中に放り込んだのは人間を守ろうとした反射みたいなものだ。

 

ジェノ「艦載機……?」

 

ジェーナス「分からない……」

 

 深海の艦載機が誰のものなのかもそうだが、

 

与人「ぎゃはは! せっかくだからチュートリアル戦とさせてもらうか!」

 

 与人の左手の甲が金色のバフの文字が輝いていることも、謎だ。

 

 

6

 

 

艤装が軋んだ。艦攻の礫での衝撃とはまた違う。

 

ジェーナス「これ、持ち上げられてる!?」

 

 500キロはある艤装が持ち上がっている。与人ではない。バフの力はあっても、あんな遠くから干渉できるはずがない。別の誰かだ。

 慌てて艤装を液にして引っ込める。明け透けになった景色にまず見えたのは巨大な腕だ。戦艦系統の姫鬼の艤装と似ている。

 

「眺めておったが、ヌシじゃ坊主の性能を引き出せんのう……」

 

 麻呂眉と後臨、陰陽福が似合いそうな和装の少女だった。見た目は日進だが、こいつから感じるのは明らかに深海のオーラだった。

 

ジェノ「それ、アニマルのエンチャントで日進に寄せてるの?」

 

 そういえば与人の父を暗殺した男がそんな効果紋を持っていたわね。チャンを殺したのもこいつの建造主だとしたらカラスに擬態した艦載機やワニに変化して死体を喰らったあの光景にも合点がいく。そいつらが殴り込みをかけてきたようだ。

 

深海日棲姫「ちと乱暴ではあるが、人払いは済んだ」

 

 彼女がたらたらと能書きを垂らしている間にも、空の脅威は減っている。彼の左手が輝いているので、デバフが原因だが、蚊取り線香のように艦載機を墜としている。

 

アルヴィン「危な……形振り構わず効果紋を使いましたが、観たところ」

 

 アルヴィンもいつの間にか出てきたようだ。アルヴィンみたいな効果紋持ちは隠れていればいいのに。

 

ジェーナス「死傷者は出ていないのは不幸中の幸いなのかしら……」

 

 そもそも深海日棲姫が途中参戦したことは幸運なのだろうか。寒河江ジェノを倒すという点では利用できる幸運なのだろうが、深海日棲姫が味方だとも思わない。どっちが敵でどっちを味方だと考えて、なにをどう行動すればいいのか分からなくなってくる。

 

ジェーナス「アルヴィン、私はどうしたらいいのかしら……?」

 

アルヴィン「もはや単に心に従うべきでしょうね。選択しなくてはなりません」

 

アルヴィン「私はどっちでもいい。この場が済んで生きていれば降りると決めましたし」

 

 どっちみちジャヴィの鉄片の話が嘘っぱちだった時点でアルヴィンのもとに留まる気は欠片もなかった。今後の身の振り方だ。考えれば心が傾くのはタシュケント達のほうだけども、こういう感情に沿って決めるのは安直な悪いクセよね。

 

深海日棲姫「優柔不断じゃのう」

 

ジェノ「この子は僕達側のほうだよ。君のように平気で人を殺せる側じゃないだろ」

 

ジェーナス「……いいえ」

 

ジェノ「えー……」

 

深海日棲姫「ふむ。思ったより賢いわ。ああ、タシュケントはイズミヤマが足止め中。あいつは本気出せばワシより強い。しかし、そうはもたん。じゃけん、今の敵は建造主のみ」

 

ジェーナス「でも、本心はこの人よりね。再構築の未来、最高よ」

 

ジェノ「どっち?」青年は腕を組んで首を傾げている。

 

ジェーナス「約束したわよね。私に勝てば仲間にでもなんでもなってあげるって」

 

ジェーナス「幸か不幸か終末期を生き延びた私はね、少なくともこの命を大事にする義務があるのよ。前にもいった通り、泥船に安売りする気もないし、深海日棲姫と私、おまけで与人くらいまとめて倒してもらうくらいの強さがないと、終末期と同じく無駄死にになるだけじゃない」

 

深海日棲姫「強いのか弱いのか分からんが、青年は愚鈍じゃのう……」

 

 銃音とともに彼が尻もちをついた。今度は右足か。

 

与人「あっぱれだ。この騒ぎが他の連中にゃ、なかったことになるんだろ?」

 

与人「マジで革命家名乗ってくぜ。この力がありゃ大国だって転覆させられそうだ」

 

 可能だろうけども、そこまで甘くはないでしょうね。

 

与人「不意打ち喰らう覚悟で一度だけ聞くぞ。降参するなら見逃してやるよ。清く正しく生きてそうな人間を殺すほど俺は落ちぶれちゃいないんだ」

 

 そういって与人はポケットからスマホを取り出した。

 

与人「朝霜っつうギザ歯が持ってたやつだ。不意打ちで鉄片化させて、強制的に効果紋を烙印させてもらった。建造した時点で襲いかかってきたが、効果紋のお陰で勝てたよ」

 

ジェノ「愚かすぎるよ。僕なら君にできない方法で革命を起こすけども」

 

与人「その大層な効果紋でか?」

 

 青年は力なく笑って、

 

ジェノ「選挙に行くんだよ」

 

 そう切り返した。ぐうの音も出ないわね。

 

与人「はは、確かに中坊の俺には無理だな」

 

 その瞬間だ。視界が夜のとばりでも降りたかのように、黒く染まる。

 

 意味は分かる。だから、殺す気で攻撃した。

 

 その砲撃の威力も一メートル程の距離で完全に運動能力を失っている。

 

 本当に凄まじい。付与竜が敗北した理由も今と同じだろう。ヨーイドンで戦闘を始めたことだ。

 

与人「なにしやがる……!」

 

 バフの効果紋が金色に輝いている。しかし、立って強がりを吐くのが精いっぱいなのだろう。

 

ジェノ「朝霜、ちゃんだよね」

 

ジェノ「ああ、思えば……」彼は力なくつぶやいた。「彼女がエンチャントドラゴンとの闘いの場に来られなかったのは、万が一にも死ぬわけには行かないからじゃなかったんだよ」

 

与人「なんの、ことだ?」

 

ジェノ「知ってるくせに。これは彼女の無念の分ね」

 

 強い平手打ちだ。与人の足が地面から浮いて、吹き飛んだ。

 

ジェノ「覚悟は決めないと。ジェーナスちゃんも」

 

ジェノ「降参しないよね。だって」

 

ジェノ「管理妖精と戦うなら、こういう場面を切り抜けなくちゃ」

 

ジェノ「僕は君達の兵装になりさがる気はないから」

 

 覚悟を決め、効果紋の能力を知り、万を超える軍勢を潰すための、視界に及ぶ限りの全力なのかもしれない。視界に映るすべての事象にデバフをかけているのか。

 

 風はなく、呼吸すら制限されてゆく。空を舞う艦載機は木の葉のように墜ちてゆく。緑が萎れてゆく。そばにいる蟻一匹が微動だにしない。

 

 時間の流れが遅くなったかのようにスローになってゆく。

 

 すべてが0になってゆく世界だ。

 

 そんな場で怪我をしたのが嘘だったかのように彼一人だけが、立っている。

 

 感情的な一斉掃射から一般人が救われた。アルヴィンが味方した。殺人ができる与人と話がついた。金色のバフの力も持っている。深海日棲姫も参戦した。タシュケントは泉山が足止めしているという。窮地の中でいくつも幸運を拾った。

 

 なのに、まるで歯が立たない。

 

 幸運を幸運と呼べない。幸運が続くほどに地獄が長引く。管理妖精を相手にしているかのような錯覚にすら陥る。

 

 群生地の中に四葉のクローバーを見つけた。

 

 ふと、思った。

 幸運ってなんだろう。

 

 アルヴィンを思い描く。幸運のバフで富を築き、人生を彩った。その彼は今、同じようにひれ伏している。殺されようとしている。その原因が幸運だったとしたら、幸運は決して幸福をもたらす因果ではないのかもしれない。じゃあ、不幸は、今の私の不幸は、私の生まれつきの不運が原因じゃないのかな。

 

タシュケント「どうだい、あたしの相棒はすごいだろ」

 

 彼のデバフが作る闇の中で、光り輝く星が視えたのは幻覚だと思いたい。

 

 顔をあげると、まるで蟻の死に様をなんとなく眺める子供のような彼の表情がある。敵でも味方でもない。この死にかけの命はどうなるのだろう、と興味心が最も近そうなその眼差しの色は、かつて味わったことのない侮蔑だ。

 

 ――がんばれ。

 

 頭が真っ白になる。彼とタシュケントの共有の力は心を赤裸々にする。

 こいつ、自分で強力無比な力を振るう相手に心からの応援を飛ばしている。それは決して敵対視でも、友好視でもない。かといって作業的でもない。あるのは、人間はこうあるべき、という理想像から来る義務感だ。

 

ジェーナス「ぐ……」

 

 彼の過去が流れ込んでくる。

 

 彼がタシュケントに協力している理由は、推測できた。彼女にそれを願われたからだ。困っている人がいたら助ける。そういう正しさの義務感に支配されている。

 

 一言でいえば、不器用で不自由な男の子だ。

 

 人間として正しく生きても、彼は貧乏くじしか引いたことがないのだ。

 

 清く正しく生きる人が割りを喰う。それは自己責任の問題ではないと生きた終末期を思い描いて思う。命を取捨選択するのならば、少なくとも、こういう人の命を守らなければならなかったのではないかと残酷なことを想う。

 

 きっと彼に戦わせ、その後ろで守られて、理想の未来を手に入れようとした時、私の中の兵士は死んでいるだろう。多分、普通の女の子になっちゃう。それは違う。艦娘をやめる時はみんな一緒に、だ。

 

 四肢をつき、起き上がろうと身体を起こす。

 

ジェノ「……精神へのデバフもタシュケントの時と同じくかけたのに」

 

 彼が感嘆の声をあげる。

 

タシュケント「マジか。あたしが精神力で敗けたのか……」

 

ジェノ「彼女は不屈者だ」

 

 立った。立てたわ。

 

ジェーナス「これは不幸、なのかしらね」

 

 終末期の記憶を思い出した。亀の恰好で怯えて、助けを乞う場面だ。

 

 欧州水姫に胸倉をつかみあげられた時より、マシになった。

 

ジェーナス「それでも、悲しいのは――」

 

 この試練を乗り越えた先に幸福が用意されているのかもしれない。日陰の中、成長過程で傷がついて四つ葉になったクローバーとこの人生を重ねてみるも、肘や膝から力が抜ける。ダメだ。とても立ち上がれない。無様にあがいた結果、恰好は土下座になった。

 

タシュケント「素晴らしい!」

 

 彼女が笑った。

 

タシュケント「未来のために必要なのはこのような圧倒的な戦力差に抗う心だよね!」

 

ジェーナス「違、う!あなた バカじゃないの!」

 

 そんな風に強がれば強がるほど、泣けるだけ。あの時、こうしても、なにかが変わったとは思えないもの。求めるものは身体能力でも、精神力でも、強い兵装でもない。

 

タシュケント「違わないさ。人の心っていうのは醜さを隠さなければならない。あの悪夢は地獄の業火でそのメッキを外した。世の中になんて利己的な人間が多いことだろう。本物の強者はあの終末期の最中でも、きっと愛する人を守るためにあがいていたはずだ。あたし達を責めている場合じゃなかったはずなんだ」

 

ジェーナス「私達がもっと、人を好きになれていたのなら、当事者の私達は、終末期に向かう流れを本気で、止めようと動けたかも、しれない」

 

タシュケント「……そうかい」

 

ジェーナス「私は、そういう心を」

 

 彼が人差し指と親指で円を作り、力を溜めた。

 

ジェーナス「未来に持っていく為にこの世界の人と暮らすから!」

 

 彼が微笑んだ。

 

ジェノ「この出会いが幸運だったと思えますように」

 

 ただのデコピン一発で頭がはじけ飛んだかと思ったわ。

 

 タシュケントは改めるべきね。

 

 私達が軍艦に人間をエンチャントされた命なら、効果紋を宿した彼等は人間に軍艦をエンチャントされた命になってしまったということを。

 

 そんな人間だからこそ私達の兵装であってはならないのだ。

 

 一矢報いたい気持ちはやまやまだけど、限界か。

 

 視界がブラックアウトしていく。

 

 彼とタシュケントの会話が聞こえた。

 

ジェノ「膀胱まで緩めちゃったのかな。失禁しながら立ってる……」

 

タシュケント「見なかったことにするとして、同志は介護士だから処理のプロだよね」

 

 もうひと思いに鉄片化させてくれないかしらね。

 

 

 

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